11 戦女神
レビルーンから噴き上がったオーラは、彼女の体を覆いながら形を変えていく。
やがて硬質化したそのオーラは、蠱惑的なプロポーションを包む、きらびやかな鎧となっていた。
堅牢にして優美!
まさに戦女神と呼ぶに相応しい装いとなったレビルーンの出で立ちに、思わずため息が漏れ、戦いの場ということも一瞬忘れそうになってしまったわ。
そんな私達の反応に気を良くしたのか、レビルーンは舞台上の役者宜しく、クルリと翻って全身を見せつけてきた。
だけど、そんな隙を見逃すハズもない!
目にも止まらぬ速さで突っ込んだウェネニーヴの拳が、レビルーンの兜へ叩き込まれる!
よっし!
ウェネニーヴの一撃なら、兜が砕けないまでも、脳震盪は確実だわ!
そう思った時だった。
『ウフフ……』
強烈な一撃を食らったはずのレビルーンは、何事も無かったかのように微笑んでいる。
「なっ!?」
『下がりなさい、竜種』
まさかのノーダメージに、一瞬だけ呆然としたウェネニーヴに、レビルーンの閃光魔法が炸裂した!
辛うじて両腕でガードはしたものの、ウェネニーヴは爆発に弾き飛ばされて私の足元に落下してくる。
「ウェネニーヴ!」
慌てて駆け寄り、彼女の上体を抱き上げると、大丈夫です……と、気丈にも笑ってみせる。
私に心配をかけまいとして……なんていじらしい娘!
「ここでお姉さまに濃厚なキスとかしていただければ、ますます元気になるのですが……」
よし、戯言が言えるくらいには元気みたいね!
ちょっと表情はガチっぽいけど。
とにかく、私はウェネニーヴをお姫様抱っこの形で持ち上げると、回復魔法を使えるレルールの所まで運び、怪我の治療を頼んだ。
……だけど、完全に背中を向けて隙だらけだったのに、レビルーンは私を狙って来なかったわね。
余裕か、それとも背中に背負っていた盾の《神器》で防がれると思ったのか……。
なんにしても、今の一連の攻防で本気になった神の怖さがわかったわ。
でも、竜の攻撃を平然と受け止めるあの神の鎧には、どう対抗すればいいんだろう。
「ここは俺に任せてもらおうか」
そう言って、攻めあぐねていた私達から、一歩前に出たのはモジャさんだった。
「師匠!? いくら師匠の投げ技でも、あの神の鎧には……」
「フッ、俺の『プロレ・スリング』は投げる事しかできないって訳じゃないぞ?」
心配するコーヘイさんに、「まぁ、見ていろ!」と叫んだモジャさんは、レビルーンに向かって走り出した!
『隙だけです』
しかし、そんなモジャさんは女神の放った閃光に呑み込まれ、爆発の中に消える!
モ、モジャさあぁぁん!
『真正面から突っ込んで来るなど、自殺行為……。威勢は良かったが、頭は悪かったようですね』
むぅ!反論の余地も無いわ!
ただ、モジャさんが本当に無策だったらね!
レビルーンが再び注意をこちらに向けた瞬間、その隙を突いて爆煙の中から飛び出した人影が、女神に組付く!
『なっ!?』
驚愕するレビルーンの眼前には、閃光魔法をまともに食らったにも関わらず、無傷なモジャさんの姿があった!
『な、なぜ!?』
混乱するレビルーンに、モジャさんはニヤリと笑う。
「俺の《加護》、【無敵装甲】はあらゆる攻撃を無効化するのさ!」
『か、《加護》!? 《神器》使いでもないお前が!?』
「残念だったな!俺は槍の《神器》使いだ!まぁ、槍は使えないんだけどな!」
『な、なんですか、それはぁ!?』
うん、《神器》使いなのに《神器》が使えず素手で戦うって、改めて考えると訳がわかんないわよね。
しかし、モジャさんは戸惑うレビルーンの腕を取り、飛び付いて引き倒すと、そのまま肘を逆関節に固めながらクラッチした!
『いだだだだ!』
女神の口から苦鳴の声が飛び出し、バンバンと地面を叩く!
おおっ、効いてるわ。
「打撃や投げの衝撃でダメージを与えられないなら、こうして極める事で部位を破壊していく!これが『プロレ・スリング』の真骨頂じゃい!」
「うおぉぉっ!さすがです、師匠ぉ!」
ドヤ顔で決めるモジャさんに、コーヘイさんも興奮しながらコールを送る。
ノリノリだなぁ、この二人。
『……くっ!調子に乗るなぁ!』
怒りの咆哮と共に、腕を極めるモジャさんの体を、無理矢理持ち上げるレビルーン!
細身に見えても、そこは女神。人間では考えられないような、すごいパワーを秘めてるわね。
「立ち上がったのは誉めてやるが、俺を叩きつけようったって無駄だぜ?」
『頭に乗らないでくださいね、人間。いくらお前が無敵の《加護》を持っていようと、そう長い時間使える訳ではないでしょう?』
た、確かに!
モジャさんの《加護》は強力だけど、時間制限があったはずだわ。
『神の炎に焼かれなさい』
レビルーンが告げると、モジャさんの体が突然、炎に包まれた!
「うおっ!」
『《加護》が効いてる間は平気でしょうが、その炎はお前の体が焼きつくされるまで消えはしませんよ』
「くっ……」
一瞬、ひるんだモジャさんのクラッチが弛んだのを見逃さず、レビルーンは彼の体ごと思いきり腕を振るった!
凄まじいパワーで振り回され、モジャさんは強引に引き剥がされてしまう。
その勢いを利用して、転がりながら退避してきたモジャさんに、ウェネニーヴがいきなりドラゴンブレスを吹きかけた。って、何をしてるのよ!?
「大丈夫です、お姉さま。モジャの《加護》が効いてる内に、ワタクシのブレスで神の炎とやらを散らしただけです」
あ、なるほど……。
突然やるからビックリしたわ。
「ふぅ……助かったぜ、ウェネニーヴ」
「どういたしまして。ワタクシも、あなたの攻防のおかげで、女神の攻略法が見えてきました」
「え、そうなの?」
「はい。見ていてください!」
自信ありげに、私に親指を立てて見せたウェネニーヴは、放たれた矢のように女神へと向かった!
『くっ!人間に続き、竜種まで調子に乗って!』
レビルーンは迫るウェネニーヴに、閃光魔法を集中させる!
しかし、小柄な彼女はさらに姿勢を低くして、それらを掻い潜った。
まるで地を這うほど低い体制なのに、ウェネニーヴの速度は落ちることなく、レビルーンの懐に潜り込む!
おおっ!そこからパンチ?それとも、超近距離のドラゴンブレスとか?
「つあっ!」
だけどウェネニーヴが繰り出したのは、レビルーンの膝を真正面から踏みつけるように蹴り抜く、関節の破壊を目的にしたエグい技だった!
『あぐあぁっ!』
今まで近接戦闘……いや、肉弾戦などやった事も無さそうなレビルーンは、女神らしからぬ悲鳴をあげる!
いや、踏ん張らなかっただけでもたいした物だわ。
迂闊に耐えていたら、完全に膝を壊されていたでしょうしね。
「どんな鎧で完全武装していても、関節の繋ぎ目だけは固められません。つまりは、そこが弱点です」
うん……間違っちゃいないけど、そこは鎧の繋ぎ目を竜の爪で斬りつけるとか、なんかこう……もうちょっと、見映えのいい技とかがあると思うのよね。
可憐な少女がいきなりガチの壊し技って、気が小さい子なら泣くわよ?
だけど、当のウェネニーヴは得意満面で、レビルーンと対峙している。
そんな竜の少女の姿を見て、コーヘイさんがポツリと呟いた。
「そうか……何も、正攻法だけじゃないんだ」
え?それってどういう……。
◆
「今ので、砕けはしなかったようですが、かなり膝にダメージが入ったでしょう」
『ぐぅ……ですが、これで勝ったと思っているのですか!』
恐らく、立っているのもやっとだと思われるレビルーンは、それでも強気な態度を崩さなかった。
「ならば、もう片方の膝も壊してあげましょう!」
『そうはいきません!』
ウェネニーヴがレビルーンの懐に入るよりも速く、滑るように高速移動した女神は、油断していた彼女の首を捉えた!
「なっ!」
「ええっ!」
捕まったウェネニーヴはもちろん、端で見ていた私も驚愕の声をあげる。
いや……って言うか、今のはいったい何なの!?
『片足が使えないなら、使わなければいいだけです』
こんな風にね、とレビルーンは足元を示す。
んん?よーく目を凝らしてみると、なにやら女神の足は地についていない……あ、地面から数センチほど離れた空中に浮いてるっ!
「なるほど、あれなら膝に負担を与えずにすむし、床を蹴る抵抗もないから、氷の上を滑るような動きが可能って訳か」
モジャさんの解説に、レビルーンは満足そうに頷いた。
『ついでに、目障りだった竜種もこれで終わりです』
首を締め付けられ、動けないウェネニーヴに女神の閃光魔法が狙いを定める。
「ウェネニーヴ!」
私は叫んで、妹分を助けるために走った!モジャさんも、同時に駆け出す!
だけど……間に合わない!
絶望的な思考と、頭を撃ち抜かれるウェネニーヴのイメージが頭を過った!
ダメっ!そんなの絶対に!
不吉なイメージを振り切るように、私達は走る足にさらなる力を込める!
でも、二人までの距離はまだ遠い……!
『さようなら、忌まわしき竜種よ!』
女神からの別れの言葉、そして閃光魔法が放たれる前の輝きを増した!
しかし、その寸前!私達とは別の位置から一人の影が、女神に襲いかかった!
「レビルーン!」
飛び込んで来たのは、雄叫びをあげ、大きく剣を振りかぶったコーヘイさん!
彼の狙いは、ウェネニーヴを掴むレビルーンの腕みたいだ!
でも、それを見た女神の口元が笑みの形に歪む。
当然だわ……ウェネニーヴ以外に、今の女神を傷つける攻撃ができる人はいないんだもの。
それでもコーヘイさんは、剣を思いきり振り下ろす!
しかし、レビルーンはコーヘイさんを意にも介さず、閃光魔法を発動させた!
ウェネニーヴの顔面を目掛けて光が弾け……そして、真っ赤な鮮血が飛び散った。




