10 天使への誘惑
「天秤よ、皆に力を!」
モナイムさんが《神器》で強化したのと同時に、ジムリさんとルマッティーノさんが戦いの口火を切った!
左右に展開した二人は、女神を挟んで鎚の《神器》と鉄球の《神器》を振るう!
足と頭を狙った、高低差のある同時攻撃は、レビルーンに避ける間も与えず、見事にクリーンヒットした!
グラリと女神の体が揺れる。
その隙を逃さずに、レルールが鎖の《神器》でレビルーンを絡め捕った!
「シイィィィ!」
奇妙な呼気と共に、セイライが棒立ちになった女神へと、矢の雨を降らせる!
瞬く間に全身が針ネズミのように、矢で埋め尽くされるレビルーン!
「おらぁっ!」
そこへ、だめ押しの一撃とばかりに、コーヘイさんが槍の《神器》を投擲した!
一直線にレビルーンへと飛来した槍の穂先が、女神のふくよかな胸の谷間へと突き刺さる!
……って、あれ!? もしかして、勝ったのこれ?
守り専門の私や、素手での近距離戦が専門のウェネニーヴとモジャさんは、戦いなは乗り遅れた感いっぱいで微妙な空気なんだけど……。
いやいや、いくらなんでも相手は神だし、油断は禁物……とは思ったものの、いまの状況からすると、完全に決着がついたようにしか見えないのよね。
レルール達の息の合った連携攻撃に、セイライの矢が全身がにまんべんなく突き刺さり、コーヘイさんの槍の投擲で心臓を貫かれる……うん、普通なら絶対に死んでる。
『………………ウフフ』
だけど、針ネズミみたいになっていた女神から漏れてきた声は、苦痛ではなく、頑張ってる子供に向かって母親が笑うような、そういった響きのあるものだった。
『あえて、あなた達の攻撃を受けてみましたが……可愛いものですね』
魔力で出来たセイライの矢がポロポロと消滅していき、その下から傷ひとつ無いレビルーンの姿が現れる。
ゲエェーッ!あれだけの矢を受けてたのに、一本も女神にダメージを与えていなかったというの!?
それに、よく見ればコーヘイさんが投げた槍の《神器》も、心臓を貫くどころか女神の皮膚で止められていて、どうやらこちらもノーダメージみたいだわ。
『あなた達が持っている《神器》は、誰が作ったと思っているんです?我が作った物で、我を倒そうなどと……あまりにも愚かしくて、逆に愛おしくなってきますよ』
唖然とする私達を見ながら、クスクスとほくそ笑むレビルーン。
な、何て事なの……。
『ああ……良い顔ですね。それなら、もうひとつ教えてあげましょう。あなた達の《神器》、実はかなり弱体化しています』
え、なんで!?
ひょっとして、女神を相手にしてるから?
『その理由は、魔界十将軍ですよ』
女神は自分の足元に転がっている、ザラゲール達を指差した。
『彼等が頑張って天使達を倒してしまったものですから、守護天使を失った《神器》は、ほぼ覚醒前の状態に戻ってしまったんです』
な、なんですってー!
《神器》と守護天使にそんな繋がりがあったなんて、知らなかった。もっと早く言ってよ、そういう事は!
『魔族と組んで我に逆らうはずが、結果としては足の引っ張り合いになっている……これが滑稽と言わずに、なんと言いましょう』
再び、耐えきれないといった様子で、女神が笑い始める。
その楽しそうな声を聞きながら、私達の間には重苦しい空気が漂っていた。
こちらにとって、神に対抗するための切り札である《神器》が、女神にはいっさい通用しない。
もちろん、並の武具では彼女を傷つける事も不可能だろう。
つまり、私達に勝ち目なんて無いって事だ……ってまあ、普通なら諦めちゃっていたでしょうね。
だけど、残念ながらこちらの切り札は別にある!
『!?』
大笑いしていた女神の声がピタリと止んで、バッと上体を翻す!
その一瞬前まで女神の頭があった位置を、少女の拳が通過した!
空を切った拳が巻き起こす衝撃波に、避けた女神の服がブワリと踊る。
「むっ。面倒だから、避けないでくださいよ」
『そう……あなたがいたわね。我が世界の異端、忌まわしき竜種……』
ウェネニーヴの攻撃をかわしたレビルーンは、流れるような動きで竜の少女から距離を取った。
フフフ、《神器》が通用しなくても、こっちには最強戦力の彼女がいるのよ!
『目障りな、竜種め……』
しかし、レビルーンはウェネニーヴの攻撃に怯むことなく、即座に反撃を開始してきた!
女神の周囲に複数の魔方陣みたいな物が展開し、そこから砲撃を思わせる閃光が放たれる!
「くっ!」
辛うじて初弾をかわすウェネニーヴ。だけど、レビルーンの攻撃は終わらない。
まるで、連射式のバリスタみたいな速さで、次々と撃ち出される閃光の嵐の凄まじさに、さすがのウェネニーヴも回避で精一杯のようだった。
並の攻撃なら、避けるどころかカウンターのチャンスとばかりに突っ込んでいく彼女が、こうまで回避に専念するんだから、あの閃光の一発一発は相当な威力を持っているんだろう。
だけど、ついにレビルーンの閃光が、ウェネニーヴの足を捉えてしまった!
「あうっ!」
苦痛の声と共に、ウェネニーヴが転ぶ。
その隙に、レビルーンはバラバラに放っていた魔法の閃光を集中させて、力を溜めていた!
『滅しなさい、竜種!』
いけない!
あの一撃を食らったら、ウェネニーヴが……。
そう思った瞬間、私は飛び出して盾を構えながら、二人の間に割って入った!
私の事など眼中に無いとばかりに、女神から放たれる極大閃光!
それをなんとか盾で受け止めた瞬間、あり得ないほどの質量を感じた!
「お、重いっ!」
馬鹿みたいな威力が込められているためか、なんとか進行は止めたものの、私の体には盾ごと吹き飛ばされそうになるほどの圧力がかかっていた。
くっ!弱体化してる今の《神器》で、こんなのに耐えきれるのかしらっ!?
でも、ウェネニーヴを守るため、そして私自身を守るためにもやるしかないよっ!
「さ、最大重量おぉっ!」
思えばいいだけなのに、敢えて気合いを入れるために叫ぶ私!
だけど、それと同時に盾によって止められ、圧縮された女神の閃光が爆発を起こした!
轟音と巻き上がる土煙で、意識が一瞬だけ飛びそうになる。
でも、防御には成功したみたいで、私もウェネニーヴもたいした外傷は負ってはいなかった。
……いや、少しだけ髪の毛先がチリチリになっている。
女の子として、これはちょっと悲しい。
『……ばかな。これはいったい……ああ、そういう事ですか』
私達が無事だったことに、レビルーンはわずかに動揺したみたいだったけど、チラリと横を見て一人で納得していた。
彼女がチラ見した人物、それは……エイジェステリア?
あ、そうか!
私の盾の守護天使は、彼女だったわ。
つまり、守護天使が無事だった私の《神器》は、いまだ覚醒後のクオリティを保っているって事ね!
『ふむ……盾とはいえ、強化されている物が敵の手にあるのは面倒ですね……エイジェステリア!』
私を見ながら少し思案したレビルーンは、部下の守護天使の名前を呼んだ!
「は、はいっ!」
『あなたは、この盾の《神器》使いの相手をなさい』
「えっ!?」
「なっ!?」
私と、エイジェステリアの声が重なった。
『何を驚いているのです?この者達は、我に仇なす愚か者達。あなたも天使であるなら、愚か者に神罰を下す手伝いをするのは当たり前でしょう』
「そ、それは……そうなのですが……」
戸惑った表情で、私とレビルーンの顔を交互に見返すエイジェステリア。
うう……確かに女神の言うことは道理ではあるけど、本当に敵に回っちゃうの……!?
わずかな沈黙……そして俯いたエイジェステリアの前に、いつの間にか彼女に近づいていたモジャさんが立ちふさがった。
「わ、私を止めるつもり?」
前に立つモジャさんに、弱々しくエイジェステリアが尋ねる。
しかし、彼は小さく横に首を振った。
「エイジェステリア、お前に問いたい。ふと、思ったんだが……天使達がいなくなって、神も封印され、お前一人が残されたら、天界って誰の物になるんだろうな」
その一言に、神々と天使の顔から表情が消えた。
『ちょ、ちょっと!そこのモジャモジャ!いきなり何を言っているのですかっ!?』
『そうだぞ、貴様!いくらなんでも、神の目の前で天使に裏切りを示唆するとか、悪魔かお前は!』
女神はともかく、邪神さえも思わずモジャさんを責め立てる。
しかし、モジャさんは悪そうな笑みを浮かべて、神々へ言い返す。
「フッ、俺は元々レジスタンスのリーダー。悪政を打倒するためなら、俺自身は悪魔にもなろう!」
そういえば、そういう立場だったわ、この人!
だいたい、悪徳領主(魔族が入れ替わってたからだけど)を倒すために、毒竜の力を借りようなんて考えてた時点で、手段を問わない結構ヤバい人だった訳だし、天使を裏切らせようとか画策してもおかしくないわ。
「さて、考えてもらえたかな?エイジェステリア」
「……ふざけないでよね」
問いかけたモジャさんを、エイジェステリアはキッと睨み付けた。
「私が後の神の地位欲しさに、レビルーン様を裏切ると思っているの!」
『エイジェステリア……』
キッパリと拒絶を現した天使の姿に、女神も思わず声を詰まらせ、感激に顔を伏せる。
くっ……やっぱり、彼女と戦うしかないのか……。
そう思って、エイジェステリアの方を見ると……んん?
なんだか小声で、モジャさんとゴニョゴニョ言ってる?
(エアルちゃんとのベロちゅー。濃厚なやつ!)
(わかった、なんとかする)
おい……なんの取り引きしてるのよ、二人とも!?
しかし、商談が成立した彼等の動きは速かった!
「いやぁ~!」
まったく気の乗っていない、隙だらけな特攻をかけるエイジェステリア!
そして、それをラリアットの一閃で迎撃するモジャさん!
そうして、エイジェステリアは大地に沈んだ。
「さすがは天使、最後まで誇り高く戦ったなぁ~」
ほぼ棒読みで、感想を口にするモジャさん。
いや、素人目にわかるくらいの八百長勝負だったんですけど……。
『くっ……よくも、我が配下を……』
あ、女神が騙されてる。
意外に部下を信頼してたのね。それだけに、ちょっと気の毒だけど。
でも、これで私も《神器》の弱体化を免れて、女神一人に集中できるわ。
「よぉし、俺もまぜてもらおうかな」
エイジェステリアを沈め(八百長だけど)、モジャさんも参戦してきた。
「私達も、エアル様達を援護します!」
神への攻撃が通じなかったレルール達も、援護という形で貢献するため奮い立つ!
皆の援護に、私の防御力とウェネニーヴの攻撃力があれば、勝てるかもしれない。
そんな、勝利への光明が見えた気がして、私達の士気も自然と上がった。
だけど。
『……いいでしょう。神の実力というものを、見せるとしましょうか』
穏やかに佇んでいたレビルーンから、先程ウェネニーヴを狙った時とは比べ物にならないほどの強大な魔力の波動が溢れ出す!
それは大気を揺らし、やがてこの封印の間全体をビリビリと震わせ始めるのだった。




