08 邪神ギレザビーン
「──ふぅ」
食事をすませた皆が、満足そうに一息ついている。
それを見て、私もにっこりと微笑みを浮かべた。
いやー、やっぱり美味しそうに食べてもらえると、作り甲斐があるってものよね。
「満足はしたけど、満腹ってほどじゃない……この絶妙な食事量を作れる辺り、さすがエアルだな」
「まぁね。いつも食事係りをやってるから、皆がどれくらい食べるかは頭に入ってるわ」
言葉通り、パーティの胃袋の容量については完全に把握してるし、好物や苦手な食べ物もちゃんと覚えてる。
これってば、密かな自慢なのよね。
「ワタクシは、お姉さまの料理のお陰で、肉以外の美味しさを知りました」
もともと竜は雑食だけど、普段はあまり野菜なんかは食べなかったと、ウェネニーヴからは聞いている。まぁ、未調理な生野菜って、あんまり美味しくないもんね。
ふふふ、でも竜に「美味しい」って感情を教えられたのは、何気にすごいかも。
「ちなみに、この料理はなんという物なのですか?」
「ああ、それは……」
調子に乗った私の蘊蓄が始まろうとした、その時!
ドゴォン!と至近距離で、雷が落ちたような轟音が響いた!
それと同時に、邪神を封印している扉が……いや、この城全体がビリビリと震動している。
こ、これはいったい……。
「邪神の……鳴動ね」
ゴクリと唾を飲み込みながら、封印の扉を睨んでエイジェステリアが呟く。
「ちょっと扉の前で、ワイワイガヤガヤと騒がしかったから、邪神もご立腹みたいだわ」
うう……た、たしかに、封印の扉の向こうから、何やら凄まじい圧力が漏れだして、私達を威圧してるみたいだわ。
さっきまでのお気楽ムードが吹っ飛んだ所に、再び落雷にも似た轟音と衝撃が私達を襲う!
「……きっと、ワタクシ達を呼んでいるのでしょうね」
強者は強者を知るの……というやつなんだろうか。ウェネニーヴが、邪神の放つ威圧に呼応して前に出た。
「皆さん、準備はよろしいですか?」
彼女の問いに、全員が力強く頷く。
それを確認したウェネニーヴが、ニヤリと笑って封印の扉に向かって、いきなりドラゴンブレスを放った!
さきほど邪神から放たれた、威圧に負けないくらいの爆音と、大気を切り裂く閃光が封印の扉を破壊する!
「これなら、中に入れますね」
「そ、そうね……」
ちょっと得意気なウェネニーヴが、私にウインクしながら聞いてきた。
若干やり過ぎな気もするけど、まぁ相手は邪神だしいいでしょう。
「さぁて、行こうぜ」
リーダーとして、先頭に立ったコーヘイさんに続き、私達は砕けた扉の残骸を踏み越えて、いよいよ封印の間へと歩を進めた。
「────!?」
クラリと目眩のような物を感じて、私はその場に立ち止まってしまう。
何事かと周囲を見回すと、皆も同じような違和感を感じているみたいだった。
何て言うんだろう……まるで、この部屋に入った瞬間から、私達がいた世界とはまったく違う空間になったというか、空気の変化に酔ったみたいな?
【状態異常無効】の《加護》があっても感じる違和感に、私はここが本当に神のいる場所なんだと改めて感じさせられた。
『よく来たな、《神器》使いの人間達よ』
突然、室内に……いえ、頭の中?に荘厳とも言える声が響いた。
男みたいでもあるし、女みたいでもある、中性的なその声の主……こいつが邪神ギレザビーンなのね!
いったい、どこから私達に声をかけているのかしら?
不意打ちとかされたら厄介なので、敵の位置を掴もうとキョロキョロと周囲を見回してみる。けれど、邪神の姿はどこにもない。
『……どこを見ている。我はここだ』
そう、ギレザビーンが声をかけてきた瞬間、いきなり私達の目の前に巨大な玉座が現れた!
「なぁっ!?」
『ここだ、ここだ』
「っ!?」
まるで柱を思わせるような玉座の出現に驚いていると、その上の方から、また呼び掛けられる!
慌てて、声の方向に顔を上げると、そこには玉座に腰かけたひとりの青年の姿があった。
銀色の髪に褐色の肌、さらに女性と見間違いそうになるほどの中性的な美貌。
気だるげな雰囲気を纏いながらも、私達を見下ろすその瞳には少しばかりの興味の光が宿っている。
『ここは神の空間。お前ら人間の曖昧な意識では、何も見えず、何も認識できんぞ』
ようは五感を研ぎ澄ませて、しっかりと意識することだと、邪神は教えてくれた。
「ご、ご親切にどうも……」
つい、お礼の言葉を口にしちゃった私に、ギレザビーンはクスリと笑みをこぼす。
くっ……自身を再封印しに来た敵を前に、なんて余裕なのかしら。
自然体なのに、圧倒的な威厳と存在感に溢れるその姿は、何度かお目にかかった人間の王とは、まるで質が違う。
まさに『神』だわ。
ふぅ……と、邪神は小さく息を吐いた。
たったそれだけの仕種でも、人間とはまったく異なる存在感に、私は内心ドキドキしてしまう。
『それにしても、派手に侵入してきたものだ。もう少し穏やかに扉を開けなかったものかね……』
「何かと勢いをつけないと、人間は踏ん切りがつかないんでね。それに、あんな派手に威嚇してきた奴に『穏便に……』なんて言われるのは、心外だぜ」
『威嚇……?』
コーヘイさんの返しに、ギレザビーンは小首を傾げた。
「あんな雷鳴みたいなド派手な音と衝撃が、威嚇のためでなくて何なんだ!」
『……ああ、あれは我の腹の音だ』
……はい?
『何やら、扉の向こうから良い匂いが漂って来たのでな。目覚めたばかりの体が、つい反応してしまったわ』
素直~。っていうか、なんだろう……さっきまでの威厳やら何やらが、一気に失せた気がするんですけど?
「……あの、お腹すいてるなら何か作りましょうか?」
もしかすると、穏便に封印出来るかも……なんて下心はありつつも提案すると、ギレザビーンはガタッ!っと、一瞬身を乗り出した!
しかし、すぐに頭を振って落ち着くと、静かに元の姿勢に戻る。
『神が人間の施しを受けると思っているのか?』
いや、いま受けそうになってたじゃない!?
『まぁ……供物という形でなら、受け取ってやらんでもないがな』
しかも、めっちゃ未練タラタラだし!
うーん、なんだろう、この邪神。
初見の時のすごい威圧感は、こっちが緊張しすぎていただけなのかもしれないわね。
皆も、(思ってたのと違う……)って顔してるし。
なんだかこうなってくると、背の高い玉座から見下ろしてくる姿も、調子に乗って高い所に座ったけど、降りれなくなったみたいに見えてきて、変な笑いが浮かんでくる。
『なんにしても、だ!』
しかし、こちらの気が抜けていたのを見計らってか、またも邪神は威厳を示すように圧力感を放ってきた!
『貴様ら《神器》使いがここまで来たという事は、我が異世界から喚び出した闇の勇者も、魔族の精鋭達も討たれたという事であろう……ならば、我への忠義の代償として、せめて仇は討ってやらねばなるまい』
大気を揺らし、ギレザビーンが私達を睨み付けた。だけど……。
「いや、ザラゲール達は生きてるけど……」
『……ん?』
魔族の一行が生きてると聞いて、邪神の頭の上に?マークが浮かぶ。
『……貴様らは、あやつらを倒して我の元へ来たのだろう?』
「あー……話し合いの結果、私達は邪神の所へ、そしてザラゲールさん達は、人間界の神の所へ行くことになりまして……」
『いやいやいや、ちょっと何言ってるのかわからない。その辺を詳しく』
戸惑いを含みながら、ギレザビーンは玉座から降りてくると、私達に説明を要求してきた。
うん、無理もないわね。
仕方なく、私達は事の経緯を邪神に向かって話始めた……。
『────なるほどな、我ら神々の支配から脱却すべく同盟を、か……』
モグモグとご飯を咀嚼しながら、説明を聞いたギレザビーンは眉をひそめた。
結局の所、話が長引くなら飯を出せと言い張ったため、こうして食事を提供している訳だけど、お行儀が悪いなぁ……。
『それにしても、いくら貴様らが発展性をコンセプトにレビルーンに生み出されたとは言え、些か自由過ぎるのではないか?』
呆れたように言う邪神は言うけど、確かに返す言葉もないわ。
ところで、レビルーンって誰?
話の流れからいくと、たぶん……。
「私達の世界の神……創造の女神様の御名です」
少し緊張しながら、レルールが説明してくれた。
ああ、やっぱりそうなのね。
一応、人間界では神の名は秘匿されるべしって掟があり、私達みたいな一般人には普及していないんだけど、さすが神官でもあるレルール達は知っていたみたい。
『我は強き種族を造るために魔族を、レビルーンは自由意思による発展性を求めて人間を創造した。が、この結果を見れば、やはり我のコンセプトの方が優れていたようだ。自らの駒に裏切られるとは、間の抜けた話よ』
ククク……と可笑しそうに肩を揺すり、上機嫌で食事を続けるギレザビーン。
いや、そうやって失敗作呼ばわりしてる私達に、ご飯食べさせてもらってるアンタはなんなのよ……と、つい言いたくなるわね。
しかし、駒か……。
やっぱり、神々は人間や魔族をそんな風にしか見ていないのね。
もしかしたら、話を聞いたギレザビーンが、もうちょっと封印されわ!なんて言い出すかもって、淡い期待もあった。
けど、こうなったら戦うしかなさそうだわ。
『さてと、腹もふくれた事だし……』
邪神が軽く片手を上げると、空になった食器が宙に浮き、部屋の隅へと音もなく移動する。
たぶん、壊れないように気を使ってくれたんだろう。お行儀は悪いけど、中々気が利くじゃない。
『勘違いするなよ?食器に気をとられて、つまらん戦いになっては困るからな』
むっ!食器の心配をしていたのが、顔に出てたのかしら。ちょっと恥ずかしい……。
『飯の礼に、神である我が本気で相手をしてやろう。我が全力を味わえる事を、光栄に思うがいい!』
「ふん……今まで何度も封印された割には、随分と強気な奴だな」
臨戦体勢に入ったギレザビーンに対し、コーヘイさんも武具を構えながら邪神に軽口を叩く。
ちょっとした挑発のつもりだったんだろうけど、相手は薄い笑みを浮かべて受け流し、逆に問いかけてきた。
『……今まで、我を封印しに来た《神器》使い達は、何人パーティで来たと思う?』
「ん?何よ、急に……十人くらい?」
現状、結構な大所帯である私達のパーティより、少し多目の人数を告げると、ギレザビーンは大声で笑いだした!
『フハハハ、最低でもその倍はいたぞ!』
ええっ!?
そ、それじゃあ、今までは二十人以上もの《神器》使いがパーティを組んで、ギレザビーンに戦いを挑んだっていうの!?
『その半分にも満たない上、《神器》使いでない者まで混ざっている。しかも、切り札か?その縛られた天使はなんだ?』
邪神は、自主的に縄で括られているエイジェステリアを見て、指差して笑う。
『こんな、訳のわからぬお前らのパーティが、我に勝てると思っているのか?これを笑わずして、なんとする』
自分の有利を大っぴらにしておいて、なお勝ち誇る邪神。なんて大人げない奴なのかしら。
だけど……私達を舐めてもらっちゃ困るわ!
なんせ、こっちには最強種である、竜もいるんだからね!
「エアルちゃん、私は?」
あー、うん。変態天使もいたわね。
期待してるわと適当に告げると、やる気を出した彼女は、自分に絡みつく縄をさらにきつく締め上げた。
うん、なんで……?
「いくぞ、皆!」
「応!」
「はいっ!」
気を取り直して、次々と返事をしながら武器を構えて迎撃にそなえる私達と、全力を出すと公言した事を守るように、迸るオーラを身に纏うギレザビーン。
攻防がはっきりとした、二つの陣営の戦いの火蓋が……切って落とされた!




