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逃走、盾役少女  作者: 善信
第七章 神を討つ者達
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08 邪神ギレザビーン

「──ふぅ」

食事をすませた皆が、満足そうに一息ついている。

それを見て、私もにっこりと微笑みを浮かべた。

いやー、やっぱり美味しそうに食べてもらえると、作り甲斐があるってものよね。

「満足はしたけど、満腹ってほどじゃない……この絶妙な食事量を作れる辺り、さすがエアルだな」

「まぁね。いつも食事係りをやってるから、皆がどれくらい食べるかは頭に入ってるわ」

言葉通り、パーティの胃袋の容量については完全に把握してるし、好物や苦手な食べ物もちゃんと覚えてる。

これってば、密かな自慢なのよね。


「ワタクシは、お姉さまの料理のお陰で、肉以外の美味しさを知りました」

もともと竜は雑食だけど、普段はあまり野菜なんかは食べなかったと、ウェネニーヴからは聞いている。まぁ、未調理な生野菜って、あんまり美味しくないもんね。

ふふふ、でも竜に「美味しい」って感情を教えられたのは、何気にすごいかも。


「ちなみに、この料理はなんという物なのですか?」

「ああ、それは……」

調子に乗った私の蘊蓄が始まろうとした、その時!

ドゴォン!と至近距離で、雷が落ちたような轟音が響いた!

それと同時に、邪神を封印している扉が……いや、この城全体がビリビリと震動している。

こ、これはいったい……。


「邪神の……鳴動ね」

ゴクリと唾を飲み込みながら、封印の扉を睨んでエイジェステリアが呟く。

「ちょっと扉の前で、ワイワイガヤガヤと騒がしかったから、邪神(やつ)もご立腹みたいだわ」

うう……た、たしかに、封印の扉の向こうから、何やら凄まじい圧力(プレッシャー)が漏れだして、私達を威圧してるみたいだわ。

さっきまでのお気楽ムードが吹っ飛んだ所に、再び落雷にも似た轟音と衝撃が私達を襲う!


「……きっと、ワタクシ達を呼んでいるのでしょうね」

強者は強者を知るの……というやつなんだろうか。ウェネニーヴが、邪神の放つ威圧に呼応して前に出た。

「皆さん、準備はよろしいですか?」

彼女の問いに、全員が力強く頷く。

それを確認したウェネニーヴが、ニヤリと笑って封印の扉に向かって、いきなりドラゴンブレスを放った!

さきほど邪神から放たれた、威圧に負けないくらいの爆音と、大気を切り裂く閃光が封印の扉を破壊する!


「これなら、中に入れますね」

「そ、そうね……」

ちょっと得意気なウェネニーヴが、私にウインクしながら聞いてきた。

若干やり過ぎな気もするけど、まぁ相手は邪神だしいいでしょう。

「さぁて、行こうぜ」

リーダーとして、先頭に立ったコーヘイさんに続き、私達は砕けた扉の残骸を踏み越えて、いよいよ封印の間へと歩を進めた。


「────!?」

クラリと目眩のような物を感じて、私はその場に立ち止まってしまう。

何事かと周囲を見回すと、皆も同じような違和感を感じているみたいだった。

何て言うんだろう……まるで、この部屋に入った瞬間から、私達がいた世界とはまったく違う空間になったというか、空気の変化に酔ったみたいな?

【状態異常無効】の《加護》があっても感じる違和感に、私はここ(・・)が本当に神のいる場所なんだと改めて感じさせられた。


『よく来たな、《神器》使いの人間達よ』


突然、室内に……いえ、頭の中?に荘厳とも言える声が響いた。

男みたいでもあるし、女みたいでもある、中性的なその声の主……こいつが邪神ギレザビーンなのね!


いったい、どこから私達に声をかけているのかしら?

不意打ちとかされたら厄介なので、敵の位置を掴もうとキョロキョロと周囲を見回してみる。けれど、邪神の姿はどこにもない。

『……どこを見ている。我はここだ』

そう、ギレザビーンが声をかけてきた瞬間、いきなり私達の目の前(・・・・・・・・・・)に巨大な玉座が現れた(・・・・・・・・・・)


「なぁっ!?」

『ここだ、ここだ』

「っ!?」

まるで柱を思わせるような玉座の出現に驚いていると、その上の方から、また呼び掛けられる!

慌てて、声の方向に顔を上げると、そこには玉座に腰かけたひとりの青年の姿があった。

銀色の髪に褐色の肌、さらに女性と見間違いそうになるほどの中性的な美貌。

気だるげな雰囲気を纏いながらも、私達を見下ろすその瞳には少しばかりの興味の光が宿っている。


『ここは神の空間。お前ら人間の曖昧な意識では、何も見えず、何も認識できんぞ』

ようは五感を研ぎ澄ませて、しっかりと意識することだと、邪神は教えてくれた。

「ご、ご親切にどうも……」

つい、お礼の言葉を口にしちゃった私に、ギレザビーンはクスリと笑みをこぼす。

くっ……自身を再封印しに来た敵を前に、なんて余裕なのかしら。

自然体なのに、圧倒的な威厳と存在感に溢れるその姿は、何度かお目にかかった人間の王とは、まるで質が違う。

まさに『神』だわ。


ふぅ……と、邪神は小さく息を吐いた。

たったそれだけの仕種でも、人間とはまったく異なる存在感に、私は内心ドキドキしてしまう。

『それにしても、派手に侵入してきたものだ。もう少し穏やかに扉を開けなかったものかね……』

「何かと勢いをつけないと、人間は踏ん切りがつかないんでね。それに、あんな派手に威嚇してきた奴に『穏便に……』なんて言われるのは、心外だぜ」

『威嚇……?』


コーヘイさんの返しに、ギレザビーンは小首を傾げた。

「あんな雷鳴みたいなド派手な音と衝撃が、威嚇のためでなくて何なんだ!」

『……ああ、あれは我の腹の音だ』

……はい?

『何やら、扉の向こうから良い匂いが漂って来たのでな。目覚めたばかりの体が、つい反応してしまったわ』

素直~。っていうか、なんだろう……さっきまでの威厳やら何やらが、一気に失せた気がするんですけど?


「……あの、お腹すいてるなら何か作りましょうか?」

もしかすると、穏便に封印出来るかも……なんて下心はありつつも提案すると、ギレザビーンはガタッ!っと、一瞬身を乗り出した!

しかし、すぐに頭を振って落ち着くと、静かに元の姿勢に戻る。

『神が人間の施しを受けると思っているのか?』

いや、いま受けそうになってたじゃない!?

『まぁ……供物という形でなら、受け取ってやらんでもないがな』

しかも、めっちゃ未練タラタラだし!

うーん、なんだろう、この邪神。

初見の時のすごい威圧感は、こっちが緊張しすぎていただけなのかもしれないわね。

皆も、(思ってたのと違う……)って顔してるし。

なんだかこうなってくると、背の高い玉座から見下ろしてくる姿も、調子に乗って高い所に座ったけど、降りれなくなったみたいに見えてきて、変な笑いが浮かんでくる。


『なんにしても、だ!』

しかし、こちらの気が抜けていたのを見計らってか、またも邪神は威厳を示すように圧力感(プレッシャー)を放ってきた!

『貴様ら《神器》使いがここまで来たという事は、我が異世界から喚び出した闇の勇者も、魔族の精鋭達も討たれたという事であろう……ならば、我への忠義の代償として、せめて仇は討ってやらねばなるまい』

大気を揺らし、ギレザビーンが私達を睨み付けた。だけど……。


「いや、ザラゲール達は生きてるけど……」

『……ん?』

魔族の一行が生きてると聞いて、邪神の頭の上に?マークが浮かぶ。

『……貴様らは、あやつらを倒して我の元へ来たのだろう?』

「あー……話し合いの結果、私達は邪神(あなた)の所へ、そしてザラゲールさん達は、人間界の神の所へ行くことになりまして……」

『いやいやいや、ちょっと何言ってるのかわからない。その辺を詳しく』

戸惑いを含みながら、ギレザビーンは玉座から降りてくると、私達に説明を要求してきた。

うん、無理もないわね。

仕方なく、私達は事の経緯を邪神に向かって話始めた……。


『────なるほどな、我ら神々の支配から脱却すべく同盟を、か……』

モグモグとご飯を咀嚼しながら、説明を聞いたギレザビーンは眉をひそめた。

結局の所、話が長引くなら飯を出せと言い張ったため、こうして食事を提供している訳だけど、お行儀が悪いなぁ……。

『それにしても、いくら貴様らが発展性をコンセプトにレビルーン(・・・・・)に生み出されたとは言え、些か自由過ぎるのではないか?』

呆れたように言う邪神は言うけど、確かに返す言葉もないわ。

ところで、レビルーンって誰?

話の流れからいくと、たぶん……。

「私達の世界の神……創造の女神様の御名です」

少し緊張しながら、レルールが説明してくれた。

ああ、やっぱりそうなのね。

一応、人間界では神の名は秘匿されるべしって掟があり、私達みたいな一般人には普及していないんだけど、さすが神官でもあるレルール達は知っていたみたい。


『我は強き種族を造るために魔族を、レビルーンは自由意思による発展性を求めて人間を創造した。が、この結果を見れば、やはり我のコンセプトの方が優れていたようだ。自らの()に裏切られるとは、間の抜けた話よ』

ククク……と可笑しそうに肩を揺すり、上機嫌で食事を続けるギレザビーン。

いや、そうやって失敗作呼ばわりしてる私達に、ご飯食べさせてもらってるアンタはなんなのよ……と、つい言いたくなるわね。


しかし、()か……。

やっぱり、神々は人間や魔族(私達)をそんな風にしか見ていないのね。

もしかしたら、話を聞いたギレザビーンが、もうちょっと封印され(寝る)わ!なんて言い出すかもって、淡い期待もあった。

けど、こうなったら戦うしかなさそうだわ。


『さてと、腹もふくれた事だし……』

邪神が軽く片手を上げると、空になった食器が宙に浮き、部屋の隅へと音もなく移動する。

たぶん、壊れないように気を使ってくれたんだろう。お行儀は悪いけど、中々気が利くじゃない。

『勘違いするなよ?食器(こんなもの)に気をとられて、つまらん戦いになっては困るからな』

むっ!食器の心配をしていたのが、顔に出てたのかしら。ちょっと恥ずかしい……。

『飯の礼に、神である我が本気で相手をしてやろう。我が全力を味わえる事を、光栄に思うがいい!』

「ふん……今まで何度も封印された割には、随分と強気な奴だな」

臨戦体勢に入ったギレザビーンに対し、コーヘイさんも武具を構えながら邪神に軽口を叩く。

ちょっとした挑発のつもりだったんだろうけど、相手は薄い笑みを浮かべて受け流し、逆に問いかけてきた。


『……今まで、我を封印しに来た《神器》使い達は、何人パーティで来たと思う?』

「ん?何よ、急に……十人くらい?」

現状、結構な大所帯である私達のパーティより、少し多目の人数を告げると、ギレザビーンは大声で笑いだした!

『フハハハ、最低でもその倍はいたぞ!』

ええっ!?

そ、それじゃあ、今までは二十人以上もの《神器》使いがパーティを組んで、ギレザビーンに戦いを挑んだっていうの!?


『その半分にも満たない上、《神器》使いでない者まで混ざっている。しかも、切り札か?その縛られた天使はなんだ?』

邪神は、自主的に縄で括られているエイジェステリアを見て、指差して笑う。

『こんな、訳のわからぬお前らのパーティが、我に勝てると思っているのか?これを笑わずして、なんとする』

自分の有利を大っぴらにしておいて、なお勝ち誇る邪神。なんて大人げない奴なのかしら。


だけど……私達を舐めてもらっちゃ困るわ!

なんせ、こっちには最強種である、(ウェネニーヴ)もいるんだからね!

「エアルちゃん、私は?」

あー、うん。変態天使エイジェステリアもいたわね。

期待してるわと適当に告げると、やる気を出した彼女は、自分に絡みつく縄をさらにきつく締め上げた。

うん、なんで……?


「いくぞ、皆!」

「応!」

「はいっ!」

気を取り直して、次々と返事をしながら武器を構えて迎撃にそなえる私達と、全力を出すと公言した事を守るように、迸るオーラを身に纏うギレザビーン。


攻防がはっきりとした、二つの陣営の戦いの火蓋が……切って落とされた!

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