07 決戦の前に
いまだ悶える魔族の兵士達の間をすり抜け、私達は邪神が封じられているという地下を目指して進みだした。
「付いてこい」
先頭に立って皆を導くように、セイライがどんどん歩を進めていく。
さすがは元魔界十将軍、勝手知ったるなんとやらね!
──それから、しばらく。
彼に付いていけば、最短距離で目的の場所にたどり着くだろうと、その背中を追いかけていたんだけど……まだなの?
かれこれ、三十分近く走っているのになぁ。
確かに、ここは大きな城ではあるけど、目的の場所に行くのにそこまで時間はかからないと思うんたけど……って、あれ?
ここ、さっきも通らなかったかしら?
何となく見覚えのある通路に首を傾げていると、先導を務めていたセイライがピタリと足を止めた。
「どうしたの、セイライ?」
「……ああ、どうも迷ったらしい」
……はい?
「だから、迷ったと……」
「な、なに言ってるのよ!あんなに自信満々で付いてこいって言ってたのに!」
「フッ……なんとかなるかと思っていたんだがな」
フッ……じゃないわよ!
そんな当てずっぽうで、私達を引きずり回していたっていうの!?
「おいっ!お前、元魔界十将軍だろ!このメンバーの中で、ここの内部に詳しいのはお前しかいないんだぞ!?」
「俺はあまり登城していなかったんだ。それに、森の中ならともかく、人工物の間取りなど覚えていられんよ」
エルフだからな!と自分を指差して決めポーズを取るセイライ。
いや、それ何アピールよ?
「つーか、こんな敵陣のど真ん中で迷ったって……どうするんだよ、これから!」
「まあ、しらみ潰しに探すしかあるまい。なぁに、目指す場所は地下なのだから、一階を隈無く探せばそのうち見つかるさ」
コーヘイさんがセイライに食ってかかるけど、当のエルフはぜんぜん悪びれた様子がない。
まったく、この空気を感じなさいよ!風魔法が得意なエルフだけに!
「しかし、今まで走りながら探索していましたが、地下に続くような部屋は見当たりませんでしたよね」
「さらに、この広い城内で一階部分だけでもくまなく探すというのは、相当な時間のロスが有りそうです」
私達も、そんなに時間が有り余っている訳じゃない。
あまりモタモタしていると、毒が抜けた魔族達にまた囲まれるかもしれないし、せめて地下までは早いとこ移動しなきゃ。
だけど、さすがに時間がないといっても、ここで人数をバラけさせるなんて事もできないわよね。
とにかく、急いで城の端からでも探索するしかないか。
そう思って、ゾロゾロと移動しようとした時、レルールがお待ちくださいと手をあげた。
「恐らくですが……この城の構造上、地下に続く道は一階にはありません」
きっぱりと言いきるレルールに、皆キョトンとした顔になる。
「私も王族の端くれなので、お城の構造……というより、コンセプトというものには少し造詣があります。邪神が封じられている封印の間が、城の者にとって最重要ポイントだとすれば、分かりやすい入り口等は設置されてはいないでしょう」
「なるほど……確かに、ゲームでも隠し部屋なんかは以外な場所にあったりしたな」
コーヘイさんが納得していると、レルールもコクりと頷いた。
「それが脱出経路であれば、逃げるべき人達に近い場所。最後まで守るべき場所なら、精鋭が集う場所に、入り口があると考えられます」
「その予想からすると……玉座の間とか、魔界十将軍達が集まるような部屋が怪しいって事?」
「はい!」
おおっ!すごいわ、レルール!
闇雲に探すよりも、そっちの方が効率が良さそうじゃない。
「ふむう。王族じゃなきゃ、ちょっと思い付かなかったな」
「やるな、レルール!」
「さすがですわ、レルール様!」
「いえ……それほどでも……」
皆から手放しで誉められて、レルールは照れながらはにかんだ笑顔を見せる。うーん、可愛い。
よし、それじゃあ早速、そういう場所から探してみましょうか!
そんな訳でセイライに尋ねると、城の上の方に魔界十将軍が会議に使う部屋があるとか。
この城には王族とかいないから、怪しいのはその部屋っぽいわね。
「まずは、その部屋に行ってみましょう。セイライ、案内よろしく!」
「今度は迷うなよ?」
「会議室なら、何度か行ったことがある。大丈夫だ」
そう言って、こっちだと先頭を走り出したセイライに続き、私達も魔族の会議室へと向かって走り出した。
「──うおらぁ!」
階段をいくつか駆け上がってきた私達は、目的の会議室のドアを勢いよく蹴破り、一気に室内へと雪崩れこんだ!
一応、待ち伏せがあるかもと警戒しての行動だったけど、幸いというか当然というか、魔界十将軍の専用部屋であるここには、まったく人の気配が無かった。
会議室というだけあって、部屋の真ん中には大きな円卓と、それを囲むように十席の椅子が並べられている。
あとは……休憩の時にお茶でも飲むのかしら?
小さな給湯室があり、書類だか書物だかがズラリと並べられた、大きな本棚などがあるくらいだった。
「よし。それじゃあ、ここから徹底的に探してみよう」
私達は手分けして、室内の探索を始める。
調度品を避けたり、床を調べたり、壁を叩いてみたり……まぁ、ダンジョン探索とやってる事は同じなんだけどさ、それを室内でやると、なんだか盗賊みたいな気分になってくるわね。
そんな気持ちを胸にしまいつつ、しばらくの間は無言で隠し通路のような物を探す。
すると、「おい!」とモジャさんが皆を呼び出した。
「この本棚の脇だが……僅かに動かした後があるぞ」
言われてよく床を見てみると、確かにこの本棚を引きずったような跡がついている。
これは……当たりかしら?
「それじゃあ、こいつを動かしてみよう。コーヘイ、手伝ってくれ」
「分かりました、師匠!」
モジャさんとコーヘイさんは、床に跡がある本棚の側面から反対側へと回り込み、力を込めて押しはじめた。
「ぬおぉぉぉっ!」
「くおぉぉぉっ!」
二人が渾身の力で押していくと、本棚は重い音を立てながら少しずつ動いてく。
そうして移動させ終えると、本棚の後ろに私の背丈くらいの大きさの扉が姿を現した。
おお、隠し扉だわ……。
「これは……かなり、それっぽいな」
「ああ、行ってみよう」
そう言うと、コーヘイさんは扉の取っ手に手をかける。
どうやら、鍵はかかっていないらしく、すんなりと扉は開いた。
「……階段だ」
え?
コーヘイさんの呟きに、皆が扉の向こうを覗き込むと、確かに下方へと向かう階段が伸びていた。
ああ、これは間違い無さそうね!レルールの読みはバッチリだったわ!
的を射たレルールを再び誉めちぎると、彼女は頬を染めてくすぐったそうにする。
「……さぁ、早く行きましょう、お姉さま!」
ニコニコと照れるレルールを眺める私に、ウェネニーヴが急かすように袖を引っ張ってきた。
ははぁん。私がレルールを誉めるから、妬いてるわね?
こちらも可愛いウェネニーヴの頭を撫でながら、私達は地下に伸びる階段に足を踏み入れた。
──念のため、罠とかを警戒して、盾を持つ私が先頭に立ってドンドン進んでいく。
どうやら壁やら天井に光る鉱石みたいな物が混じっているようで、地下ながらも光源は保たれていた。
しかしこの通路……というか、階段なんだけど、始めの頃は盾を構えた私一人くらいの道幅しか無かったのに、降りるにつれて広くなってきたわね。
今は三人くらいが横並びで歩けるくらいには、道幅が広くなっている。
そんな訳で、盾の私に感覚の鋭いウェネニーヴが斥候も兼ねた前衛として、先を進んでいた。
まぁ、歩くのに不便が無いのはいい事なんだけど……どこまで続くのかしら、この階段は。
何となく段数を数えていたけど、五百を越えた当たりで私は考えるのを止めた。
ああ……もう、滑り降りた方が楽なんじゃないかしら?
そうだわ、盾を板がわりにして坂を滑るみたいに……。
「お姉さま」
階段をひたすら降りるだけという精神的な疲れからか、変な方向に考えが至っていた私は、ウェネニーヴの呼び掛けでハッとする。
「ど、どうしたの、ウェネニーヴ?」
「階段……終わりです」
マジで!
ウェネニーヴの言葉に内心で両手を上げながら、道の先に目を向けると、確かにあと数段を残し、そこからは床が広がっていた。
やったー!もう階段はこりごりだよぉ!と、一足跳びに降りようとした時、後方から伸びてきた手に首根っこを捕まれて、危うく転びそうになる!
「あ、危ないじゃない!」
「危ないのはお前だ!ラスボスの部屋の前なんだから、守護者的なモンスターがいるかもしれないだろ!」
うっ!その可能性は、考えていなかったわ。
コーヘイさんに怒られて、ちょっと反省する私にウェネニーヴが「お姉さまはワタクシが守ります!」と嬉しい事を言って慰めてくれる。
ありがとうねと、ギュッと彼女を抱き締めると、それを見ていたコーヘイさんは、小さくため息を吐いていた。
「さて……幸い、その先は広そうだ。全員で突入して、横に展開するようにして、敵に備えよう」
コーヘイさんの提案に、皆が頷いく。
おお……まるでリーダーみたい。いや、勇者だったわ。
「行くぞ!」
合図と共に、私達は数段残っていた階段を飛び降りて、着地と同時に横一列になるように展開する!
そうして、来るかもしれない攻撃に備えた!が……。
「……何もいない」
誰かの呟きが、だだっ広い地下広場に響いた。
そう、拍子抜けする話だけど、階段の終着点はだだっ広いだけの広場になっていたのだ。
「なによ、もぅ。散々、脅かしといて……肩透かしもいい所じゃない」
なんて事を言いながらも、とりあえずはホッとした。本当にすごいのがいたら、嫌だったしね。
安心した私は、注意してくれたコーヘイさんの方をうかがう。
すると、彼は尻を押さえたまま、床に転がっていた!
ど、どうしたの!?
「あ、階段から飛び降りた時に着地をミスって、思いきり尻餅をついたそうです」
ああ……結構、勢いがついてると、お尻から落ちてもかなり痛いもんね。
まったく、いまいち決まらないわね、この勇者様は。
「皆さん、あれを……」
ふと、レルールが広場の奥を指差しながら、私達を促した。
なにかな?と、そちらに目を向けると、薄暗いその先に巨大な扉がある事に気づいた。
え、あれがもしかして……。
「恐らく、あの扉の向こうに邪神がいるのでしょう……」
ゴクリと唾を飲み込む音が響いた。
まるで、城門のような大きさに、めっちゃ派手な装飾……確かに、神様の類いが奥にいますよと言わんばかりの迫力と説得力があるわ。
「さぁて、最後の決戦だな」
わずかに緊張を含んだ声で、モジャさんが呟く。
そうね、最後の決戦ね。だから……。
「よし!ご飯にしましょう!」
「…………うん?」
私の発した一言に、皆が首を傾げた。
「なに言ってんだ、エアル?」
不思議そうに聞き返される。いや、何もふざけている訳じゃないんだけど。
「だからね、戦う前に空腹じゃ力が出ないでしょ?もちろん、満腹になったらダメだけど、何か腹に入れておかなくちゃ!」
ただでさえ魔界に入ってから、強行軍でここまで来たのだ。休息も兼ねてご飯にするのは、理にかなっていると私は思う!
あと、魔法の鞄に入れてある食材とか、悪くなる前に使いきりたいし!
「ワタクシは賛成です!」
「そうだな、エアルの飯は美味いし」
「まぁ、ボス戦前に回復するのはセオリーだよな」
「……私達もそうしましょう」
「エアル様、お手伝いしますわ」
どっかりと座り込むウェネニーヴ達を見て、レルール達も苦笑しながら荷物を降ろし、料理を手伝いを申し出てくれた。
「ありがとう。それじゃあ……」
手伝ってくれるという、モナイムさん達に色々と指示を出して、私は魔法の鞄から色々と取り出して献立を決める。
「待っててね、美味しいのを作るから」
鼻歌交じりに私達が食事の準備を始めると、それを見ていたエイジェステリアが大きくため息を吐いた。
「私も、何度か邪神と戦う勇者の姿を見てきたけど、ここまで呑気な勇者一行は初めてだわ……」
ふぅん?
まあ、誉め言葉として受け取っておきましょう。
そんな私の返事を聞いて、エイジェステリアはまた呆れたようにため息を吐いていた。




