06 ベルウルフの置き土産
「こちらへどうぞ」
先を行くザリーズが案内してくれたのは、地下へ続く扉ではなく、大きなホールの入り口だった。
軽く二百人くらいは入れそうなその部屋は、田舎者の私にはちょっとお目にかかる機会もない。
旅の始めの頃、コーヘイさん達と出会ったファーキンのお城になら、このくらいの部屋はあったのかもしれないな……。
そんな感じで、物珍しい調度品や広さに圧倒されて室内を見回していると、厳しい顔つきになったセイライがザリーズを睨み付ける。
「なんのつもりだ、ザリーズ」
「フフフ、それはこちらの台詞ですよ、セイライ様」
パチンとザリーズが指を鳴らす。
すると、それを合図にして私達の位置から反対側の部屋の扉が開き、そこから完全武装した兵士達がゾロゾロと室内に入ってきた!
え?な、何!?
「どうやら、歓迎のパーティーを開いてくれるって雰囲気じゃないな」
「いえいえ、歓迎はいたしていますよ。こうして我が軍の精鋭を集めておきましたからね」
ザリーズの言う通り、部屋に入ってきた兵士達は、一糸乱れぬ訓練された動きで隊列を組む。
素人目に見てもかなりの練度を積んでいるのがわかるけど、なんでこんな精鋭が私達を敵視してるのよ!
「ま、待て!何か誤解があるみたいだけど、俺達はザラゲール達と和解したんだ!」
コーヘイさんが慌てて呼び掛けるけれど、ザリーズ達は鼻で笑ってまともに取り合おうとしない。
「何を世迷い言を……。大体、鎖で縛られているとはいえ、武装のひとつも解除していない捕虜など、信用できるものかっ!」
ですよねっ!
ほら、見なさいよ、セイライ!やっぱり疑われてるじゃないのっ!
平気だと言っていたエルフの方を睨むと、彼は視線を剃らしてわざとらしく口笛なんぞを吹いていた。
こ、こいつは……。
「和解したのは、本当だってば!なんなら、ベルウルフに連絡を取ってよ!」
私も必死で説得しようとしたけれど、ザリーズはキツい目付きで睨み付けてくる。
「我々は、そのベルウルフ様の指示により、魔界に侵入してきた勇者一行を討ち取るためにここにいるのですよ!」
ええっ!?それって、どういう……。
「ベルウルフ様は、魔界十将軍全員で人間界へ向かう際、我々にひとつ伝言を残して行きました。それは、『自分が帰って来ない内に、セイライかマシアラが《神器》使い達を連れてきたら、これを討ち取れ』というものです」
なによ、それ!今の状況にぴったりじゃない!
っていうか、自分達がやられた時の状況にも、対処法を指示していたなんて……まったく、用意周到な奴ね!
「恐らくあのお方は、ご自分達が生きて帰れぬ事を覚悟して、そのような伝言を残されたのでしょう……そして、危惧された通り、セイライ様……いや、裏切り者のセイライが、《神器》使いを連れてやって来た!」
「だから、ちょっと待て!何度も誤解だって、言ってるだろうがっ!」
「何が誤解かっ!それとも、誤解だと証明する何かがあるとでも?」
「い、いや……それは無いけど……」
「フッ……語るに落ちるとはこの事よな」
んんっ、マズいわ!
確かに和解した事を証明できない以上は、何を言っても彼らの誤解を解くことはできなさそうだし……。
だいたい、ベルウルフの奴もこういう策を残していたなら、ちゃんとそれを私達に伝えておきなさいよ!
『てへっ』って感じで舌を出すベルウルフの顔が頭に浮かび、よりいっそうイラッとしていた所で、ザリーズ達に動きがあった。
「奴等を一人として逃がすな!」
ザリーズの命令一下、武装した魔族の兵士達が横一列になって盾と槍を構える!
そして、隊列を組んだままジリジリと前進してきた。
くっ……まるで、槍が生えた壁が迫ってくるような圧迫感だわ。
「どうしましょう……。今後の事を考えれば、ここで彼等を全滅させる訳にもいきませんし……」
もう擬装する必要がなくなったので、皆を縛っていた鎖を解きながらレルールが困ったように言葉を漏らす。
そうよね……でも、向こうの士気の高さを見ると、手加減した攻撃では止められそうもなさそうだわ。
攻めあぐねている間にも、相手はドンドン近付いて来ている。
ぐぬぬ……もう、戦うしかないのかしら……。
そう思っていた時!
「ここはワタクシにお任せください」
そう言って前に歩み出たのは、ウェネニーヴだった!
「ようは、奴等を傷つけずに行動不能にすればよいのですよね?ワタクシに秘策ありです」
そうか!この娘の毒なら、条件を満たして穏便にすませられるかもしれないわ!
だけど、そう思ったのも束の間、ザリーズは不適に笑いながらビシッ!っとウェネニーヴを指差した。
「フフフ、そちらに毒竜が変化した娘がいるのは、すでに承知していますよ。もちろん、その対策もね!」
な、なんですってー!
くうっ……でも、確かにだいぶ前からウェネニーヴの存在は知られていたんだから、対策が練られているのは当たり前か。
だけど、そう指摘されたにも関わらず、ウェネニーヴの表情は余裕に満ちている。
「お姉さまに仕え、様々な事柄を学んだワタクシを、ただの毒竜と思わない事ですね」
「なにっ!?」
「その対策とやらに自信があるなら、受けてみるといいでしょう!アンデッドですら防ぐ事ができなかった、必殺の毒をね!」
んんっ!?
マシアラですら防げなかった?
そ、それってまさか、あの毒じゃ……。
「食らいなさい!」
「マズいわっ!皆、下がって!」
ウェネニーヴの口から桃色の霧が吹き付けられるのと、私の声に反応して皆が彼女の後ろに下がったのは、ほぼ同時だった!
「エアル様、ウェネニーヴ様の毒とはどのような……」
「それは……」
「あはんっ♥」
私がレルールの問いに答えるよりも先に、ウェネニーヴの毒を受けた敵の兵士から、奇妙な叫び声があがる。
「んほぉっ♥」
「んぎぃ♥」
「ら、らめぇっ♥」
最初の兵士の声を皮切りに、次々と敵陣から声があがり、バタバタと倒れていく。
そんな、野太い喘ぎ声が響くキッツい光景を目にしたレルール達は、小刻みに震えながら私に説明を求める視線を送ってきた。
「えっと……ウェネニーヴが使ったのは『ガッチガチにお堅い聖職者も十八禁小説みたいに『らめぇ♥』ってなっちゃう淫毒』っていう、彼女のオリジナル毒なの……」
「ガ、『ガッチガチにお堅い聖職者も十八禁小説みたいに『らめぇ♥』ってなっちゃう淫毒』、ですか……」
「そう、かつてマシアラもその毒で昇天しかけたほどの、危険な毒よ……」
「た、確かに、この光景を見せられては、納得いきます……」
まだ子供であるレルールの教育に悪いからと、彼女に目隠しをしながら、モナイムさん達が息を飲む。
「おっ♥んほっ♥こ、こんにゃ、こんにゃふじゃけた毒れぇ♥」
あの、紳士然としていたザリーズですら快楽の波に翻弄され、蕩けた表情と呂律の回らない口調で悶えている……。
改めて、この淫毒の恐ろしさを知った気がするわ。
しかし、彼がいくら気力を振り絞っても、他の兵士達はそうはいかなかったみたいで、床に伏せたまま、ビクビクと痙攣するばかりだ。
「無理はしない方がいいですよ?大人しくしていれば、やがて毒は抜けますから」
そう、ウェネニーヴはザリーズに声をかけた。
まぁ、相手の命を取るつもりはないし、このまま放置して行こう。
すると、先へ進もうとした私達の前に、絶頂状態のザリーズが立ちふさがる!
「こ、これ以上はぁ、い、イカしぇないぃ♥」
……立ち上がったのは立派だと思うけど、本当に無理はしないでほしい。
発情したおっさんなんて絵面で、誰が喜ぶのよ……。
なんだか哀れにすらなってきたザリーズへの注意が、一瞬だけ途切れたその時だった!
彼の姿が消えたと思ったら、モジャさんが担いでいた袋詰めを奪い取って、私達から離れた場所に出現する!
「な、なんだ今のは!?」
「速すぎて見えなかったぞ!?」
ざわつく私達に、ザリーズはニヤリと笑みをこぼす。
「こ、これが私の切り札、加速魔法りゃあ♥お、お前りゃの切り札もぉ、し、始末させてもらうりょぉ♥」
加速魔法!そんな物があるなんて……。
ところで、私達の切り札って?その袋が?
「こ、この期に及んで後生大事に持ってるくらいりゃ……何か秘密の《神器》れも、隠し持っているんりゃりょぉ?」
「いや、別にそういう訳じゃ……」
「貴様りゃの切り札、ぶち壊してやりゅうぅぅ♥」
余裕がないためか、こちらの話をまったく聞いていないザリーズは、袋の口を開いてその中身を顕にする。
そして、そのまま固まった。
なぜなら、袋の中から現れたのは、妙に卑猥な形で縄に縛られた天使だったからだ!
「…………は?」
当たり前だけど、訳がわからないといった顔つきのザリーズを、エイジェステリアはジロリと睨み付ける。
「何を見てるんですかっ!」
いや、そんな格好されてたら、誰だって見ちゃうわよ。
「な、なんら、こいつはぁ!」
「えっと……『緊縛プレイが癖になった天使』です……」
思わず聞いてくるザリーズに、何故かこっちが恥ずかしくなりながらも、正直に答えた。
いや、一応は仲間なんだけど、本当になんなのよって思うわ。
魔界に入ってから彼女を解放しようとしたけど、縛られてないと嫌だとか謎の主張をし始めるし……。
まぁ、魔族の皆さんが困惑するといけないからと、また袋に詰めにして運んでいただけなんだけど……うん、理解に苦しむわよね。
「い、淫毒に変態天使……こいつら、訳がわからない……」
さすがのザリーズも精神的な負荷に耐えきれず、バタリと床に倒れ込む。無理もないか……。
謀らずとも変態天使にトドメを刺された格好になった彼に、私達は誰からともなく手を合わせていた。




