03 神へ挑む理
「いやぁ、よくやってくれた!」
開口一番にそう言ったのは、アーモリー国の教会で一番の権力者である、レルールのお祖父ちゃん(正確には大叔父)のオーダムラー教皇だった。
魔族達との和解はならないものかというのが議題に上がり、ひとまずはヌイアー砦の現状を視察に来るという偉い人を待とうとなってから二日後。
やって来たのが、オーダムラー教皇というわけである。
ううん、しかし……これは予想以上に大物だし、ちょっと微妙な人が来ちゃったわね。
レルールに大甘な教皇様ではあるけれど、魔族や邪神に対する急先鋒とも言える人物でもある。
互いの神を倒して、人と魔族で手を結ぼうなんて意見は、真っ先に否定されそうなんだよなぁ……。
「フフ……ここに来るまでに避難していた者達から話を聞いていたがな、レルールが大活躍だったそうではないか」
そんな私達の胸の内を知らない教皇様は、ニコニコとしながらレルールの評判について語り続けていた。
「なんでも、魔族の首領を打ち倒したとか、捕らえた魔族を改心させて部下にしたとか。巷では『聖女様、マジ聖女!』と持ちきりで、上司として身内として、私も鼻が高いよ」
むむ……なんだかレルールの評判に、思ったよりも上機嫌ね。この調子なら、もしかして和平案も前向きに考えてくれるんじゃ……。
そんな事を考えていると、オーダムラー教皇は「さて……」と呟いて、ひとつ咳払いをした。
「それじゃあ、とりあえず捕虜の魔族を縛り首にでもしようか?」
「っ!?」
な、なによその、酒場で「とりあえず麦酒!」みたいな軽い言い方は!
まったく……その辺の躊躇の無さは、さすが王族といった所かしら。
でもダメだわ、下手に話を切り出したら、速攻で却下されそう。
こうなると、やはり頼りになるのは……。
「お祖父さ……いえ、教皇様。折り入って、相談したい話がございます」
硬い表情でそう告げたレルールに、教皇は「ふむ?」と小首を傾げた。
「今は、お祖父様と呼んでも良いのだぞ?」
「いいから、話を聞いてください」
レルールに却下され、シュンとしたまま、教皇様は彼女の話に耳を傾けた。
「……なるほどな」
話を聞き終えた教皇様は、そう呟いて腕組みをする。
「話はわかった。しかし、その魔族が魔界を救うためとはいえ、こちらの世界に与えた被害は見過ごすわけにはいくまい?」
「それは今後の交渉しだいと考えます。魔界との和平がなれば、互いの損害についても話し合う事ができるでしょう」
いつの間にか、レルールも魔界との和平案を進めるような口ぶりになってるわ。
やっぱり、彼女も内心ではこれ以上の戦いを望んでいないのね。
「まぁ、その辺りは兄上……国王が考える事ではあるがな。しかし、我々のような教会の者としては、そう簡単にいかぬ」
「…………」
「お主もわかっているだろう?我々、神を信仰する立場の者が、その敵である魔族達を神の身元へ行かせる訳にはいかぬのだ」
「それは……そうなのですが……」
苦虫を潰したような表情で、レルールは黙ってしまった。
……そうよね、教会のトップとナンバー2の立場にある彼女達じゃ、そういう答えに行き着くのはすでにわかっていた事だもん。
「……まぁ、両陣営が互いの神に手を出さず、現状維持のままで和平を結ぶ……という事なら、できなくもない話だろうが」
「でも、それじゃあ魔界は救えないし、レルールを含めた私達《神器》使いも、五年で寿命を終える事になってしまいます」
妥協策を示そうとした教皇様に、私は思わず訴えた。すると、その言葉に教皇様が怪訝そうな顔をする。
「なんだね、その話は?もしかして、魔族が君達を騙すためにそんな話を……」
「いえ、守護天使から聞いた話ですから、信憑性はあると思います」
話の出所を告げると、オーダムラー様は私の隣にいたエイジェステリアに目線を移す。
そして、注目された彼女は肯定するように、ひとつ首を縦に振った。
「そうか……よし、神を倒そう!」
「!?」
唐突なその言葉に、私達は全員が教皇様に驚きの目を向ける!
しかし、当のオーダムラー様は、狂暴な笑みを浮かべて拳を握った!
「私の可愛いレルールをあと五年で殺そうなどと、神とはいえ許せる物ではあるまい……つーか、許さん!」
早っ!掌返し、早っ!
しかも、かなりの……いや、完全に私情じゃない!
「お、お祖父様!?」
さすがのレルールも、思わず教皇と呼ぶのを忘れて、その転身っぷりにアワアワしている。
「まぁ、待てレルール。なにも、お前が可愛いからだけ……というわけではないぞ? いかに世界を創造した神々とはいえ、地に生きる者達を遊戯盤の駒の如く扱う事が、許される道理はあるまい」
「そ、それには賛同いたします。しかし、信仰を司り、教義を説く者として……」
「信仰とは心弱き我々の拠り所であり、教義とは日々を正しく生きるための指針だ。その信仰を集めるべき支柱たる方が戯れに命を弄ぶならば、それに行動を持って諫言とするのも、我々の使命と言っていい」
……よくもまぁ、ペラペラと言葉が出てくるなぁ。
二人のやり取りを端から見ていた私達は、なんか感心してしまった。っていうか、いつの間にか教皇様とレルールの立ち位置が逆になってない?
「考えようによっては、今が人と魔族の争いを終結させる好機とも言える。なればこそ、我々の意思を主に示す事が、世界の安定と平和への礎となるだろう」
「……わかりました、教皇様。そう言っていただけるなら、もはや迷いはありません!」
その言葉通り、スッキリとした表情でレルールが顔をあげる。
「私達の力を示し、創造主たる方々の争いに終止符を打って、人間界と魔界に平和をもたらしましょう!」
「うむ!舐めた真似をしてくれた神々に、一発キツいのをお見舞いしてやれい!」
ポンとレルールの肩に手を置いて、オーダムラー様が激励した。でも、最後に本音が漏れてるわよ、お爺ちゃん……。
「そうと決まれば、色々と情報の交換が必要ですね。ジムリ、ルマッティーノ、モナイム、魔界十将軍の方々をここにお連れしてください」
レルールに指示された三人は、返事と共に素早く部屋を出ていった。それからしばらくすると、鎖で縛られたままの魔族達を引き連れて、ジムリさん達は戻ってくる。
「……話は決まったのかな?」
先頭に立つザラゲールの言葉にレルールは頷き、拘束していた鎖の《神器》から彼等を解き放つ。
そして、彼等の前にオーダムラー様が歩み出た。
「私は、アーモリーの教会に置いて最高責任者を務めておる、オーダムラー・アーキ・トゥアリウムという者だ」
「……魔界十将軍筆頭、ザラゲール。初にお目にかかる、オーダムラー殿」
互いに挨拶を交わすと、教皇様はザラゲールの両肩をガッシリと掴み、渾身の力を込めて声を絞り出した!
「神の野郎に会ったら、レルールの分も思いきりぶん殴っておいてくれたまえ!」
私怨たっぷりに頼み込む彼の姿に、ザラゲールは私の方に顔を向けて、「このじいさん、本当に教会の偉い人?」といった疑問を込めた視線で見てくる。
うん、残念ながら……。
答えるように頷くと、魔族達はなんとも微妙な表情を浮かべていた。
「なんとか、互いに希望が見えてきたって所か?」
オーダムラー様が離れた後、コーヘイさんがザラゲールに声をかける。
「フッ、まさかこんな展開になるとは、夢にも思っていなかったぞ」
考えてみれば、ザラゲールは本来、勇者であるコーヘイさんのカウンターとして召喚されたんですもんね。そりゃ、こんな展開は予想できないわよ。
「ま、人間界と魔界の共存のため、神と邪神の封印に力を合わようじゃないか!」
気負わないようにするためか、軽い口調でコーヘイさんが手を差し出した。
そして、ザラゲールは無言で頷くと、その手を取る。
光の勇者と闇の勇者が協力……そんな歴史的な瞬間に立ち会えるなんて、ちょっとばかり誇らしい気持ちが沸き上がってくるわね。
まぁ、後ろで「握手するならレルールの方が映えるだろうに……」とか、ブツブツ言ってるお爺ちゃんは無視しておこう。
「ところで、お姉さま……」
「ん?どうしたの、ウェネニーヴ?」
ちょっと感動していた所に、ウェネニーヴがこっそりと声をかけてくる。
「こいつはどうしましょう?」
え?どうしましょうって……どういう事?
首を傾げて彼女の視線を追うと、なぜか特殊な縛られ方をし、目隠しと猿轡を咬ませられ、地面に転がるエイジェステリアの姿があった!
い、いつの間に!? っていうか、何やってるの!?
「彼女は天使ですから、敵対するとも限りませんので……」
「んん……!んふぅ……!」
な、なるほど。エイジェステリアは抗議してるみたいだけど、言われてみれば、その可能性もあるか……。
でも苦しそうだし、いったん離してあげて!
「ぶはっ!」
猿轡を外されたエイジェステリアは、大きく息を吐き出した!
「い、いきなり何してくれるのよ、竜っ娘!癖になったらどうしてくれるのっ!」
癖になりそうなんかい!
思わずツッコミそうになるのをグッと堪える。
その間にも、ウェネニーヴは縄を解き、エイジェステリアを解放した。
「ぐうう……エライ目にあったわ……」
愚痴りながら伸びをする彼女に、私は今後の身の振り方を尋ねてみた。
「無論、天使として天界に報告するわ!」
「くっ……」
やっぱり、そう来るか……。
何て事なの、邪神と戦う前に彼女と戦う事になるかもしれないなんて。
「でも……」
そう続けたエイジェステリアの言葉に、私は顔を上げた。
「エアルちゃんが私の事を縛ってくれたら、きっと天界に報告には行けないわね……」
目を潤ませ、頬を染めながら彼女はそんな事を言う。
そして私は、たぶん信じられない物を見るような目で彼女を見ていた事だろう。
す、すでに癖になってんじゃないのっ!
「さぁ、エアルちゃん!私を止めるために、ギチギチに縛り上げなさい!っていうか、縛って!」
「ちょ、ちょっと!怖いってば!」
「エアルちゃぁん!エア"ッ!」
息を荒げながら迫る彼女を、思わず盾で殴ってしまった!
当たりどころが良かったのか、一瞬で失神したエイジェステリアを無言で見下ろす。
どうしよう、これ……。
ふと、ウェネニーヴが縄を手にしながら、私に頷きかける。
そして私も、それに頷き返した。
黙々とエイジェステリアを縛り上げるウェネニーヴを眺めながら、私は危険な道に目覚めたこの天使が、天界へ報告するのをいかに邪魔するか……そして、どうやって置いていこうかと、本気で思案するのだった。




