12 影で蠢く悪意
「……姉上、大丈夫か?」
「……うん、ごめんね」
ウェネニーヴのドラゴンブレス爆撃で、錯乱していたルマルグはようやく落ち着きを取り戻していたようだった。
「残りの魔力はどうだ?」
「……ダメね。やっぱり、防御の為にほとんど使い果たしちゃったわ」
ザラゲールの大剣防御と共に、炎魔法の障壁で爆撃をやり過ごした物の、やはりその代償は大きかったみたい。
負ける枯渇でヘロヘロになったルマルグは、立ち上がる事すらしんどそうだった。
「……アレを発動させる為には、姉上の力が不可欠だからな。たしか、人間界に来る前に渡しておいた、魔力回復薬があっただろう?それで回復してくれ」
「うん、ちょっと待っててね」
頷いたルマルグは、ゴソゴソと自身の体やら小物入れなんかをまさぐり始める。
「ククク、《神器》使い達は各々の戦いに夢中のようだが、最終的に勝つのは我々だと思い知らせてやる」
悪そうな顔で戦場を眺めながら、ベルウルフは呟きを漏らした。
うーん、やっぱり何か企んでいたわね、こいつら。
「おっと、そこまでよアンタら!」
私は物陰から飛び出し、大声で牽制すると、魔族姉弟はギョッとした顔でこちらに振り向いた!
「げぇっ!エ、エアルっ!?」
「い、いつの間に、こんな近くに!?」
ふっふっふっ、そりゃ私に与えられた《加護》の、【気配隠蔽】を使用しつつ、こそこそと近寄って耳を澄ませていたに決まってるじゃない。
まぁ、その行動中は結構マヌケな感じだったろうから、別に説明する気はないけど。
「そんな事より、やっぱりアンタ達は何かを企んでるよね!いったい、何をしようっていうの!?」
「くっ!どこで気づいたんだ……」
いや、最初は根拠があった訳じゃないんだけど、ベルウルフって奴は変態なだけじゃなく、裏で画策する事を好む腹黒タイプでもある(セイライの一件でも、それはわかるわ)。
だから、この決戦ともいえる戦いに何か作戦とか練ってそうだし、敵味方が入り乱れて彼等から目が離れた今、それを発動させようと狙っていてもおかしくないと思ったのだ。
「……フフ、やはりお前が一番、油断ならないな」
ベルウルフは皮肉を込めてそんな事を言うけど、私自身はそんな切れ者のつもりはない。
「まぁ、まともな戦力とは言いがたいから、他の人の目が届かない場所に気を配らなきゃね」
旅の最初から思っていたけど、他の人が強いから弱い盾役ってあんまり戦闘で役に立たないと思うのよね。
今までだって、奇策やラッキーでなんとかやり過ごしてきただけで、もしも正面から戦ったらすでに死んでたんじゃないかしら。
だからこそ、普段の旅では食事係だったり、時には囮になって敵を分散させたり、あとは彼等みたいな奴の行動に目を光らせている訳よ。
「何にしても、俺達の動きに気づいたのは流石だよ。だがっ!」
邪魔はさせん!と叫ぶと共に、ベルウルフは水魔法を発動させて、弾丸みたいな水滴を放ってきた!
「うわっと!」
私は慌てて、その攻撃を盾で受ける!
攻撃力は大した事はないのだけれど、連射性には優れている魔法ようで、横殴りの雨みたいに放たれるそれに、私は動きを止められてしまった。
「姉上!今のうちに魔力の回復を!」
「わ、わかってる!わかってるけど……どこに入れたっけかなぁ……」
「もー!だから荷物の整理はちゃんとしておきなさいって言ってるでしょ!」
子供とお母さんの会話かっ!
それにしても、ルマルグの魔力を回復させて何を狙っているのかしら。ただ、戦線復帰させたいって訳じゃ無さそうだけど……?
「いったい、何企んでるっていうのよ、アンタらは!」
「ククク、それを話すと思っているのか?」
「……まぁ、それもそうね」
「いやぁ、仕方がない!そんなに聞きたいなら、冥土の土産に教えてやろう!」
なによ、めっちゃ話たがってるじゃない。
水魔法の礫を止めぬまま、ベルウルフは嬉々として話始めた。
「今、この場には人間界と魔界の実力者達が集結している。つまり、人間界の各国は手薄になっているということだな」
「?それはそうだろうけど……」
「そんな手薄な場所に、魔界の獰猛な魔獣や、人間界のも物よりも手強い妖魔どもが大量に攻め込んだら、どうなると思うね?」
なっ!?
「そ、そんな事が……」
「できるさ!俺と姉上の魔力で複数の転移口の魔法を発動させればな!」
な、なんですって!
この姉弟、炎と水の魔法だけじゃなくて、そんな隠し球を持っていたのっ!?
「転移口の魔法……でも、そういうのって、本人が目の前でないと発動させるのは難しいって聞くけど?」
なんせ、魔法のド素人な私でもそんな事を知ってるくらい、その魔法は難しいらしい。
今、人間界と魔界を繋げている転移口だって、かつて神に近いと言われた大魔法使いが邪神討伐のために作った物を再利用しているなんて話もあるくらいだ。
だけど、そんな私の疑問をベルウルフは一笑に伏す。
「なんのためにジャズゴを初め、魔界十将軍が最初から動いていたと思うのかね?」
「まさか……最初期から、魔族の幹部が出張っていたのは!?」
「そう、奴等は《神器》使いを倒し、人間の国に混乱をもたらすのが主目的ではあった。が、この俺の計画を密かに遂行するための、マーキングの役目も果たしていたのだよ!」
な、なんて奴なの!
人間界に打撃を与えるという大事の影で、敗れた時のためにそんな裏の作戦を進めていたなんて。
「ククク……仮にここで俺達が敗走しても、帰る国を無くし、補給もままならなくなったお前らは、いずれ干上がるだけだ」
くっ、恐ろしい奴。このベルウルフという男……できる変態だと思っていたけど、とんでもない策士だわ!
「あったー!」
私とベルウルフが睨み合い、緊迫感が増していたこの場に、雰囲気をぶち壊すような明るい声で、液体の入った小瓶を高らかに翳すルマルグ。
「いやー、まさかポーチの中じゃなくて、おっぱいの間に挟まっているとは……」
……何よそれ、自慢なの?
「姉上!どうでもいいから、早く回復を!」
「わ、わかったわ!」
ベルウルフに急かされ、慌てて答えたルマルグは、取り出した小瓶の蓋を開け、中の液体を一気に飲み下す!
「甘ーい!」
満面の笑顔で歓喜の声をあげるルマルグに、今度はベルウルフが珍妙な顔つきになった。
「あ、甘い? 姉上、それは本当に魔力回復薬なのかっ!?」
「え?……あ、ごめん。これ、ベルくんがくれた、ドリンクタイプのおやつだったわ」
「何やってんの、姉上ぇ!」
ベルウルフは、思わず大声でルマルグを叱りつけた!
いや、敵ながら私も同意見ではある。
でも、戦闘の前におやつを与えておく、ベルウルフも悪いと思うわ。
「んもう!さっさと、魔力回復薬を飲んでくれよ!」
「わ、わかったわよ」
再びポーチに手を突っ込むルマルグだったけど、そうはさせない!
姉へのツッコミで魔法が中断した隙を逃さず、私は空に向かって合図を飛ばした!
「むっ!何をし……だっ!」
私の怪しい動きを察して、警戒を強めたベルウルフだったけど、言葉も終わらぬ内に上空から降ってきたウェネニーヴに踏み潰された!
「あ……が……」
「ワタクシのようなレディの重さで失神するとは、軟弱過ぎますね」
足の下で気を失うベルウルフに、失礼な事ですとため息を吐きながら、ウェネニーヴはフワリと魔族から離れて地面に降り立つ。
「ベルくん!」
ルマルグの悲痛な叫び声が響く中、彼女の近くにもう一人が落ちて来る!
しかし、その人物は見事に着地に失敗して、見るも無惨な姿を晒していた。
「え?な、なに?この娘、大丈夫……」
「……いやぁ、失敗でござる」
首や手足があらぬ方向に曲がり、それらをプラプラさせながら、平然とした口調でその少女は立ち上がる。
あまりの異様なその姿に、ルマルグは思わず「ひいっ!」と悲鳴を漏らして後ずさる。
あー、でも無理もないわよね。
あれがマシアラの作った少女型のゴーレムだって知ってる私達ですら、気持ち悪いもの。
魔界十将軍だった頃の、ゾンビ型ゴーレムしか作ってなかったマシアラしか知らないルマルグにとってみれば、まさかこの満身創痍な少女がゴーレムだとは思いもよらないだろうなぁ。
「ル~マ~ル~グ~ど~の~、お~ひさ~でござるぅ~」
「ひいっ、誰?誰なの!? 怖いよぉ!」
リアリティを追求するマシアラが作った少女型ゴーレムは、あちこちから血のような物を流しながらジリジリとルマルグに迫る。って言うか、ビビってる彼女に対して、完全に悪ふざけでやってるわね、マシアラのやつ。
「ひ~ど~いぃ~」
「いやあぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ぎこちなく近づく血まみれの少女に抱きつかれたルマルグは、魂が擦りきれるような絶叫を放ち……カクンと頭を垂れた。
「……失神したようでありますな」
やれやれといった様子で、ゴーレムの顔面から顔を覗かせたマシアラが言う。
「一応は魔族のトップ集団なのに、スプラッタなのはダメなのね」
「ルマルグ殿は、グロいのが苦手でありましたからなぁ。小生もアンデッドなのが災いして、避けられていたものでござるよ」
それは、たんにマシアラ本人が避けられてたんじゃないのかな……と、言いかけた言葉を飲み込んで、私は適当に相づちを打っておいた。
「おー、どうやらエアルちゃんの作戦が上手くいったみたいね」
ベルウルフ達に気づかれないように、ウェネニーヴ達を上空まで運んでくれたエイジェステリアが、ゆっくりと大地へ降りてくる。
気を失う魔族の姉弟を見ながら、さすがはエアルちゃんねと誉めてくれた。
まあ、私の作戦なんてどうという事はない、「正面から私が気を引いて、その隙にエイジェステリアに運んでもらったウェネニーヴ達による奇襲」っていうシンプルな物なんだけどね。
それでも、ベルウルフの計画を止められたのは幸いだったわ。
「これも、エイジェステリアが協力してくれたお陰よ。ありがとう」
そんな風にお礼を言うと、彼女は照れながら笑みを浮かべる。
「いやいや、大した事じゃないわよ。でも、どうしてもエアルちゃんがお礼をしたいって言うなら、熱烈な抱擁と熱い口づけを……」
「調子に乗らないでください、この駄天使!」
両手を広げて迫ってきたエイジェステリアを、鬼の形相のウェネニーヴが止める。
そんないつものやり取りを、私は苦笑しながら眺めていた。
すると、少女型ゴーレムを修復したマシアラが、私の隣に立って戦場を見据える。
「……どうやら、大成は決したようでござるな」
「……そうね」
彼と同じ方向に目を向けながら、私は小さく頷いてみせた。




