11 勝利の鍵を握る者
ザラゲールの大剣で刃こぼれしていた剣の《神器》から、軽い音と煙が噴き出してくる。
すると、みるみる間に欠けていた刀身が元通りになっていった。
「壊れないはずの《神器》に、自己修復能力があるなんておかしな話だと思っていたけど、《闇の神器》を相手にする事を想定してたってことなのかな……」
「ちっ……」
独り言みたいなコーヘイさんの呟きに答えず、ザラゲールは小さく舌打ちをした。
こちら側の《神器》を全て使えるようになる、覚醒した鎧の《神器》……余裕溢れるコーヘイさんの態度からも、その凄まじいというか、ズルいまでの強力さが感じられるわ。
「ゲェッ!なんで勇者、自分以外の《神器》を使えてるの?」
いつの間にか私達の近くに来ていたエイジェステリアが、ザラゲールと戦うコーヘイさんを眺め、驚きながら不思議そうに言う。
「なんでも、仲間の女達からゴミを見るような目で見られたら、覚醒したらしいです」
いや、さすがにその説明ははしょり過ぎでしょう。それじゃあ、あらぬ誤解を招くんじゃないかしら?
「へ、変態……」
ほら、誤解された。
私は、ウェネニーヴの説明に補足を加えて、もう少し詳しくエイジェステリアに説明する。
それでも彼女は、難しい顔をしたままだった。
「……そんな、ヘコんでから立ち直ったら覚醒したって……。守護天使も通さずに《神器》を覚醒させるなんて、やっぱり異世界人て訳がわからないわ」
「そんなに難しい話じゃない……漢ってやつはな、哀しみを知って強くなるのさ」
「そう、そして得た力を熱くたぎらせ、漢は奇跡を起こすのだ」
「っ!?」
これまたいつの間にか集まって来ていたモジャさんとセイライが、ポツリと漏らしたエイジェステリアの呟きに返事を返した。
でも、気配もなく会話に参加してくるのはやめてほしい。
ほら、突然の事にエイジェステリアも驚いているじゃないの。
「奇跡って……そんな簡単に起こる物じゃないでしょうが!」
「それをどうにか起こすのが、漢ってものさ!」
うーん、この話が通じない感……。
男の人って、普段は理屈っぽかったりするのに、こういう結果オーライな現象はノリで肯定したりするわよね。
まぁ、そんなノリについていけない時には、適当に流すに限るわ。
「漢かどうかは分かりかねますが、奇跡を起こすのは勇者として相応しいかもしれませんわね」
「はうっ!?」
やはり気配を感じさせずに合流していたレルール達の一行が、私達の背中越しに話に入ってきた。
いや、だから急に脅かすような真似はやめてほしい。変な声が出ちゃったじゃないの……なんか不意を突くのが、流行ってるのかしら?
「おっと、そろそろ俺達も行かねばな」
ふと、《加護》の力を使って戦況を見守っていたセイライが、そんな事を言った。
なんでも、今コーヘイさん達が戦っている場に、他の魔界十将軍……バウドルクとジャルジャウが参戦しようとしている気配があるらしい。
「よし!いくぜ、お前ら!」
モジャさんの呼び掛けに皆は元気よく答え、勇者同士が戦う戦場へと向かって走り出した!
──《神器》を上回る強度でもって、結果的にそれを破壊する能力を持つザラゲールの《闇の神器》を、コーヘイさんは自己修復能力を持つ剣の《神器》で巧みに受けながら、杖の《神器》で増幅された魔法での攻撃をメインに戦っている。
戦況は、一進一退。まさに互角と言っていいわ。
しかし、その二人の戦いに、乱入してくる影があった!
「勇者の小僧ぉ!魔界十将軍は、ザラゲールだけじゃあないんだぜぇ!?」
なぜか独特のイントネーションで叫んだ、獅子人間のバウドルクがコーヘイさんに襲いかかる!
「どっせい!」
そんなバウドルクに、こちらも独特な掛け声で飛び込んだモジャさんが、見事なドロップキックで奴を迎撃した!
「師匠!」
「コーヘイ!ザラゲール以外は、俺達に任せろ!ついでに、これも使いな!」
自身の槍の《神器》をコーヘイさんの近くに突き立てなが、素手となったモジャさんはバウドルクの前に立ちふさがる。
「この褌野郎……俺を舐めてやがるのか」
「ふっ……馬鹿を言え。俺はいつでも全力だ」
「《神器》使いが《神器》も無しに、全力なんて出せる訳が無えだろうが!」
「俺は元から、槍なんて使えねぇんだよ!」
槍の《神器》使いとしてあるまじきモジャさんの言い分に、バウドルクも目が点になった。
まあ、そりゃそんな反応になるわよね。
「だが、安心しやがれ。俺の真骨頂は、鍛え抜かれたこの肉体と、古代確答術『プロレ・スリング』だということを教えてやるぜ!」
バウドルクに対して、変なポージングで筋肉を強調しながら、モジャさんは満面の笑みを浮かべた。
「そのマッチョスマイル……なるほど、ハッタリでは無さそうだな」
あ、なんか通じ合ってる?
モジャさんに対向するみたいにムキムキと筋肉を誇示し、バウドルクは両手を広げた。
どうでもいいけど、すごく暑苦しい絵面ね……。
「いくぜ!」
「こいや!」
もはや、なんの言語かよくわからない掛け声と共に、おっさんと獣人は正面からぶつかっていった。
『状況は混戦模様……ならば、俺は援護に回るとするか』
戦況を眺めて、魚人間のジャルジャウは再び何かの水魔法を行使しようと、詠唱を始める。
しかし、それを妨害したのは、急に飛来した矢の雨だった!
『くっ!』
詠唱を破棄して矢を避けたジャルジャウは、それを放った人物を睨み付ける……魚人間だから表現に乏しいけど、たぶん睨み付けていた。
「フッ……無粋な横槍を入れるのは、止めておけ。もっとも、俺がそれをさせないがな」
フワッと髪をかきあげて、セイライはジャルジャウにウインクをひとつ。
……なんて言うか、「決まったな」っていう彼の心の声が聞こえて来そうなくらい、演技がかった仕種だわね。
『裏切り者のエルフめ……よくも臆面もなく、俺達の邪魔をしてくれるな』
「ふん。最初から捨て駒扱いで魔界十将軍に参入させていたお前らに、責められる謂れはないな」
言っていたら、思い出して悲しくなってきたのか、セイライはか細い声でポツリと呟く。
「なんで、そういう事をするの……」
『いや、その……なんかスマン』
いたたまれなくなった様子のジャルジャウは、つい謝ってしまっていた。
それを計画してたのはベルウルフのハズだけど、割りと律儀なのね。
「まぁ?過ぎたことをいつまでも気にする、俺じゃないからな!」
虚勢を張るように、わざとらしく大声で言い放ったセイライは、弓の《神器》を構えてジャルジャウに狙いを定めた。
「俺がいる以上、勇者同士の戦いにちょっかいを出せると思うなよ?」
『ちっ……』
立ちはだかるセイライに対して、ジャルジャウは舌打ちしながら苦々しい表情を浮かべていた。……浮かべているんだと思う、たぶん。
「ここから先へは行かせません!」
分身した数人のラトーガの前に、鎖の《神器》を振り回しつつ、レルール達が行く手を遮っていた。
「……顔に似合わず勇ましいな」
神官達の先頭に立つレルールに、ダークエルフの暗殺者小バカにしたような声で笑いかける。
「そうでもありませんわ。似合わないと言うのでしたら、貴女の方こそ若づくりが大変そうで……」
しかし、レルールはそれを軽く受け流すと、返す刀で挑発してみせた。
「はぁ!?若づくりとかしてないんですけど!」
「エルフ族は、ずっと見た目が全盛期なだけなんですけど!」
「言いがかりは、やめてほしいんですけど!」
何かスイッチを押してしまったのか、いつもは無表情なラトーガが分身も交えて感情的に言い返してくる。
うん、エルフでも女なら見た目の事を言われるのは嫌よね。
でも、その辺を心得ているハズのレルールが、あえてそんな挑発をするなんて……。
相手の平常心を乱すためとはいえ、純真無垢だった彼女がそんなルール無用の残虐ファイトを繰り出すとは、お姉さんは複雑だわ。
いったい、だれに影響を受けたのかしら。
「減らず口の代償は払わせてやる」
一斉に動いたラトーガ達が、レルールに殺到するけど、彼女を守護するジムリさん達によって防がれてしまう。
「私達の主に、指一本触れさせませんわ!」
《神器》使い達が息巻く様子に、ラトーガ達は冷たい無機物みたいな表情になって、静かに愛用の武器を構えた。
──各々が各々の相手を見定めて戦闘に入ろうという中、私はといえば、ウェネニーヴと一緒にちょこんと座って戦況を眺めていた。
うーん、ちょっと戦闘に参加し損ねたわ。っていうか、戦闘が分散しちゃったこの状況で、「盾」って言われても誰を守ればいいのかわかんないのよね……。
素人が無理に割り込んでも、邪魔になりそうだし。
それに、ウェネニーヴもだいぶ疲労してるから、少し休ませてあげたいわ。
この娘、私が戦闘に参加したら、無理をしてでも私を守ろうとしてくるからなぁ。
気持ちは嬉しいけど、なおさら無理をさせられない。
「エアルちゃんは、戦闘にまざらないの?」
そんな事をエイジェステリアが聞いてくるけど、先の理由で交ざれないのよ。
「あ、私もコーヘイさんに、《神器》を譲渡したらどうかしら?」
「それはダメ!」
結構いいアイデアだと思ったのに、即答で守護天使からダメ出しをされてしまった。
「今の勇者は、全ての《神器》の適応者みたいなものよ……私がの担当がエアルちゃん以外になるなら、盾の《神器》を自爆でもさせた方がマシだわ!」
そ、そこまで!?っていうか、タダの我が儘じゃないの……。
まぁ、本当にそんな事ができるのかどうかは知らないけど、迂闊に譲渡とかしたらヤバい事になりそうなんで、諦めるか。
何にしても、今のところ私達が戦いにまざらなくても互角みたいだし……あ!
ふと、私は重大な事になるかもしれない事案に気づいた!
「ごめんねウェネニーヴ。疲れるのに悪いけど、少しだけ手伝ってもらえるかしら?」
「それはもちろん構いません!ですが、何をすればいいのですか?」
二つ返事で快諾したものの、万全とは言いがたい状態で私の要望に答えられるのか、それが彼女は少し不安そうだった。
「大丈夫。そんなに難しい事じゃないわ」
「そうなのですか?」
ちょっとホッとした様子のウェネニーヴに、私も頷いて見せる。
「魔界十将軍の中に、取り急いで拘束するか、行動不能にしておかなきゃならない奴がいるわ」
私が発したその一言に、ウェネニーヴとエイジェステリアは戦場の方へと目を向けた。
「そいつが無事なままじゃ、私達は負けるかも……でなくても、苦戦する事になると思うわ」
「それほどの者が……」
事態が深刻になるかもしれない可能性に、ウェネニーヴ達の表情も固くなる。
「お姉さま!その、急いで押さえねばならない魔界十将軍とは、誰の事なのですか?」
「それは……」
続いて私が口にした名を聞いて、ウェネニーヴは「あぁ……」といった顔をして、大きく頷いた。




