10 奇跡を起こす者
「いやあぁぁっ!お姉さまあぁっ!」
「ギャアァァァッ!し、死んだあぁ!」
目の前で私が真っ二つにされ、私とウェネニーヴの絶望の叫び声が重なる!……って、あれ?
「ん?」
「んん?」
「んんんっ?」
珍妙な表情になった私とウェネニーヴ、そして斬ったハズのザラゲールが思わず顔を見合わせた!
いや、あれっ!?私、無事じゃない!?
え?それじゃあ、今ザラゲールに斬られた私は誰なのっ!?
わけがわからず混乱する私達の前で、両断された私が塵となって崩れ去った。
「お、お前まさか、ラトーガのように分身を使うのか!?」
「ええっ!私、分身が使えたのっ??」
我ながら初耳だわ!
「そんな訳がないでござろう」
変な方向へ話が飛躍しそうになっていた私達に、霧の向こう側から何者かが声をかけてきた。
あ、この口調って……。
「ふん!」
気合いの声と共に、ザラゲールが大剣を振るった!
その剣風で、一気にジャルジャウの作り出した魔法の霧が払われる!
そうして開けた視界の先には、先ほど私達に声をかけてきた人物……知らない美少女が、仁王立ちでこちらを見ていた!
……え、本当に誰?誰なのっ!?
「お久しぶりでありますな、ウェネニーヴ様にエアル殿。小生ですぞ?」
にっこり笑ってこちらに手を振る美少女は、口調だけなら私達もよく知ってる人物に似てる。
「ザラゲール殿も、久しぶりでありますな。相も変わらぬ、恐ろしい御仁でござる」
名指しされて戸惑うザラゲールを無視して、彼女はうんうんと一人で納得していた。
ああ、もう間違いないわ。
なんでそんな姿になっているのかわからないけど、彼女……彼女?は、ウェネニーヴにベタ惚れした、元魔界十将軍のアンデッド!
「とりあえず……助けてくれてありがとうね、マシアラ」
そうお礼を言うと、謎の美少女はどういたしましてと返してきた。
「なるほど、先程ザラゲールに斬られたお姉さまは、あなたが作り出したゴーレムだったんですね」
ようやく得心がいきましたと、ウェネニーヴも頷く。
そう、前にマシアラはウェネニーヴの夜の一人遊び用に、私そっくりのゴーレムを作り出した事があった。
今回もそれを作り出して、私が斬られる前にわざとザラゲールに発見されやすい所に配置してくれたんだろう。
……助かったは助かったけど、愛玩用ゴーレムに救われたっていうのは、ちょっと引っ掛かるわね。
たぶん、あの美少女の姿も自分で作ったゴーレムに乗り込んで、それっぽく操作しているんだわ。
「マ、マシアラ?こいつが?」
先の出来事に私とウェネニーヴが理解を示したのに対して、ザラゲールの方はまだ少し混乱しているみたいだった。
あー、マシアラに対するイメージが魔界十将軍の時のままだったら、確かに戸惑うわよね。
無数のアンデッド風ゴーレム軍団を操る死の化身が、今や美少女風ゴーレムを操り、尚且つ自分をそんなガワで包んでるんだもん。
「お、おいっ!貴様、本当にマシアラなのか!?」
「その通りでございます!」
ザラゲールの問いに誇らしげに答えると、美少女ゴーレムの顔にピシリと縦に線が走る。
そして、顔面が両サイドに観音開きでゆっくりと開き、露になった内部にはキーホルダーサイズのスケルトンが、ちょこんと鎮座していた。
うわっ、なにそのギミック!
「フフフ、いかがですかな?小生の自信作、搭乗型MG─019の出来栄えは!」
すごい自信満々だけど……うん、顔面が開いてる絵面が思ったり酷くて、正直キモいわ。
私以外もそう思ったようで、やはり他の人達からもウケてはいない。
その芳しくない反応に、マシアラは無言でゴーレムの顔面を閉じると、ものすごく可愛い仕草で、「ひどいですぅ!」とぷんぷんしながら怒りを表現してみせた。
それをやってるのが、変態スケルトンじゃなければ可愛かったんだろうけどね。
「……どうやら、だいぶ変わり果ててるが、本当にマシアラのようだな」
「左様。小生は、ウェネニーヴ様のお陰で愛を知り、生まれ変わったのござるよ」
まぁ、死んだままではあるんですけどね!と、マシアラはHAHAHA!と笑う。
うーん、これがアンデッドジョークってやつなのかしら。
あ!でも、待ってよ?
マシアラがここにいるって事は……。
「遅くなってすまなかった……」
私がそれに気づくとほぼ同時に、少し離れた森の中から一人の少年が歩みだしてきた。
鎧の《神器》を身に纏い、さらに右手には剣の《神器》、左手には杖の《神器》を引っさげて登場したのは、人間側の勇者!
邪神を倒すべく、異世界から喚び出された少年、コーヘイさんその人だっ!……なんけど、なんだか様子がおかしくない?
立ち姿に生気が無いし、なんだか顔色も悪くて泣き腫らしたみたいに目も赤い。
あと、どうして剣と杖の《神器》をコーヘイさんが持ってきてるのかしら?
アーケラード様とリモーレ様は、どうしたの……?
「ねえ、勇者教の後始末ってどうなったのよ?」
コーヘイさんの尋常じゃない姿に、彼と一緒に行動していたマシアラに、そっと小声で尋ねてみた。
「あー、それが……」
少し困った風に語り始めたマシアラの話をまとめると、以下のような事らしい。
◆
「妊……娠……」
「そうだ。私と、そしてリモーレもな」
街に戻ったコーヘイ達が、アーケラード達からかけられた第一声がそれだった。
《加護》があったためといえ、ハーレムのような生活を送っていた訳だから、これも当然の結果といってよかっただろう。
こうなる可能性に薄々気づいていながら、享楽に耽っていたコーヘイは、今更ながらに現実を突きつけられてショックを受けていた。
「お……俺は、どう責任を取ればいいんだ……?」
元々はただの高校生でしかないコーヘイにとっては、かなり重い告白であった。が、心を入れかえた彼は、なんとか責任を取ろうと考えて二人に尋ねる。
しかし、返ってきた返事は……。
「お前がどう取り繕おうとも、責任など果たせんよ」
「むしろ、私達と結婚でもするとか言い出したら、お家騒動になりかねないから、絶対やめて」
そんな風に、コーヘイは二人から冷たく突き放された。
「だ、だけど、その……子供はどうするんだよ!?」
「私生児として産むわ。父親は死んだと告げておこう」
「勇者の血が入る利点を説いて、それで家を納得させる」
すでに合理的な対策を考えていた二人に、自分も何かしなければという焦燥感を持ったコーヘイは食い下がる。
「でも、やっぱり男として、なにか……」
「お前の《加護》にしてやられたとはいえ、我々も迂闊ではあったからな……それに、望まぬ男の子を成すのも、貴族の女として覚悟はしていた」
「どうしても責任をとりたいと言うなら、勇者としてこの世界を守りなさい。そして、私達の前に二度と姿を現さないで」
バッサリと言い切り、二人はコーヘイを突き離した。
勇者だなんだと言われても、自分の尻拭いすらできない情けなさにコーヘイが打ちのめされていると、アーケラード達は自分達の《神器》を彼へと渡す。
「身重では、これからの激戦についていけないからな。私達は国に帰らせてもらう」
「皆にはすまないと、伝えておいて」
戦線を離脱するにあたって、《神器》だけは勇者のパーティに返しておこうというのは、二人の心遣いであろう。
元は自分が撒いた種だけに、コーヘイは二人を引き留める言葉もない。
しかし、これだけは知っておきたいと思った質問を、彼は思いきって口にした。
「二人は……俺の事を、どう思ってるんだ?」
別に、実は惚れていてくれるなんて、都合のいい展開は期待しちゃいない。
それでも、しばらく共に旅をした仲間として、そして男として認めてもらえていたのだろうか?
そんなコーヘイの質問に対して、アーケラード達は静かに顔を上げた。
◆
「……ゴミを見るような目でありました」
「だよねっ!」
そりゃあ、そうよ。ある意味、洗脳されてて、正気に戻ったら孕まされてましたなんて、最悪にも程がある。
プライドの高い貴族である二人が、コーヘイさんをその場で手打ちにしなかっただけでも、まだ分別があるってものよ。
「まぁ、そんな訳で、コーヘイは仲間に抜けられた事や、女性二人に酷いことをした自責の念やら何やらで、つい先日まですごい落ち込みようでありました」
なるほど、合流が遅れたのと、憔悴してるのには合点がいったわ。
いやー、それにしてもそんな恋愛小説なんかの、ドロドロしたワンシーンっぽい事があったとはね。
これって、もうちょっとお気楽でおバカな話じゃなかったのかしら?
「しかし、そんな精神状態で戦えるのですか?」
ウェネニーヴが、もっともな疑問を口にする。
そうよね、戦いに対する意気込みとかって大事だと思うし……それに、《神器》の解放をしていないコーヘイさんじゃ、ザラゲールをはじめとする、魔界十将軍のトップクラスの魔族達と渡り合えるとは思えないわ。
だけど、そんな私達の心配を余所に、マシアラは「まぁ、見ていてください」と、どこか余裕の表情でコーヘイさんへと目を向けた。
「人間の勇者がようやく現れたと思ったら、なんだか随分と疲れきってる様子だな」
「気にするなよ……自分自身の不甲斐なさに、心底へこんでいただけだ」
「ほぅ……」
「安心しろ、今は吹っ切れている」
「そうか……」
ザラゲールは多くを問わなかった。たぶん、彼も戦士として色々な挫折や取捨選択を迫られてきたからだろう。
もっとも、コーヘイさんは三下り半を突きつけられて落ち込んでただけだけど。
「ところで、お前の《神器》は鎧……だったよな?武器を持ち変えるなら、少し待ってやるぞ?」
確かにコーヘイさんが持っているのは剣と杖の《神器》だけど、使い手以外が持っていても真価は発揮できないわ。
まぁ、壊れないっていう事だけは利点だけど、それだけじゃ《闇の神器》を振るうザラゲールに勝てるはずがない。
「いや、《神器》で構わないさ」
「そうか……なら、行くぞっ!」
そう言うと同時に、ザラゲールが大剣を振るった!
その一撃を、コーヘイさんは剣で受けるけど、ザラゲールの勢いは止まらない!
《闇の神器》である大剣を縦横無尽に繰り出して、上段からの切り下ろしで、コーヘイさんを押さえつける!
そのまま押し潰そうと圧をかけると、大剣の刃が剣の刀身に食い込んでいった。
まさか!壊れないはずの《神器》がっ!?
ああ、でもザラゲールの大剣も《神器》なんだ……もしかしたら、《神器》同士がぶつかれば、こうなるのかもしれない。
さらに剣の《神器》に大剣の刃を食い込ませながら、魔族は口元に笑みを浮かべた。
「どうした、勇者。この程度か?」
「……もちろん、こんな物じゃないさ!」
何を思ったのか、コーヘイさんは左手の杖の《神器》をザラゲールに向ける。そして、魔法を発動させた!
大気が震え、光が走る!
それは、雷が落ちた時のような轟音と共に、ザラゲールの体を貫いた!
「ごばっ!」
苦痛の叫び声と血を吐き出しながら、後退する魔族!あれだけの魔法を食らって、倒れないのはさすがだわ。
いや、でも今の魔法は何よ?
確かにコーヘイさんはリモーレ様から魔法を習ってたけど、あんな威力が出せるほどの熟練度は無かったわよね!?
「き、貴様……異世界から来たくせに、これほどの魔法を……」
「いいや、俺個人の魔法は大した事はないさ。これは魔法の威力を上げる、この杖の《神器》の力だ」
え?それってどういう……。
よくわからない事態に戸惑っていると、訳知り顔なマシアラがフッ……と笑みを漏らした。
「コーヘイは一度、自己嫌悪と不甲斐なさでどん底まで落ち込んだのであります。そして、そのどん底から這い上がって来た時、奴の《神器》は覚醒したのでござるよ!」
じ、《神器》の覚醒!?守護天使の力も無しにっ?
「じゃ、じゃあ……彼の覚醒した《神器》の能力って?」
思わず尋ねた私に、マシアラはコクリと頷く。
「今のコーヘイは、他の全ての《神器》を使用する事ができる……そんなデタラメな存在であります」
うっそぉ……。
あり得ない奇跡を起こす者、それが勇者。
確かにデタラメなその力と存在に、驚いていいのか呆れていいのか……私は言葉も無く、彼等の戦いを見守る事しかなかった。




