06 戦いの駆け引き
「無駄にでかい図体の割には、やるじゃない!」
『そちらこそ。小バエみたいな矮小さで、よく着いてきてますね!』
「はぁ?まだまだ本気じゃないんですけど?」
『奇遇ですね、ワタクシも全然余裕ですよ』
「ククク……」
『フフフ……』
「ってぇ!二人とも、意地の張り合いばっかりしてんじゃないわよっ!」
そんな私の叫び声も、風を切る轟音に掻き消されてしまう。
ヌイアー砦へ向けて出発してから、二人は競いあってドンドン加速していくばかりだ。
さっきから、私達の乗っている馬車の荷台がギシギシと軋んでいて、ちょっと……ううん、かなり怖い!
体力を温存しなさいって言ったばかりなのに、全力で飛んでどうするのよ、まったく!
「……すごい。これなら本当に、二時間もあれば到着しますよ!」
私がビビっているのに比べ、レルールは予想以上のスピードに興奮しているようだった。
「ふむ……ならば、一度作戦を練り直しておこうか」
セイライの言葉に、私達はハッとする。
そうだわ、最初に私がエイジェステリアと組んで敵を翻弄するって計画だったのは、こちらの人数が圧倒的に少なかったからだ。
でも、モジャさんとセイライが加われば、もっと上手く時間を稼げると思う。いや、なんなら敵の何人かは倒せるかもしれないわ!
「そうね、何かいいアイデアはあるかしら?」
私が乗り気になると、セイライはニヤリと口角を上げて小さく笑う。
「作戦はある。それも、相手が男ならほぼ確実に乗ってくる作戦がな」
相手が男ならって……いやらしい作戦じゃないでしょうね?
「いや、お前の貧相な肉体で、色仕掛けなんか……」
そこまで呟いたセイライの顔面に、私の右ストレートがめり込んだ!
口は災いの元。これは人間界の諺だから、エルフのセイライも覚えておいた方がいいわよ?
「すまない……」
ボタボタと鼻血を流しながら、エルフは涙目で謝罪した。
「で、その作戦ってのはどんな物なんだ?」
仕切り直すように、モジャさんが再びセイライに問いかける。
「ああ、それはな……」
なぜか小声になるセイライの話に耳を傾けて、その内容を静かに聞く。
「……と、こういう作戦だ」
「……それ、作戦なの?」
話を聞き終えたけど、いまいち腑に落ちなかった私は、セイライに聞き返す。
「まぁ、エアルは戦いを生業としていないから、この作戦の肝の部分には疑問があるかもしれないがな」
そんな事を言ってセイライはフッと微笑むけど、私以外にもレルールやモナイムさんなんかは、頭に疑問符が浮かんでるみたいな顔をしてる。
ちなみに、ルマッティーノさんは半信半疑、乗り気なモジャさんとそれに賛同するジムリさん(違う目的がありそうね)といった感じで、それぞれ思う所はあるみたいだった。
「まぁ、さっきも言ったが、『ほぼ乗ってくる』だからな。だが、時間を稼ぎたいならやってみる価値はあるだろう?」
うーん、そう言われると確かに。
「……そうね、試してみましょうか」
なぜか私の一声が決め手となり、セイライの作戦が決行される事となった。
◆
「うおっしゃあぁぁぁっ!」
『ゴオォォォォルウゥッ!』
城壁を斬り裂かれたヌイアー砦の上空で、竜と天使が大きく吼えた!
「いやー、完璧に私の勝ちだったわ。もはや、疑いようすらないくらいだわ!」
『はぁ?どう見てもワタクシの勝ちでしたが?負けたショックで、まともな判断もできなくなりましたか?』
想定していた時間よりも早く到着したのはありがたいけど、二人は勝ち負けに言及して怒鳴りあっている。
「こらぁ!そんなに大声出したら、敵に気付かれるかもしれないでしょうがっ!」
私は怒ってみせるけど、どっちも聞いちゃいない。
んもー!こんな空中でギャアギャア騒いでいたら、いい的じゃないのっ!
……なんて思っていたら、地上からスイカくらいの大きさがある水の塊が飛んできて、ウェネニーブの巨体に直撃した!
だ、大丈夫なの、ウェネニーブ!?
『……あぁん?』
思いっきりぶつかっていたから心配したけど、彼女は大したダメージは受けていないようだった。さすが竜族。
だけど、このままじゃ狙い撃ちだわ。
「ウェネニーブ、下に降りましょう!」
『了解です!』
ウェネニーブとエイジェステリアのどっちが勝ったかはいったん保留して、二人は協力しながら荷台を守り、なんとか地上へと降り立つ!
それと同時に私達も荷台から飛び下り、水の塊で砲撃してきた犯人達と対峙した。
『私の水魔法が、まったく通用しないとは……なるほど、あれが話に聞いた毒竜か』
「ええ、要注意人物……人物?です」
……見知った顔と初見の魚人間が、どこか呑気に言葉を交わす。
さらに彼等の後ろには、同じように知ってる顔と知らない顔が、私達を注目していた。
「まさか、こんなにも早くやって来るとはな。万が一に備え、砦の中で過ごさずに城壁の外でキャンプしていた甲斐があったぞ」
大剣を背負った全身鎧の人物が、私達に話しかけてくる。
多分こいつが、セイライに教えてもらった魔界十将軍の筆頭、ザラゲールって奴ね。
なんていうか、立ち振舞いに「凄み」みたいな物があるわ。
「ガハハ、それにしても貧相な連中ばかりだな。っていうか、久しぶりじゃねぇかセイライ」
「ああ、お前も元気そうで何よりだな、バウドルク」
豪快に笑いながら挨拶してきた獅子人間に、セイライも皮肉げな笑みを浮かべて挨拶を返した。
「ダメよ、バウドルク。この子達を甘く見たら。特に盾の《神器》使いであるエアルは、思いもよらない手を使ってくるから」
そう言ってバウドルクを嗜めたのは、炎と毒の魔法を得意とする魔族、ルマルグだ。
なんだか眼鏡を直す仕種のひとつからも、妙に『できる女』っぽいムーヴをしている彼女に違和感を感じる……。
たぶん初対面のレルール達がいるから、ハッタリかまそうとしてるんだろうけど、生憎と彼女が強いけどポンコツだと知ってる私達には、滑稽にしか見えないわ。
なんにしても、現存する魔界十将軍達を前にして……あれ?
何か足りないような?
ふと、目の前の連中を眺めながら、そんな事を思っていたその時!
突然、レルールの鎖が私の頭を掠めるようにして、何もない空間へと伸びた!
それと同時に固い金属音が響き、虚空から切り取られたようにボロボロのローブを頭からかぶった人物が姿を現す。
あ、前にもこんな光景を見たことあるわ!
ラトーガ!
そうだ、このダークエルフの暗殺者の姿がなかったのだ!
まったく、油断も隙もありゃしない。
それにしても、すんごい気配の消し方だったなぁ。
レルールの覚醒した鎖の《神器》が無かったらやばかったわ。
そんなラトーガは小さく舌打ちをすると、素早い動きでザラゲール達の元へと移動した。
『また暗殺が失敗した……なんか自信無くしてきたな』
「まぁ、手早く決着がつくのはいいんだが……って、おい!ちょっと待て、どこに行くんだ神官ども!」
しょんぼりするラトーガに、慰めの言葉をかけようとしたザラゲールは、状況を無視して砦の方へ向かおうとするレルール達に、慌てて制止の声をかける!
「どこって……砦の中で、要救助者がいないか確認作業ですが?」
何を当たり前の事をみたいな言われ方をして、ザラゲールから戸惑っている雰囲気が漂ってきた。
「いや……普通、そういうのは、敵を倒してからするものじゃないのかと……」
「こっちは一分一秒を争っているんです!あなた達の相手なら、後でしてあげますよ!」
「おいおい!お前らが抜けたら、そっちが人数的に不利になるんだぞ!?」
「覚悟の上です!」
「あ、はい……」
キッパリとした口調で言い返されて、魔界十将軍達はスゴスゴと引き下がる。
むう、素直な……って言うか、こっちの心配とか根っこの所で人が良いのかしら?
でも、ここまでは、セイライに聞いていた通りの反応だわ。
どういう事かと言えば、本来魔界十将軍は、真面目な性格の奴等が多い。
そのため、常識を前面に出して強い口調で押せば、割りと簡単に引き下がるという事だった。
まぁ、それが敵の言葉でもっていうのは半信半疑だったけど。
ともかく、自国の民の救助活動を優先するレルール達の行動は、敵との戦闘よりも優先度が高いだろうと納得したからこそ、ザラゲールも引いたんだろう。
おかげで、レルール達はすんなりと半壊した砦に、防御結界を張りに行けた。
しかし、敵ながら本当に常識的な人達ね。どっちかと言えば味方に非常識な人達がいるから、ちょっと好感が持てちゃうわ。
「何をしているです!敵が足枷を外すのを、黙って見ている道理はないでしょう!」
でも、こういうベルウルフみたいな性格の悪い軍師気取りの奴もいるから、ここからが私達の出番だ!
「安心しろ、お前達の相手は俺達がしてやる」
レルール達との間に入るように、私とモジャさん、それにセイライが敵の前に立ちふさがった。
ちなみに、ウェネニーブとエイジェステリアは休憩を取らせるためと、いつでも上空へ向かえるようにと、少し下がらせてある。
「……ふん。こちらの情報は、セイライから聞いていたようだね」
ベルウルフがチラリとセイライを見ながら、さらに周囲へ視線を配った。
「それに魔界十将軍が乗り込んで来たわりに、動揺が少なく対応も早い。これは、我々が動く事を知っていた動きだ」
むっ!中々に鋭いわね。でも、そのくらいの読みは、ラトーガもできていたから、今さら驚かないわよ!
「ザラゲール殿達への神官達の物言いといい、情報をもたらしたのはセイライか?この様子では、初対面のバウドルク殿やジャルジャウ殿の事も、聞いているんだろうねぇ」
むむっ!
敵を前にして、淡冷静に状況を確認していくベルウルフに、私の中でドSでシスコンの気持ち悪い奴といった彼への評価に加えて、もしかしたら切れ者かもしれない気持ち悪い奴といった項目が新たに追加された。
「しかし、セイライが魔界に戻るルートには、大量の罠を仕掛けておいたハズだがねぇ……」
「フッ……そんな事もあろうかと、お前達に知られていない、独自のルートくらいは確保していたさ」
「なるほど……少し、君を過小評価していたようだ」
まるで、頭脳戦でも繰り広げているような雰囲気で言葉を交わすセイライとベルウルフ。
こちらの状況を読んだのはともかく、裏切られたからお互いに普通の対抗策を使ったってだけで、あんまり頭のいい事は言ってない気がするけど、下手にツッコむと矛先がこちらに向きそうだから、ここは黙っておこう。
「……だがね、俺にはすでに君達の奥の手はお見通しだ」
えっ!?
なんだろう、やっぱり今日はのベルウルフは鋭い!?
「本当なの、ベルくん!?」
「当然ですよ、姉上。こいつらのメンバーを見れば、自ずと答えは見えてきます」
なんですって……それってどういう……。
「我々が一番に警戒している、エアル一味に裏切り者のセイライ。これは、我々の目を引き付けるには最適な連中です。さらに、アーモリーの《神器》使い達を救助に向かわせる事で、人数の有利を消して、我々を油断させる」
「ほほう……」
『なるほどな……』
ベルウルフの解説に、ほかの魔界十将軍達も頷いてみせた。
「注目を集め、油断を誘う……そして!この場にいない者、すなわち勇者による奇襲こそ、彼等の奥の手に他なりません!」
そう断言したベルウルフは、周囲に響き渡る程の声量で姿なき相手へと呼び掛けた!
「さぁ!隠れていないで出てきなさい、勇者殿!」
「……あ、ごめん。勇者は来てない」
「来てねぇのかよっ!!!!」
つい、正直に答えた私の返事に、血を吐くようなベルウルフのツッコミが炸裂した!
「い、いや……来ていないという台詞自体が、ブラフの可能性が……」
『周辺に、隠れてる敵はいない』
「本当に来てねぇのかよっっ!!!!」
周囲の気配を探った味方の言葉に、ベルウルフは再び血を吐くようにして吼えていた!




