01 闇の勇者
「はふぅ……」
ラトーガの分身達と激闘を繰り広げた翌日、私達はまたも大浴場にて暖かい湯に浸かっていた。
はぁ……こんな贅沢な真似を、連日しちゃってもいいのかしら。
庶民の私からすれば、かなりとんでもない事ではあるけれど、まぁ魔族の大幹部を撃退したって実績もあるし、せっかくだから堪能させてもらおう。
「……はぁ」
さっきから、何度目だろう。いつの間にか、大きなため息が漏れた。
心も体も癒されているというのに、胸の奥の不安が拭えないでいる。
これというもの、天使達からあんな話を聞かされたからなんだろうな……。
◆
ラトーガの本体に逃げられた私達だったけど、レルール達は急いで捜査網を敷いてもらうように手配した。とはいえ、相手は魔界十将軍だし、ヘタに手出しはしないようにとも厳命はしてもらっている。
まぁ、ラトーガの身体能力を考えればダメ元って感じだけど、打てる手は打っておかないとね。
「ウッホホ、ウホッホ」
「『少しドタバタはしましたが、ひとまずは天使の仕事も終わりですね』とおっしゃっています」
ゴリラエルさんの台詞を訳したソルアハルの言葉に、他の守護天使達も頷いてみせる。
「我々は、これより天界に帰りますが、あなた方の健闘を見守っていますからね」
「って、ちょっと待って!」
ゾロゾロと天界の扉へ向かおうとした天使達を、私は声をかけて引き止めた。
「どうかしましたか?」
私は、小首を傾げる天使達に、どうしても気になった疑問をぶつけてみる。
「あの……私達と魔族の戦いが、神様と邪神の代理戦争的なものだって事はわかったわ。でも、そうなると勇者ってなんなの?」
そう、最初にエイジェステリアが私に盾の《神器》を渡した時、彼女は「間もなく甦る、邪神を倒すために勇者と力を合わせろ」的な事を言っていたわ。
私達と魔族の戦いが神々の代理戦争なら、その神を倒す勇者って存在は反則なんじゃないのかしら?
万が一、勇者の存在を理由にして魔界十将軍だけじゃなく、邪神が直接参戦してきたら、それこそ行くところまでいっちゃうんじゃ……。
そんな私の心配を察したのか、ゴリラエルさんはスッとこちらに近づくと、私の肩にポンと手を置いた。
「ウッホ」
予想以上に毛深くゴツい……。
そんな風に彼の手に気をとられていた私に、何事か声をかけてゴリラエルさんが頷く。
え?なんて?
「ゴリラエル様は、『君の心配も、もっともだ。だが、勇者の存在を理由に、神々が手を出す事はない』と、おっしゃっています」
そんなに長い台詞だったの!?
いや……それはまぁ置いておいて、その発言の根拠はなんなの?
「ウホ……」
「『今から話すことは、この世界の根幹に関わる話だ……』」
そう前置きして、ゴリラエルさんは語りだした。
──以前にも話したが、人という種族と人間界を生み出した神様。そして、魔族と魔界を生み出した邪神の争いがこの戦いの本質だ。
互いに己の生み出した種族の方が優秀であると考える二人は、自分達の優位性を証明しつつ、世界を破壊せぬようにルールを定めた。
この世界は、言ってしまえば神々の遊戯盤のようなものなんだよ。
自分達の生み出した駒達が、ライバルの造った駒と争い、死力を尽くした勝敗をもって人間界や魔界を繁栄させるというゲームのな。
しかし、その勝敗を決める着地点が難しかった。
まさか、相手の種族を根絶やしにするなんて訳にもいかないからね。
だから、敵対する陣営の者が、神様か邪神を倒して封印する事で勝敗を決めることにした。
ん?神々は死なないから、封印することしかできないんだよ。
そうやって、何千年何万年もの間、長い戦いが続いているのだから……。
話が逸れたね。
さて……この世界の住人が、創造主たる神や邪神に勝つことはできない。それが、この世界のルールだからだ。
そこで考案されたのが、異世界から喚ばれた『勇者』。
彼等は、世界のルールに適用されずに神々と戦う事ができる、言うなれば『切り札』だ。
その切り札に仲間や部下をつけて、相手の創造主を討った陣営が勝利となる。
勝利した陣営には、その後、長きに渡る繁栄を。敗北した陣営には苦難の時代が訪れる。
そうやって、何度も栄光と苦渋の時を経て、君達は歴史を紡いできたのだよ。
ただし、気を付けたまえ。
話の流れで察してはいるだろうが、『勇者』がいるのは何も人間界ばかりではない。
当然ながら、魔界にも──
◆
「闇の勇者……かぁ」
ゴリラエルさんの長い話を思いだしながら、その単語を口にして、私はまた大きくため息を吐いた。
人間界と魔界の成り立ちや、神々の因縁とか……それを聞いたレルール達なんかは、だいぶショックだったみたいだもんなぁ。
確かに衝撃的な話ではあったけど、そこまで信心深くない私みたいな一般市民とは違って、教会の偉い人達は大変だわ。
まぁ、それはさておき、私にとっては目先の問題の方が重要なのよね。
さっきもため息と一緒に言葉が漏れたけど、魔界にも勇者と呼ばれる存在がいるって事。
魔界十将軍だけでも十分死ねるっていうのに、さらに神に勝てる可能性を持つ化け物がいるってどういう事なの?
そりゃ、こっちにも数多くの《神器》使いはいるし、勇者もいるわよ?
でも、《神器》と数の有利があって、やっと魔族に対抗できるっていうのに、闇の勇者の存在は『鬼札』過ぎるわ。
うちの『切り札』であるコーヘイさんは、いまいち頼りないし……。
「なんとか……闇の勇者とかち合わない方向で、決着がつくといいなぁ……」
「まぁまぁ、エアルちゃん。暗くなってても事態は好転しないわよ」
「一理あります。それに、お姉さまは何があっても、ワタクシがお守りします!」
ポツリと呟いた私に答えるように、ぴったりと寄り添いながら湯に漬かるエイジェステリアとウェネニーブが答えた。
……なんで、ゴリラエルさん達が天界に帰ったにも関わらず、彼女がここにいるのかと言えば、やっぱりウェネニーブを助けるのに手を貸したのが原因だったのよね。
直接、人間を助けた訳ではないにせよ、片方の陣営に肩入れした時点でアウトだったらしい。
そんな訳で、ギルティの烙印を押されたエイジェステリアは天界に帰る事を禁じられ、行く所のない彼女はそのまま私達に着いてくる事になった。
もっとも、今後は戦いに手を出さない、観察者としてだけど。
「いやー、それにしても天界にいた時、なんで人間はお湯なんかに浸かりたがるのか不思議だったけど、やってみると結構いいものね」
ゴリラエルさん達に置いていかれた当初は、床を転げ回りながらガン泣きしてたのに、今ではすっかりリラックスして、文字通り羽を伸ばしている。
そんなエイジェステリアの適応力にちょっと感心しながら、私は湯船から上がろうとした。
いや、エイジェステリアの羽と、ウェネニーブの胸が左右から圧迫してきてのぼせそうなのよね。
だから、ちょっとクールダウンしたい。
「あ、お姉さま。お背中流します!」
私に付いてこようとしたウェネニーブを、エイジェステリアが羽で遮る!
「待ちなさい、竜っ娘。その役目は私が受け持つわ」
「はぁ?」
ビキィ!っと、空気に軋みが走った気がした。
なんだか凄い圧力を発しながら、竜と天使が視線をぶつけ合う。
「エアルちゃんの柔肌は、私の羽で優しく包んであげるのが最良でしょう?ガサツな竜っ娘じゃ、彼女の肌を傷つけそうだしねぇ」
「はっ!ワタクシの全身をスポンジ代わりに、細心の注意をもって行うのでご心配なく。それよりも、色欲まみれの天使にお姉さまを触れさせる方が心配ですね」
「無駄にでかい胸だけじゃなく、股間の凶器をエアルちゃんに擦りつけようって方が色欲全開じゃない!」
「ワタクシとお姉さまは、そのくらい深い仲だという事を察しなさい!」
「はぁぁ?エアルちゃんは、私のものなんですけど?」
「お姉さまは、ワタクシのものです!」
いや、どっちのものでもないっつーの!
呆れる私をよそに、全裸のままギリギリと対峙しながら、一歩も引かないウェネニーブとエイジェステリア。
うーん、これから魔界十将軍……ひいては闇の勇者を相手にしなきゃならないのに、訳のわからない事でいがみ合われてもなぁ。
頼もしいやら、不安になるやら……この二人を見てると、なんかどうでもよくなってきたわ。
いつまでも揉められても困るし、私が二人の背中を流すという事で仲裁に入る事にした。
今後の戦いを考えれば、くだらない争いとかやってる場合じゃないもんね。
いざという時は頼りになる二人だし、できれば仲良くなってもらたいものだわ。
「え!?お姉さまが、全身スポンジでヌルヌルプレイを!?」
しない。
「私、私が先で!」
いや、だからしないってば。
「ふざけないでください、ワタクシだけで貴女にやらせる訳がないでしょう!」
「ふざけてるのはどっちよ!」
ああ、また揉めはじめた。なんで、こんなに仲が悪いの?
こんなんで、今後の戦いを乗り越えて行けるのかしら……。
ギャアギャアと言い争う二人を前にして、私はまたも大きなため息を吐くのだった。




