11 暗殺者の本体
「お姉さま、ご無事でしたか!?」
ラトーガDを一瞬で倒したウェネニーヴは、心配そうな顔付きで、私に向かって振り返った。
そんな彼女に、私は思いっきり抱きつく!
「あ"り"がどう"、ウェネニーヴゥゥ!」
「お、お姉さまっ!?」
絶体絶命の一歩手前まで追い詰められた所からの逆転に、感極まった私はウェネニーヴに頬擦りする!
そんな私に、さすがの彼女も戸惑っているみたいだったけど、そんな様子に構わず、私は彼女をさらに抱き締めた!
「本当にウェネニーヴは、強いわ!可愛いわ!最高だわ!」
思い付く限りの称賛の言葉と共に、しばらくの間ウェネニーヴを撫で回す。
そうして少し落ち着いた頃……ちょっぴり妖しげな目付きで、私を見ている彼女の視線に気づいた。
「お姉さまぁ……♥」
ペロリと舌なめずりをしながら、ウェネニーヴは私を抱き締め返してくる。
あ、あら……?ウェネニーヴ……さん?
「お姉さまが、こんなに情熱的にワタクシを求めてくださるなんて……ついに、お姉さまと結ばれる時が来たのですねっ!」
ち、違っ……!私、そんなつもりじゃ……!
弁解しようと何か言おうとしたけれど、それよりも早くウェネニーヴの唇で、私の口が塞がれた!
ちょ、ちょっとおぉぉぉっ!何をしてるのよ、あんたはあぁぁぁ!
「ん、んんっんっっ!!」
「んふぅ……んんっ」
混乱しながらもなんとかウェネニーヴから離れようとしたけれど、ガッチリと頭部をホールドされ逃げる事ができない!
さらに彼女の熱烈な口づけは、私の酸素と思考能力を少しずつ奪っていった。
「………………っぷはっ!」
ようやくウェネニーヴが離れるまで、どれ程の時が経ったのだろう……。
ぼんやりと霞がかかる頭で、そんな事を考える。
でも、思い出されるのは、ウェネニーヴに唇を貪られ、口中を蹂躙された感触ばかりだ……。
よ、汚されちゃったよぅ……。
妹同然と思えるくらい、ウェネニーヴには好意を持っているけれど、ハードな口づけまでされるとショックの方が大きい。
私は長女だったからギリギリ精神を保っていられたけれど、これが次女だったらきっと耐えられなかったでしょうね……。
そんな訳のわからない考えが頭の中で回っていると、私はぐいっと体を押されて、コロンと床に転がされた。
「はぇ……?」
上手く回らない頭で、現状を確認してみる。
えっと……私は床に寝転がされていて、私を組伏せるみたいにしてウェネニーヴが上になっていて、それでもって彼女のスカートの下から固いモノが……って、ストオッップッ!!!!
「待った!それはマジでヤバいわ、ウェネニーヴッ!?」
「お姉さまがいけないんです。ワタクシの気持ちを知っているのに、ずっと焦らしていて……」
ハァハァと荒く息をしながら、ウェネニーヴは紅潮した顔を近づけ、私の頬をペロペロと舐めてきた。
「ああっ……もう、止まれません!」
ゾクゾクと身震いしながら、彼女は私に覆い被さるとモゾモゾと体を擦り付けてくる。
「ちょ、ちょっと、ウェネニーヴ!ダメだッたら!」
「大丈夫です (フゥフゥ)、絶対に気持ちよくさせますから(ハァハァ)……」
全然、大丈夫そうじゃないっ!
お願いだから落ち着いてよ、今はこんな事をしてる場合じゃないでしょう!
「ぐぬぬ……」
私の上にいるウェネニーヴを、どうにかしてひっくり返せないかと暴れて見るけれど、押さえつけてくる彼女の力は強く、私の全力をもってしてもビクともしない!
「さあ、お姉さま!一緒に天国へと……」
ら、らめぇっ!
「この小説は全年齢対象の健全な作品です!」
ウェネニーヴが私にのし掛かって来たのと同時に、横から飛び込んできた影が彼女を吹き飛ばす!
「やり過ぎて、怒られたらどうするつもりですか、反省なさい竜っ娘!」
全力でウェネニーヴを弾いたエイジェステリアが、ポーズを決めながら啖呵をきった!
「エアルちゃん!大丈夫だった!?」
すんでの所で私を助けられ、呆然としていた私を、彼女は支えて起こしてくれた。
「え……ええ、ありがとう」
はぁ、まだ少しボーッとするわ……。
《加護》があっても、こういう内側から沸いてきた精神的ショックは、どうしようもないのね。
「エアルちゃんには、きれいな体のまま天に召されてほしいだから、あんな竜っ娘に汚されたらダメだからね!」
この天使も、相変わらず何を言っているんだろう……。
あ!それよりもウェネニーヴは!?
いくら獣欲が暴走していたとはいえ、あんな無防備な状態でエイジェステリアの一撃を受けたら、無事じゃすまないかもしれない。
心配になって、彼女が吹き飛ばされた方に目を向けると、そこには……ラトーガ達を巻き込んで、床に転がっているウェネニーヴの姿があった。
あー……どうやら、乱戦中に叩き込まれてこうなったみたいだけど……これは、ラッキーと言っていいのかしら?
暗殺者達と交戦していたレルール達も、突然の事態に困惑してるのかキョトンとした顔でウェネニーヴとラトーガ達を見ながら立ち尽くしている。
『くっ……いきなり何が……』
頭を振りながら、フラフラとラトーガ達が起き上がろうとする。
『ん?』
そんな暗殺者の体に、レルールの鎖がスルスルと巻き付いていった。
「神よ!この好機に感謝いたします!」
『ちょっ、ズルっ……!』
抗議の言葉を口にするよりも速く、電撃魔法でも食らったみたいに、ラトーガ達は大きく跳ねると意識を失った。
「やりました……今度こそ、本当に魔界十将軍を捕らえられました!」
クフフと、小さく含み笑いを漏らすレルール。
そっか……前にライアランを捕らえた時は、奴の策略に踊らされていたからだったけど、今度はそういう事は無さそうだもんね。
ある意味リベンジを果たせたて、彼女の中ではようやく汚名を返上できたって事なんだろう。
完全に棚ぼただったけど、まぁ本人が納得してるならいいか。
「これで……ようやく終わったのか?」
王様と教皇様が重い腰を上げて、周囲を見回す。
「そうですね……ひとまずは、脅威は去ったと思ます」
「そうか……」
答えた私に、彼等は大きく息を吐き出すと、突然レルールに向かってダッシュした!
「レルール!大丈夫か、怪我はないか!?」
「魔族の大幹部を虜にしたんだな、さすがはレルールだ!」
「お、お爺様方!皆さんの前ですから……」
だだの孫バカになってレルールにまとわり着く二人に、さすがの彼女も困り顔だわ。
私も緊張感の消え失せた騒ぎっぷりを横目で見ながら、ウェネニーヴの元まで小走りで駆けていった。
「しっかりして、ウェネニーヴ!」
「んあ……」
やっぱりダメージがあったのか、いまいちぼんやりした表情で彼女は私を見上げる。
「お姉さま……」
「大丈夫?私の事、わかる?」
「はい……でも、なんでしょう。何か、いい夢を見ていたような気が……」
んん?これはひょっとして、暴走状態だった事に加えて不意打ちの強い衝撃で、ちょっと記憶が飛んでる?
戦闘中とかに、時々そういう事があるって話は聞いたことがあるけど、竜にもそんな現象が起こるのね。
「あら、正気に戻ったのね竜っ娘」
フワリと飛来したエイジェステリアが、ウェネニーヴを見下ろしながら様子を伺う。そんな天使に向かって、ウェネニーヴは小さく威嚇するように唸り声を漏らしていた。
「なんでしょう……凄く、この天使が腹立たしいです」
うん、まぁ無理もないわ。
なんにしろ、ラトーガとの戦いは終わった。
まさか皆のパワーアップ直後に戦闘になるとは思ってなかったし、危ない所ではあったけど、結果的に見れば良かったかもしれない。
なんせ、これでこの後に攻めてくる、魔界十将軍の人数を減らせたっていうのが大きいわ。
それに、レルールの鎖で隷属化したラトーガから情報を聞き出せれば、魔族に対する対抗処置も取りやすくなるってものよ。
うん、結果オーライね!
なんだか気分が楽になった私は、ウェネニーヴに手を差し出して立ち上がらせると、静かになったレルール達の方へ向かう。
あ、なんか王様と教皇様が、仁王立ちするレルールの前に正座させられてる……。きっとレルールがキレるまで、構い続けたんだろうな。
でも、王族のこういう悲しい絵面って、見ても大丈夫なのかしら……。
「あ、エアル様にウェネニーヴ様」
そちらに歩いていく私達を見て、レルールがにっこりと微笑む。それで一応、スーパーお説教タイムは終了になったみたいで、王様達の表情にもホッとしたような雰囲気が浮かんでいた。
「お恥ずかしい所をお見せしてしまい、申し訳ありません」
「いやいや、どこの家でも孫を溺愛するお爺ちゃんなんて、同じようなものよ」
「そ、そういうものでしょうか……」
まぁ、確かに王様達のは愛が重い気もするけどね。
「さて、あまり気を抜いてばかりもいられません。慌ただしくはありますけど、ラトーガから情報を聞き出しましょう」
レルールは、自身の鎖の先に捕らえられているラトーガ達に視線を移しながら、キッとした大司教の顔へと気持ちを切り替える。
ライアランの時の事は参考にならないから、一応は隷属しているとはいえ、どこまで自由意思を奪えているのかを試すつもりみたいね。
場合によっては、拷問チックな事を行うのも想定しての、仕事モードなんだろう。
いまだに意識を失っているラトーガ達を、強引に起き上がらせようとして、レルールは鎖の《神器》を引き寄せる。
だけど、その時!
私達が予想もしていない事が起こった!
突然、ラトーガ達の体が崩れ去り、消滅してしまったのだ!
「なっ……」
その場にいた全員が、二の句を繋げないでいる。
だって、あの消え方は奴の分身が消滅する時といっしょだったから。
つまり、本体は別にいる!
その事実に気づいた私達は、一瞬で警戒体制に入った!
うう、でもまさかラトーガが四人とも分身だったなんて……実際には、何人まで分身できるのよ、あの暗殺者は!
最初が四人だったから、あんまり大人数にはなれないのかもしれないけど、もう一度分身が来たら……今度こそ耐えられない。
背中合わせになり、王様達を中心として円陣を組んだ私達は、視界の範囲ばかりでなく、上からの奇襲にも注意を払ってラトーガが出方を待った。
相手は神出鬼没の暗殺者、どこから来るのか……。
緊張感で張り詰めた空気で室内が満たされる。と、その時。
『あれ……?』
なんとも普通に、入り口の扉を開いて室内に入ってきたラトーガの間の抜けた声が耳に届いた。
え?本体は部屋の外にいたってこと!?
てっきり室内で機を伺ってばかりいると思っていた私達は、完全に虚を突かれた!
しかし、予想外だったのは向こうも同じだったらしく、驚愕した様子で固まっている。
『え……ええっ!?わ、私の分身体が、全員やられたのかっ!?』
ようやく状況を理解した暗殺者は、わかりやすいくらいに動揺しながら、こちらの戦力を確認すると、再び驚きの声を上げた。
『う、嘘っ!一人も殺れてないじゃないかっ!?ま、まさかそこの天使どもが、力を貸したんじゃないだろうな!』
「ウホッ!」
『いや、ゴリラの返事じゃ、なに言ってるのかちょっとわかんない!』
「ゴリラエル様は『そんなことはしていない』とおっしゃっています!」
すかさず、ゴリラエルさんのフォローに入るソルアハル。うん、できる美少年は素敵よ!
『くっ……まさか、本体が少し外してる間に、こんな事になるなんて……』
悔しげにラトーガは呟く。まぁ、実際はたまたまの偶然が重なっただけなんだけどね。
「……分身に暗殺を任せて、本体であるあなたは、一体なにをしていたのですか?」
鎖の《神器》を構えながら、レルールが問いかける。
言われてみれば、確かにそうだ。この場にいるのは、どの面子も魔族にとっては邪魔になる存在だもんね。
それを分身に放り投げて、本体は姿をくらましていた。
そこから予想できるのは、私達以外の標的を狙ったか、もしくは今後のために罠でも仕掛けたか……。
なんにせよ、ここに戻って来るまで何をしていたのか、聞き出す必要はあるわね。
「ん!?」
不意に、ウェネニーヴが鼻を鳴らしながら、怪訝な表情をする。
どうしたのかしら……あ!もしかして、匂いでラトーガが何をしていたのか、検討がついたとか!?
「ま、まさか……信じられません……」
「ど、どうしたの、ウェネニーヴ?」
驚きを隠せない彼女は、ただ事ではなさそう。
彼女は、目の前の敵から一体なにを感じ取ったというのだろうか。
「魔界十将軍の一人、ラトーガ……あいつは……」
うんうん、あいつは?
「あいつは、ここの部屋に来る前に、食事をしてきていますっ!」
……はい?
「ですから、ワタクシ達との戦いは分身に任せ、本体はついさっきまで外で食事をしていたんです!」
「えーっと、あの……食事って、何かの暗喩じゃなくて?」
「はい!この香りは間違いありません!おそらくは、この国の名物料理のひとつ、『セイントサーモンの茸とバターの包み焼き』ですね!?」
ズバリとラトーガを指差しながら、ウェネニーヴは問い詰める!
するとラトーガは、ククク……と、肩を小さく揺らして含み笑いを漏らした。
そして、
「正解!」
見事だと、ウェネニーヴを称えながら、拍手で返してきた。
あー、確かにあれは美味しいけどさ……。
「……なぜ、今、食事を?」
全くもって理解できないといった顔で、レルールが言葉を絞り出した。
『なぜと言われれば……』
そこに何か、重要な理由でもあるのだろうか?
ラトーガの返答を、レルール達は聞き逃すまいと息を飲んで言葉を待つ。
『朝御飯を食べてなかったから、お腹が空いたから……かな?』
普通だっ!あまりにも普通の答えだった!
「そ、そんな理由で納得できるとでも、お思いですかっ!」
『暗殺は分身体に任せて、本体はエネルギーの補充をしてくる……割りとまっとうな理由だと思うがね』
「ぬっ……」
まぁ、ギリギリで筋は通っているラトーガの意見に、レルールは言葉に詰まる。
しかし、そんな暗殺者の言葉に意を唱えたのは、ウェネニーヴであった。
「気に入りませんね。つまり、あなたはワタクシ達など分身ごときで十分だと判断するくらい、こちらを舐めていたという事でしょう?」
『まぁ……そういう事になるかな?』
「でしたら、その不遜な態度の対価を、受けとるといいでしょう」
プライドの高い竜だけに、ラトーガの態度は許せないようで、ウェネニーヴの両手に、竜の鉤爪にも似たオーラが炎のように燃え上がる。
それを見たラトーガは、はぁ……と、ため息をついた。
『なるほど、恐ろしいな……。分身体を倒せたのも、得心がいった』
勝ち目が無い的な事を言っている割りには、何だか余裕のように見えるわね……まだ奥の手があるのかしら?
『まぁ、メインの仕事はしくじったけど、サブプランはクリアか……戦果としては、十分でしょう』
「本来の仕事?サブプラン?」
耳ざとくラトーガの呟きを聞き付けたレルールが、なにやら企みを感じる単語にピクリと反応した。
ええい、この期に及んでまだなにか企んでいるの!?
『フフフ……まぁ、隠すほどでもないし、教えてあげよう』
調子に乗りやすいのか、単に話して自慢したいだけだったのか。
戸惑うような私達へ向けて、ラトーガは丁寧にその企みについて簡単に話してくれた。
『本命は王族や、《神器》使い達の暗殺。そしてサブプランは、あなた達の戦力を計ること……』
うん、思ったよりもまともだった。でも、本当にそれだけぇ?
『フフフ、まぁ信じる信じないは好きにするといい。なんにせよ、目的は果たせた……』
言いながら、ラトーガは懐から何かボールのような物を取り出すと、思いきり床に叩きつける!
すると、凄まじい煙が巻き起こり、室内を白く染めて暗殺者の姿を隠していった!
くっ、なに?煙幕かなにか!?
『それでは……また会おう、《神器》使いの諸君……』
フハハハ!と何故か高笑いするラトーガの声が遠くなっていく。
やがて煙が晴れると、あの暗殺者の姿は影も形も無くなっていた。
「くっ……取り逃がして終いましたか……」
本当に悔しそうなレルール。ひょっとしたら、彼女中ではリベンジが失敗した事になったのかしら。
そんな彼女を、他の《神器》使い達はなだめていた。
それにしても……また会おう!か。
「来ますね、奴等が」
「ええ、魔界十将軍が……今度は全員でね」
そう、セイライから聞いていた通り、今度はラトーガ単体の暗殺や諜報などではなく、国を……私達を打ち崩すために、魔界の最高戦力が現れるのだ。
まだ見ぬ魔族の最高峰を想像して、私の体はブルリと震える。
いや、武者震いとかじゃなくて、単にビビってるだけだけです……。




