09 理外の一撃
四人に分身したラトーガ達(便宜上、AからDとしようかしら)は、武器を構えながら突っ込んでくる。
それを迎撃しようと身構えていたけれど、接触する寸前にラトーガAとBを踏み台にして、ラトーガCとDが飛び上がった!
上と前から迫る二組の暗殺者達に、対応がわずかに遅れ、まんまと陣形の中心に食い込まれてしまう!
『シャッ!』
蛇の呼気にも似た声と同時に、絶妙なコンビネーションで武器を振るわれ、私達はそれぞれに分断されてしまった!
レルールを始めとする《神器》使い達には、ラトーガAとB。
私にはラトーガC。
そして王様と教皇様にはラトーガDといった布陣である。
……ちょっと待って。
なんで私ごときに、ラトーガが単独で付く訳?
『盾の《神器》使い、エアル……私はこの状況で、貴様が一番危険だと判断する』
いや、だからなんでよ!?
言っとくけど、私の活躍?なんてウェネニーヴがボコボコにしたのをトドメだけ刺させてもらったようなもので、全然たいした戦歴じゃないんだからねっ!
……本当にたいした事なさすぎて、自分で言っててなんかへこむわ。
『盾という守りの《神器》使いにも関わらず、竜を配下に置き、魔界十将軍を何度も撃退した……まぐれや偶然で、こんな真似はできはしない』
すいません、本当にまぐれか偶然なんですよ!
うう……とはいえ、私がなんと言い訳しても、ラトーガは信じてはくれないだろう。
だったら、なんとか独力でこの場を乗りきるしかないわ。
言葉通りに私を警戒しているのか、ラトーガCは一定の間合いを取ったまま、こちらの様子を伺う。
私も、うっかりボロが出ないように、気をつけ……あ!
ジリジリと隙を伺いあっていた私の視界に、王様と教皇様に迫るラトーガDの姿が写った!
◆
『老人二人を殺るだけの簡単なお仕事……さっさと済ませて、あちらの手伝いをするか……』
現役の暗殺者、しかも魔界十将軍ともなれば、一国の王と教皇を殺す事も「簡単なお仕事」と、言ってのけるだけの事はあるだろう。
『さようなら、人間の王』
たいした感慨も無さそうに、ラトーガDは手にした刺突針剣の切っ先を、一直線にリングラン王の心臓へと向けて突きを放った。
王の背中へと、剣先が貫かれた……そう、誰もが思ったし、そうも見えただろう。が、実際にはラトーガDの攻撃は、突きに合わせて大きく踏み込んだリングラン王の衣服を、わずかに掠めただけった!
『っ!!』
「舐めんなよ、魔族……」
いつもの威厳に満ちた「王」の声ではなく、ドスの聞いた「漢」の声でリングランはそのままラトーガのローブを掴む!
そうして自らの体ごと、ラトーガDを巻き込むようにして飛び上がり、暗殺者の肉体をクッション代わりにしながら、固い床に叩きつけるように落下した!
『ガハッ!』
さすがのダークエルフの暗殺者も、自重とリングラン王ふたり分の体重を乗せられ、受け身も取れずに床に叩きつけられれば、ダメージは馬鹿にできない。
「ちっ!」
なんならそのままトドメを刺そうとした王だったが、どこからともなくラトーガDが取り出した短剣の反撃に、舌打ちしながら身をかわす。
「……やっぱり、そうそう上手くはいかないか」
転がりながら距離を取り、リングラン王は素早く立ち上がった。
「うぐっ……」
だが、突然の呻き声と共に、再び膝をついてしまう。
そんな王の様子を確認して、ラトーガDは口を開いた。
『驚いた……いや、本当に驚いた。まさか、私があんな老人に反撃をもらうとは……』
軽く頭を振りながら、ラトーガDはユラリと立ち上がる。
「……毒か」
『ご明察』
よく見れば、ラトーガDの手にある短剣には何かの液体が塗られていて、リングラン王の手には、その短剣で付けられたらしい小さな切り傷がついていた。
『竜の娘には通じなかったが、魔界の怪物でも殺す猛毒……ほんの少しでも体内に入ったら、悶え苦しんで死ぬことになる』
「それは恐ろしいな……まぁ、無駄だがね」
みるみる青ざめていく国王だったが、彼に近付いたオーダムラー教皇が、そっと手を触れながら事も無げに言う。
すると、彼の手から放たれた光に包まれ、リングラン王は平然とした様子に戻ると立ち上がってニヤリと笑った。
「解毒魔法と回復魔法の二重効果魔法か……魔法のキレは衰えていないな」
「兄上こそ、見事な投げ技でした。鍛練は怠っていないようですな」
互いを誉め合う兄弟を前にして、ラトーガDは小さく舌打ちをした。
『お前らはいったいなんなんだ……』
守られるべき要人が、下手な護衛の兵士よりも手強い。暗殺者にとって予想外の標的達は、フフンと鼻を鳴らして胸を張った。
「我々がまだ、単なる王位継承権を持つ王子だった頃は、宮廷内は権力欲にまみれた魑魅魍魎が跋扈する伏魔殿でなぁ」
「そんな中で生き残るには、政治的な手腕以外に、物理的な強さも必要だっただけの話よ……」
ふたりは力を合わせてその魔窟で生き残り、兄はこうして王位について、弟はそれを支えるべくもうひとつの権威の最高位に上り詰めた。
「そんな、暗黒の時代を生き抜いた我々を知る者はこう呼ぶ……」
「そう、『最も危険な時代を生き延びた兄弟』とな!」
◆
……………………はっ!
いけない、いけない。
思わぬ王様達の反撃に、対峙してたラトーガDだけじゃなく、私や他のみんなも呆然としていた。
さらには、ラトーガAからCまでそちらに目が行っていたから、かなり意外だったんだろう。
しかし、すぐに彼女らも気を取り直したようで、再び武器を構えてこちらに注意を戻してくる。
うーん、王様達には頑張ってもらいたいけど、よく見れば足がガクガクと震えてるし、あまり長く戦えそうにはない。
お爺ちゃんだもんなぁ……。
「お爺様方!頑張ってください!」
自分達に向かって来ているラトーガ達の攻撃の合間をぬって、レルールがなんとか王様達に声援を送る。
それを聞いた瞬間に、二人の祖父から闘気が沸き上がった!
「任せておけい、レルール!」
「お爺ちゃん達の格好いい所を見せてやろう!」
愛孫の声に答えるように、王様達は猛然とラトーガDへの反撃を開始し始めた!
これが話に聞く、「孫ブースト」というやつだろうか。しかし、それも長く続くとは思えないわ。
王様達が力尽きる前に、なんとか助けに行きたい。けれど、目の前に立ちふさがるラトーガCは、通常なら私なんかよりも遥かに強いはずだ。
しかも、何かを警戒しているのか、一定の間合いを保って近付いてこようとしない。
なるべく早く決着をつけたいのに、これじゃあ一か八かの盾強打も狙えないわ……。
「……ふふん、どうしたのよ。魔界十将軍ともあろうお方が、私みたいな小娘にビビっているっていうの?」
慣れてないけど、挑発じみた言動を投げ掛けてみる。
しかし、ラトーガCは動じる事なく、淡々と返してきた。
『万が一にも、その盾の《神器》を軽々と振るうような怪力に掴まれたりしたら、逃げられそうにないからな……迂闊に近付いたりはしない』
……ん?怪力って……私が!?
し、失礼なっ!
確かに農作業なんかはしてたから、街の女の子に比べれば力持ちかもしれないけど、そんな魔族に警戒されるほど化け物じみてはいないっつーの!
……とはいえ、どんなに重くしても私には負担がかからないという《神器》の能力を知らなきゃ、そうな風に誤解されても仕方ないか。
『フッ!』
近付かないと宣言したラトーガCは、その言葉通りに離れた位置から短刀を投げつけてくる!
もちろん、毒がたっぷり塗られているであろうそれらを、私はなんとか盾で防いでいた。
いや、《加護》の力で毒は平気だろうけど、短刀が刺さったりしたら普通に痛いからね。
しかし、このままじゃじり貧だわ。どこかで賭けに出ないと……。
ラトーガは吸血鬼のライアランを押し潰した、馬鹿げた重量の《神器》と、それを操る私の怪力を恐れている。
これをなんとか、逆手にとれないかしら……。
「痛っ!」
なんて、考え事に気をとられていたら、ラトーガCの短刀が私の頬を掠めた!
小さな切り傷だったけど、この刃には毒が…………っ!
その時、私に電流が走るっ!
そうだわ、これならっ!
「がっ……」
私は、毒にやられた振りをしながら、手にしていた《神器》を床に落とす。
やけに軽い音を立てて床に転がった盾に続き、私自身もゆっくりと崩れ落ちる。よし、我ながらナイス演技!
『フッ……』
他愛なく倒れた私の姿に、ラトーガCは小さく笑って近付いてきた。
しかし、彼女と私の間に落とした盾の手前で、ラトーガの歩みが止まる。
『フム……』
何事か思うところがあったのか、ラトーガは盾に手を伸ばす。そうして、手に取ったその《神器》が異様に軽い事に驚いたようだった。
『なんだ……この軽さは?』
ライアランの時のような超重量を想像していたせいか、手放す前に最軽量にしておいた盾をしげしげと眺める。
『あの時の《神器》とは違う……のか?ならば、これは模造品?だがしかし……』
ブツブツと呟きながら、《神器》をなめるように観察するラトーガ。やはり、確実性を求める暗殺者だけあって、疑問に思ったことは調べないと気がすまないみたいね。
そうして、真上に掲げて盾の裏側を見上げた、その時!
この隙を待っていた私は、素早く立ち上がると、ラトーガが掲げていた盾に手を触れた!
『なっ!?げえっ!?』
ラトーガの最初の声は立ち上がった私に驚き、次の声は突然重くなった盾に驚いたものだった!
『おおおもぉぉぉっっ!?!?』
いきなり押し潰されそうな重量になった《神器》に、訳もわからず耐えようとするラトーガC。
しかし、破滅は次の瞬間に訪れた!
『ぴゃうっ!』
奇妙な叫びと共に、盾と一緒にラトーガは床に転がる。
ピクピクと痙攣するその様子は、意識だけはあるけれどまともに動く事はできそうになかった。
彼女を襲った不可視の一撃。
それは、歴戦の勇者ですら自由を奪われ、身動きが取れなくなるほどの激痛だという。
だから人は、畏怖を込めてその痛みをこう呼ぶのだ、「魔女の鉄槌」と!
……いやぁ、ウチのお父さんも変な姿勢で重い物を持ち上げた時に、時々やってたなぁ。
『が……ぎ……ぐ……』
あの時のお父さんみたいに、倒れたまま呻く事しかできないラトーガを見て、私は思うのだ。
みんなも、重い物を持つ時には、十分気をつけようね、と。




