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逃走、盾役少女  作者: 善信
第五章 邪神軍の進行
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08 神と邪神の制約

新たな能力を得たレルールの鎖が、なぜか彼女を溺愛する国王様達目掛けて突き進む!

そして、鎖の先端が二人を貫こうとした瞬間、甲高い金属音が部屋中に響き渡った!

「なっ……」

「えっ……」

「あっ……」

王様と教皇様、そしてレルールの声が重なる。

鎖は彼等を掠めて、その背後から迫っていた短剣(・・)を弾き落としていたからだ。


「お爺様方!無事ですかっ!」

血相を変えたレルールが、二人に駆け寄る。

「レ、レルール……今のは、私達へ攻撃を向けた訳では……」

「違います!どうやら、お爺様達を狙った刺客の攻撃を、私の《神器》が防いでくれたようです」

油断しないでくださいと、レルールは注意を促す。


「よかったぁ!我等が敵に思われたのかと思ったぁ!」

「レルールに嫌われたのかと思って、びっくりしたぁ!」

心配そうな孫娘の様子に、安心した国王と教皇は歓喜の涙と共に膝から崩れ落ちた。

そんなに!?そんなに孫から嫌われるのが、怖かったの!?

なんか、命を狙われた事よりも、そっちの方を怖がってない!?


それにしても、いったい誰が孫バカ(おうさま)達を狙ったんだろう。

レルールをはじめとする《神器》使い達は、王様達を囲むようにして守りを固め、次の襲撃に備えている。

すると、隣にいたウェネニーヴが、クンクンと周囲の臭いをかぎながら私にソッと話しかけてきた。


「お姉さま、あそこを……」

そう言うと、彼女は王様達の背後、恐らく短剣が飛んで来た方をこっそりと指差す。

言われて私もそちらへ目を凝らすと……部屋の片隅、その天井付近に、何となく不自然な影があるような……んんん?

妙な違和感はあるものの、いまいち確信が持てないから、みんなに声をかける事もできない。

ほら、万が一「あそこがなんだか怪しくない?」なんて言って、みんなの目が集中する隙を突かれたりしたら困るじゃない?

だから、何が怪しいのかはっきりと言えるよう、私はさらに違和感のある場所をジッと見つめてみる。……けど、わからないなぁ。


「確かめてみましょう」

ポツリとそう呟くと、ウェネニーヴは私の近くに漂っていたエイジェステリアの背中から、羽を一枚抜き取った。

「痛っ!何するのよ、竜っ娘!」

「静かにしてください。無駄にパラパラ撒いてるんですから、一枚くらいいいでしょう」

「演出で撒いてるのと、急に抜き取られるのじゃ痛さが違うのよっ!」

演出なのかい!


しかし、ウェネニーヴは食ってかかるエイジェステリアを無視し、手にした羽に毒を込め始める。

そうして、純白の羽が鮮やかな紫色に染まったのを確認すると、ウェネニーヴは怪しいポイントに向けて、その羽を投げつけた!

一直線に放たれた矢のような勢いで、羽は奇妙な影に突き刺さった!

それと同時に、そこから小柄な人影が飛び出してきて、反撃の短剣を投げつけながら、猫のようにフワリと着地する。

ウェネニーヴの顔を目掛けて、まっすぐ飛んで来る短剣にヒヤリとしたけど、幸いその短剣は彼女を掠めただけで、乾いた音をさせながら床に突き刺さった。


『まさか、私の気配に気付くとは……』

肩口に刺さった毒羽を払いながら、憮然とした呟きを漏らす侵入者。

むぅ、ウェネニーヴの毒は効いてないみたい。

だけど、この聞き覚えがある声、さらにボロボロのローブで頭からすっぽりと覆われた独特の風体……。

嘘でしょ!?なんでこんな所にいるのよ!

「魔界十将軍……ダークエルフのラトーガ……」

ゴクリと息を飲み、なんとか声を絞り出してレルールは眼前の敵を油断無く見据えた。


『その節はどうも……』

たぶん、先のライアラン戦の事を言っているんだろう。

しかし、緊張するこちら側と比べて、なんだかラトーガは肩を落としてフードの奥でため息を吐く。

『それにしても、こんなに簡単に見つかってしまうとは……暗殺者として、情けない』

自嘲気味に呟く彼女に、ウェネニーヴがフフン!と鼻を鳴らした。

(ワタクシ)の嗅覚を甘く見ないでください」

『確かに……今後は、獣の感覚器官も騙せるように、精進しよう』

な、なんだか本当にヘコんでるのかしら。ラトーガの声にはしょんぼりとした響きがあった。

いまいち、緊張感が無いなぁ……。

「……それで、こんな場所にまで現れて、何の用ですか?」

『愚問……』

レルールの問いかけに、ラトーガは肩を揺らして笑う。

『暗殺者の用事なんて、暗殺以外にあり得ない』

だよねぇ!こっちとしては、迷惑極まりないけど!

だけど、いったい誰を……?


『私のターゲットは、アーモリー国王と教会の教皇。あとは、そこの聖女様……』

スーッと指先を移動させながら、ラトーガは標的としている人物達を示していく。

んん、たぶんそうなんじゃないかなとは思ったけど、やっぱりかぁ。

「……でも、魔界十将軍全員でアーモリー攻めの準備をしているはずなのに、よく単独で来たわね」

ふとした何気ない私の一言に、フードに隠れて表情は見えないけれど、驚いたような気配がラトーガから感じられた。


『……なぜ、その計画を知ってる?』

「フフフ、こちらにも良い耳は有るって事よ」

『ふうん……』

まあ、調べて来たのはセイライだけどね!

人間も中々やる……とか呟きながら、ラトーガはスラリと懐から刺突針剣(エストック)を抜き放った。

『私は下拵えに手を抜かないタイプでな、総攻撃の前に頭を潰しておきたかった。その方が楽だしな』

確かに、王様達が討たれでもしたら、この後の魔界十将軍の攻撃耐える事は不可能だったでしょうね。


『まぁ、思惑通りには進まなかったのは残念だけど。……ところで、他の連中は面倒だし、邪魔しないなら見逃してもいいのだが?』

まるで、良い話でしょ?と言わんばかりのラトーガの言い種。

邪魔さえしなければ、無駄な殺生はしないタイプなのか、それとも本当に面倒なだけなのかしら……。

しかし、そんな余裕の魔族へ向けて、激高した反論の声が飛んだ!


「誰がそんな提案を受け入れるものですかっ!」

「そうです!国王達もレルール様も、私達がいる限り殺らせはしません!」

「むしろ、ノコノコ姿を晒した己の身を案じるのですね!」

ジムリさん達、アーモリーの《神器》使いが王様達の前に、壁となって立ちはだかった。

「甘言を用いたところで、この場にいる者を生かしておくつもりはないのでしょう?」

『まぁねぇ。緊張感の解けた連中の方が、殺しやすかったんだけど』

え!そうなの?

レルールの言葉を、あっさりとラトーガは肯定する。

油断させてから、背中を刺そうとするなんて……汚ない!さすが暗殺者は汚ない!


うーん……でもよく考えれば、相手が魔界十将軍とはいえ、戦力差は圧倒的よね。

こっちは天使も含めれば、戦力は十人を越えるんだもん。

四人に分身できるラトーガとは言え、倍以上いる私達に勝てるとは思えないわ。

あれ?ひょっとして、これって楽勝じゃない?

『……言っておくけど、天使は戦力にならないぞ?』

ギクッ!

私の考えていた事を読んだのか、ラトーガがそんな事を言う。

でも……見透かされたのはともかく、それってどういう意味なのかしら?

まさか、天使の実力がわからないなんて事はないと思うけど……。


「ウホ……」

「『残念ですが、奴の言っている事は本当です……』と、ゴリラエル様はおっしゃっています」

え?どういう事?

「ウホウホ、ウッホ……」

「『それが、神様と邪神によって交わされた制約……』」

『神が産み出した人間と、邪神様が産み出した魔族の戦争……簡単に言うなら、子供の喧嘩に大人が出てくるのは無しって事』

な、なるほど。この戦いを「子供の喧嘩」って言われちゃうのは、ちょっと複雑な気分だけど。


「……しかし、《神器》や《加護》の付与といった介入(・・)はなされていますが?」

『そのくらいのハンデが必要なほど、人間と魔族では基礎能力に差があるのだよ』

「ぐっ……」

淡々と事実を告げるラトーガに、レルール達は返す言葉もない。

でもさぁ、そんなに力の差があるなら、ちょこっとくらいは手を貸してくれてもいいと思わない?

「ウッホホ?」

「『私達が直接手を出してエスカレートしていくと、世界が滅びますけど?』と、おっしゃっています」

すいませんでした、大人しくしていてください……。


『そんな訳で、そこの天使は達介入できない。そして、切り札の竜っ娘もね(・・・・・)

はっ?何を言って……。

ラトーガの言葉にハッとしてウェネニーヴを見ると、彼女は棒立ちのままで、なぜか身動きが取れないようだった。

「ど、どうしたの、ウェネニーヴ!?」

「あ……ぐっ……」

どうやら意識はあるみたいだけど、全身が麻痺でもしているのか、硬直したままだ。

どうりで静かだなーとか思ったけど……でも、なんで!?

何かの麻痺毒でも食らったとか……ああ、でもウェネニーヴには毒は効かないハズだし……?


『別に、毒じゃなくても動きを縛る事はできる。これぞ、魔界流・影縛りの術』

影縛り……もしかして!?

その単語が引っ掛かって、ウェネニーヴの背後の床に目を向けると、彼女の影の部分に、さっきの反撃の短剣(・・・・・)が突き立っていた。

たぶん、これね!このせいで、ウェネニーヴが動けないんだわ!

『なかなか勘がいい。でも、人間の力ではその短剣を抜くことはできないがな』

短剣に気付いた私を誉めるように、ラトーガは頷いてみせる。

やっぱり、この短剣が媒介なんだわ。

でも、種がバレても余裕なのは、彼女の言葉通り、人間ではこの剣を抜けないないからなんだろう。


助っ人(てんし)は頼れない』

切り札(りゅう)は動けない』

『《神器》使い達は疲労している……』

丁寧に状況を説明するラトーガの姿が、幾重にもブレて見える……いや、実際に分裂しているんだ!

『加えてこちらは、魔界十将軍(わたし)四人分……』

完全に四人になったそれぞれのラトーガが、ぬらりと光る武器を構える。

『この条件で、そちらに勝ち目があるなら……是非ともやってみてほしい』

圧倒的なプレッシャーを放つラトーガ。こ、これは……無理かもしれない。

……あれ?私、もしかして死ぬ?

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