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逃走、盾役少女  作者: 善信
第五章 邪神軍の進行
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07 聖女の咆哮

「……それがどのような力かはわかりませんけど、世界を救うために必要なら受け入れます」

悲痛な表情で、レルールは手にしている《神器》を握りしめる。

わかるわ……年頃の女の子が、【ゴリラパワー】なるものを受け入れるのに、どれだけの覚悟が必要なのか。もうすでに、力の名前だけで辛いもの。

「ウホ……」

「ゴリラエル様は、『いや、そこまで悲壮感を出さなくても……』とおっしゃっています」

心なしか、ションボリしたゴリラエルさんの言葉を、ソルアハルが通訳する。まぁ、気持ちはわかるけど、こればかりはイメージの問題だから仕方がないのよね。


さて、そんな訳でレルールを始めとしたそれぞれの《神器》使い達は、自分の守護天使達と試練の義を開始する。

単純に戦うもの、《神器》の力を引き出すものなど、色々と動き出した中で、どうしても目を引くのは鎖の《神器》の試練だ。

だって、ゴリラと美少女が真正面から対峙してる絵面なんて、気にするなって言う方が無理よ。

「ウホッ、ウホホ、ウッホ!」

「『この試練は、鎖の《神器》で私を縛り上げる事ができれば成功です。無論、神気をもって抵抗はするので、頑張って試練を突破してください』とおっしゃっています」

ゴリラエルさんの言葉を通訳するソルアハルの言葉に、レルールはひとつ頷く。

何て言うか、通訳がいちいち面倒くさいわね。


「ウッホ!」

「『始めっ!』」

開始の合図と共に、ゴリラエルさんの体から、神々しいオーラが炎のように噴き出した!

熱こそ発していないものの、彼の全身の毛が逆立ちながら金色に輝き、他の天使よりも一段階上の存在感を放っている。

「ウホホウホッ……ウホッ!」

「素晴らしいです、ゴリラエル様!あ、『これが天使を越えた天使……大天使の力です!』とおっしゃいました!」

た、確かにすごいわ。

前に、私の試練の時に全力を出したエイジェステリアにも驚いたけど、今のゴリラエルさんは、あの時の彼女を軽く凌駕している。


「凄まじいですね……大天使とは。できれば敵に回したくありません」

竜であるウェネニーヴが、ブルリと身震いしながらそんな事を呟く。

この娘にここまで言わせるんだから、それと向かい合っているレルールは、どれだけのプレッシャーを受けているのかしら……。


小さな体が吹き飛ばされていないか心配したけど、彼女はキリッとした顔つきで、ゴリラエルさんを真っ直ぐ見つめていた。

すごいわ、さすが聖女と名高いレルール!……と、思ったけど、よく見れば足がガクガクと震えている。

ああ、うん……でも、漏らしたりしてないだけでも、立派だと思おうわよ!


「ウッホ、ウホホ!」

「『どうしました、この程度で怯んでいては、試練を乗り越えられませんよ!』」

「くっ……私は……みんなのため、世界のためにも、負けるわけにはいかないんです!」

可憐な容姿に似合わない、気合いの雄叫びを上げるレルール!それと同時に、彼女の体からも炎のようなオーラが噴き出した!

これは……たぶん彼女の《加護》である、【超・信仰】が発動したのね。

自らの信仰心の高さによってあらゆる能力が上昇する、レルールの奥の手。

でも、そのために二回りくらい大きくなった体は、まるで……。

「なんだか、すでに【ゴリラパワー】を身に付けてるみたいな外見ですね」

私がちょっとだけ思っていた事を、ウェネニーヴはズバリと口にしてしまう。

その瞬間、レルールから立ち上るオーラが若干弱まってしまった。


「ウェ、ウェネニーヴ!ダメよ、そういう事を言っちゃ!」

「す、すみません……」

信仰心の現れとしてなら受け入れられるけど、ゴリラっぽいと言われると傷付く乙女心。その辺の心の機微を、彼女にはもう少し学んでほしいわ。

「大丈夫だ、レルール!ゴリラっぽくても、お前は可愛いぞ!」

「そうだ!お前がゴリラっぽくても、お爺ちゃん達はいつでもお前の味方だからな!」

国王と教皇に励まされて、またレルールのオーラが弱まる。

応援する気持ちはわかるけど、デリケートな話なんだから、もうちょっと言葉は選んでほしい!


「ウッホ……」

うん?気のせいか、ゴリラエルさんのオーラも弱っているような……?

「だ、大丈夫ですゴリラエル様!女子供には受けが悪いかもしれませんけど、ゴリラは格好いいですよ!」

あ、どうやら度重なるゴリラ批判に、落ち込んでるみたい。

そんな彼を、ソルアハルが頑張って励まそうとしているけど、意外と繊細なのね、大天使……。


「……うおおおおおおおおおっ!」

突然、レルールが叫びながら鎖を振るい、先手を取った!

「今の私に、落ち込んでる余裕などありません!外見がどう変わろうと、我が信仰のためにっ!」

いち早く立ち直った彼女の鎖が、左右からゴリラエルさんに襲い掛かる!

「ウホッ!」

しかし、彼を縛り上げる寸前で、再び噴き出したオーラがゴリラエルさんの体に鎖が絡み付くのを遮った!

「ウホッ、ウホホ……ウッホホ!」

「『お恥ずかしい姿を見せました……ここから本番といきましょう!』とおっしゃっています!」

お互いに気を取り直し、いよいよ鎖の《神器》を開放する試練が幕を上げる!


            ◆


「……ふうぅぅ!」

「……ホホッホ!」

レルールとゴリラエルさんの、力比べは一進一退のまま、すでに三十分近くが経過していた。

でも、ここまで来ると私にでも、どちらが有利なのか見てとれるようになってきているわ……。

滝のような汗にまみれながら、それでも《神器》に力を送り続けるレルールに比べて、ゴリラエルさんの表情にはまだ余力があるように見える。

いや、ゴリラの表情の見分けとかあんまりつかないけど、そんな気がするってことね。


「……ウホッ?」

「『そろそろ限界ですか?』」

「ま……まだ……です……」

口ではそう言うものの、肩で息をするレルールの限界は近そうだ。

「レルールゥ……」

「おのれ、ゴリラァ……」

あと、孫を愛するお爺ちゃん達の我慢も限界に近い。

暴走すると厄介だから、ウェネニーヴに二人を抑えてもらい、私は決着が間近であろう、聖女と大天使の戦いに注目した。


「……っ、はぁ……はぁ……」

「ホホッ、ウホホ……」

「『ここまで、ですかね……』」

確かに、端からみてもレルールは立ってるのがやっとだ。

これ以上は、力を使いすぎた反動もあるかもしれないから、もう終わりにした方がいいかも。

だけど、レルールは諦める事無く気力を振り絞る。

そんな彼女に、ゴリラエルは諭すように声をかけた。


「ウッホホホ、ウホッホ。ホホッ」

「『これ以上は、貴女の命を削る事になります。私の試練に失敗しても、命までは取りませんから、諦める事も大切ですよ。ただ、少々の罰ゲームは受けてもらいますが』と、おっしゃっています」

え、そうなの?

他の天使の試練は、一歩間違えば死んでも仕方ないよね、テヘッ☆って感じだったのに、大天使なんて肩書きがあるだけあって、優しいのね。

でも、どんな罰ゲームなのかしら?


「ウッホー!」

「『なぁに、ちょっと外見がゴリラになるだけですよ!』」


「いやあぁぁぁぁっ!!!!!!!!」

罰ゲームの内容を聞いた瞬間、レルールの絶叫が迸った!

さらに彼女のオーラは限界を超え、噴火したマグマのように噴き出し、手にした鎖は雷となってゴリラエルさんのオーラを切り裂いていく!


「ウッ、ウホォッ!?」

「『な、なにぃ!?』」

「うあぁぁぁぁっ!!!!」

レルールの激情のままに、鎖はゴリラエルさんを縛り上げると、そのまま彼の巨体を天井近くまで持ち上げていった!

「ウホオォォォォッ!」

「『うわあぁぁぁっ!』」

いや、その通訳いるっ!?

なんて私のツッコミも間に合わないほどの勢いで、ゴリラエルさんは受け身も取れずに、頭から堅い床へと叩きつけられていった!


            ◆


「本当に申し訳ありませんでした!」

床に額を擦り付けるようにして、レルールが治療中のゴリラエルさんに頭を下げる。

「まったくですよ!大天使であるゴリラエル様に、ここまで大怪我を負わせるなんて……普通なら、神の怒りを買ってもおかしくないんですからねっ!」

回復魔法で治療をしながら、ソルアハルが怒りの言葉をレルールにぶつける。

ちょっと言い過ぎな気もするけど、言い訳の余地がないレルールはひたすら恐縮するばかりだ。


「……ウッホ、ウホホホ」

「え?は、はい……ゴリラエル様がそうおっしゃるなら……。少し言い過ぎました、すいません」

何事かを言われたソルアハルは、ハッとしてレルールに謝罪する。

その豹変ぶりに、当のレルールもキョトンとしてしまう。

いったい、何を言われたのかしら……。

「ゴリラエル様は、『……この怪我は我が身の未熟ゆえ。互いに本気で戦った末の負傷なのですから、彼女を責めてはいけません』と……」

うーん、本当にできた人だなぁ……いや、できたゴリラ……うん、できた天使ね。

まったく、感心させられるわ。


「ウホホ、ホッホ」

「そうですね、他の天使達よ試練も終了したようです」

二人の会話から、ジムリさん達の試練も終わった事がわかって、そちらに目を向ける。

すると、あちらではジムリさん、ルマッティーノさん、そしてモナイムさんが、各々の守護天使達と爽やかな笑顔で握手を交わしていた。

その様子からすると、どうやら試練は上手く超えられたみたいね。


「ウホホ、ウホホ、ホッホ」

「『さて、早速ですがこちらも真の力を得た《神器》の説明をしましょう』」

おおっ!

たしか、鎖の《神器》は相手を隷属させるって能力だったと思うけど、どんな風にパワーアップしたのかしら?

「ウホホ、ウッホ」

「『能力自体は変わっていません。ですが、鎖の先端を見てください』」

言われて、私達はレルールの両腕に巻いてある鎖の《神器》に目をやった。

おや?

なにやら鎖の先っぽ……左の鎖には玉子くらいの大きさの球体が、右の鎖には尖った矢尻のような物がついている。


「『左の鎖は、貴女の意識が向いていなくても、迫る攻撃を弾く自動防御(オートガード)を。右の鎖は、貴女や貴女の仲間に対する攻撃への自動反撃(オートカウンター)の能力が付与されています。これで不意打ち等の攻撃は、ほぼ百パーセント防ぐ事ができるでしょう』」

うわ、スゴいわそれっ!

さすがに、大天使が関わってるだけの事はあるなぁ。思った以上のスゴい能力に、レルールも目を見開いて自身の《神器》を眺めていた。

「ウホホ、ウホ」

「『とはいえ、過信は禁物です。《神器》の能力にかまける事無く、精進することを忘れないでくださいね』と、おっしゃっています」

「はい……肝に命じておきます!」

決意を新たに頷くレルールを、ゴリラエルさんは優しい眼差しで見つめていた。


「ウホホホ、ウホ……ウホッホ!」

「『さて、もうひとつの目玉は新しい《加護》……そう、【ゴリラパワー】です!』」

その単語に、レルールの体がビクッと震える。

「『この《加護》を発動させると、人知を超えた怪力を発揮することができます。その際、見た目がゴリラに近くなりますが、頼もしい能力なので、有効に料理してくださいね』」

ソルアハルの通訳に、満面の笑みを浮かべるゴリラエルさん。

いや、でもそれって、さっき提示された試練失敗の時の罰ゲームじゃん。

なんで、力だけならともかく、見た目もゴリラにしようとするかなぁ。

「ハイ、スバラシイ《カゴ》ヲ、アリガトウゴザイマス……」

それに対して、レルールは生気の抜けた無表情に機械的な棒読みで、一応天使達へお礼を告げた。

……この様子だと、あの《加護》は永久封印ってところね。私だって、たぶんそうするもの……。

そう、乙女にとっめ「外見がゴリラ」は絶対NGなのだから。


「──それでは、皆さんの《神器》開放は成ったようですし、我々も天界へ戻りましょうか」

「ええ~……」

天使の一人がそう提唱すると、ひとりだけ不満そうな声を漏らす者がいた。

言わずと知れた、エイジェステリアである。

いや、元々あなたはこの集まりには無関係でしょうが。

「だって、私はまだエアルちゃんと、デートもしてないのにぃ……」

「ワガママを言わずに、さっさと帰って仕事をするべきではありませんか?」

私にすり寄ろうとするエイジェステリアを捕まえて、ウェネニーヴが他の天使へ引き渡そうとする。


「ウフフ、天使の皆様方がよろしければ、少しお茶でも……」

そう言いかけたレルールの表情が、突然固まった!

その理由……それは彼女の鎖が、反応を示したからだ!

「なっ!」

さらにレルールの口から困惑した声が漏れる。

何故なら、敵の殺気に反応するその鎖が向かった先にいたのは、国王様と教皇様(・・・・・・・)だったから!

何かの間違いかと止める間もなく、二本の鎖は流星のごとく尾を引いて、彼女の祖父達へと突き進んでいった!

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