01 命の洗濯
「はふう……」
巨大な浴場で心地よい湯に浸かりながら、グッと全身で伸びをする。そんな私の口から、思わずため息を漏れていた。
くあぁぁ……気持ちいい!
文字通り、疲労が体から溶けて出ていく感じがする。
実家の狭い風呂桶と違って、こんなにもゆったり入れるお風呂なんて、すごく贅沢だわ。
さすがは、アーモリーの大神殿にある上位神官専用の大浴場ね。
さて、なんで私がこんな風に湯治を楽しんでいるかと言うと……。
「お姉さま~!」
回想しようとする私の思考を遮るように、ウェネニーヴの声が浴室に響いた。
そして、そのまま勢いよく駆けてきた彼女は、一気に湯槽へ飛び込む!と同時に、派手に水飛沫がとびちり、水面が大きく波打った!
あぁん、もう!
そんなにはしゃいだらダメじゃない、ウェネニーヴ!
「すみません!ですけど……」
怒られたのにニコニコしながら、ウェネニーヴは私の隣にピタリとくっついた。
「お姉さまと裸の付き合いができるのが、嬉しくて嬉しくて……ウフフ」
んんん、確かにウェネニーヴと一緒にお風呂に入るなんて、彼女が仲間に加わった最初の辺りぶりくらいかしら。
あの頃は、まだ人間に変化したばかりで、常識的なものがわかってなかったからなぁ。
だから、ウェネニーヴがはしゃぐのも無理はないかもしれない。
でも、今のところ利用者が私達だけとはいえ、マナーはちゃんと守りなさい!
はーい!と返事だけは良いものの、ウェネニーヴはそれでも私から離れようとしない。
ふぅ、やれやれ。
……しかし、こうして全裸で密着してこられると、嫌が応にも感じられるのが、圧倒的な彼女の胸!
私より背は低いのに、そこのサイズだけは比べ物にならないわ……。
その存在感を強調するみたいに、ウェネニーヴは豊満な胸を押し付けてくる。
「お姉さまぁ♥」
……あらやだ、この娘もしかして発情してる?
「ワタクシ……もう辛抱たまりません!」
「ちょ、ちょっと!待ちなさい、ウェネニーヴったら!」
「浴場では、お静かに願います!」
私を組み敷こうとしたウェネニーヴに抵抗していると、横合いから抗議の声が投げ掛けられた。その隙に、私は彼女の虎口から脱出する。
あ、危なかった……。
「ありがとう……助かったわ、レルール」
私がお礼を言うと、顔を真っ赤にしながらレルールは「どういたしまして……」と、か細く答えた。
「あの……それと、ウェネニーヴ様……お願いですから……ま、前を隠してくださいませっ!」
いい所で邪魔をされ、少し膨れっ面で仁王立ちになってる彼女に、レルールは顔を手で覆いながらお願いする。いや、顔を隠してはいるけど、指の間から見えてるわね、アレは……。
だけど、ウェネニーヴの方はその申し出に応える気は無さそうだった。
「何を隠せと言うのですか。ワタクシとお姉さまの愛の前には、何も必要はありませんよ!」
いや、必要でしょ。もうちょっと、慎みを持ちなさい!
私からも促され、ウェネニーヴは渋々タオルで体の前面を隠す。それでようやくホッとしたように、レルールも小さなため息を吐いた。
「それにしても……ウェネニーヴ様の正体が、竜であるというのには驚きました」
「両性というのにも驚きましたけど……」
「人間である私達には、まだまだ図りかねる事が多いですね」
風呂に入る前からのぼせそうになっていたレルールを助けるように、部下であるジムリさん達も湯槽に入ってくる。
むむ……法衣の上からではわからなかったけど、みんなかなりのナイスプロポーション。
腹筋も割れるほど鍛え上げられているけど、出るところは出ている辺り、マニアには堪らないでしょうね。
まさにボンッ!キュッ!ボンッ!って擬音が聞こえてきそうな彼女達に比べて、年相応な控え目ボディのレルールが微笑ましく見えるわ。
うちの妹も、あのくらいだったかな……。
「……せっかくお姉さまと、久しぶりにイチャイチャできると思っていたのに」
レルールを見て実家での生活を思い出し、ひとり和んでいた私の様子を見てウェネニーヴがまた抱きついてくる。
「お姉さまは、もっとワタクシを見てください!」
んん?何か変な邪推してない?しょうがないなぁ……。
ちょっとふてくされるウェネニーヴを宥めていると、レルールが小さく呟いた。
「や、やはりお二人はそういうご関係で……」
「違う違う!あくまで、この娘は妹みたいな物だから!」
そこは、即座に否定させてもらう!
「そ、そうですか。いえ、なんだかエアル様はウェネニーヴ様の裸を見ても、動揺していらっしゃらないようなので、深い仲なのかと……」
「いや、動揺してない分けじゃないのよ?ただ、実家ではよく弟とかお風呂に入れてあげてたし、ちょっとは耐性があるってだけ」
「なるほど……」
納得したのかしてないのか、レルールはなんだか曖昧な返事をしてきた。
「それにしても、レルール様には少し刺激が強すぎましたね」
「う……あ、貴女は平気だというの、ルマッティーノ!?」
「私は、婚約者がいますから」
えっ!そうなの!?
《神器》使いなんて危険な役に着いてるのに、婚約者がいるなんて……ちょっと興味がわくじゃない!
それに、慣れてる的な物言いって事は、そういう事よね?
年齢も上だけど、そっちの経験も上みたいなルマッティーノさんには、いずれ色々と聞いてみたいものだわ。
「わ、私はレルール様の味方です!」
「ありがとう、モナイム……」
控え目な感じのする天秤の《神器》使いであるモナイムさんが、ここぞとばかりに前のめりでレルールに迫った。
その勢いに、さすがのレルールも少したじろいでるみたい。
うーん、ライアランの件では、いの一番に奴の手にかかっていたからなぁ。彼女は真面目そうだし、挽回するために気合いが入っているんだろうか。
でも、なんだろう……がっちりレルールの手を握ってるし、妙に熱が入ってるような……?
「あの《神器》使い……ワタクシと似たニオイを感じますね」
フフンと小さく笑いながら、ウェネニーヴが呟く。……怖いから、深く追求するのはやめておこう。
「あの……少しお訊きしてもよろしいでしょうか?」
ふと、レルール達から離れて私達の所へ来たジムリが、ヒソヒソと小声で尋ねてきた。
「え?どうしたんですか?」
「あの……その……」
顔を赤らめて、モジモジと指先を所在無さげに弄るジムリ。しかし、意を決したように、キッと私の目を見据えた。
「モ、モジャ様にお、お付き合いしている方はおられるのでしょうか!?」
……はい?
モジャ様って……うちのモジャさんの事?
念のため確認すると、至極真面目な顔付きで頷き返してきた。
え……ええええっ!?
「えっと、モジャさんにそういう人はいないハズですけど……」
そう答えると、ジムリさんは心底ホッとしたような安堵の表情を浮かべた。
こ、この反応は間違い無さそう。
「あの……ジムリさんは、モジャさんが好きなんですか?」
ストレートに尋ねると、彼女の顔から火が飛びだす!器用ねっ!?
「すすすすすす、好きとか嫌いとかそういうのじゃなくて……」
絵に描いたように慌てる彼女の様子で、もう丸わかりである。語るに落ちるとは、このことよね。
へぇ~、あのモジャさんをね……。
いったい、どの辺が好きになったのかしら?いつも褌一丁で、体毛もモジャモジャなのに。
本当にどうして……?
本気でわからなかったので、私もジムリさんに尋ねてみた。
「あ、あの人と最初に戦った時、私の攻撃を平然と受け止めてて、すごく逞しい人だなって……」
ああ、確か一定時間ダメージ無効になる《加護》持ってたっけ。
「それに、私に怪我をさせないようにするためでしょうか、抱き締めようと迫ってくる姿が男らしいかったので……」
それはたぶん、捕まえて投げるつもりだったんだと思う。
実際、彼女がライアランに操られていた時はそうしてたし。
うーん、でも多少の誤解はあるみたいだけど、ここであれこれと言うのは野暮ってものよね。
せっかくモジャさんにも春が訪れるかもしれない、こチャンスだろうし。
それに、私だって年頃の娘として、自他を問わずに色恋沙汰に興味があるわ。ここはひとつ、恋バナとかに花を咲かせてみようじゃないの。
「安心して、ジムリさん!私も、あなた達が上手くいくように応援するから!」
「エアル様……」
瞳を潤ませるジムリさんと、力強く頷いた私は、ガッと突き出した拳を合わせた。
──それから二時間ほど、乙女トークで盛り上がった私達は、ようやくお風呂からあがって、用意してもらった服に着替えた。
はー、ちょっとのぼせたけど、なかなか有意義な時間だったわ。
やっぱり時々はこんな会話をして、心に潤いを与えないとね。
晴れやかな気持ちでウェネニーヴを拭いてあげていると、何やら浮かない顔のレルールと目が合った。
どうかしたのかしら?
「いえ……クロウラーの街へ向かった勇者様達と、エルフの国へ向かったモジャ様達が少し心配で……」
……………はっ!?
そ、そうだった!
ついのんびりしていたけど、私達が別れて行動していたのも、理由があっての事だったんだ!
しかも、その中で一番の激戦区になるかもしれないのが、ここアーモリー。
うう……英気を養い、疲れを取ってから、これから始まる儀式に挑む彼女達をサポートしなきゃならないのに。うっかり、お風呂で気を抜きすぎてたわ。
ひょっとすると、若干の現実逃避が入っていたかもしれないけど。
さて、なぜ私達が先行してアーモリーに入ったか。
今度こそ、その訳を語らなければならないわね。
そう、それはセイライが持ってきた、『魔界十将軍全員での、人間界へ向けた進行作戦が計画されている』という情報が発端だった……。




