05 《神器》激突
「待て!貴女はいったい、何を言っているのだ!」
アーケラード様が戸惑いと怒りのこもった声をレルールに叩きつける。
ま、まぁ……そうなるわよね。本当にいきなりだから、私もびっくりしたもの。
しかし、当のレルールはまったく平然とした態度を崩してはいなかった。
「そんなにおかしな事を言いましたか?ただ、勇者を管理下に置く。もしくは、混乱の芽を摘むために排除すると言っただけですが?」
「十分におかしいだろう!我々、《神器》使いは勇者と共に邪神の軍勢に立ち向かうのが使命だ!それを、管理下だの排除するだの……」
噛みつきそうな剣幕のアーケラード様を前に、レルールはフッと小さく笑う。
「確かに、邪神を討つために旗印として勇者の存在は大きいと思いますわ。ですが、それはあくまで『勇者が皆を導く存在として相応しい』という、前提が有ってのものです」
あー、確かに今のコーヘイさんじゃ、勇者って感じはしないもんね。
どっちかって言ったら、引きこもりのニートって言った方がしっくりくる。
だけど、『勇者フェロモン』ですっかり魅了されてるアーケラード様達は、それでもコーヘイさんを擁護していた。
「万歩譲って、管理下はいいとする。しかし、排除はやり過ぎ。邪神の得にしかならない」
妥協しながらも、レルールを説得にかかるリモーレ様。さすがに、直情的なアーケラード様よりも冷静だわ。
「そうはおっしゃいますが、今、この状況がすでに邪神にとって有利になっている事にお気付きですか?」
「……私達、《神器》使い同士が、対立しているからという事?」
「それ以前の問題ですわ!」
ピシャリと強い口調で、レルールは言いきった!
「『勇者教』なる教義を広め、神への信仰を妨げるるような真似は、すでに邪神に手を貸しているようなもの!一刻も早くこの教団を解体し、神の名の元に団結して信仰を取り戻さねばなりませんわ!」
「それは勘違い。勇者教は、あくまで日々の生活に根付く心構えを説いた物。神に弓引くような物ではない」
「……勇者教の教えなるものには、一通り目を通させていただきました。ですが、単に自堕落に過ごすための言い訳としか思えませんわね」
「……むぅ」
痛いところを突かれたのか、リモーレ様が言葉に詰まる。
「様々な《加護》や、魔族と戦うための《神器》を与えてくださった神に、そのような態度で申し開きができますか?」
「フッ……だが、その肝心の神は何も罰を下そうとはしていないデブよ?」
黙って話を聞いていたコーヘイさんが、二人に代わって舌戦に介入してきた。
むぅ……異世界の知識を持つ彼は、ひょっとしてレルールを論破できるんだろうか?
「『人の世は人の手で成すべし』。それが、我らが神の教えです。此度も、邪神の復活などという厄災が無ければ、貴方を召喚するような人の世への介入は無かったでしょう」
「人の手で成せと言うなら、俺が独自のやり方で人身掌握するのも自由デブ」
「自由と身勝手を履き違えるなと言っているのですわ!」
互いに譲らず、コーヘイさんとレルールは火花を散らす。
一方、真面目な展開と話の外に置かれた疎外感、そしてあまりの手持ち無沙汰から、私の後ろでモジャさん達が『胸がキュンするシチュエーション』についてヒソヒソと駄弁っていた。
楽しそうな事やってるわね、あんたら。向こうと違って、私の仲間達には緊張感がないなぁ。
まぁ確かに向こうの舌争が終わるまで、確かにやることは無いんだけどね。
──それからしばらくの間、白熱したやり取りをが続いていたけど、どうやら戦況はレルールが有利のようだった。
「……ならば、せめてエアル様ほどの戦果を上げてから言うべきでしょう!」
あー、そのシチュエーション、ちょっと素敵かも……ふぇ?
つい、後方のモジャさん達の楽しそうなやり取りに気を取られていた私は、いきなり名前を呼ばれてビックリしてしてまった。
え?何?私が何かやっちゃったの?
「エアル……か」
話の流れを聞いていなかった私が、曖昧な笑みを浮かべていると、アーケラード様達が少し表情を曇らせる。
まぁ、私は勇者一行から逃げ出した身だしね。その辺を突かれるのは、ちょっと痛いだろう。
「……だがな、エアルも貴女方も、コーヘイを誤解しているのだ。試しに、数日ほど街に滞在して様子を見てもらえないだろうか?」
「っ!?」
悪意はないだろうけど、そのアーケラード様の申し出は最悪だわ!
数日間も勇者フェロモンに晒され続けたら、私やウェネニーヴはともかく、レルール達だけじゃなくモジャさんまで勇者の虜にされてしまうかもしれない。っていうか、これだけ勇者フェロモンが充満している室内に居たら、すでにコーヘイさんに対する好感が出てきていても、おかしくないかも……。
了承しようとしたら、止めた方がいいかもしれないわね。
「今は力を溜めている時で、コーヘイはやれば出来る子なんだ!」
「そう。その気になって頑張れば、すぐに私達も追い抜いて強くなる」
なんだか、過保護なお母さんみたいな事を言い出す二人に、様子を見ていたレルールがポツリと呟いた。
「やはり……異常ですわね。このお二人に限らず、街の住民達まで短期間で勇者に傾倒し過ぎですわ」
むっ!鋭いわね!
どうやら、レルールはそれが《加護》の云々かはともかく、勇者が異様に人を惹き付ける力があると、薄々気付いたようだった。
だけど、彼女達もヤバいかもしれない状況なのに、勇者フェロモンの影響がまだ出てきてないように見えるのよね。
ひょっとして、モジャさんみたいに自分の臭いでガードとか、私みたいに別の《加護》で防いだりしてるのかしら。
ちょっと気になったので、【加護看破】の能力を使ってレルールを観察してみる。
すると、彼女には二つの《加護》が備わっていることがわかった。
自身の信仰心の高さによって、肉体的にも精神的にも強化されていく【超・信仰】。
そして、神の教えを広める信者の数だけ、自分と信者を強化する【超・布教】。
なるほど、たぶん【超・信仰】で精神的に強化されてるから、勇者フェロモンで魅了されてないのね。
しかし、どちらも宗教関係者が持てば無限に強くなる可能性がある、スゴい《加護》じゃないの、これ?
こんな《加護》を持っていれば、レルールがあの歳で大司教なんて地位に就いた理由にもこれで少し納得がいくってものよ。
《加護》とあの外見があれば、教会のシンボル兼アイドルとしてはうってつけだもんね。
「邪神の軍勢は、刻一刻と迫っています。残念ですが、勇者の人となりを見ている暇は有りませんわ!」
アーケラード様の提案を一蹴し、レルールは服従か排除かの二択を迫る。
その時、勇者が動いた!
「ようは、俺が頼れる勇者であることを証明してやればいいんデブな?」
ううん……語尾にデブがついてる状態じゃ無理な気がするんだけどなぁ。
でも、そう言うからには、何か策があるのかもしれない。
「コーヘイ……」
心配そうなアーケラード様達に任せろと力強く返すと、勇者はズンズンと床を鳴らしてフロアに降り立った。
「さて……どのように証明してくださるのですか?」
「こうするんデブよ!」
自信満々でコーヘイさんは、太くなった指を鳴らす!
ベチッといった情けない音しか響かなかったものの、それは反応して彼の回りに飛来してきた!
あ、あれは確か、コーヘイさんの鎧の《神器》!
そうか、あれを身に纏って、威厳を見せつけるって寸法ね!
そんな彼の思惑通り、神々しい鎧が次々とコーヘイさんに装着されて……。
「ブヒィッ!」
彼の口から、絞められたイノシシみたいな悲鳴が飛び出した!
えっと……どうやら、太ったから鎧がキツくなってたみたい……。
「ふごぉっ!」
我が身を締め付ける鎧を脱ぎ捨てて、膝をつくコーヘイさん。
自分の鎧に絞め殺されそうになってる姿は、正直なところ若干引くわ……。
「よく頑張ったぞ、コーヘイ!」
「立派でした!」
「うおおっ、大将!」
嘘でしょ!?
だけど、勇者サイドからは、まるで苦行を成し遂げたような励ましと喝采の嵐が飛んでくる。
こんな状態でも好感度が下がらないのは、ちょっと怖すぎじゃない!?
そんな彼等の様子に、少しばかり呆気に取られていたレルールだったけど、ハッと正気を取り戻すと、捕縛の命令を下した。
それと同時に、教会の精鋭達が一斉に動き出す!
だけど、そんな精鋭部隊から勇者を守るように、褌姿の男達が立ちはだかった!
「勇者様には、指一本触れさせ、ゲブッ!」
口上を言い終わる前に、次々と褌のおじさん達が蹂躙されていく!
さすがは、大司教直属の精鋭部隊!
「まぁ、俺らは基本、我流だしな……」
どこか他人後みたいに言うモジャさんの言葉通り、戦況は極めて精鋭部隊が有利だった。
元反抗組織のメンバー達もそれなりの手練れのはずだけど、プロと素人では練度の違いは明白よね。
女性ばかりの部隊に蹴散らされ、悲鳴と「ありがとうございます♥」といったお礼の言葉が入り交じる (なんで?)中、アーケラード様とリモーレ様が飛び込んでいく!
「はあっ!」
気合い一閃!
剣の《神器》使いに相応しい一撃で、数人の教会信者達が気を失う。
「殺しはしないが、骨の一本や二本は覚悟しておけ」
褌おじさん達とは桁が違うアーケラード様に、精鋭部隊が気圧されていると、突然彼女達が麻痺でもしたみたい顔を弛緩させて棒立ちになった。
「しばらく無力化させてもらう」
リモーレ様の魔法による麻痺だと気付いた者達が、即座に解除の魔法を使う!
しかし、魔法が解除された矢先に再び麻痺の魔法が彼女達の自由を奪った。
「いくらでも解除していいよ。いたちごっこは大歓迎」
前に、杖の《神器》は持ち手の魔力を急速に回復させるから、消費の少ない魔法は無限に撃てるなんてリモーレ様は言ってたけど、まさか本当なんて……。
たった二人で戦況をひっくり返す《神器》使いの姿に、レルールは小さくため息を漏した。
「やはり《神器》使いには、《神器》使いを当てるしかありませんのね……皆、お願いしますわ」
大司教の言葉に従い、彼女に付き添っていた三人の上級神官らしき女性達がひとつ頷く。
そうして、精鋭部隊の面々に下がるよう命令を出した。その命令通りに部隊がすみやかに引くと、三人は歩を進めてアーケラード様達と対峙する。
法衣を纏ってはいるものの、三人はそれぞれ内側に鎧を着こんでいるのが、膨らみでわかるわ。それに、三人のうち二人は小型の円形盾も身に付けていて、戦い慣れている雰囲気が漂っている。
いわゆる武装僧兵ってやつね。
「鎚の《神器》使い、ジムリ」
黒髪の神官がふわりと髪を靡かせる。
「天秤の《神器》使い、モナイム」
他の二人より、頭二つ分くらい小柄な少女がキッと私を見ながら言った。え?なんで私を?
「鉄球の《神器》使い、ルマッティーノ」
最後に、赤毛に褐色の肌を持つ神官が、口角を上げながら告げた。
三人はそれぞれ名乗終えると、自らの得物を取り出した。
歴戦の戦士を思わせる風格が有りながら、あくまで穏やかに佇む三人。これは、侮ったら痛い目を見るわね。
でも、鎚や鉄球ならともかく、天秤って……どう戦うつもりなのかしら?
なんか私の方を見てたし、ちょっと気になるわね……。
「ご安心ください、我々は僧籍に身を置く者。神の敵以外は、殺生を行うつもりはございません」
「ですが、骨の一本や二本は覚悟してくださいまし」
「まぁ、こちらとしては早目の降伏をお勧めいたしますけど」
さっきのアーケラード様の言葉をそのまま返し、尚且つ降伏を勧める余裕の三人に、剣の《神器》が主の心を反映するかのようにギラリと光る。
「面白い……逆に貴様らの実力を見てやろう!」
その言葉を合図として、双方の《神器》使い達が地を蹴り、火花を散らして交差した!




