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逃走、盾役少女  作者: 善信
第四章 勇者、覚醒
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02 残された者達の末路

かつての領主様の屋敷だったその場所。そこは、いたる所に勇者の銅像が建てられ、勇者教の本殿として今は存在していた。

入り口の門には妙に美化された勇者と、それに寄り添うようなアーケラード様とリモーレ様の立体的なレリーフが刻まれている。

「く……くっそ怪しいな、これ」

「で、ですよね……」

思わず呟いたモジャさんに、私も思わず同意してしまう。

いや、何を考えてこんな物を彫らせたんだろうか。っていうか、よくこれで街の人達から反感を買わないわね……。

それとも、そんな事を思わないくらいに勇者は街の人達から支持されているのかしら?


「あ、そういえば……」

そんな時、ふと頭を過ったのが勇者の持つ《加護》のひとつ、【好感度上昇】。

勇者フェロモンなる物を撒き散らし、同種族の好感度を無理矢理に上げるという恐ろしい物だ。

その勇者フェロモンのおかげで、聡明だったアーケラード様やリモーレ様が勇者にメロメロになってしまったんだから、街の人達がそうなっていてもおかしくはないかなぁ。


そんな事を考えながら、変わり果てたその建物の前で立ち尽くしていると、門前の案内所らしい小屋から一人の女性が出てきた。

その女性は私達の存在に気がつくと、小走りで駆け寄ってくる。

「あの!そちらの方、なんて格好をしてるんですか!」

あっ!ついに怒られた!

なぜだか、この街に入ってからモジャさんの格好を咎める人がいなかったけど、普通は褌一丁のおじさんが跋扈してたら不謹慎よね。

「いや、これは……」

「その格好……上級護衛団(・・・・・)の方々の真似でしょう?紛らわしいから、早々に止めてください!」


は?上級護衛団……?

てっきり、服を着てない事を咎められたのかと思っていたら、飛び出してきた聞きなれない言葉に、私達は面食らってしまう。

「困るんですよね、そういうのは。まぁ、憧れるのはわかるんですけど」

あ、憧れ!?

いやいや、どこの世界に褌一丁で練り歩く事に憧れる人がいるのよ。


「ワタクシ達は今日初めてこの街に来たのですが、上級護衛団とか、いったい何の事なのですか?」

見た目は可憐な美少女であるウェネニーヴの問いに、勇者教の女性は「おや?」といった表情になる。

「私達は諸事情があって、着の身着のままでこちらにたどり着いたのです。よかったら、色々と教えてもらえませんか?」

ウェネニーヴの咄嗟の返しに乗って、私も勇者教の女性に切り込んでみた。

すると彼女は「それは大変でしたね」と頷き、満面の笑顔を浮かべると嬉々としながら上級護衛団及び、勇者教の成り立ちについて説明を始めた。


            ◆


かつてこの街では、領主様が急に人が変わったかのように重税を課し、悪政を敷いて領民を苦しめていました。

そんなある日、颯爽とこの街に現れた勇者様とその御一行が、民を苦しめる領主の屋敷に乗り込んだのです。

ですが、そこにいたのは、領主様に成り済ました恐るべき魔物でした!

そう、勇者様は誰よりも早く、その慧眼を持って偽領主の正体に気づいていたのです!

勇者様に見破られ、そのおぞましい正体を現した魔物との激しい戦いが始まりました。


勇者様は、愛すべき二人の美姫、剣の姫アーケラード様と魔導の姫リモーレ様を従え、魔物を追い詰めます。

しかし、魔物は最後の力を振り絞り、世にも恐ろしい最強の怪物である竜を呼び出したのです!

屋敷の一部が崩れ、轟く竜の咆哮は地を揺さぶりました。

ですが、そんな恐ろしい竜さえも最後には勇者様に追い払われ、邪悪なる魔族は討ち取られたのです!

そうして、勇者様とその御一行によって、この街は救われました。


その後、勇者様に助け出された領主様は、盛大な宴をもって彼等を歓迎します。

その宴の際に、勇者様の語る深遠な知略に感銘を受けた領主様は、この屋敷を譲り渡して、どうかこの地に残ってほしいと平伏したのです。

しかし、勇者様はいつか邪神を倒して世界を救わねばならぬ身……それゆえ、かの御方の教えをこの地に残し、人々が豊かに暮らせるようにと始まったのが、勇者教なのです……。


            ◆


「……勇者様が領主様の屋敷に乗り込む際、それに協力した戦士達が、現在の上級護衛団の方々です。彼等は激しい戦いを勝ち抜いた後、下着のみの格好と成っておりました。ですが、その格好を勇者様と共に戦った証しであり誉れとして、護衛団の正式なユニフォームとして取り入れたというわけです」

語り終えた勇者教の女性は、感極まったのか目の端に涙を浮かべて、ため息をひとつ吐いた。


……いや、なんて言えばいいのかしら。

正直な気持ちを言えば、あの割りと馬鹿馬鹿しい戦いをずいぶんと美化したなぁ……といった所ね。

それに、なんで教えを残して去るはずの勇者が、まだいるのか?とか、色々とツッコミたくポイントもあるんだけどなぁ。

まぁ、私達が本当はジャズゴを倒したんですなんて言っても、信じてもらえないだろうし、揉めたくないから誰にも言うつもりはないけど。

でも、この心酔っぷりはただ事じゃないわよね。

やっぱり、勇者フェロモンにやられてる可能性は高いかも……。


そんな風に、呆れながらもまさかの可能性に思いを馳せていた私に比べて、モジャさんとウェネニーヴは少し違った反応を見せていた。


「……誰が、誰に、恐れをなして逃げたですってぇぇ!?」

ビキビキと青筋を浮かべて、ウェネニーヴが獰猛な野生動物みたいな表情になっていた。

たぶん、このお姉さんの説明で、『竜が勇者に追い払われた』の件が彼女の逆鱗に触れたのだろう。

「上等ですよ!どちらが強者か、すぐに証明してやろうじゃありませんか!」

まずいわ!今のぶちギレしてるウェネニーヴじゃ、本当に竜化して勇者を殺しかねない!

「落ち着いて、ウェネニーヴ!」

とっさに、私は彼女の背後から抱き締める!と、同時に彼女の頭を自分の胸に埋めて、高速で撫で回した。

すると、途端にウェネニーヴは至福の笑みを浮かべて、借りてきた猫みたいにおとなしくなる。

ふう……危なかったわ。


「な、なんなの……」

ウェネニーヴが一瞬だけ見せた殺気にあてられ、小さく震えながら呆然としていた勇者教のお姉さんだったけど、ついてない事に、今度はモジャさんに捕まった。

「なぁ、お姉さん。さっき上級護衛団は、憧れの対象みたいな事を言っていたよな?」

「は、はい……」

「じゃあ、なにかい?その上級護衛団の連中は、その……モテてるのかい?」

一瞬、質問の意味がわかりかねたのか、お姉さんはキョトンとしてしまう。

しかし、そんな彼女にモジャさん「どうなんですか、教えてください!」と迫った!

やめて、モジャさん!端から見たら、通報されても文句は言えない絵面よっ!


「モ、モ、モテるとは、思いますよ!?ですが……」

「ですが!?」

モテるの一言にスゴい顔をしたモジャさんに詰め寄られ、泣きそうな顔になりながらも、お姉さんは言葉を続けた。

「上級護衛団の皆さんは……妻帯者ですから……」

妻帯者。

その言葉を聞いた瞬間、モジャさんから表情が消えた。

お姉さんは、そんなモジャさんの様子に気付かずに何かを言ってはいるけど、彼の耳には届いていない。


「あ~い~つ~ら~……」

震えながら、モジャさんは天を仰ぐ。もしかして……泣いてるの?

「ゆ~る~さ~……ねぇーっ!!」

違った。完全に、怒りに震えてただけだった。

羅刹のような顔になったモジャさんは、槍を構えて建物に突撃しようとする!

って、ちょっと待ってよ!


「お、落ち着いてよ、モジャさん!前の仲間達が幸せになってるなら、祝福してあげてもいいじゃないの!」

「俺達はなぁ!『自分に彼女ができたら、彼女がいないメンバーにその友達を紹介する』という、この世でもっとも反故しちゃならねぇ約束を交わしてるんだよぉ!」

いい歳したおっさんが、十代の若者みたいな約束破られて、マジ切れしてんじゃないわよ!

んもう、なんだかこっちが悲しくなってくるわ。

「絶対に許せねぇ……あいつらがひとりひとり抱えている、恥ずかしいエピソードを暴露してから拡散してやらねぇと気がすまえねぇ!」

割りとみみっちい復讐だけど、やめなさいよ、そういうのは!

仮にも一団を率いていたリーダーなら、元とはいえ仲間の幸せを祝福してあげればいいのに。


私は、なんとかエキサイトするモジャさんとウェネニーヴを抑えていたけれど、勇者教のお姉さんはいい加減に耐えきれなくなったのか、大きな声で吠えた!

「いい加減にしてください、あなた達!これ以上騒いだり、勇者様の仲間を悪し様に言うなら衛兵を呼びますよっ!」

わ、私は頑張った抑えてたのに……。

だけど、売り言葉に買い言葉だったのか、モジャさんが彼女に呼べるもんなら呼んでみやがれと、啖呵を切った!

なに考えてるのよ、モジャさん!?必要以上に、事を荒立てる言は無いのに。

だけどお姉さんが呼ぶまでもなく、門前で騒いでいた私達の様子を聞き付けた、完全武装の衛兵達がゾロゾロと集まって来たのだ。

その不穏な雰囲気に、折角おとなしくなったウェネニーヴもまたソワソワとし始める。

まずいわ、なんとか事態を納めないと……。

そんな時、ピンとあるアイデアが、頭に浮かぶ。


「皆さん、静粛にぃ!」

突如、横から叫んだ私に何事かと、気を引かれた人達がこちらに目を向ける。そんな彼等に見せつけるようにして、私は《神器(たて)》を雄々しく頭上にかかげたっ!

「我々は、選ばれし《神器》を持ってる者です!速やかに騒ぎを納めなさい!」

私がそう訴えかけると、勇者教の連中が、一斉に「ははーぁ!」とばかりに、地面にひれ伏した。

いや、自分でやっといてなんだけど、なんなの彼等のこのノリは!?

でもまぁ、ひとまず揉め事は収まったみたいだし、よしとしよう。

それにしても、いつまでひれ伏しているのかしら?

もうそろそろ頭を上げてくれないかな……そんな事を考えた私の思いが通じたのは、それから三十分ほど経過してからだった。

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