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逃走、盾役少女  作者: 善信
第二章 輝ける弓、堕ちた弓
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11 竜の咆哮

「ゴバァ!」

勇ましく立ち上がったセイライだったが、突然大量の嘔吐と共に崩れ落ちそうになる。

そういえば、まだ毒に犯されたままだったわ!


「ウェネニーヴ、解毒をお願い!」

「まったく……手間をかけさせますね」

私の指示に従って、ため息を吐きながらもウェネニーヴがセイライ達の方へ走り出す。

「ふむ……」

もしかしたら、ベルウルフ達がウェネニーヴの進路を邪魔するかもと思って、サポートに入れるよう構えていたけど、意外にも彼等は手出しをせずに、スルーしている。

ひょっとして見逃してるのかな?……なんて思ってたら、攻撃の矛先を私達に向けてきた!


「姉上、こんな感じで……」

「オッケー!任せて!」

ベルウルフとなにやら言葉を交わしたルマルグは、無数の火球を生みだした。そして、それを山なりの軌道で放って、私とモジャさんの背後に炎の壁を作り出す!

「ちっ!俺達の退路を断つつもりか!」

逃げ道を塞がれ、このまま炎の勢いが増せば、いつかはそれに巻かれて焼け死ぬ事になってしまう。

「くそ……前に進むしかないか」

「そうね……セイライ達と合流できれば、勝ち目は出てくるわ」

確かにルマルグの炎魔法の連射は脅威だけど、解毒中のセイライ達が復活すれば、エルフ兄妹の弓矢による射撃で、敵よりも弾数が増して有利になるはず。

さらに私とウェネニーヴが守りに徹すれば、敵の攻撃も防ぎきれてさらに勝ち目は大きくなる。

だから正面突破は危険でも、なんとか押し通すしかないのだ。

「よし。で、俺は何をすればいい?」

モジャさんは……そうね。

「合流できたら、挑発行為でもしておいて」

「おう!任せとけ!」

あ、いや……適当に言っただけなんだけど、そんなに元気よく返されるとは思ってなかったわ。


「とにかく、突っ切るわ!ちゃんと着いてきてね」

「わかった!」

ほんの少しだけあった魔法の途切れるタイミングに合わせ、盾を前面に構えた私とモジャさんは、セイライ達の元へと走り出す!

当然、次の瞬間から矢継ぎ早な火球の雨が襲って来るけど、それらを弾きながら、なんとか目的の合流を果たした。

よっし!これで仕切り直せば、有利な展開に……。


「計算通り」


そう、ベルウルフが口にするのが聞こえた。

まさか……いやにあっさり合流できたと思ったけど、何か狙いがあったというの!?


「姉上!」

「ええ!」

私達が一纏めになったと同時に、魔族の姉弟は魔法を発動させる!

「私の『毒炎魔法』と!」

「俺の『毒水魔法』を合わせれば!」

二人の手から発生した、紫色の炎球と水球が空中でぶつかり合い、爆発音と共に禍々しい色の霧となって私達に降り注いだ!

「ぐあっ!」

「うぐっ!」

苦しげな声をあげ、解毒されたばかりのモジャさん達が再び膝をつく。

まさか、この霧は猛毒なの!?

「お姉さま! この一帯に充満する毒の霧で、解毒が追い付きません!」

珍しく焦った口調で、ウェネニーヴが告げる。

しまった……やられた!

あいつらは、私達が一ヶ所に固まるのを狙ってたんだ!


「俺と姉上の魔法を組み合わせたその『毒霧魔法』に包まれた者は、永続的に毒に犯される事になる。しかも常に君達を中心にして毒霧(それ)も移動するから、いくら逃げようとしても無駄だよ」

「ついでに言えば、人数分に切り分ける事もできるわ。だから、発動した以上は、分散して逃げてもダメよ」

私達がまんまと術中にハマったせいか、ルマルグ達は親切にも色々と説明してくれた。

ぐぬぬ……おのれ。こんな風に罠みたいな魔法があるから、さっきもウェネニーヴをセイライ達の元にあっさり行かせたのね。


しかも、この毒の霧は私達の視界を塞ぐ役割も兼ねているらしい。

こちらからは相手の位置はわからないけど、向こうからすれば霧の範囲、特に真ん中辺りに適当に撃ち込めばだいたい攻撃が当たるいう、お手軽仕様状態……。

正直、ルマルグがポンコツじみてたから油断してたけど、ベルウルフ……恐るべき策士だわ。


「さて、そろそろ本気の攻撃といこうかな……」

なんですって!今までのは本気じゃなかったっていうの!?

いや……でも確かにベルウルフは攻撃に参加していなかったし、ルマルグも威力より連射性を重視した攻め方だった。

だけど、エルフの射手を毒で封じ、さらに視界も奪ったこの現状ならば、安心して攻撃に専念できるということね。……って、これめちゃくちゃヤバいわ!


毒の効かない私やウェネニーヴでは、防御はできても遠距離からの反撃の手立てがない。

しかも、解毒の手を緩めれば、毒に犯されたモジャさんやセイライ達が死んでしまうかもしれないんだもん。見事なまでに八方塞がりだわ。

毒霧の向こうからは、ルマルグとベルウルフが魔法の詠唱をしている声が聞こえてくる。

彼等の魔法が完成する前に、なんとかここを脱出しなきゃなんだけど……。


うう、相手の意表を突きながら、虎口を凌ぐ手段……………………そうだ!

「ウェネニーヴ!ちょっと耳を貸して!」

万が一にもベルウルフ達に聞こえないよう、私は思い付いたアイデアをウェネニーヴに耳打ちする。

「ああん、わ、わかりましたお姉さまぁ……」

耳に当たる私の息がこそばゆかったのか、ウェネニーヴは身悶えしながら作戦を引き受けてくれた……けど、変な声を出さないでよね。


           ◆


「さあ、これでトドメだっ!」

「さようなら、我が友!」

詠唱が終わったのか、ベルウルフとルマルグの勝利を確信した声が響いてくる。

まるで詰め将棋のように、こちらの動きを読んで策を当ててきたベルウルフには、確かに王手をかけた盤面が見えているのだろう。

だからこそ、私はその予想を越えた手を打たなきゃならない!

「今よ、ウェネニーヴ!」

「了解しました!」

私の合図に合わせて、ウェネニーヴの体が光に包まれる!と同時に、光は巨大化していって、私達を覆っていた毒霧の囲いを吹き飛ばした!


『ゴオォォォォォッ!』


大気を揺らし、地を響かせながら、巨大な竜の姿になったウェネニーヴが咆哮を上げる!

そして、それを見た魔族の姉弟は魔法を放つ事も忘れて、目を見開いていた。


アッハッハッ!

さすがに可憐な美少女であるウェネニーヴの正体が、かくも巨大な毒竜だとは思わなかったみたいね!

私の隣でエルフの兄妹も愕然としてるけど、まぁよし!

「エェェェェェェッ!? 竜?竜ナンデ!?」

激しく混乱した声が、ベルウルフの口から飛び出し、ルマルグの方は驚きのあまりか、完全に呆けていた。


「よっし!ウェネニーヴ、もう一丁お願い!」

私の声に(ウェネニーヴ)は頷くと、再び彼女は大きく吼えた!

竜の咆哮は、敵の精神にダメージを与えられる。

並の相手なら錯乱や恐慌で気を失ってもおかしくないけど、さすがは十将軍。

ベルウルフもルマルグも、若干は狼狽えていたけど、戦う意思は失っていないようだった。

とはいえ、完全に隙だらけ!まさに攻めのチャンス!


しかし、動けなさそうとはいえ、何を仕込んでいるかわからないベルウルフ達に近付くのは危険だ。

だから私は、相手が予想しないであろう手段を選ぶ!

「どおりゃあ!」

気合いの声をあげ、以前ウェネニーヴと戦った時みたいに、盾をフリスビーのようにしてルマルグに投げつけた!

「えびすっ!」

思いきり盾が顔面にヒットし、ルマルグは奇妙な悲鳴を残して崩れ落ちる。

「あ、姉上!」

倒れたルマルグに、慌てて駆け寄ろうとしたベルウルフが、狙い通り私と盾の(・・・・・・・・)直線上に入った(・・・・・・・)


戻って来なさいっ!


心の中で、私は《神器(たて)》に呼び掛ける!

すると、その内なる声に反応して、地面に落ちていた盾がひとりでに飛び上がって、直線上にいたベルウルフを撥ね飛ばした!

「ちなっ!」

ルマルグ同様、奇妙な悲鳴を残して、宙を舞ったベルウルフは地面に落ちる。

二人の十将軍が動かなくなったのを確認し、私は思わずガッツポーズを取った。

これぞ、相手の意表を突く作戦パート2!


いやー、前にほったらかしにしておいたモジャさんの《神器(やり)》が勝手に戻って来たのを見て、もしかしたらできるんじゃないかな?とは思ってたのよね。

案の定、私から離れた《神器》を手元に戻すのを利用して、うまいことベルウルフを倒す事ができた。

「やりましたね、お姉さま!」

いつの間にか美少女モードになったウェネニーヴが、喜び勇んで私の胸に飛び込んでくる。


「さすがはお姉さまです。見事に作戦が当たりましたね!」

「そんなの、たまたまよ。第一、ウェネニーヴがいてくれたから、こんなにあっさりとは勝てたのよ」

にこにこ顔な可愛い彼女の頭を撫でつつ、私は苦笑いしながらそう告げた。

実際、あの姉弟を驚かせたのはウェネニーヴだし、それ以前に彼女がいなかったらルマルグの毒炎だけで詰んでいたかもしれない。

……うーん、そう考えると、何かご褒美でもあげた方がいいかな? 助けてもらってばかりだと、なんだか悪いし。

試しに、何か欲しいものはあるかと聞いてみたら、「え!?今日はお姉さまの処女をねだってもいいんですか!?」と言われたので、即却下した。

ダメだ。やっぱり野性的過ぎるわ、この娘……。


「あ……ぐっ……」

不意にベルウルフの口から声が漏れ、私達は慌てて振り返る。

まだ意識があったのかしら……そう思ったのだけど、彼は気を失う寸前って感じで、その目の焦点は揺らいでいた。

「ま……さか、その娘……が……り、竜……だった……とは……」

ベルウルフは弱々しくも無念そうな声で、言葉を絞り出さしている。

まぁね、普通はわからないわよね。


「お前らの敗因は二つ。一つは自分の有利な状況にあぐらをかいた事」

「そしてもう一つは、俺達の切り札を知らなかった事さ」

唐突に復活していたセイライとモジャさんが、なにやらスタイリッシュなポーズを取りながら、ビシッと決める。

「く……そう……」

そうして気を失ったベルウルフに向けて、彼等は勝利者の微笑みを浮かべていた。

……なんだろう、毒にやられてただけのこの二人にシメられると、すごくモヤっとするわ。

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