07 エルフの決意、魔族の思惑
ひとまず、お互いの自己紹介を済ませる。
彼女の名前はエルフのプルファ。セイライとは兄妹なのだそうだ。
一応、勇者から逃げてる事や、ウェネニーヴの正体については濁しながら私達の事を話すと、彼女も自身の旅の理由と目的を語ってくれた。
「……ちゅう訳なんです」
うーん、なるほどなぁ。
プルファの言葉はエルフ訛りがきついため、ちょっとわかりづらい所もあったけど、要約するとこうだ。
彼女達は、ウグズマ国とマーガータ国の中間あたりにある山岳地帯と森林地帯に、いくつかのエルフの村が集まって出来た小国から来たのだという。
まぁ、国と言っても大きめの地方領くらいの規模だし、どの国とも敵対していないため、割りと交流もあるらしい。
彼女達とは別の集落だけど、私の村の近くにもエルフの村があって、よく取り引きとかしてたから、その関係性はなんとなく理解できる。
エルフのおっちゃんが持ってきてくれる、森の果実や蜂蜜なんかは、子供の頃の楽しみだったのよね。
まぁそれはさておき、元々あの弓の《神器》は、そんなエルフの国の中心である、彼女達の村に伝わる過去の英雄の物だったらしい。
そのため、素質のある者(エルフに限るけど)なら誰でも扱えたのだそうだ。
そんな中で、セイライとプルファの兄妹は群を抜いて射撃の腕前が良かったため、いずれどちらかが《神器》を継承するだろうと言われていた。
だけど、いつの頃からか……セイライには奇行が目立って来たのだという。
人間達が持ち込む、伝説や英雄の記録などの書物を集める。
誰もいない所で、妙な事を呟く。
怪我もしてないのに、包帯を腕に巻き、時おり何かを押さえ込むような仕草を見せる。
何やら物騒な単語の混じった、ポエムらしき物を書きためて悦に浸る等々……。
そんな兄の珍妙な行動をプルファは心配していたけど、父親を含めた村の大人達は少しバツの悪そうな顔をしながら、「流行り病みたいなもんだから、そのうち治まる」といって放置していたらしい。
何やら共感する所があったのか、モジャさんもうんうんと頷いていた。
そういえば、男の人にはそういう時期があるって言ってたもんなぁ。彼も、何かやらかしていたのかしら?
まぁ、褌一丁のスタイルだし、現在進行形でやらかしてると言えなくもないけど。
ともかく、そんな訳でよくわからない行動はするけど、とりあえずは平和に過ごしていたのだそうだ。
しかし、ある日事件は起こった。
《神器》が奉られている彼女の村に天使が降臨し、そこで邪神が現れて世界がピンチな事、異世界から勇者が召喚される事などを語り、エルフ達も《神器》を持って協力するよう告げたという。
すぐに、セイライかプルファのどちらかに《神器》を継承させようと、各村の代表達で会議が行われた。しかし、最中にセイライは《神器》と共に姿を消したというのだ。
これにより、プルファが《神器》を使用する正式な戦士に決定し、決議が出る前に勝手な行動をしたセイライを捕らえ、《神器》を取り戻すよう命令が下る。
そして彼女はわずかな手がかりと《神器》の気配を辿ってここまで来たのだという。
「……だげっちょ、まさが兄ちゃが邪神軍さ入っでるなんて」
長く深いため息をプルファは漏らす。
オーガやゴブリンとつるんでいた事に違和感は覚えていたそうだけど、まさか邪神の軍勢で『魔界十将軍』なんて幹部になっていたとは、想像もしていなかったらしい。
確かに、セイライか村を出てから、あんまり時間が経ってる訳じゃないもんね。
そんな短期間で幹部クラスになるなんて、想像できなくても当たり前だろう。
「おそらぐ、《神器》持っているけど、あえて敵に回んのが格好いいどか思ったんだべな……」
こ、拗らせてるなぁ……。でも、そんな理由で一族を裏切ったりするんだろうか?
そんな疑問を口にすると、モジャさんから「格好つける事が何よりも優先される時が、男にはあるんだ」と力説された。
そんな彼を「何言ってんだ、こいつ……」って表情で見ていたウェネニーヴの顔が忘れられないわ。
「それで、セイライの事はどうするつもりなの?」
「大人しく捕まるなら、村さ連れで帰って罰を受げさせます。だけど、逆らうなら……私の手で始末します」
綺麗な顔にゾッとするような決意を滲ませて、プルファは答えた。
うーん、エルフって相変わらず覚悟が決まると怖い。
そんなプルファの様子に、モジャさんはちょっと引いてるようだった。
どうしたのよと尋ねると、なんかイメージと違うとの返答が返ってくる。
「なんていうかさぁ……エルフっていうと弓の名手で魔法の達人、洗練された文化を持ってるって思ってたんだよな……」
あー、それはエルフよく知らない人あるあるね。
モジャさんがイメージしてるのは、おそらくハイ・エルフだろう。
確かに、エルフ界の貴族ともいうべき彼等は、物語りなんかで出てくるイメージで、モジャさんの言う『エルフ』そのものだ。
だけど、いわゆる普通のエルフって、端整な外見とは裏腹に、割りとバーバリアン!って感じよ?
肉や酒も好きだし、掟にきびしくて、違反する者には同胞でも誅殺したりは珍しくないとか。
「優雅さの欠片もねえじゃん……救いはねぇのか……」
エルフへの幻想がブチ殺されて、項垂れるモジャさん。
まぁ、それでも彼等が良き隣人な事に間違いないけどね。
「ならぬ事はならねぇ……兄ちゃが掟を破って我を通すなら、それを止めでやんのが妹の務めだべ」
矢の手入れをしながらそう言って、研いだ切っ先を見つめるプルファの目付きは、冷たい炎が燃えているようだった。
◆
「ちっ……まさか、こうも追っ手が早く来るとはな」
戦場から離れたセイライは、そう小さく吐き捨てた。
追っ手が妹だった事に、驚きはない。
彼等の村や周辺の部族を見渡しても、彼女以外でセイライに対抗できる戦士はいないからだ。
ただ、追い付いて来るのが想定よりも早かった。
そのため、勇者達を討ち取る事ができなかったと、彼は感じていた。
そんな風にわずかな苛立ちを胸に抱きながら、拠点としている廃砦に戻る。
かつてはとある山賊が根城にしていた場所だが、モンスターの襲撃にでもあったのか、朽ちた砦には人の気配はない。
だが、戻って来たセイライを迎えるように、二つの人影が闇の中から滲むように姿を現し、こちらへ歩を進めてきた。
「お帰りなさい、セイライ。首尾はどうでした?」
そう声をかけてきたのは、セイライと同じ『魔界十将軍』の一人、「死水のベルフルウ」。
まだ十将軍入りしたばかりのセイライの世話役であり、教育係の男だ。
当然だが、魔界とこちらの世界では、様々な文化や風習に違いがある。
それを実地を交えて、セイライに伝えているのがベルフルウだった。
「勇者の一行は追い詰めたんだがな……邪魔が入った」
「ほう?」
「貴方に借りたオーガ達も、邪魔者に瞬殺されてしまった……すまない」
「謝る必要はありませんよ、所詮ゴブリンやオーガは使い捨てですから」
慰めのつもりや、セイライをおもかんばってそう言っている訳ではない。
ベルフルウにとって、ただの事実を告げているだけだ。
「それにしても、体力自慢のオーガを瞬殺ってすごいわね。その邪魔者ってなんなの?」
ベルフルウにならんで立っていた、彼の隣の女が口を開く。
できる女といった外見ではあるのに、口を開くと何となく馬鹿っぽいという、少し残念な彼女は「毒火のルマルグ」。
ベルフルウの双子の姉である。
教育係のベルフルウはともかく、なぜルマルグがここにいるのか、セイライにはわかりかねていた。
とはいえ、ベルフルウは彼女にしょっちゅう仕事を振るので、今も何らかの仕事を与えているのかもしれない。
「オーガやゴブリンなら、我々エルフに伝わる鬼殺しの秘薬を使い、急所に当てれば矢の一本で倒す事も可能ですよ」
一応、セイライがルマルグの疑問に答えて説明すると、彼女は「へぇ~」と理解したのかしなかったのか、よくわからない返事をするにとどまった。
(なんとも、説明甲斐のない女だな……)
興味がなければ、最初から聞かなければよいのにと、セイライは内心でため息を漏らす。
「すまないね、姉上はコミュニケーションの取り方が下手で」
そう、ベルフルウのフォローが入り、セイライの苛立つ気持ちも少しは落ち着く。
「いや、素晴らしい。エルフの様々な秘薬やその知識は、我々にとっても大きな恩恵になりますからね。これからも我々を助けてください」
ポンポンと肩を叩かれ、任せてくださいとセイライは少し誇らしげに答えた。
「さて……君の事だから、そう間を置かずに勇者へ戦いを挑むつもりなんだろう?」
「ええ、さすがにわかってますね」
エルフにとって、長期の狩りはあり得ない。獲物を狩るなら短期決戦が、彼等の信条だ。
「これでも、君の教育係も兼ねているからね。それで、だ!」
そこで一旦、言葉を区切ると、ベルフルウはセイライか思いも寄らない事を提案してきた。
「次の襲撃の際には、私と姉上が同行しよう」
「なっ!」
セイライが驚くもの無理はない。
彼に加えてベルフルウやルマルグが参戦するというのは、邪神軍の三分の一が動くに等しいからだ。
「戦力を小出しにするのは愚策だよ。ここで一気に勇者を叩き潰し、君も十将軍の中で確固たる地位を築きたまえ」
まだ、邪神軍において《神器》持ちであるセイライに、良い感情を抱いていない者は少なくない。
だから、手柄を立ててそんな偏見の目を払拭しろと、ベルフルウは言う。
「早いところ、教育係なんて肩がこる役目も返上したいしね」
などと宣って笑うベルフルウに、セイライは深々と頭を下げた。
「貴方の期待に応えられるよう、必ずや勇者を仕留めて見せましょう!」
「ええ。頑張りましょう」
握手を交わすセイライとベルフルウ。
しかし、エルフは魔族の瞳の奥で怪しく光る、鬼謀の策に気づいてはいなかった。




