表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
52/54

Noir-End 島消滅のA級戦犯

「なるほどねー。調査に赴いた初日に、魔術師連盟からの差し金でクソガキ共が島を侵入したんだ。凄いタイミングだね」

「そうですね」

「それで、君はひとまず調査を優先したと」

「下手に接触するよりは、任務を先に進めた方がいいと思いましたから」

「で、アスク・ラピウスの手駒が何故か君に手を出して、気付いたら君の子飼いが瀧宮の現当主と共闘してて」

「……はい」

「君も瀧宮羽黒やデザストルと接触したけど、基本不干渉の協定を組んだ」

「まあ……警戒すべき相手が多すぎて、少々分が悪いと判断しました」

「アスク・ラピウスを警戒? 君そんなに雑魚だったっけ?」

「……」

「で、博物館は書物ごと破壊、大聖堂は丸ごと消滅、挙げ句に王宮はあっちの手駒との戦闘で崩落。クソガキ共に趨勢が傾いたかなってタイミングで、()()()|、アスク・ラピウスが吸血鬼化して、君が任務も何もかもすっ飛ばして島ごと消滅させたと」

「……そうなります」

「なるほどねえ」


 ぱらぱらと書類を捲りながら概要を読み上げていた子供が、顔を上げてにっこりと笑う。「あのさ、ノワール」

「はい」


「よくもまあ、こんなペラッペラな内容でこんだけ分厚い始末書、書き上げたよね」


「…………」

 すい、と視線を逸らしたノワールに、始末書の作成を命じた張本人──魔法士協会総帥はあくまで笑顔で詰め寄った。

「儀式魔術の分析とか魔術トラップについての考察とかで8割占めてるんだけど、何なのこれ。確かに、魔術的要素の調査が君の任務ではあったけどさ。そっちの報告書も別途提出してたでしょ?」

「報告書ではなく、魔術書です。そちらにはリッチとしての特性を生かした魔術構成も加えておきましたが」

「勝手にうちを脱退したバカが、10年以上も前に公開して魔法士大勢発狂させた理論の派生物なんて、読みたい奴の方が少ないって。初級魔術でも5工程以上増えるとか、ばっかじゃないの」

「……」

 それを数時間以内に上級魔術に昇華させて実戦に投入した災厄を目撃したノワールだが、大人しく口を噤む事にした。まあ確かに、背景を考えると殆どの魔法士は手出しするまい。

「というか、島吹っ飛ばしておいてこれだけ? 背景事情が何一つ見えてこないんだけど?」

「……書いてある通り魔術調査を優先したもので、戦闘の詳細については俺にも不明です。そこにあるように、あちらが俺にちょっかいを出してきた時に、空間捻転に閉じ込められましたから、流石に外の様子は見えませんでした」

「そもそもなんで君が空間魔法で遅れとってんのさ」

「……」

 研究に夢中で気付くのに遅れましたとは流石に言えず、ノワールはまた黙り込んだ。

「ほんと、今回の件はいくらなんでも問題多すぎるからね? 幹部会も困ってたしさ」

「はあ」

 吸血鬼関連の暴走と瀧宮羽黒・災厄両名の問題で幹部会呼び出しの常連になりつつあるノワールが生返事を返すと、総帥はくすりと笑った。欠片も笑んでいない緑の目がノワールをひたと見据える。

「クソガキが島に入った後から、何故か魔術的にも科学的にも島の情報が外から入らなくなったんだよね」

「そうらしいですね」

「あれ、何なの? 僕もあとで覗こうとしたけど、ホントに砂嵐だっだし」

「……瀧宮羽黒が何かしたのでは? 島全体にあれこれ仕掛けを施してはいたようです」

「報告にないんだけど?」

「仕掛けについては放置していたのもあり、最後まで正体がよく分からなかったもので」

 島全体に飛び交っていたジャミングについては、どうにも瀧宮羽黒が編み上げたにしては構成が拙い部分が多く、そのくせ強度ばかりが異様に高い──魔力量的にジャミングの影響を受けたことがなかったノワールが影響されるレベル──という意味不明な代物だった。興味はあるが、島ごと吹き飛ばしたのは自分のため、追求されても困るので無かった事にしてある。

「君が放置? らしくないなあ。まあ取り敢えず、君、暫く忙しいと思ってなよ」

「…………」

「今回の分だけ、きりきり働いてもらうからさ」

 有無を言わせない笑顔で言われて、ノワールは溜息混じりに軽く礼をした。

「…………御意」

「そんな嫌そうな拝命するの、ノワールくらいだよねえ」

 くすくす笑う総帥の様子に、漸く解放されるらしいと判断したノワールが踵を返す。扉を開ける直前、総帥がその背中に声を投げ掛けた。


「それにしても。──君の捜し物、今回も見つからかったみたいだね」


「……」

 ノブに伸ばされていた手が止まる。振り返らないノワールに、構わず総帥が言葉を投げ掛け続ける。


「君の管理世界でもうちの世界でも、散々情報集めてるんでしょ? 幹部会で君の暴走について問題に上がるの、これで何回目だっけ?」

「……」

「そこまで手段問わず探しても、見つからないなんて、さ。それ以外の世界も、情報は結構集めてるんでしょ? 君の個人的な依頼には関与してないけど、そっちでも見つかっていないんだ?」

「……」


「──ね、ノワール。僕は、君の捜し物を邪魔するつもりはこれっぽっちもないけどさ」


「これからもこうして無茶な暴走を繰り返されると迷惑だし、何より度を超せば見逃せないよ」


「そもそも」


「これだけやっても、見つからないのに」


「君の捜し物って、もう──」



「見つけますよ」



 抑揚のない声が、総帥の言葉を断ち切る。


 ノワールが振り返る。漆黒の瞳に冥い冥い闇を宿し、抑制しきれない憎しみを滲ませた声で、断じた。



「どれ程時間がかかろうと、何があろうと。必ず、見つけます」



 それ以上何も言わず、何も言わせず、ノワールは今度こそ部屋を出て行った。




「おかえり」

「……ただいま戻りました」

 時空の狭間にある拠点に戻ったノワールは、普段はないマスターの出迎えに、僅かに頬を引き攣らせた。

「報告は終わったのか?」

「ええ。一応ひと段落着きました」

「そうか、それはよかった」

 にこりと笑ったマスターが、ノワールの肩をがっしと掴んだ。

「それじゃ、儂とゆっくり話をしようか」

「……はい」

 逃げられないと判断したノワールは、潔く諦めてマスターの背を追った。



「さて」

「ううー……」

「……」

 共有部屋として扱われている一室。腕を組んで仁王立ちをしたマスターが、目の前の2人を見下ろした。

「まず、言うことはあるか?」

「……最大の疑問点は後回しにするとして。この体勢はどうにかなりませんか」

 目を眇めたノワールが訴える。ノワールが帰還するまで待機していたフージュが既にもじもじそわそわしているのを視線で示すも、マスターは一蹴した。

「自業自得だ。反省するにはそれが一番らしいぞ」

「どこで聞いてきたんですか……」

 自分も一度させたことがあるし、こうなるのはまあ予想通りだし仕方ないかと諦め、ノワールは大人しく正座のまま聞き流しの体勢に入った。

「それで? フウはお前さんが帰ってくるまでにしっかり話は聞かせてもらったが。お前さんは一体全体何をしていたんだ」

「ですから、調査です。あれと関わると碌な事になるのはマスターもご存知でしょう。無難な方法を選んだだけです」

「その結果、吸血鬼を見てフウの事も忘れて暴走か。無難の意味を忘れとらんか?」

「吸血鬼は最優先抹消対象です」

「島ごと消し飛ばす必要は?」

「……あれは、まあ」

 言葉を濁してみたものの、ノワールもあれがやりすぎなことは分かっている。理性が半分以上すっ飛んでいたとはいえ、あの過剰火力に外部要因が関与していることは間違いなく。

「仕掛けに嵌まって制御を失うなど、魔法士幹部の名が泣くぞ」

「……」

 黙り込んで視線を逸らしたノワールを見て、フウが唇を尖らせながら口を開いた。

「あのね、マスター。ノワね、ずーっと研究ばっかりだったんだよ。つまんなかったー」

「フウ」

 思わず睨み付けたノワールに、マスターの声が突き刺さる。

「ほーお、なるほど。つまりお前さん、フウを放って研究に没頭している間に、フウが別行動し、相手の罠に嵌まり、結果的に手遅れになるまで後手に回ったのか。今回、任務に行く前に儂が何と言ったか、言ってみろ」

「……『フウに経験を積ませながら、周辺被害を出さないように片付けてこい』ですね」

「その結果がこれか、この大馬鹿弟子が」

「…………お言葉ですが」

 はあ、と溜息をついたノワールが、据わりきった目を、これまで頑として向けなかった方へと向けて言う。


「あいつがいる時点で、「周辺被害を出さない」というのは無理難題です」


「言ってくれるじゃねえか、島消滅のA級戦犯が」

 1人掛けのソファに腰掛け、ノワールが入室した時点からずっと1人掛けのソファに我が物顔でふんぞり返り、大変楽しそうに説教を眺めていた疾がくつくつと笑った。


「で。そもそも何であいつがいるんですか? マスター」

「お前にお客さんが来たから通しただけだが?」

「……」

「……」

「……で。何の用だ」

 自分への追求は綺麗に躱すマスターに溜息をついて、ノワールは正座から胡座に移行し、胡乱げな目で疾を睨み付ける。疾はにっこりと笑って応じた。

「さぞかし面白い──もとい、こってり絞られるだろうてめぇらを観賞しに来た」

「帰れ」

「ま、一応確認と土産もあるけどな」

 そう言うと、疾がポケットから端末を取り出した。素早く操作したあと、こちらに画面を向けてきた。


『よー、ノワール。随分寒くなってきたが、元気か?』


 画面いっぱいに広がったヤクザ面に、ノワールは顔を顰めて吐き捨てた。

「死ね」

『……殺意たっぷりだなおい。冷たいねー』

「自分の行動を省みて言え」

『はっはっは』

 これっぽっちも悪びれない笑い声に、堪えきれず舌打ちを漏らす。そのまま視線を疾に移すと、疾は軽く肩をすくめた。

「つーか、今回の周辺被害とやらは、主にノワールと「最悪の黒」の仕業だろ。俺は粛々と依頼をこなしただけだぜ?」

「白々しい……」

『え、あれ俺のせいにされんの?』

「というか、お前さんら全員、実際のところ何やらかしとるのかのう……」

 マスターがジト目で呟いた。本当に何をしでかしたのか、このヤクザ顔と災厄は。


 ちなみに悪巧みの源となった本当の元凶と言える問題児(バカ)は、現在冥府で盛大にお説教を食らっている真っ最中なのだが、当然ながらノワール達魔法士組が知る由もない。知っている奴は説教をすっぽかして現在ここにいることすら知らない。


 それを知る疾は、羽黒の苦情にも素知らぬ顔でノワールを促した。

「で、確認だが。報告は?」

「……推測は一切出していない。今回はお前らの依頼主がかなりきな臭いからな、下手すれば連盟と協会の全面戦争だ。要らん煙を立たせるなと言う疾の提案通りにしておいた」

『え、何、そんな事してんの?』

「外野がぎゃーぎゃー騒ぎ出すと邪魔だろ、全面戦争水面下で操って両方自壊ってのも悪くはないが、俺がつまんねえし」

「……」

『……』

 すました顔で物騒極まりないことを口にした疾に、ノワールと羽黒は無言で顔を見合わせ、聞かなかった事にした。

「それで、お前んトコの総帥は納得したのか?」

「一応。あの正体不明なジャミングのせいで、協会すらまともに情報が得られていないからな。あれは一体何だったんだ」

「さあ? そこのヤクザ面のせいだろ」

『なあ、だから俺のせいにされんのあれ?』

 羽黒のクレームすら笑顔でスルーする疾にまた溜息をついて、ノワールは促した。

「で。土産というのは?」

「一つは蛇足的な情報だな。アスク・ラピウスがあれほどの儀式魔術を組み合わせた素材、原資はどーなってんのかっつー奴」

「ほお?」

 確かにそれはノワールも気になっていた。トラップの素材1つ取っても、協会でもかなり高額で取引されている代物ばかりだった。裏ルートで入手しようと思えば更に馬鹿げた額になっているだろう。金銭を介して背後に人物がいたのではという懸念は確かにある。

「一時期魔法士協会で、エリクサーが取引されてたの知ってるだろ?」

「……連盟でやたら安価で飛び交ってるのを取り上げて、こっちで流通させたとか言う奴か」


「それを持ってた魔法士がくたばって、それをたまたまアスク・ラピウスがエリクサーごと拾ったらしい。あのワイトがそれだ」

『ちなみにエリクサーの売りさばいてたのが、今回いたアホボロスな』


「…………」

 暫く沈黙したノワールは、やがてすっぱり言い切った。

「かなりどうでも良いな」

「だから蛇足つったろ。クソ蛇の小遣い稼ぎが、元凶で世界規模の危機に陥ったっつう笑い話だ」

「笑えるのか……?」

「へびさんー?」

 フージュがこてんと首を傾げたのには、全員スルーした。

『まあ、そう言うなって。原因が判明したお陰で、今回の報酬はあちらさんからがっつり取れそうだぜ?』

「そりゃ朗報だな。おいノワール、あの狸親父からの報酬を瀧宮羽黒が立て替えてるから、お前もたかってみたらどうだ」

「何をナチュラルにタカリの誘いをしておるんじゃ」

「……悪くないな」

「おい馬鹿弟子」

 マスターが据わった目で睨み付けてきたが、ノワールは涙目でぷるぷるしはじめているフージュを示して言う。

「フウが瀧宮白羽と共闘していますからね。フウが勉強不足の独断で取ってきた依頼扱いの方が、今後の風当たりが少しはマシになるかと」

「今更だろ」

『今更だろうなあ』

「……誰のせいで始末書の山を片付ける羽目になったと思っているんだ」

「自業自得だろ」

『組織人は大変だねえ』

「…………」

 自由人二名の好き勝手な発言に、ノワールは痛む頭を押さえた。

「……というわけで、適当に請求させてもらう。フウにも依頼の意味を学ばせる機会だ」

『了解りょーかい。そういや、うちの賢妹から「お子様の面倒ちゃんと見ろ」って伝言預かってんだった』

「お子様じゃないもん!」

 ぷうと頬を膨らませるフージュを一瞥して、ノワールは溜息をついて言う。


「16だ」

『なにが?』

「フウの年齢だ。16歳」

『…………ナイスジョーク?』

「じゃない」

『えぇえええ……?』


 唖然とした顔がフージュに向けられる。瀧宮羽黒にしては珍しい顔だが、事実は小説よりも奇なりを地で行っているので無理も無いとは思う。

「ま、チビガキはチビガキっつうこったな」

「チビでもガキでもないもん!」

「8歳児の体格とほぼ同じな時点でチビでガキだろ」

 フージュの年齢を元々知っていた疾があしらう間に、気を取り直した羽黒がノワールに視線を戻した。

『あ、そうそう。そのお財布、じゃない、狸親父経由の情報だが──アスク・ラピウスがリッチになるのに成功した元となる理論は、既に「消滅」されたとよ』

 羽黒がもたらした情報に、気を取り直したノワールは肩をすくめる。

「……流石の連盟も、今回の事件で危険性を察知したか。分かった、協会には伝えておく」

「つーか、もっぺん同じような事態になっちゃたまらないってとこだろ。人を利用し尽くそうとしておいて都合の良い奴らだよなあ」

『そう言うなって。んじゃ、俺はそろそろ。またな、ノワール』

「二度と関わるな」

 心からの言葉にも軽薄に笑い、瀧宮羽黒が通信を切った。

 端末をポケットにしまい直し、疾は、その琥珀の瞳を鈍く輝かせた。


「つーわけで。ちょっとばかし情報やるから、てめーの情報網と、ついでに魔力寄越せ」


「……何をやらかす気だ」

「疾、楽しそうー」

 ノワールが眉間に皺を寄せて疾を睨む。マスターは我関せずと視線を空へと飛ばし、限界が来てころんと床に転がったフージュが不穏なことを言う。


「何、クソみたいな仕事が終わったからな。しばらくは、楽しい楽しい趣味に没頭しようと思ってるだけさ」


 にっこりと極上の笑みを浮かべての台詞に、ノワールは深々と諦めの溜息をついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ