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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
49/54

Noir-16 島が消し飛ぶ数分前

 時は少し遡り、逃走中の車内。

「ふんふーん」

 鼻歌交じりに運転する羽黒に、全員からの視線が突き刺さる。ジト目、呆れ、恐怖、殺気とそれぞれの感情をたっぷりと乗せたそれらは、当然のように羽黒には一切効かない。

 こいつは本気でどうにかしている、と竜胆は羽黒を睨み付けたまま思う。隣で瑠依が怖々と裾を引っ張っているのは、まあ、取り敢えず棚に上げておく。

 先程の一幕は、竜胆たちにとって、決して無視しえない、重大な問題行為だ。

 ──他者を術式1つで、吸血鬼にする。

 禁忌どころの話ではない。あれはダメだ。あれは竜胆たちにとって、最優先の問題だ。

 今回の一件でそれなりに協力体制にいた羽黒と敵対するのは少々気が進まないが、事と次第によっては竜胆は躊躇わずに喉元に喰らいつくと、問い詰めようとして──

「うぜえ」

 うんざりとした声が先んじた。竜胆は言葉を飲み込み、視線を助手席に移す。

「ん? 選曲が古臭いのは見逃してくれ、流石のコイツもカーステレオは完全にポシャっててよ」

「まあ確かにあんたの鼻歌も大概うざい。今回の依頼主の声並みに」

「おいそれは撤回しろ」

 羽黒が歯を剥いて割と本気で睨み付けるも、疾は鼻で笑っていなした。そして視線をバックミラー越しに竜胆に投げ掛けてくる。

「で、もっとうぜえのはお前だ竜胆。狭い車中で殺気ダダ漏らすな、鬱陶しい」

「っ、んなこと言ってる場合かよ!」

 流石に声を荒らげた竜胆にも、疾は眉一つ動かさずに重ねて言い募った。

「何に殺気立ってるかくらい理解してるっつの、そこの馬鹿じゃあるまいし。とはいえこの状況で単純に殺気立ってる辺り、竜胆、契約者に知能が引き摺られてんじゃねえの。戻ったら頭の検査してもらえ」

「それは一大事ですわ竜胆先輩! 早急に医師の手配をすべきですわよ!」

「うちから腕の良い医者紹介するぜ?」

「それは嫌だけど、なんであんたらが血相変えるんだおかしいだろ!?」

「それ以前に何ナチュラルに俺を全員でディスッてんの帰りたい!!」

 かなりの本気顔で病院に行けと言い募る龍宮兄妹に、いつもいつでも空気の読めない主のいつも通りの叫びと、さしもの竜胆も調子を狂わされた。が、なんとか踏みとどまる。

「じゃねえっつの! 誤魔化すなよ!?」

「誤魔化すも何も、瀧宮羽黒が契約相手である魔王級吸血鬼の力を利用し、リッチを吸血鬼化したのは事実だろ。鬼を操る力を持つ以上、敵対関係になりうるのも」

「はっ!?」

 珍しくも懇切丁寧に状況を整理した疾の言葉に、白羽が血相を変えて身を起こす。そちらを横目で警戒しながら、竜胆は軽薄な笑みを浮かべる瀧宮羽黒を睨み付ける。

「そうだよ! だから──」

「で?」

 冷水を頭からぶっかけられた。そう錯覚するほどの冷ややかな声に、竜胆の頭は急速に冷える。

「この、いつ島ごと消し飛ぶかっつう状況で優先すべき任務かよ。そこのド阿呆が吸血鬼を使役しているのはとっくに承知の上、それを踏まえての不可侵協定だぞ。何を今更血相変えてる」

「けどよ……っ」

「俺を戦力に数えた上で喧嘩売ってんじゃねえ」

「っ……」

 ぐ、と言葉に詰まる竜胆に、疾はふんと鼻を鳴らした。鬼狩りとしては最上級の力を持つこの仲間が、顔色1つ変えないながらも相当消耗していることは何となく察している。生者の生気に鋭敏なリッチが真っ先に疾を狙ったのはそういうことだろう。

 とはいえこのまま放置するのも、と渋る竜胆の裾を、瑠依が強めに引っ張った。

「……なあ竜胆、やめよう」

「瑠依、けどな」

「そもそもその人相手にするって、あのおっかない吸血鬼の女の子も敵に回すんだろ? 勝てる訳ないじゃん、帰れないじゃん、スルーしようぜいい加減オフトゥンしたい」

「……」

「……」

「……」

 全員が形容しがたい沈黙と共に、筆舌に尽くしがたい微妙顔を向け合ったのは、まあ、無理も無いと竜胆も思う。

「ま、そこの馬鹿が常に馬鹿なのはともかくとして。今回ばかりは天文学的確率で真っ当なことを言ってるな。魔王級の吸血鬼の討伐なんざ、あそこで馬鹿げた殺戮ショー繰り広げてるような人間やめた奴に任せときゃ良いんだよ」

「だから息をするように俺をディスるのやめろよ帰りたい!」

 くいと親指で示された先では、確かに馬鹿げた魔力が吹き荒れている。竜胆の鼻にはそれだけではない「におい」もかぎ取れていて、それも竜胆の神経をささくれ立たせている理由である。

「そういやお前さんら、あっちはいいん?」

「ギリ要観察止まり。島単位で戦場が消し飛ぶくらいならまぁ放っといた方がマシだろという日和見判断だな」

「……。ていうか、前から思ってたけど、あそこマジで役所臭くね?」

「役所だろ、働いてる奴「官吏」って呼ぶんだから」

 瑠依が疾の言葉にびくうっ!! と震えた。トラウマワードになるレベルで怯えている割に、瑠依の言動がちっとも改善しないどころか悪化するのはどうにかならないものだろうかと、竜胆は小さく溜息をつく。

「ま、とはいえ。あんなのを叩き起こさなくても、リッチ一体くらいどーにかなっただろ。その辺の理由は適当にでっちあげておけよ、報告で茶を濁す用に」

「おい」

「えー、それ俺が考えるん? 呪詛ごとなんとかしようとしましたーでよくね?」

「おい」

「それで役人が納得すると思うか? 問題児の引き受け手続き経験者」

「いやなんで知ってんのお前」

「おい……ああもう……」

「竜胆先輩の日頃が思いやられますわ……」

 竜胆のツッコミもなんのそのと好き勝手言い合う前2人に、竜胆が痛むこめかみを揉む。白羽からも同情の眼差しを浴びせられて思わず遠くを見た竜胆は、

「──ま、同じ手法を繰り返すようなら、こっちも手段は選ばねえよ」

 息詰まるほどに感情が切り離された言葉に、身を強張らせた。横目で見れば、白羽も息を詰めている。

 異質としか言いようのないその空気に、瀧宮羽黒だけが軽薄に笑った。

「おーけーおーけー、覚えておくよ」

「そうしろ、つーか二度とこの手の案件で俺を呼ぶな。次は待ち合わせ場所にそこの馬鹿だけいると思え」

「何その最上級の嫌がらせ」

「だからなんで俺なの!?」

 ……この主の唯一叶わないと思う点は、こういう常人では平静でいられない場面でいつもいつでも同じようにぎゃーすか騒ぐこの図太さだと思う竜胆である。

「はあ……」

「つくづく竜胆先輩が貴重な良心であると感じますわね……あ、そういえば」

 ふと気付いたような声を上げて、白羽が窓の外を眺めた。

「もう1人、苦労を掛けていそうな問題児(おこさま)が……いましたわ!」

「は?」

 つられて視線を向けた先、見覚えのある赤髪の少女がぶらぶらと所在なさげに彷徨いているのを見た。……あの魔法士、問題児置き去りにしたのか。

 微妙な面持ちで眺めた竜胆と同じような表情の疾を尻目に、羽黒が迷わず白羽に命令を出した。

「白羽、回収!」

「らじゃりましたわ!」

 すぱーん! と小気味よくドアを吹っ飛ばして外に飛び出ていった白羽。先程までの消耗も、ここまでの逃走過程でかなり回復したらしい。

「子供は回復が早いなあ……」

「竜胆、その台詞、まんまおかん」

「だからおかんじゃねえって──」

 瑠依のツッコミにいつものように言い返した竜胆は、つい振り返ってしまったが故に、反応が遅れた。

「ただいま戻りま――狭くて邪魔ですわ!!」

「シラツユちゃん、どうしたのー?」

 戻ってきたお子様2人にぐいと押され、たたらを踏む。咄嗟に車の天井に手を突っ張って体勢を整えた竜胆は、それ故に。

 すぱーん!

「あ」

「へ?」

 亜音速でつっこんできた白羽たちの勢いの余波で吹っ飛んだドアにひっつくようにして吹き飛んだ瑠依を、掴み損ねた。

「え、あ、ぎゃあああああああ!?」

「瑠依!?」

「あら? って、竜胆先輩危ないですわ!」

「わー、落っこちちゃったよ?」

 咄嗟に飛び出そうとした竜胆を白羽が引き留める。フージュがぱちぱちと目を瞬きながら言った言葉に、羽黒が声を上げた。

「あん? なんだあいつ落ちたのか」

「拾えなかった! 悪いけど助けに──」

 行ってくれ、という言葉の続きは、怖気を覚えるほど膨れあがる魔力に飲み込まれる。

 咄嗟に空を見上げた竜胆は、徐々に組み立てられていく魔法陣を目の当たりにして、冗談抜きに血の気が引いた。

「あーあ……ノワ、またマスターに怒られちゃうよー……」

「ノワールが説教回避の為に行いを改めるわけねえだろ、チビガキじゃあるまいし」

「もー、チビでもガキでもないもん!」

「っ、直ぐに瑠依を拾わねえと!」

 疾とフージュの暢気なやり取りに我に返り、慌てて飛び降りようとした竜胆は、続いて投げ掛けられた羽黒の台詞に本気で耳を疑った。

「構わねえほっとけ! 逃げなきゃ俺らは死ぬがそいつは死なねえ!」

「この人でなし!?」

「大丈夫だ! ()()()()できてる!」

「そういうことじゃねえ!?」

 そりゃあ瑠依の悪運の強さは尋常ではないというか、理解の枠を超えてはいるけれど、流石に頭上の魔術をモロに食らったら命はない……はずだ。たぶん。

 半ば自分に言い聞かせるようにしながら、竜胆が更に羽黒に詰め寄ろうと身を乗り出すより僅かに早く、疾が眉間に万力のごとき力を込めて皺を寄せ、羽黒に声を掛けた。

「おいこのクソ野郎。まさかと思うが――」

「はっはー!! 想像に任せるぜ!」

「ちっ……! 余計なことしやがって……!!」

「それより、そろそろ着くぞ。下りてダッシュの準備!」

「……この方角からして、行き先はハーバーか」

「おう。一隻くらいあるだろ多分」

「せめて確認してこい無計画野郎」

 流れるように悪態をつき、疾は無造作にダッシュボードに掌を叩き付ける。途端、車の速度が跳ね上がった。

「うおぉおお!?」

 これまででさえがったんごっとんと瓦礫に車輪がとられるのを絶妙なハンドル捌きでバランスを取っていた羽黒の表情が引き攣る。その表情を横目で見た疾が、露骨に鼻で笑った。

「タイヤ取られたらその場で全員お陀仏だ、死ぬ気でやれよ」

「てめえお兄様に──」

「ああもういちいち切れるなって!」

「シラツユちゃんどーしたのー?」

 疾の羽黒に対する態度に白羽が切れるのもお約束のようになってきた。白羽を引き留める竜胆に、フージュが驚いた様にぱちぱちと目を瞬いている。この状況で動揺の欠片もない辺り、ある意味では非凡な胆力の持ち主だ。

「つーかお前さん、魔力平気なん?」

「この程度の分はとっくに回復した」

「マジか、はえーな」

 羽黒が楽しげに笑う。本当に大丈夫なのかと竜胆がやや心配になりつつ視線を向けると、相変わらず顔色の読めない疾が冷たい目を向け返したところだった。

「つーか、あの速度だとハーバー着く前に車もろとも消し飛ぶだろうが」

「まーそん時はそん時で、クソ蛇を盾にしちまおうぜ」

「ド ラ ゴ ン !」

「「……いたのかよ」」

「さっきからずっと併走してましたからね殺しますよ!?」

 青筋立てて怒鳴るウロボロスだが、ずっと車を見張るような位置取りで併走していたのは竜胆も臭いで探知していた。とっとと先行脱出しそうなのに何故だろうとは思っていたのだが、続く言葉で納得する。

「というかですね、そこの腹黒に文句言い足りないんですよ! わざわざあたしがここに来た理由をまとめて瓦礫に変えてくれちゃったのどうしてくれんですか? ああ!?」

「あー、それな」

 唾が飛ぶ勢いで怒鳴るウロボロスを面倒そうな顔で一瞥した疾が、ポケットに手をつっこんだ。直ぐに引き出した手には、拳大の魔石が握られている。

「魔力の詰まった石ころがどうかしましたか?」

「石ころ……。魔術空間の魔法陣刻んだ魔道具なんだが、クソ蛇には領分外か」

 若干微妙な顔になりながらも、疾は軽い説明と共に魔石を揺すった。

「博物館にあった魔術書関連はこれに全て回収済みだ。あとはてめえの無限空間に放り込んでおきゃ自然消滅するだろ。仕事したいっつうならとっとと空間開け」

「何それめっちゃ便利だな。今度売ってくんね?」

「純粋な闇属性の魔石、それも収納容量に応じて馬鹿げた魔力が込められた高品質の代物が必要だから、自分で確保して持って来い。技術料は全力でふんだくるが」

 興味津々な羽黒に食えない笑みを浮かべて返し、疾が魔石を持った手を振る。

「おら、早くしろ。いつまでも阿呆面に併走される俺の身にもなりやがれ」

「一字一句そのままお返ししますよクソ腹黒野郎! いっそのこと車ごと飲み込んでやりましょうか!?」

「白羽まで巻き込むのはやめてくださいまし!」

「だからいちいち挑発すんなって……」

 何だかんだ言いながらも、ウロボロスが開いた無限空間に疾が魔石を放り込んだことで、この島の魔術書は全て処分された。鬼狩りとしても死者を操る知識が消滅するのはありがたいので、竜胆はほっと息をつく。……本当に、散々やらかしながらも仕事だけはきっちりこなしてくれるのが救いだ。

 その間に、魔術補助で速度を上げたオンボロ車はなんとか港に滑り込んだ。素早く下り、全員でなんとか動きそうな船を探し出して乗り込む。真っ直ぐに操舵室に向かう羽黒を追いながら、竜胆はその背中に問いを投げ掛けた。

「なあ、船なんて操作できるのか? 確か、免許がいるだろ?」

「船舶免許か? あー大学時代に取ってたと思う。多分」

「多分!?」

「どーにかなるどーにかなる」

 軽薄に笑う羽黒に凄まじく不安を覚えた竜胆が言い募ろうとするも、げしっと足を蹴られて言葉を飲み込んだ。

「言ってる場合か、竜胆。何はともあれ島から距離置くぞ。歩く原発もいい加減待つ気がねえらしい」

 そう言って疾がくいと上空を指差す。見れば魔法陣は強く輝き、今にも起動しそうな様子を見せている。

「……なあ、いくら元リッチったって、吸血鬼一体にあそこまでいるか? 島ごと吹き飛ばす気かよ」

「痕跡すら残す気ねえってとこだろ」

 溜息混じりに応じて、疾まで操舵室に滑り込む。意外に思いながら何となく後を追うと、疾が続く言葉を羽黒目掛けて投げ掛けるところだった。

「とはいえ、随分と乱暴な幕引きもあったもんだな。瀧宮羽黒」

「んあ? 面白えからいーじゃんかよ」

「はっ。確かに面白えな」

 笑い混じりに息を吐き出し、疾は計器類に視線を滑らせた。何やら不穏なやり取りが一段落付いたらしいと、竜胆が軽く息をついた瞬間──ぞわっと、竜胆は全身の毛が逆立つような気配を感じた。

「おい! 来るぞ!」

「……マジで自重消し飛んでやがる。飛ばせ」

「へーへー」

 舌打ち混じりに大上段から命じる疾に、羽黒がおどけたように応じる。途端海を滑るように動き出した船にほっとする間もなく──

「全員伏せろ!」

 羽黒が叫ぶと同時、横殴りの衝撃がぶち当たった。

「うわやっべ、これ転覆すんじゃね?」

「っ、外の2人、操舵室に入れ!」

「わ、わかりましたわ!」

「はあーい」

 白羽とフージュが駆け込んでくる。ウロボロスは未だ上空に滞在しているが、まあ流石にドラゴンが余波でどうにかなるわけもないだろう。

「……そういや、チビガキいるんだったな」

 不意に疾がぼそっと呟く。何を今更と振り返った竜胆は、楽しげな笑みでちょいちょいとフージュを手招きしている疾を止めるべきか、一瞬本気で考えてしまった。

「なにー?」

「チビガキ、お前どうせ今回ほぼ出番なしで持て余してるだろ」

「うん、ひまだったー」

「暇……?」

「あれでですの……?」

 白羽と竜胆が信じられないような眼差しを向けるも、疾のにこやかな笑みより不気味なモノは無いと気を取り直す。いざとなれば庇ってやろう、と身構える2人は、もはや敵味方の認識がごちゃごちゃであった。

「つーわけで、魔力寄越せ」

「へ? わわっ」

 がしっ、と頭を鷲掴んだ疾にフージュが驚いた声を上げる。疾とフージュの立つ場所を覆うように、魔法陣が浮かび上がった。

 すっと、船の揺れが止まる。どうやら魔術で余波から船を守ってくれたらしい。……多分、フージュの魔力で。

 あれだけ大暴れしてまだ魔力が余っているというのも驚きだが、その魔力を当たり前の顔で徴収している疾も疾だと、竜胆はこっそりと呆れ混じりの溜息をついた。

「もー! いたいよー!」

「うるせえ、文句あるなら自分でノワールのしでかしたことの後始末付けられるようになりやがれ」

 フウの文句をいなして、疾は窓の外に目をやった。皮肉な笑みが口の端に上る。

「……まさしく歩く原発の面目躍如だな。さっさと重い腰上げてりゃ、ちったあマシな結果になっただろうに」

 釣られて外を見ると、島が文字通り消し飛んでいた。この高波を見るに、下手すれば海水も一部蒸発したのではなかろうか。

 まさしく自然災害級。ぞくりとした震えを覚えた竜胆を余所に、真っ当な感性をどこかに落としてきている奴代表と言える羽黒が、疾の言葉に返した。

「言ってやるなって。お前さんと違って、ノワールは真面目なんだぞ。潜入調査と言われれば、まずは調査に力入れるだろ」

「……それにつけ込んだ奴が言うか?」

 思わずぼそっと呟いた竜胆の言葉に、白羽が深く頷く。真面目さを裏手にとって利用した奴の言って良い台詞ではない。

「……あ。というよりも、あのお馬鹿さん、良かったんですの竜胆先輩?」

「良くねえよ! 今更言うか!?」

 散々助けに行くのを妨害しておいてそれはないだろうと喚く竜胆に、白羽は肩をすくめて返した。

「白羽としてはあのお馬鹿さんがどうなろうと心底どうでも良いというか、いい加減あの怠惰のツケを支払うべきだと思っていますわ」

「同意」

 疾まで薄情が過ぎる台詞を言うので、さしもの竜胆も振り返って怒鳴った。

「あのなあ! 元はといえば強制的に呼び出して──」


「あんぎゃああああああああああ!?」


 ドン! バチン! ガン! ドサッ!


「「「「…………」」」」

 フージュ以外の全員が大変微妙な顔でやたら煩い音を立てた天井を見上げる。フージュがひょいと扉の外を覗いて、こてりと首を傾げた。

「ねーねー、あのひと、魔法が効かないの?」

「効くのは効く」

 ノワールの余波すら防ぐ魔術を(フージュの魔力で)構築していた疾が、半眼で応えた。低い声に不機嫌を読み取りながら、竜胆は溜息混じりにフージュを追い抜いて外に出て、看板に頭から落下してきた主を回収した。

「おーい、無事……なんだなぁ……」

「ねえ第一声がそれ!?」

 服はズタボロのボロ雑巾だが、帰ってきた声は元気いっぱいだった。溜息を押し殺しながら操舵室の中に連れ込むと、疾が心底嫌そうな顔で一瞥する。

「今なら間に合う、海に捨ててこい。エンジンに巻き込ませろ」

「おい!?」

「かつて無いほど直接的に殺害命令くだしてやがる」

「ほんっとうに最低ですけれど……相手がコレだと思うと、白羽あながち責められないですわ」


「だから本当になんなのねえ!? 振り落としてそのまま見捨てておいてそれ!? なんかあの後めっちゃくちゃおっかない魔術降ってきて島消えたんだよ!? おもいっきり空に吹っ飛ばされた味方をその上魔術で弾くか普通!? もうやだ帰りたい!!!」

「「「「「いや、だから何で生きてんだ(んですの)お前(貴方)」」」」」


 涙目で叫ぶ瑠依に全員の声が重なった。

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