Noir-15 舞い戻りDELETE
「よっしゃあ! ざっとこんなもんですよ!」
「流石ウロボロスさんですわ!」
アスク・ラピウスとペルシスが無事ウロボロスの異空間に閉じ込められた瞬間を見届け、ウロボロスは思い切り胸を張って反っくり返った。すかさず白羽が躊躇無しに遠慮無く褒めた為、ウロボロスの有頂天は天を突き破る勢いである。
「素敵! 最高!」
「もっと情熱的に!」
「お姉様とお呼びしたいですわ!」
「もう一声!」
「ミス・ドラゴン! みんなの視線とハートを貪欲ぱっくんちょ!」
「いえー!!」
「いえー!! ですわ!」
「…………」
疾の冷たい視線がただただ二人に突き刺さる。
「うう……やっぱり褒めて貰えるって大事ですね……! 紘也君にも絶対褒めて貰いますからね!!」
「ウロボロスさんの交友関係が垣間見えて、白羽何とも言えませんわ……でも、本当に一時はどうなるかと思いましたわね」
ウロボロスの発言に微妙な気分を抱きつつも、白羽は漸く息をついた。ペルシスに羽黒とウロボロスが戦闘不能状態に持って行かれた時点で、正直本気で『拙い』と思った。
何せ残るはいつでもどこでも迷惑発生器──しかも何故か死なない──な瑠依と、その優秀なスペックを瑠依のお守りという世界最高級に非生産的な仕事に割り振られている竜胆、気を抜くと空気男と化す兄の友人の友人とか言う人に、口だけ腹黒男と来た。白羽が活躍しなければ全滅は免れなかっただろう。幸い瑠依と竜胆は即座に離脱したが、残る面子が心許ないという点では同じである。
まあ、確かに、今回の腹黒については、ほんの少しくらいはその活躍を認めてやっても悪くは無いのかもしれないなぁとは思ったが──とそこまで考えたところで、白羽は気付いた。
「……そういえばお兄様のご友人のご友人、どこにいますの?」
「はい? 誰ですかそれ?」
ウロボロスが胡乱げに首を傾げる。ウロボロスとは面識がないらしい。戦闘に参入したのもウロボロスが昏倒してからであるし、無理はないだろう。
となると唯一知っていそうなのは、と白羽は仕方なしに腹黒に声をかけた。勝利にもかかわらず何故か沈黙を貫いているこの男、人としてのコミュニケーション能力をどこかに落としてきたのではなかろうか。
「腹黒はあの方の行き先をご存知ですの?」
「……」
「……腹黒?」
「なんですか、今更になって腰が抜けましたか? ワンコ辺りにお姫様抱っこで運んでもらったらどうですか……ぷぷっ」
「それは白羽、あんまり見たくありませんわ……」
色々波瀾万丈な白羽の人生ではあるが、幸いなことに、ガタイのいい男同士という絵面を見て喜べるほど、白羽の精神は腐ってはいないのである。
だが、これまでマシンガン掃射の如く悪態を撒き散らしてきた腹黒男が、ウロボロスにここまで言われても無反応を貫いているという事態に、白羽もようやく違和感を覚えた。戦闘中ですら白羽にやたらと当たりがきつかったというのに、といやいや振り返ると、眉を寄せてアスク・ラピウス達がいた場所を睨み続けていた。
「腹黒?」
僅かに緊張感を取り戻した白羽の問いかけに、疾はそれでも敢えて応えずにいたのは、身の内で鳴り響く警告故だった。
状況をありのまま分析すれば、アスク・ラピウスにとって「詰み」だと思える。無限空間内には魔力が循環するシステムはなく、仮にウロボロスの魔力で満ちていたとしてもそこは完全に「閉じた」空間。そこで魔術を使おうと、空間外へと影響を及ぼせるような威力は出せない。そもそも、「無限」の空間で壁をぶち抜くとなると、空間そのものを焼き尽くすような神獣クラスの炎などが必要になってくるはずだ。
よって、アスク・ラピウスの生存は絶望的──と考えるのが自然だとは疾も理解している。が、自分をこれまで生かしてきた直感を疑う気は欠片も無い。ゆえに、疾は先程から戦闘の顛末を、1つ1つ記憶をひっくり返して再分析していた。
一体何が引っかかるのかと、高速で思考を回していた疾は、ふとウロボロスと白羽の会話が耳に入ってきた。
「そういえば、あの赤毛っ子と黒髪男は、結局どうしたんですかね? ウロボロスさんの華麗なる活躍に拍手もないとはなってませんよ」
「え? あ、そういえば。結局あの方達は傍観で終わりましたわね。ゾンビが湧いていましたが、ゾンビどころかグライアイ相手でも圧勝でしたし、まあ大丈夫ですわね」
「──!」
弾かれたように顔を上げた疾に2人の驚いた様な視線が集まるが、知ったことではないと一気に思考を押し進める。
(グライアイ……ペプレド……能力は空間支配……あの時ノワールの報告では──)
──空間捻転にジャミングが加わって、こじ開けるのに手間取った。
「……!」
本能の警告がけたたましく疾の脳を揺さぶる。これが懸念の原因だと悟り、アスク・ラピウスのいた場に目をやった疾は、苛立ち紛れに舌打ちを零した。
──疾の眼をもって辛うじて視えた、ちいさなちいさな皹に。
「ちっ、あの連中本当に碌なもんじゃねえな……」
ワイトにされた魔法士に、何らかの強化が施されていたのは確認済だ。魔法薬の類で強制回復を余儀なくされていたようだが、それにしてもペルシスの回復速度は尋常ではない。おそらくあの魔法師は何らかの人体実験の失敗作としてうち捨てられ、その魔法薬への適性の高さを買ったアスク・ラピウスがワイトとして活用したのだろう。つくづく面倒事ばかり生み出す組織だと内心吐き捨てながら、疾は動いた。
ジャミングで強化された空間で、空間掌握においては最適性の闇属性魔法を使いこなすノワールをして、脱出に手こずるとすれば。
魔法士の核に力を得たペルシスが、ウロボロスの空間に閉じ込められたとして、そのまま消滅する可能性は──低い。
「なんですかいきなり。今更になってウロボロスさんの力に恐れおののいたところで……ちょっと腹黒!?」
「何をトチ狂っていますの!?」
「てめえらそこを動くな! ついでに防御も固めておけ!!」
空間を埋め尽くすような魔法陣の数々に狼狽の声を上げる白羽とウロボロスへと端的に指示し、疾は徐々に拡大してきた皹を凝視して計算する。
(もって20秒……間に合うか……!?)
残っている魔道具を服の上から確認しつつ、大気中の魔力をかき集めて魔術を編み上げていく。自身と白羽、ついでにウロボロスに防護魔術を施した上で、二重三重と魔法陣を重ねたところで──
「……って、ちょっとどういうことですかこれ!? あたしの無限空間が──」
空間が、弾けた。
「 !?」
「 !!」
鼓膜を破らんばかりの轟音と振動の中、白羽とウロボロスが何事か叫んでいるのを遠くで聞きながら、疾は一斉に魔術を起動した。同時に足元に魔法陣を描き出し、魔力を注ぎ込んでいく。
巨大空間の崩壊と、強制的に繋ぎ合わされた疾達のいる空間との衝突による衝撃が場を吹き荒れ、瓦礫すら消し飛ばす。そして──その勢いを借りるようにして、アスク・ラピウスの魔術が吹き荒れた。
「ぐ……っ!」
食いしばった歯の間から呻き声が漏れる。魔術が軋み、歪む音が体に響いた。足元の魔法陣を発動し、魔術が力尽くで破壊された反動を中和させる。そして更に、荒れに荒れた空間からなけなしの魔力をかき集め、魔法陣を繰り返し展開しては破壊させ、相手の攻撃の勢いを殺して受け流す。
空へと吹き上がっていった魔術が雲を吹き飛ばし、上昇気流がその場の魔力も瘴気も全て押し流す。
(っ、受け、止め、たッ)
そうと認識するが早いが、疾は捨て身で飛び出す。白羽やウロボロスが状況を認識するよりも、アスク・ラピウスとペルシスがこちらの被害状況を確認するよりも早く、計算通り這いだしてきたペルシスを、掌に展開した小さな魔法陣で自分の方へと引き寄せる。
磁石に吸い寄せられるように飛んできた、無限空間の破壊の代償で満身創痍の──そして今にも再生しつつある──ペルシスに、手加減無しに異能を叩き付けた。
「小僧──」
「敵を認識、排除──」
「消し飛べ!!」
漸く事態に気付いたアスク・ラピウスの怨嗟の声も、焦燥を交えたペルシスの声も掻き消すような、疾の怒声。
──全てを無に帰す異能が、ペルシスを「消滅」させた。
「灰色の魔女」に関わる伝承に蓄えられた「力」ごとごっそりと削り、疾はペルシスを文字通り滅ぼした。
「きさ──」
最強の切り札を破壊されたリッチの悪態など待たず、ましてや反撃の魔術の構築など許さず。
アスク・ラピウスの足元で、魔道具が炸裂した。
「グッ!?」
「浄化」に特化させた上級魔術を込めた、疾の持つ中で最も上質な魔石を用いた魔道具による攻撃は、さしものリッチも苦しめられる。咄嗟に魔道具を破壊しようとしたのだろう、杖が大きく向きを変えたのに合わせ──疾は銃の引き金を引いた。
魔道具に銃弾が命中し、魔道具が暴走する。
瞼の裏まで焼き尽くすような白い光が場を埋め尽くす中、魔術で視力を保護した疾が全力でその場を離脱した。いざという時にはウロボロスを盾に出来る位置取りまで下がる。
「──っ」
疾の膝からがくんと力が抜けた。口の中を噛み切り、広がった鉄の味に辛うじて膝が折れるのを堪えるが、体軸が僅かにぶれるのまでは制御しきれなかった。
だが幸い、疾の変化は敵にも味方にも気付かれることは無かったらしい。振り返った白羽が狼狽の表情を晒して叫んだ。
「ちょっと一体何が──もうそんなところまで戻ったんですの!?」
「何が起こったのか説明しやがれってんですよ!」
「敵がてめえの無限空間ぶち破って不意打ち狙ってきた、魔術で防いだ、技後硬直中にペルシスを潰した。以上」
「展開が早すぎますわ!?」
「知るか、てめえらが気を抜ききってたせいだろ」
ぎゃーぎゃーと文句を言う白羽とウロをバッサリ切り捨て、疾は隠し持つ魔石から魔力を根こそぎ吸い上げる。正真正銘、なけなしの魔力は、最大保有量の三割程度。
……これ以降は役立たずだな、と。
冷静に自身の状態をそう評する。ウロボロスから魔力をぶん取る余裕はなく、異能の過剰使用による身体への悪影響も出始めている。ここから先は、いつ戦闘不能状態に陥ってもおかしくない。時間稼ぎすら自殺行為だ。
そう判断して、疾は即座に思考を切り替えた。事態の打開に動く為ではない、ウロボロスや白羽すらも見捨ててさっさと逃げる為にである。
ウロボロスはまあどうでもいいとして、白羽をこの場で見捨てれば、瀧宮羽黒がのちのち脅威となり得る。が、将来の憂慮より現在の危機である。
(まあ、可能なら仕切り直しを狙って一時撤退だが──)
「──認めてやろう」
殺意と憎しみに塗れた声。
「こんの、なめんじゃねえですよっ!」
同時に放たれた黒炎は、ウロボロスの魔力弾に打ち消された。が、その影に隠されるようにして広がった魔法陣がウロボロスに触れ──轟! ウロボロスが炎に飲み込まれる。
「ウロボロスさん!?」
「ぎゃー! あたしの紘也君しか触れたことがない玉の肌が!」
「……あ、大丈夫そうですわね」
乾いた声を出しながらも、白羽が刀を再度喚び出して構える。が、明らかに消耗が見て取れた。スタミナ切れも遠くないだろう。
「まったく、無粋にも程があるってんですよ! あたしにパックンチョされたらそのまま消えやがれって話です! まあ良いです、改めてこのウロボロスさんがあんたを「消滅」させてやりますからね!!」
煤を払うようにして身に纏わり付いた呪詛の炎を払い落としたウロボロスがビシッとアスク・ラピウスを指差して豪語する。それを受けて、アスク・ラピウスは嗤った。
「ああ、認めてやるとも──貴様らは今この時より、国敵と認める」
ずん、と。
全身に纏わり付くような不快感が3人を襲う。全身を内側から炙るような瘴気をなんとか魔道具で浄化しながら、疾はふてぶてしく笑って見せた。
「……はっ。てめえが敵と見なした相手にのみ発動する、島全体に及ぶ呪術か。随分と優雅なもん作ってんじゃねえかよ、腐れ国王」
「貴様は貴様で、何故死なんのか実に不思議だがな。……いや、認めよう。貴様らの妨害により、我の作戦が進んでいないのは事実だ」
だから、と。
大量の魔法陣を浮かび上がらせ、アスク・ラピウスはぎょろりと空の眼窩で疾達を睨み付けた。
「今度こそ、我の全力で貴様らを潰してくれる。──まずは貴様からだ、デザストル」
疾の全身に纏わり付く呪詛が更に重みを増す。仕方なく異能で消滅させた疾は、低く低く吐き捨てた。
「……あの野郎覚えてろよ」
勝手に付けられたコードネームといえど、一定数の認識があれば「名」として呪詛対象たりうる。当然対処はしているが、闇属性の人間に告げられ、死霊術に特化したリッチ相手では疾の魔術では少々分が悪い。
それを分かってか、おそらくはどうでも良いから適当に言ったのだろうが、このツケは絶対にどこかで払わせる。そう固く決意して、疾は自滅覚悟で島に施されている呪詛を異能で破壊しようとして──
「あんぎゃああああああああああ!?」
──密室で大人数の災害緊急速報が鳴り響くより何十倍も煩く煩わしい悲鳴に、咄嗟に異能を使わず魔道具をぶん投げた。
「なん……!?」
突然の騒音ばらまき機──もとい人間爆弾にされた瑠依にアスク・ラピウスが動揺している隙に、瑠依に向けてスローした魔道具が着弾。その場で閃光を放って小爆発を起こした。
「いやああああああぎゃああああああああああ!?」
「この……貴様、よくも……!」
瑠依が悲鳴を上げている中、アスク・ラピウスは疾の意図に気付いたらしい。杖をこちらに向けて魔法陣を浮かべるが──
「っらあ!」
「ぐぁっ!?」
飛び込んできた影がアスク・ラピウスを容赦なく蹴り飛ばす。予期せぬ攻撃にアスク・ラピウスが吹っ飛ぶ間に、影──竜胆が瑠依を回収して素早く距離を取った。
「おまえら、無事か!?」
竜胆が疾達の方を振り返り、焦燥混じりに問いかけてくるが、返答は竜胆の小脇に抱えられた荷物から返ってきた。
「それよりさっきから味方に全力で殺されかけている件について! 人が気絶してる間に敵に向かってぶん投げる上に魔道具投げつけるって何なの帰りたい!!」
「いや……どうせ死なねえからまあいいかって、最近思い始めてる」
「嘘でしょ竜胆さん!? やめて、それ以上あいつの鬼畜に染まらないで帰りたくなる!!」
ぎゃーぎゃーと喧しい馬鹿のせいで場の緊張感が完全に消え失せた。溜息をついて体力温存に切り替えた疾の前で、ウロボロスがぼそっと言う。
「……いや、だから何で生きてるんです? あれ」
「知りませんわ……というか今、仮にも仲間に向けて攻撃する輩がいることに白羽どん引きですわ」
「仲間じゃねえ、正直半分以上殺す気でいたんだが、生き延びやがったなあいつ」
現時点で数え切れない程足を引っ張られている疾の瑠依に対する殺意は、かつてないほどに高い。呪詛をジャミングで消し飛ばしたのは怪我の功名だが、当然のように魔術も使えなくなっている。事実上の戦線離脱だ。
「あと、仲間に攻撃云々は、そっくりそのままてめえの兄貴に言っとけ」
「……そうでしたわねー」
白羽が虚ろな目で瑠依の飛んできた方向を見やる。
更地同然となった王宮跡地から見下ろす旧商店街方面から、ボロボロながらも何故か普通に動いている車が猛スピードでこちらにやってきた。
「え、は? ぎゃああああああああああっ!?」
ドリフトしながら急ブレーキをかけたボロ車は、運が悪いのか運転手がアホほど器用なのか、当たり前のように竜胆の横にいた瑠依だけを撥ね飛ばす。それでまたぞろ呪術の制御が遠のいたのか、地面を毬のように転がりながら呪いをどばどばまき散らしている。ついでに一つ覚えの九官鳥のように「帰りたい!」と鳴き声を上げた。
「…………」
いや、自分の兄の方がよっぽど非道なのではないか? と白羽は無言で頭を抱えた。ついでに車で撥ねられてピンピンしている瑠依はもう意味不明すぎて思考が停止する。
「お、良いねえ。良い感じに場があったまってるじゃねえの」
ガチャっと運転席の扉が開き、黒い人影が姿を現す。
案の定、軽薄な笑みを浮かべた瀧宮羽黒が、火の付いていない煙草をくわえてにやにやと笑っていた。




