Infi-14 復活の蛇
瓦礫の山となった王宮を、竜の顎の形に歪んだ空間がバグンと呑み込んだ。
「ぷはぁ! やっとこさ瘴気を追い出せましたよ。いい加減、本格的に〝循環〟のデメリットをどうにかしないといけませんかね」
とはいえ、同じ手は二度と喰らわない。〝貪欲〟のウロボロスだけど二度と喰らわない。瘴気に犯されていた体内もすっかり〝再生〟し、舐めた真似をしてくれたクソ野郎に喧嘩吹っ掛けるにはなんの問題もない。
王宮だった場所から島の様子を見回す。
「戦闘は……まだ続いてるようですね。なんか隕石めっちゃ落ちてますけど、やらかしてんのはあの腹黒ですかね?」
隕石程度であのアンデッドが絶滅するとは思えないが、全く効果がないわけでもなさそうだ。
とそこに、一羽の折り鶴が舞い降りてきた。
『ウロボロス君、復活したようだね』
「その声はかがりんのお兄さんですね」
明滅する折り鶴から発せられる声に応対する。あのまま全部終わるまで寝ていたら悪い報告しかされないだろう。ここらできちんと活躍せねばならない。
『状況は把握しているね? 僕たちが援護をするから、思いっ切り暴れてくるといい』
「オゥ! それはシンプルでわかりやすいですね! 任せてください!」
ウロボロスほどの強大な存在が搦め手で攻める意味はない。ただただ圧倒的な力で喰らい尽くすのみである。
「じゃあ、景気づけに一発ぶちかましますか!!」
***
天明朔夜は見定めていた。
攻撃を仕掛けるタイミング、ではない。
隕石を避けるタイミング、でもない。
疾の策は悪くない。だが、このまま三人で戦ったところで倒し切れないと朔夜は判断している。敵が力を使い果たす前にこちらが全滅するだろう。士気が下がるので口には出さないが。
不可能と判断した暗殺を意地張って継続する暗殺者など三下未満である。
こう言っては聞こえが悪いが、見定めているのは逃げるタイミングだ。
「鬱陶しい真似を! 藪蚊が!」
アスク・ラピウスが天上いっぱいに闇の炎を噴出する。それは降り注ぐ隕石を上空で焼き尽くし、そのまま闇炎の竜巻となって朔夜たちに襲いかかった。
「ま、そうなるよな」
ふっと笑った疾が、周囲に大量の魔法陣を浮かび上がらせた。一斉に火を吹いたそれらが、闇炎の竜巻を迎え撃つ。
「ペルシス!」
「――御意」
上空に浮かんだ禍々しいルービックキューブが六つに増えた。そこから放たれる光線が空間を跳躍して不規則に破壊を撒き散らす。
「……底が見えねえな」
闇炎の竜巻と魔術の衝突の余波から遠ざかりながら、朔夜は突然目の前の空間から射出される光線を妖刀で弾く。ここまでランダムにされると〈気配遮断〉は意味がない。
「どうしますのこれ!? 本気でそろそろやばい気がしますわ!?」
「騒ぐなクソチビ」
白羽と疾も流石に防戦一方のようだ。この状況で『防戦』ができるだけとんでもないが、次の一手を撃つには隙がなさすぎる。疾の異能も連発はできない。
――詰みか? いや。
王宮の方でなにかがキラリと光ったのを朔夜は見た。
口角が上がる。
時は来た。
「ウロボロスビィイイイイイイイイイイイイイイム!!」
迸る凄まじい魔力の光線が、闇炎の竜巻と二つのキューブをまとめて呑み込んで〝消滅〟させた。
「これは……」
アスク・ラピウスが赤い瞳を明滅させる。直後、その横顔に拳が減り込んだ。
「ウロボロスさん復活だオラァアアアアアアアアアッ!!」
黄金の翼を広げ、王宮の方角から高速で飛翔してきた金髪少女が、その勢いのままアスク・ラピウスをぶん殴ったのだ。砲弾のように彼方へと吹っ飛んだアスク・ラピウスは、いくつもの建物をその身で貫いて崩壊させていく。
「ウロボロスさん、待っていましたわ!」
「今の今までへばってたのかよ、クソヘビ」
「あぁ? まだ生きてたんですか腹黒? さてはヒーローが遅れてくることを知りませんね?」
三人の遣り取りが始まる。朔夜はその間にすーと気配を消し、戦場から離脱した。
もはや、ここにいる意味はない。残ったところで巻き添えを食らうだけだ。
なにせ、ここから猛攻撃が始まるのだから――。
***
厄介な存在が復活してしまった。
遊んでいるつもりはなかったが、もっと早くあの三人を始末しておくべきだった。〝無限〟の大蛇――ウロボロスを中心に連携を取られては流石に手こずる程度では済まないだろう。
「ずいぶんと遠くまで殴り飛ばされたものだ」
アスク・ラピウスは即座に転移の魔術を発動させ、元いた戦場へと帰還する。
巨大な氷柱がその転移先に降り注いでいた。
「――なに!?」
見上げて驚愕する。即座に闇の炎で消し去ろうとするが――ズン、と。まるでなにかに怯んだかのように炎の勢いが削がれ、氷柱がアンデッドの肉体を貫いてしまう。
「ぐぬ」
痛みなどはあるはずもない。だが、氷柱の刺さった部分からパキパキと氷結が始まっていく。アスク・ラピウスは咄嗟に自分の体を切断し、氷柱から抜け出してから一つにくっつけた。
「なにをしている、ペルシス!」
弾幕が薄い。六つから四つに減らされていたキューブは、たった一つしか機能していないようだった。
一つは巨大な光の剣によって串刺しにされている。
一つは真っ二つに割られ、赤々とした炎に呑まれている。
一つは先程も見たように、異能によってボロボロと崩れ去っている。
「……島の外をうろついていた小蠅どもか」
姿は見えない。恐らく視界の範囲外から遠距離攻撃による援護をしているのだろう。
押されている。このままではまずい。
「あはっ♪ ここにいましたのね!」
背後から気配――斬ッ!
白い閃光がアスク・ラピウスの両腕を肩口から切断した。
「チィ! 小賢しいガキが!」
腕は空中に浮いたまま魔力を集め、闇の炎を噴出して白い少女をアスク・ラピウスから遠ざける。
そこに銃弾が響き、緑髪三つ目の少女が足元へと倒れ込んできた。
ペルシスだ。
「やれ! クソヘビ!」
「あたしに命令すんじゃねえです!!」
気づくのが、一瞬遅れた。
アスク・ラピウスたちの頭上に、巨大な竜が顎を開いていた。歪んだ空間で形成されたそれは、アスク・ラピウスの闇の炎やペルシスのキューブでの反撃を許さない。全てを〝無限〟の異空間へと呑み込んでいく。
どうにか魔力を掻き集めて竜を受け止めるが――
「こんな藪蚊どもに」
徐々に、徐々に押されていく。
「藪蚊どもにぃいいいいいいいいいいおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!?」
バクン! と。
顎が無慈悲に閉ざされ、アスク・ラピウスとペルシスは共に〝消滅〟を待つのみの異空間へと放逐されるのだった。




