Cent-14 暗躍する最悪
「ふんふーん」
ペルシスに吹き飛ばされた羽黒は当然のように無傷で起き上がり、すぐに戦場復帰――することなく、鼻歌交じりで瓦礫の転がる街道を一人歩きながら煙草に火をつけた。
周囲の状況――特に足下の具合をよく確かめるようにゆっくりと、歩みを進める。
「お、お宝発見」
かつては観光客向けの高利商品を並べていたのであろう商店街跡地に、奇跡的に原型を留めていた元高級車の廃車を発見した。戯れに損傷具合を確認すると、外装は凹みや錆が目立つもののただ走るだけなら問題ない程度の損傷だ。中身の方もオイルやバッテリーを交換し、セキュリティを外してしまえば鍵がなくても動きそうだ。
「さーて、ちょいと弄ってみるか」
「……いや、何してんだあんた」
「お?」
声がし、振り返る。
すると気を失い力なくだらんとしている瑠依を肩に担いだ竜胆が立っていた。
「おー、お前らか。無事だったのか」
「そのセリフ、そっくりそのまま返すぞ。……なんであんな風に吹っ飛ばされて無傷なんだ」
「努力の成果だな」
「努力でどうにかなるもんじゃねえっつの……あと、俺はいいが瑠依が無事じゃねえ」
「ふーん」
軽薄な笑みを浮かべながら、視線は竜胆が担ぐ瑠依から外さない。どうにも様子がおかしいと思ったら、先ほどまであったはずのドビー――ドラゴンゾンビとの契約リンクが消えている。
「あいつ、死んだのか」
「……ああ。俺たちを守って」
「ほーう……案外殊勝というか。まあ、ある意味やりそうな性格してたが」
驚きはしたが、意外と目を剥くほどではない。あいつのことだから、ギャグキャラがシリアスに死んだらシュールで面白いとかしょうもない理由で庇ったんだろう。
「で、相方の死亡による契約の強制解除のショックって感じか? まだ目が覚めねえのか」
「ああ。相変わらず呪い撒き散らして邪魔だっつって追い出された。ていうか、なんか今日は瑠依のジャミングが酷いな。いつもは流石にここまでじゃないぞ」
「…………」
「って、そうだ! 早く戻らねえと! 瀧宮羽黒、瑠依を頼んでいいか!?」
「ん?」
慌てた様子で瑠依を投げてよこす竜胆。一応キャッチしてやったが、動揺してるんだろうが竜胆も存外、主の扱いが雑なところがある気がする。
「あんたの妹とあいつが三人であいつらを足止めしてんだ! 助けに戻らねえと流石にまずい!」
「ん、三人? ……ああ、そうだな、うん。三人だ」
「うん……? あれ、二人だったか?」
「さあてね」
あの場に潜んでいたもう一人を察知していたらしい。竜胆からしたら未知の存在であるはずの天明朔夜の潜伏に無意識とは言え勘付くとは流石というしかない。本気で欲しい人材だと羽黒は内心メモを残した。
とは言え。
「別に心配する必要はねえんじゃねえの?」
「何を悠長な……! ウロボロスだってまだ復帰できてねえみたいだし、このままじゃ危険――」
ちゅどぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉんっ!!
上空から小隕石が降り注ぎ、地表を抉るように大爆発が発生した。
「…………」
「誰が危険だって?」
「……アレに迂闊に近寄ろうとする、俺たちの方が危険だな」
あのメテオ群がアスク・ラピウスによる攻撃であるならば確かに危機的状況だが、あの緻密な魔術構築は幸いというか何というか、味方側によるものだった。
「結界で閉じ込めた大気中の魔力をかすめ取って先に使っちまおうとは豪胆な。つーか、どうしたら肉体構造的にはただの人間のはずのあいつがそんな芸当できんだ? リッチの専売特許だろ、それは。精神構造が人間離れしてんの?」
「…………」
否定できずに無言で頭を抱える竜胆。それに苦笑を浮かべ、羽黒は受け取った瑠依をとりあえず車の屋根の上に乗せ、改めてエンジンボックスに手を突っ込んだ。
「おい?」
「あの様子じゃしばらくは近寄れねえよ。仕損じてもウロボロスがいんだろ、何とかなる。全部終わってからゆるりと迎えに行ってやろうぜ」
「ウロボロスか……確かに、貪欲の蛇ならリッチだろうがペルシスだろうが一呑みだろうが……」
「ペルシス?」
聞き覚えのない単語に顔を上げる。確か、灰の魔女が三姉妹とされているにもかかわらず名前だけが存在する四人目だったか。
「あんたを吹っ飛ばしたあのグライアイだよ。俺たちが戦ったグライアイ三人を混ぜて作った強化体って感じなんだが、リッチも十分危険だがあいつがヤバい。ウロボロスもそれで今、動けねえ状態なんだよ」
「そういやさっき復帰がどうこう言ってたか。ま、流石にそろそろ目を覚ますだろ。パワーと毒気は段違いだろうが、焦るほどじゃない」
「それで本当に大丈夫か? ペルシスにはグライアイの他にも何か混ぜてあるらしくって、核が違うんだ。各々の能力が二段飛ばしくらいに強化されてて……なんつーか、嫌な予感がする」
「良い勘だ」
「え?」
「…………」
「……おい、瀧宮羽黒?」
無言になり、車の修理の手も止めた羽黒を不審に思った竜胆がそっと顔を覗き込む。……そして、やめときゃよかったと軽く後悔した。
「……くくっ」
まるで玩具の箱を目の前にした子供の無邪気な笑みを対極にしたかのような、底の知れない深淵のような顔の綻び。竜胆のセンスや語彙では、それは決して「笑み」とは呼ばない、笑みによく似た表情。
「若ぇ連中が思ったより頑張ってっから無駄になるかと思ったが、そうかそうか。うん、やっぱ戦ってのはこうじゃねえとな」
「…………」
独り言ちると羽黒は手早く車の修理を終わらせ、フロントカバーを閉じる。
「さて、連中と合流しようか。後ろに乗りな、向こうもそろそろ一段落だ」
「……瑠依を連れて行っていいのか。またジャミングが」
「大丈夫だ。むしろ、都合がいい」
「…………」
竜胆の数百年に及ぶ生の中で、この手の表情を浮かべる奴らは何人かいた。そのほとんどは敵を欺くためのブラフだったりするのだが、全くの無意識に自然と滲み出る奴というのがいるのだ。
そういう連中は敵に回すと厄介この上ないが、味方にしても碌なことがない――無関係であるべきだと分かっていても、敵か味方のどちらかのポジションに勝手に収まってしまうのだから、諦めるしかない。
「……はあ……」
今回も竜胆は諦めとともに、せめてもの抵抗で深い深い溜息を吐くのだった。




