Infi-13 ペルシス
ペルシス。
灰色の魔女に挙げられる三姉妹は本来ペプレド、エニュオ、ディノだが、伝承によっては一人置き換わる場合がある。その置き換わった名前が〝ペルシス〟と呼ばれる存在だ。
グライアイは三人で一つの目と歯を持つアンデッドとして描かれる。その共有部分が肉体全てとなった時、〝ペルシス〟という四つ目の意思の下で完全体として生まれ変わるのだろう。
取り逃がしたはずの魔法士のワイトが見当たらない。他にも〝混ぜた〟と考えるならばそれだ。魔法士を組み込んだことで乗算的に力が増している状態だと思われる。
「ったく、厄介なもんを作りやがる」
ドラゴン・ゾンビの話からそこまで推察した疾は、緑髪の少女――ペルシスを射撃しながらさらに分析を続ける。
銃撃の隙間に白羽と朔夜が切迫し、無数の斬撃を目に留まらぬ速さで繰り出すが――
「斬っても傷ができる前に再生されてしまいますわ!」
「クソッ、手応えがまるでねえ。これだから人外は。殺したら死ね!」
悪態をつく二人に瘴気の波が襲いかかる。朔夜が妖刀で斬り払い、その隙に白羽と共に距離を置く。
「……妙だ」
疾はペルシスの挙動に違和感を覚えた。瀧宮羽黒の太刀を受け止めた上で吹き飛ばし、ウロボロスすら即座に戦闘不能にさせた力はこんなものではない。
反撃が少ないのだ。驚異的な再生能力があるとはいえ、そこに慢心して攻撃をわざわざ受け続けているとは考えにくい。
「考え事とは余裕があるようだな」
アスク・ラピウスが無数の魔法陣を同時に展開する。疾は即座に銃弾で撃ち消すが、数が多すぎる。消去の間に合わなかった術が発動し、闇色の炎が降り注ぐ。
「面倒くせえ」
疾は自分に直撃する炎だけを的確に銃弾で打ち抜き、消し飛ばしていく。ペルシスだけでも厄介だというのに、不死者の王も同時に相手しなければならないとなると難易度が跳ね上がる。
前衛の二人は陽動にこそなっているが、ペルシスに対し有効打を与えられない。なにか弱点はあるのだろうか? あったとして、それを見つけ出すまでにどれほどの時間がかかるか見当もつかない。
そういうロジックもギミックも一切合切無視して呑み込み消滅させるウロボロスは、まだしばらく動けないだろう。
すぐに思いついた方法もあるにはある。疾が捨て身で突貫し死ぬ気で異能を使うことだ。しかし、それをするには現状リスクの方が大きい。一応地道に仕掛けは準備しているが、そちらも期待するには問題点が多い。
さらに、問題は味方にもある。
「お兄様のお友達のお友達の方! もっと白羽との連携を強めて、より速く鋭く再生が追いつかないほど絶え間なく攻撃していきますわよ!」
そんな脳筋思考をさも作戦のように言うアルビノ猪と、
「ちょっと聞いていますの? 白羽と――ってあれぇ!? お兄様のお友達のお友達の方がいませんわ!?」
ふとした瞬間、認識から外れてしまう空気男だ。
邪魔しかしない瑠依と比べればどこが問題なのかわからなくなりそうだが、疾がなにか作戦を立てるにしても脳筋と空気では扱いづらい。
「え、ちょ、どこに行きましたの!? まさか逃げたんじゃ――うゃ!?」
狼狽する白羽の首根っこが朔夜に掴まれ、後ろへと大きく引っ張られる。一瞬遅れてさっきまで白羽がいた場所に怪光線が突き刺さった。
疾はペルシスの頭上を見上げる。そこには巨大で禍々しいルービックキューブのような物体が出現していた。
「クク、ペルシスよ。ようやく馴染んできたようだな?」
玉座の方へと下がったアスク・ラピウスが嗤う。すると、ペルシスは目元に巻いていたボロ布を取り払い――血色の瞳をした三つの眼を晒した。
「はい、ラピウス様」
ペルシスの口が動き、言葉を発した。先程まで意識らしい意識もなく、アスク・ラピウスに操られていたように思えていたが……完全に自我を持ってしまったようだ。
「わかっているな? 奴らを一人残さず消せ。もはや死体が残らなくとも構わん」
「御意」
刹那、ペルシスの姿がぶれた。
まるで蜃気楼のように消え――瘴気の籠手が疾の後方から伸びる。
「――ッ!?」
即座に転がって回避する疾。転がりざまに引き金を引き、なにもない空間から伸びていた籠手を弾き消した。
空間系の魔術だ。
「上ですわ腹黒!」
続いて頭上のキューブが組み換わり、無数の怪光線が建物を破壊しながら疾たちに襲いかかった。直線的な攻撃であるため怪光線を避けるのは難しくないが、崩れた瓦礫まではそうもいかない。どうにか各々で弾いて防いでいく。
「ペプレドの空間支配力、エニュオの再生力、ディノの殲滅力。魔法士の核で強化されたそれらをこのペルシスは全て操ることが可能だ! 貴様らごとき藪蚊が群がったところで太刀打ちできるものと思うな! ハハハハハ!」
アスク・ラピウスが諸手を上げて哄笑する。
「もはや王宮など不要。奴ら諸共全て破壊してしまえ、ペルシスよ!」
「――ラピウス様の御心のままに」
直線だけだった怪光線が、空間歪曲によって不規則な動きに変わる。壁を穿ち、天井を貫き、床に大穴を開けていく。
王宮自体が、瞬く間に崩壊していく。
「チッ、一旦外へ出るぞ!」
「わかりましたわ! お兄様のお友達のお友達の方は!? また見失いましたわ!?」
「ほっとけ。奴なら自分でなんとかするだろ」
「ウロボロスさんが瓦礫の下敷きに!?」
「ほっとけ。どうせ死なん」
「お兄様は!?」
「ほっとけ」
「あぁ!?」
ギャーギャー騒ぎながらも(主に白羽が)、疾たちは王宮が完全に崩壊する前に脱出するのだった。
***
王宮から漏れ出た瘴気が溢れ返り、島全土を呑み込んでいく。このままでは海まで広がって周辺諸国から汚染していくだろう。
しかし、そうはならない。今はまだ。
「うん、念のために結界で囲んでいて正解だったね」
漁船を港に停泊させた葛木修吾は、近海に張った結界が瘴気を堰き止めているのを見て満足そうに頷いた。だが、ぶっちゃけ結界術は門外漢だ。ただの瘴気ならまだしも、今この島に広がっているものは圧力が段違い。時間稼ぎにしかならないのは目に見えている。
「君の妹ならなんとでもできたんだろうけれどね」
「当然だ」
修吾に言われ、結界術の名家である日下部家の長男――日下部朝彦は身内を誇るように静かに笑みを浮かべた。彼は大魔術師級の魔術も扱える天才だが、結界術だけは才能がない。よって今ある結界は修吾と副官が協力して張ったものである。
「うぷっ……すみません、私はもうこれ以上無理です」
瘴気にあてられた副官の女魔術師は船室に小さな結界を張って引き籠ってしまった。彼女は優秀ではあるけれど、前線に出るような魔術師ではない。この島の環境は厳しいだろう。
「情けない人間だ」
「鷲獅子、あなたもきつかったら引っ込んでいてもいいわ」
「誰に物を言っている、雪女。この程度の瘴気に屈する程度の王などおらん。貴様こそ下がってもよいのだぞ?」
「お断り。修吾のいるところに私はいるの」
グリフォンと六華は上陸しても相変わらず睨み合っていた。まだまだ元気が有り余っているようで心強い。
と――
「ん?」
「……これは?」
修吾と朝彦は感じ取った異変にピクリと反応する。結界の方を見ると、尋常ではない魔力が流れ込んでいるのがわかった。拙い――と言っても並の魔術師よりよっぽどだが――結界が最上位のものへと書き変わっていく。
「修吾?」
六華が首を傾げる。
「ハハハ、大丈夫だよ。どうやら『彼』が僕らの結界を補強してくれたみたいだね」
修吾は島のどこかにいる魔法士の青年を思い浮かべる。実は彼の下にも何度か式神を飛ばしたのだが、その全てが対話する前に斬り落とされてしまっていたのだ。
まさか手を貸してくれるとは思っていなかった。この好意はありがたく受け取っておく。
「さて、ただ瘴気が蔓延しているだけじゃなさそうだね」
改めて前を向く。
崩れていく王宮。溢れかえる瘴気。そしてその異常な瘴気を吸収した生き残りのアンデッドたちが、より強大な存在へと変異して修吾たちを待ち構えていた。
「朔夜君の援護に行きたかったけれど、これはそう簡単には通れそうにないかな」




