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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Cent-12 世界の不具合の有用な活用方法

「ん……?」

 大聖堂をぱっくりと片付けた後に翼をはばたかせて移動を開始したウロボロスは、いよいよ目の前に迫ってきた王宮から漂う強烈な「腐」の気配と妙な魔力の流れに気付いた。

 さきほどサクッと消滅させたドラウグルに負けず劣らぬ腐臭――というわけではない。臭いは臭いが、それはこの島全体に言えることであって、それよりも嗅覚ではなく第六感を突いてくる「腐」臭とでも言うべきか。

 しかもそれが、ウロボロスにとって決して心の底から不快感が溢れ出るようなものではないというのがまた意味不明だ。電車で隣り合った人の香水が自分の趣味に合うが、付けすぎてムッとする、程度の不快感。

 その「腐」と、何やらドンパチやっているらしい蟻んこみたいな脆弱な魔力の気配がする。

「あの腹黒口だけ魔術師モドキじゃあないですか」

 先ほどからチマチマと小規模な魔術で腐の気配に対抗しているようだが、決定打がないのか逃げるように移動しながら戦闘を続けている。

 そしてその先にいる妙な魔力の流れの中心にいるのは――胸糞悪い龍殺し・瀧宮羽黒。自身を起点に王宮中のアンデットをかき集めているらしく、彼を中心に尋常じゃない数のアンデットが群がっているが、そのおかげで他の区画からは綺麗さっぱりゾンビやワイトの気配が消えていた。

「ふーん……」

 あの腹黒男と瀧宮羽黒を含めた全ての敵がほぼ一か所に固まっている現場を、上空から眺めるという圧倒的地の利に立つウロボロスはひたりと顎に指を置いて思考する。

 先ほど大聖堂を丸ごと喰らった時のように一撃で消滅させるのが手っ取り早いが、生憎と瀧宮羽黒のすぐ近くに白羽もいるのだ。あとついでに全自動ジャミング発生装置の契約幻獣らしいワンコも。ワンコの方はともかく、瀧宮家長女(友人)の妹を巻き込むのは流石のウロボロスも本意ではないため無差別消滅は自粛するとして、とは言えこの圧倒的優位をみすみす見逃すのもなんかムカつく。何とかして白羽には大した被害を出さず、腹黒男と瀧宮羽黒、少なくともそのどちらかに嫌がらせをできないかとしばし思案する。

「およ? あれギュルヴィじゃん。一回気配が消えたから死んだと思ったのに、しぶといなーあのオバチャン。チョーウケる」

 と、骨の翼をはばたかせながらウロボロスの後を追ってきたドラゴンゾンビがニヤニヤと笑みを浮かべて隣に並んだ。手には件の全自動ジャミング発生装置――瑠依がぷらんと力なくぶら下がっている。大聖堂を消滅させた時に巻き込まれそうになったのが不本意だったらしく、ぎゃあぎゃあ騒いで煩かったためウロボロス印の睡眠薬を嗅がせて大人しくさせたのだが、律義に持ってきたらしい。その辺に放置すればいいものを。迷惑な。

 いや、それよりも聞き捨てならない単語が聞こえた。

「ギュルヴィ……って、ギュルヴィたぶらかしですか!? あんたの親玉、そんなアカシクレコード級の魔導書まで抱えてんですか!?」

 もし本物であるならば流石のウロボロスも身構えないといけない。いかに永きを生き延び、数多の知識を蓄積してきた身喰らう竜と言えど、全知の神の知識を綴った魔導書は一級の警戒対象である。

 しかしドラゴンゾンビは笑いながら首を横に振る。

「本物っちゃ本物らしいけど、本編じゃないヨ。本編に組み込めなかった外伝のそのまた落丁らしーゾ。あは、それで一応本の体裁整うくらいのページがあるってヤバくね? マジウケるんですけど」

「ああ、そういう類の禁書ですか」

 それならば納得だ。世に禁書と呼ばれる魔導書の中にはそういう出自のものも存外多い。

 とは言え、それで警戒レベルを下げられるかといえば、全くそうはならない。ヤバいものはヤバいのだ。

「ていうか、アンタさっき『一回気配が消えた』って言いましたけど、その禁書は誰とやりあってたんですか?」

「え、ウチそんなこと言ったっけ」

「言ったんですよ脳みそ腐って耄碌してんじゃねえですよ! とっとと答える!!」

 周囲に大量の魔力弾を発生させながらドラゴンゾンビを恐喝する。いかに不死身のドラゴンゾンビとは言え、まともにくらってはただでは済まないため、慌てて記憶をほじくり返す。

「え、えーと、ウチが龍殺しのおっちゃんとゴシュジン、ドラのおっちゃんがなんか魔力しょぼい人で、ワイト君が狼っぽいおにーちゃんで……? だからギュルヴィは……ウロボロス?」

「なんでそーなるんですか、アンタとドラウグルがセットであたしとワンコのところに来たんでしょーが! ワイトはどうか知りませんけどね、その面子なら今禁書とやりあってる腹黒男らへんじゃあないんですか?」

 あの魔力量で何故いまだに生きていられるのか意味不明だが、敵目線で見ればあんな雑魚はワイト程度で十分だろうと考えるのが普通だ。

「あ、なんだかそんな気がしてきたゾ! アハハハハ! ウロボロスってばチョー頭いいナ!」

「脳みそ腐ってるアンタに褒められても全然嬉しくないですよ! ていうか自分が最初にぶつかった相手くらい覚えときなさいよ!」

「てことは、ギュルヴィは龍殺しのおっちゃんとゴシュジンだったっけ。プーッ! 一回負けて魔力しょぼい奴にタゲ変してやんのダッサー! アハハハハハハハ!」

「その龍殺しにブルった挙句にわけわかんない呪術師(笑)と仮契約結んじゃったアンタが言えるセリフじゃないんですよ……」

 本格的に頭痛が酷くなってきた。瀧宮羽黒はドラゴンゾンビと瑠依が契約状態になった瞬間を目の前で見ていたはずだが、よくまあ対話でドラゴンゾンビを味方に引き込んだものだとウロボロスは呆れかえる。自分ならサクッと瑠依ごとドラゴンゾンビをなかったことにしている。

「ん? ていうかその禁書、一回クソ龍殺しとその呪術師に負けてんですよね?」

「サア? 実際見てたわけじゃないけど、一回消えかけたのはマジだヨ。ウチそういう臭いにはビンカンだからネ! アハハハ!」

「ふーーーーーーん……」

 なるほど。

 口元を手で隠し、頭の中を駆け巡る悪巧みが表情に出ないようこらえる。ちらりと瑠依に視線を向けると、相変わらずあほ面浮かべて眠るように気を失っているが、その体からは制御を離れた呪術がドバドバと溢れてきている。ウロボロスや、呪いを食い物にしているドラゴンゾンビなどは毛ほども影響はないが、()()()()の魔術構築の妨害にはもってこいだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が、強大な敵を倒すためのコラテラル・ダメージだ。

「ドラゴンゾンビ、アンタ、ちょっとそいつをしっかり抱えておいてください」

「???」



 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!



「ちっ」

 壁と天井を突き破って飛び込んできた瑠依とドビーを目にした瞬間、疾は濛々と立ち上がった土埃に紛れてすっと姿を消した。ただでさえ瑠依の呪術をまともにくらってバグっているギュルヴィ腐書を相手に、いまいち押しきれていなかったのにその元凶本人まで登場とあってはまともにやりあうのも馬鹿らしい。

 その身代わりの早さに嘆息しつつ、今度は羽黒が交代するように駆け出した。

「いいところに来た!」

 幸いなことに、今回羽黒自身は瑠依のジャミングの中で影響が出るような緻密な戦法で挑むつもりはない。基本的に殴る蹴るのインファイターである。

「へっ!?」

「あひゃー!?」

 右手に瑠依、左手にドビーの首根っこを掴み、外見以上の怪力で二人を持ち上げてさらに駆ける。向かった先はもちろん、ギュルヴィ腐書である。

「おら! 死にさらせ!」

「はあ!?」

「「あぎゃああああああああああっ!?」」

 揃いの悲鳴を上げる一対の得物を振りかぶり、ギュルヴィ腐書に叩きつける。

 ギュルヴィ腐書はとっさに魔術防壁を展開させようと身構えるが、出現した魔法陣はノイズが走ったように一部が崩壊し、むしろ発動者に向かって暴発を起こした。

「がはっ!?」

 爆風に体勢を崩し、すんでのところで馬鹿二人の直撃は回避できた。瑠依のジャミングもさることながら、ドビーもまた厄介なことこの上ない得物と化している。端から制御する気など毛頭ない呪術を垂れ流しにしているうえに、物理的に腐っていてもドラゴン族の鱗は鋼よりも強固だ。防壁もなしにぶつかれば普通に致命傷となる。

 しかし運よく直撃を免れたとは言え、体勢を崩したギュルヴィ腐書の隙を羽黒が見逃してくれるはずもない。人間大の物体を振り回しているとは思えない軽快な動きで追い詰めていく。


「いや→あああ⤴あああ↗あああ↑あああ↘あああ⤵あああ→あああっ!?」

「あは→ははは⤴ははは↗ははは↑ははは↘ははは⤵ははは→はははっ!?」


 振り回される二人が掠めていくたびに悲鳴と爆笑がドップラー効果を起こして大変ウザい。そういった苛立ちも相まってか、ギュルヴィ腐書の動きは徐々に鈍くなっていく。

 そして。

「や、やめ――がはっ!?」

 元々疾の異能相手に耐えこそすれども完全に劣勢であったギュルヴィ腐書はついにまともに防御することもできず、二人の顔面を側頭部と脇腹にめり込ませた。


「う、ぐふっ――やっぱり、NLが一番無難なんですか、ね……」


 サラサラサラ――


 妙に晴れやかな表情を浮かべたギュルヴィ腐書の体が音を立てて崩れていく。

 あっという間に消滅した仮初の肉体の後には薄らぼんやりとした光の玉が残された。


 ――タンッ


 物陰に隠れていた疾が無言で撃ち抜くと、光の玉は霧散すらせず消滅する。それを確認すると羽黒も瑠依とドビーをその辺に放り投げ、深い溜息を吐く。

「なんとも嫌な敵だった……」

「…………」

 無言だが、疾にしては珍しく同意の表情がありありと浮かんでいた。


 ――ひゅんっ


 と、瑠依とドビーが開けた大穴から光の玉が羽黒目掛けて飛び込んできた。視界の隅でそれを捉えた羽黒は焦らず床に捨てた瑠依(バット)を拾い上げ、カキン! と小気味よく打ち返す――ことは流石にできず、当たった瞬間小さな爆発が発生した。

「ぎゃああああああああああああああああああああっ!?」

「お、まだまだ元気だな」

 けたたましい悲鳴を発する瑠依を見ながら羽黒は軽薄に笑った。再度瑠依をその辺に放ると、穴の外からバサバサと金色の翼を羽ばたかせながらウロボロスがゆっくりと降りてきた。

「死なないからって何でもかんでも武器にするんじゃないですよこのクソ龍殺し! 大人しく喰らっときなさい!」

「出塁できるわけでもねえのになんでわざわざてめえのデッドボール喰らわねばならんのだ」

「あの世に出塁できますよ! なんならもう一球いっときましょうか!?」

「そん時はお前さんをボールにホームラン決めてやんよ」


「それより俺に何か言うことないの!? ゾンビに追い回されるわ落とし穴に落とされるわ変な薬嗅がされるわ砲弾にされるわバットにされるわもうヤダ帰りたい帰らせろ!!??」

「あははは! ゴシュジン、ゾンビに追い回されたのと落とし穴は自分の責任だゾ。チョーウケるんですけど!」


 ぎゃあぎゃあと罵りあう羽黒とウロボロスに抗議の声を上げる瑠依と、それを見て腹を抱えて笑い転げるドビー。それをさらに離れたところから見ていた白羽と竜胆は、頭痛を必死で堪えながら俯いていた。

「なぜ竜胆先輩のご主人様はあんな扱い受けても一切ブレないんですの?」

「何かもう……瑠依だから、としか……」

「普通二度と立ち直れないようなトラウマ級の事件でしたわよ? 腹黒とは別の意味で人間の心、宿ってます?」

「自信なくなってきた……」

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