Infi-11 大聖堂の経緯
かぷっ。
大聖堂上空へとやってきたウロボロスは、自分の左手首に嚙みついた。〝貪欲〟と〝循環〟の特性が働き、魔力の質を高め、人化状態でも一度に出力できる最大値を底上げしていく。
「ぷはっ、こんなもんですかね」
もう充分だと思われる量を〝循環〟させてドーピングを終了したウロボロスは、目下の大聖堂を見やる。既になにかしらの襲撃を受けたらしいそこは、あちこちが穴だらけになっていた。
だが、強大なアンデッドの気配はしている。敵の親玉はまだ生存していると見て間違いないだろう。アンデッドなので『生存』と言うべきか謎であるが。
「まあ、なんでもいいです。それじゃあ、一気に消えちゃってくださいよ!」
空間が歪む。
巨大な竜の顎となったそれが、大口を開けて大聖堂を一呑みで喰らい尽くした。
大聖堂だった場所は大きく抉り取られ、地面が剥き出しになり、そこに立派な建造物があったことなど原型も残っていない空虚さとなった。
だが――
「……あん?」
呆気なく無限空間へと呑み込まれた大聖堂に、ウロボロスは違和感を覚えた。
「手応えがありませんね。いくらあたしが最強でも全く抵抗されないとは……え? まさか、蛻の殻だったとかですか?」
強大なアンデッドの気配がデコイだったとすれば、無性に腹の立って来たウロボロスである。
「いや、違いますね」
気配はまだ消えていない。
ボゴッ! と。
抉れた地面の一部からなにかが生えてきた。
「なになに今のなんなの帰りたい!? 大聖堂が一瞬で消し飛んだんだけど帰りたい!? おっかない帰りたい!?」
「アハハハハ! ゴシュジンついに語尾が完全に『帰りたい』になったゾ☆ ていうかウチらなにこれ生き埋め? ウチ、アンデッドだから生きてないけどブフッ! 超ウケる!」
それは、地面から首だけを生やした少年と、やかましく爆笑するドラゴン・ゾンビだった。
「……………………………………はい?」
意味がわからず、ウロボロスは目が点になった。
なんであの二人は呑み込みを神回避しているのだろう、と。
***
時は少し遡る。
『あんぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!?』
『ほら待て待て~、そっちの道は危ないゾ☆ アハハハハ!』
――なんだ、アレは?
祭壇の間にいたアスク・ラピウスは、大聖堂を襲撃してきたと思われた者たちの様子を魔術で投影していた。
大量のゾンビやワイトに追われて大聖堂内を逃げ回っている少年と、爆笑しながらそれを追いかけるアンデッドの少女。
「ドラゴン・ゾンビめ、なにを遊んでいる……」
奴にかかればあんな少年など秒殺できようものだが、自分からは手を出さず大聖堂のトラップを踏み抜くよう誘導している様子だった。
なにを考えている?
いやそもそも、あの少年はなぜあれだけのトラップを発動させておいて生きている?
「ん? このドラゴン・ゾンビの契約リンクは……」
ちゅどぉおおおおおおおおおおおおおおおん!?
「あの少年なにをした!?」
大聖堂全体が大きく揺れ、投影魔術に映し出されている画面が爆煙で埋め尽くされた。
「あんな爆発トラップなど仕掛けて……いや、ここには古代敵国が仕掛けた化石のような不発弾が隠されていたな。まさかそれを爆発させたのか? 一体どうやって?」
謎が謎を呼び、アスク・ラピウスは腐り落ちたはずの脳がズキズキと痛む幻覚に襲われる。
『ラピウス様』
と、魔術による音声通信がアスク・ラピウスに届いた。
「ディノか。外の蠅は駆逐できたのか?」
『謝罪。失敗。ラピウス様。無事?』
ディノには海上戦に強いアンデッドを預けていたはずだ。ディノ自身も高レベルの魔術師を凌駕する実力を持っている。それでも返り討ちに遭ったということは、外の蠅もただの蠅ではなかったということ。
さらに、通信に割り込みが発生。
『も、申し訳ありません、ラピウス様。あの魔法士を、取り押さえられず……』
『アッハハハハ……』
「ペプレド、エニュオ、貴様らもか」
彼の魔法士相手にペプレドが時間稼ぎにしかならないことは承知していたが、相性がいいはずだったエニュオまで敗走とは予想外にすぎる。
このままではまずい。
のんびりと範囲即死魔術を構築している余裕などなさそうだ。
『ほんぎゃあああああああああああああああああああああああああッ!?』
『それ幻獣にしか発動しないマナの強制乖離トラップだゾ☆ 寧ろどうやって発動させたし? まじウケる!』
アスク・ラピウスは決断する。
「大聖堂はもはやカオスだ。捨て置く。グライアイ全員、王宮へと集合せよ」
言うと、アスク・ラピウスは杖の尻で床を小突いた。
「真の切り札を、切る時が来たようだ」
足下に魔法陣が展開し、アスク・ラピウスの姿は大聖堂から消え去った。
『落ちるぅううううううううううううううううううううう帰りたいッ!?』
『今さら古典的な落とし穴とかゴシュジン面白すぎるゾ☆ アハハハハハ!』
バクン! と。
大聖堂が亜空間に呑み込まれたのは、その直後だった。
***
「ここに敵の親玉がいないことはわかりましたが……」
ぶっちゃけ『帰りたい』と『ウケる』しか言わないこの二匹の事情説明ではなにも要領を得なかったのだが、とりあえず周囲を索敵してみて敵らしい気配は感じなかった。
「あんたはなんで下等生物の契約幻獣になってんですか?」
ジト目でドラゴン・ゾンビを睨む。
「下等生物だってさゴシュジン超ウケる!」
「酷い言われよう帰りたい!?」
それぞれがそれぞれで喚き散らす両者に、ご近所様に温厚美人で評判なウロボロスでも流石に青筋を浮かべた。
ドラゴン・ゾンビの頭をぐわしっと鷲掴みする。
「な ん で そ う な っ て ん で す か ?」
「や、やめてやめて痛い痛い! いや、痛くはないんだけど首が捥げそうだゾ☆」
本当に捥げる寸前まで持ち上げているのにケタケタ笑うドラゴン・ゾンビ。
「いやぁ、なんでって言われても……成り行き? アハッ、やばいウケる!」
「フン!」
「ぎゃん!?」
ぺいっとウロボロスはドラゴン・ゾンビを地面に叩きつけた。
「龍殺しがなんであんたを放置したのかわかった気がしますよ」
わかりたくもなかったが、敵対の意思がない者とまで戦うメリットはない。体力と魔力と気力の無駄だ。
今度は瑠依を見る。
「で? あんたはこれでいいんですか? 今はまだ仮っぽいけど、このまま多重契約できるほど魔力があるようには思えませんよ。わんこを捨てるんです?」
「いや、いいか悪いかって言ったら帰りたいくらい悪いんだけど、アンデッド引き連れた鬼狩りとか軽く処刑物らしいし……」
「じゃあ、消しときますか?」
体力と魔力と気力の無駄だが、『節約』という言葉が辞書に載っていないウロボロスには関係のないことだった。
「わっ! わっ! ちょっと待つしウロボロス! ウチはもうあんたたちと争う気はないんだゾ☆ あのおっかない龍殺しがそっちにいるし、ラピウス様よりゴシュジンといた方が笑えるし……ぷっ、思い出しただけでウケる」
慌てて命乞い(?)したかと思えば、思い出し笑いで噴き出すドラゴン・ゾンビ。それはもう紘也直伝のスルースキルで無視して瑠衣の返答を待つ。
「俺は帰れるならなんでもいいよ」
「よし滅しますか」
「ゴシュジンそれはあんまりだって一緒に大聖堂攻略した中じゃないかトラップ踏み抜いてただけだけど!」
「やめろくっつくなゾンビ臭い帰りたい!?」
ドラゴン・ゾンビに抱きつかれて心底嫌そうな顔をする瑠依に、ウロボロスはせっかくさっき上がったやる気が急降下していく気がした。
「まあ、ぶっちゃけあたしは下等生物がどうなろうと関係ないんですが」
「関係ないなら帰ってもいいよね!」
ピッとウロボロスはドラゴン・ゾンビの額に指を突きつけた。指先に魔力を込めるが、なにをするわけでもない。
ただの脅しだ。
「親玉が今どこにいるのか吐いてください。そうすれば、あたしはあんたを見逃してあげます」
「アハハ! マジっすか! う~ん、たぶん、王宮だと思うゾ☆」
ドラゴン・ゾンビはその王宮がある方に顔を向ける。ウロボロスと瑠依も釣られてそちらを見る。今のところは静かで、特に大きな戦闘が起っている様子もない。
「ウロボロス、気をつけた方がいいゾ☆ たぶんラピウス様はアレをする気だ。アハハハハ、これはウチらもやばいかも。流石の意味不明なゴシュジンでも死ぬかもわかんねウケる!」
「俺はウケない帰りたい!?」
げんなりする瑠衣にドラゴン・ゾンビはぎゃははと笑う。本当に鬱陶しい二匹である。
「アレってのはなんなんです?」
「えーと……お? なんだっけ? 忘れちったゾ☆ アハハハくそワロタ!」
「やっぱりこいつ脳みそ腐ってやがりますね!?」
結局、行ってみないことにはわからないという結論に達し、ウロボロスは二人を連れて王宮へと飛ぶのだった。




