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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Cent-11 王宮潜入

「この島の城は、元々本土に居城を構えていた小国に属する王侯貴族の中でも訳アリの連中が住む場所として用意されたものらしい。要するにおっぴろげにできない罪人の島流しだな」

 観光地化されて久しい王宮の見学受付に残されていたパンフレットをパラパラとめくりながら、羽黒が興味深げに呟いた。

「ある時、本国で濡れ衣を着せられて王位継承争いに敗れ、一人の王族がこの島に流されてきた。しかしそいつは品行方正でよく人の話を聞き、民には支持されていた。そいつを慕う民も一緒になってこの島についてきちまって、今の城下町が形成されたらしいな」

 もっとも、その城下町は原形を留めないほど破壊しつくされてしまったわけだが。

「島流しにあったそいつはついてきた民を憂い、またいつ本国から自分を討たんと兵が攻めて来てもいいように城を改装した。島の住人全てを収容できるよう大きく広げ、敵の攻撃から守れるよう堅牢な構造にしていったそうだ。まあ、結局一度も攻め込まれることはなかったらしいがな。なんせ本国では王位を奪い取った奴が民の反乱にあってあっという間に死んだらしい」

「それでこういう構造になってるんですのね……」


「ヴウウウウウウ……!」

「ガアアアアアア……!」

「くっそ! 倒しても倒してもキリがねえ!?」


 人がようやくすれ違える程度の狭い通路から際限なく溢れ出てくるゾンビを相手に、竜胆が孤軍奮闘するのを瀧宮兄妹はぼけっと少し離れたところから眺めていた。

「見てないで手伝え!!」

「いえ、手伝いたいのはやまやまなのですがね、竜胆先輩」

「一人突っ込んだらもう後続がつっかえちまうだろ。疲れたら退いていいぞ、その時は代わってやるから」

「遠距離で援護できないのかこの脳筋一族!!」

「「背後から串刺しになってもいいなら」」

「そこでじっとしてろ!!」

 残念ながら、瀧宮一族で稀有なほど遠距離戦術に秀でているのは今この場にはいない三兄妹の真ん中であった。

 なお、王宮に侵入し大量のゾンビが湧いて出た瞬間、ちょっと目を離したすきに疾はどこかに消えた。はぐれたなどとは考えず、当然のように誰にも何も伝えず単独行動を再開した疾に肩を竦めながらも、羽黒は何も言わずに放置した。なんなら例のジャミングのせいで、何も伝えずにこの王宮を丸っと爆破されかねない程度の恨みを買っている自覚はあるため多少は大目に見てやる心持だった。いざとなったら白羽だけに気を配ればいいだけだ。自分も竜胆も建物の瓦礫になった程度で死ぬタマではない。

「いやしかしマジで狭いなこの通路。道を狭くして侵入しにくくするって発想は日本の城っぽくて俺は好きだぜ?」

「でもこのお城って領民の避難場所も想定してたんですわよね? こんなに狭くては逃げ込むのにも一苦労ですわよ?」

「ああ、だから広めの隠し通路も用意されてたと思うぞ。パンフによれば、城の中で地下に通じるそれらしい扉は見つかってんだが、途中で落盤があってそれ以上進めず、外側の入り口の場所は未だに不明らしいぞ」

「こんな狭い島ですのに外側の入り口は見つかってないんですの!? よっぽど巧妙に隠蔽されているんですのねー」

「それと、その落盤って本当に事故だったのかって疑いたくもなるよな? この島が本土の大国に取り込まれるまでの間に全くの無血降伏だったとは思えないしな」

「ま、まさか城内で裏切者が出て、隠し通路を塞いだ!? 領民がそこに逃げ込んでも行き止まりになっていて、それを敵国が入り口側も塞いんですの……!?」

「ありえねえ話じゃあねえよな!」

「きゃー! ロマンが溢れてきましたわ!」


「ロマンより今はゾンビが溢れて来てんだよ! そろそろ代われ!!」


 竜胆の悲痛な声が通路のだいぶ先の方から聞こえてきた。



          * * *



「いやああああああああああっ!? また出たああああああああああっ!?」

「アハハハハハハ☆ ゴシュジンすげー! もしかして大聖堂の構造全部分かってたりしない? さっきからスポーントラップ全部踏み抜いてるゾ☆」

「笑ってないでちょっとは手伝ってくれても良くない!?」

「え、いやそれはダメでしょ。ウチはあくまでゴシュジンを追い回してる体を取らなきゃ。じゃないとラピウス様に殺されちゃうもん。アハハ☆」

「うっそだろお前この期に及んで!?」

「ホラホラゴシュジン次行ってみよー! あ、そこの扉は安全だから逃げ込むといいゾ」

「ここだな!?」


 ワイトA が あらわれた!

 ワイトB が あらわれた!

 ワイトC が あらわれた!

 ワイトA は まけんに ちからを ためている!

 ワイトB は こうはんいまじゅつ の じゅんびをしている!

 ワイトC は はいかの ゾンビ を よびだした!


「騙したなああああああっ!?」

「本当に騙されるとは思わなかったゾ。ガンバ☆」

「いやああああああああああ! おうち帰るううううううううううっ!?」



          * * *



 王宮の隠し通路からさらに外れた隠し通路――瀧宮兄妹が盛り上がっている古代の避難路ではなく、これはアスク・ラピウスがこの島を占拠した際に設えた物である。執拗に魔術によって隠蔽されていたこの通路を目敏く発見した疾は、方々から徴収した魔石を片手にカチカチといじりながら口笛交じりに進んでいた。

 ジャミングの残り香によって、未だに手足に痺れが残るような感覚で魔術の形成に若干の支障は出ているものの、一時よりはだいぶ楽になった。さらに瀧宮羽黒が率先して囮をかって出ているのか、不自然なほどに奴の周囲に魔力の渦が集中していた。それにアンデットたちが引き寄せられて持ち場を離れているらしく、疾の方には全くと言っていいほど敵がいない。せいぜいが足を失って機動力が落ちたゾンビと稀に出くわすくらいで、疾にとってはもはやただの障害物だ。

 そして何よりあの馬鹿がいない。

 あの馬鹿がいない!

 足を引っ張られずに済む!!

 というわけで、どうせ王宮内の掃討は対多戦特化の脳筋が嬉々としてやるだろうと早々に離脱し、何かめぼしい魔導具の類がないか散策をしていた。

「…………」

 とは言え、研究施設となっていた博物館のようにあからさまに物が散らばっている様子はない。この王宮はそもそも侵入者の迎撃用の魔術の起点となっていた砦である。その魔術も疾が破壊してしまった以上、もはやゾンビの詰め所以上の機能はない。

 が、しかし、魔術の起点となっていたのであれば、それを形成していた魔導具は残されているはずだ。そちらまでは破壊していないため、その確認と、あわよくば拝借できないかと考えていた。

「お、ここだな」

 迷宮化は砲台と一緒に破壊してしまっているために単に複雑な狭い通路と化していた王宮の最奥部――かつては王の寝室であったはずの小部屋に辿り着いた。

 当然のように魔術によって隠蔽と施錠、封印が施されていた扉をドカンと音を立てて諸とも破壊し、中に這入る。

 ガランとした部屋の中央に魔法陣が描かれた小さなテーブルが置かれ、その中央に一冊の魔導書が浮遊していた。錆びた銀の装丁が施されている以外、装飾の類はない。タイトルすら存在せず、ただただ呑み込まれそうなほど深い闇が表紙のようにへばり付いているようにも見えた。

 これには流石の疾も眉を寄せる。経験則から、この手の魔導書は触れるだけでも危険な代物である場合が多い。そうでなくとも、禄でもない魔導書である可能性は高い。破壊するだけなら簡単だが、余波だけで王宮が瘴気で溢れかえるのは目に見えている。龍宮兄妹はこの際どうでも良いとして、竜胆を濃密な瘴気に晒すのは余りよろしくない。馬鹿のお守りは可能な限り長持ちしてもらわねば。

 さてどう処分するかと対策を考えているところに――


 しゅん!


 と、間抜けな音を立てて何かが疾の横を通り過ぎた。

 魔力の反応はあった気がしたが、あまりにも脆弱過ぎて逆に対応が遅れてしまった。ソレは吸い込まれるように黒い魔導書に飛び込むと、むせ返るほどの腐臭を放ちながら部屋の中を汚染し始めた。

「なんだ……?」

 即座に部屋から脱出し、纏っていた魔術防壁を強化しながら様子を窺う。


「――あ”、あああああ……」


 老婆のようなしわがれ声が魔導書から漏れ出す。

「ラピウス様に用意していただいた魔導書が悉く破壊され、そのうえ大聖堂にはとても近寄れない――ラピウス様のためとは言え、このような下賤な魔導書に身を宿すしかないとはなんと口惜しい」

 魔導書から闇より禍々しい魔力が溢れ出し、人型を形成する。

 元となった魔導書の表紙を思わせるような黒い襤褸のようなドレスを身に纏った女がそこに立っていた。しかし裾から伸びる腕は骨のように細く、ヴェールで隠した顔は髑髏のようにやつれていた。

 ぎょろりと濁った眼球を蠢かせ、女――ギュルヴィ腐書は初めて疾を認識したらしく、うっすらと笑みを浮かべた。

「おや……ウ腐腐……本書好みの色男がこんなところに。ですが、こんな姿を見た以上、ただ死ねると思わないでくださいね……!!」

「てめーが勝手に見たくもない姿晒しただけだろ、自業自得のまま消えていけ」

 ギュルヴィ腐書が魔術を形成し始めると同時に、疾は二丁拳銃を発砲する。


 パァン!


 音を立て、ギュルヴィ腐書の魔術が砕け散る。それに対してギュルヴィ腐書は「んー? この力は……?」と首を傾げる。そして疾もまた内心舌打ちをうった。

 魔術の破壊は疾の異能である。そこに例外はなく、魔術由来の力であれば龍鱗でさえ障子紙以下の障壁でしかない。

 しかし、たった今破壊したギュルヴィ腐書の魔術は何となく手ごたえが違った。破壊できないわけではない。しかし、()()()()()

 例えば、馬鹿(るい)のジャミングの嵐の中で異能を行使するような不快感――そこまで思考し、嫌な予感を覚えた。

 よもやコイツ、あのジャミングをもろに喰らって本質が変化してないか?

「クソが! その場にいねえのにどこまで足引っ張るつもりだ!」

 あの馬鹿はこの島に取り残して帰った方が世界のためになるのではと内心悪態を垂れ流しながら、疾は再度展開されたギュルヴィ腐書の魔術を撃ち砕きながら距離を開けた。

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