Noir-11 お説教
瓦礫と化した博物館跡地。
瀧宮羽黒率いる問題児一行がぞろぞろと王宮へと向かった後、残ったのは──
「それで。一体何があれば、こんな事になるのか、説明しろ」
「うう……」
腕を組み、冷めた目で睨み付けるノワールと、涙目で正座するフージュという、いかにもな説教場面であった。
「そもそも俺は、見張りをしていろと言ったな」
「ううう……」
「それがどうして、あいつらと遭遇するんだ。千歩譲って偶然に遭遇しても、あくまで敵だろうが。何故共闘していた」
「うううう……」
淡々とノワールが言葉を重ねるほど、しおしおとフージュが小さくなっていく。まともに返事も出来ず、呻き声だけを発していたフージュが、おもむろに頭をもたげた。
「だって」
「だって?」
「だって! あの緑の女の子が、ノワが良いって言ったって言ってたんだもん!」
「はあ?」
フージュによる、拙いことこの上ない説明を辛抱強く聞いたノワールは、軽く眉を持ち上げる。
「つまり敵地で敵の言葉を真に受け、俺に確認することなく、単独行動を取ったと。ここに来る前、マスターに何と言われた」
「……ノワに言われたとき以外、ノワから離れちゃだめって、言われた」
「そうだな。そして少なくとも、俺が直接、動いていいとは言っていない。伝言は本人の確認を取れと言ったはずだ。確実に説教されるだろうな」
「うー……」
またもや呻き声しか発さなくなったフージュに、ノワールは溜息をついた。
「それで、ガキ2人相手に一戦を繰り広げ、横からの一撃で意識を失ったと。魔法士3級の肩書きが泣くな」
「だって……」
「だってじゃない」
実を言えば、ノワールでも3人が連携して襲いかかってきたら、苦戦を強いられるのは確実だ。もっと言ってしまえば、瀧宮羽黒の奇襲まで、ウロボロスや瀧宮白羽相手に、単独で互角以上の戦闘を繰り広げていたという時点で、呆れ半ばながら感心している。
が。その経緯で下手くそな魔法を無闇矢鱈にぶっ放して周囲を荒れ地にしている点、魔法を使うことに夢中になって奇襲をもろに喰らった点は、十二分に説教案件であった。褒めて伸ばすという選択肢はノワールにはない。フージュが調子に乗って、説教内容を忘れるからである。
「そもそも、単独で魔法行使するのは許可していないだろうが。双刀も、可能な限り人間相手には控えろと言った筈だ」
「あ、そーだ! ねえねえノワ、ほむんくるす? って、人間扱いでいいのかな?」
「…………」
割と深遠な問いかけを実に気軽に尋ねてきたフージュに、ノワールは咄嗟の返答を避けた。
「……判断し難い対象だったことは理解した。が、その後あいつらと共闘したのは本当に訳が分からない。何がどうしたらそうなるんだ」
「えっと、あの、ミョーコーさんが、ノワとの秘密任務だよーって……」
「…………そっちもか」
おずおずと、表情を伺いながらのフージュの言葉に、ノワールは額を手で押さえた。頭痛がすると言わんばかりの表情で、深々と溜息をつく。
「分かった。取り敢えず、他人が『俺がそう言った』と言ったときは大体嘘だと思って良い。その場での返答は避け、とにかく俺に報告をしろ」
「はーい」
まるきり詐欺被害者への指導でしかなく、確実にマスターに説教を喰らった上で始末書確定ではあるのだが、ノワールはひとまず敵地でのお説教という不毛な行動を中断することにした。
というか、ノワール自身、ペプレドに閉じ込められて苦戦した挙げ句、吸血鬼の気配に暴走した挙げ句瀧宮羽黒に後れを取るという、結構な説教案件をやらかしている。これ以上は全てブーメランであった。
「さて……あいつらが暫く暴れるようだし、こっちはこっちで動くか」
「なにするのー?」
フージュの問いかけに答えるように、少し離れた所からド派手な爆発音が響いた。鼓膜に痛いほどの轟音だったので、ひとまず物理障壁で遮る。
「びっくりしたー。なんだろ?」
「さっきあいつらが、ドラウグルがどうのと言っていた方向だな……ウロボロスか」
無限の大蛇という肩書きは、伊達ではないらしい。術式なくこれだけの威力を出すのは、ノワールでも骨が折れる。
「あの金髪の女の子かー。すごいねー」
フージュが感心している傍ら、ノワールはふと思い出して、飛行魔法を使った。
「ノワ?」
「俺達が調べ物に使っていた部屋はあっちの方だったな」
「うーん、たぶん?」
フージュの曖昧な返答を背中に受けつつ、ノワールは瓦礫の上空を移動する。フージュがついてこようと、身体強化をかけた足で瓦礫を踏み壊して慌てているのを尻目に、目的地で降下したノワールは舌打ちを漏らした。
「あの野郎……」
ノワールとフージュに与えられていた、調査の為の一室跡地。そこでノワールは、自身がかき集めていた研究資料と、調査の為にと虚空間から取りだしていた魔石を根こそぎ奪われているのを確認した。
なお、下手人が誰かなどという無駄な思考は回さない。ポイ捨てしてる方が悪い、の理論で動きそうな輩が2人もいる時点で考えるだけ無駄である。
「魔石は一応高級品なんだがな……窃盗だぞ」
言うだけ無駄だが、ぼやいてでもいないとやっていられない気分のノワールである。確かあの中には、比較的苦労して陣を刻んだ魔道具も含まれていたはずだ。あれら全て奪われたとなると、向こうに随分な送り塩をしてしまったものである。
「ねーねーノワ」
「なんだ」
瓦礫を渡るのを諦め、魔法で吹き飛ばしながら近寄ってくるという雑極まりない手法をとるフージュに、ノワールは軽く頭を叩きながらも問いかけに応じた。
「あの人達、一緒にお仕事してるんだよね?」
「多分な」
あの疾と連携を取るには、数名不向きな性格の持ち主がいたように見えたが。まあ、どうせ瀧宮羽黒のいつもの口八丁で巻き込んでいるのだろう。何だかんだと疾が指示に従っているのは、やり口を盗んででもいるのだろうか。
「……考えるだけで頭痛がするな」
「なあにー?」
これ以上、あの災厄に余計な事を吹き込まないで欲しいと思うノワールはおかしくないはずだ。そろそろ災厄度合いが無視できないレベルに達してきている。
「ねーねーノワー」
「今度はなんだ」
奪われた資料内容を確認しながらぶっきらぼうに応じたノワールに、フージュが再び問いを発した。
「疾の「おしごと」って、ふつうないしょ、じゃないのー?」
「……」
ノワールの手が止まる。考えてもいなかった──自分が知っているのが特殊事情によるものだというのを忘れていた──が、実際に「鬼狩り」という仕事は、その存在すらごく一部以外には知られていない特殊業務だ。魔法士などより余程秘匿レベルが高い。
それを、瀧宮羽黒は今更として、他の連中にあっさり明かすほど、疾の情報管理はザルじゃない。そもそも先程のやり取りを思い返せば、自分が鬼狩りである事は把握させていないように見えた。
「仕事である事を隠して、依頼の体で動いているんだろう。趣味の一環である可能性もあるが」
というか、趣味の延長線上で依頼を受けているような節があるので、その辺を瀧宮羽黒に上手く巻き取られたと見るべきだろう。……あの疾が大人しく、他人に巻き取られているという状況がどうにも不気味でならないが。
「うーん……よくわかんない!」
「……後で説明してやる。とりあえずは──」
きょとんとした顔で言い切るフージュに溜息を呑み込み、ノワールは軽く手を横に振った。
爆発音。
叩き付けられた水属性の魔法を表情1つ変えずに防ぎながら、ノワールはフージュに命じた。
「──あれを片付けろ。その間に俺はこの辺りの情報収集に努める」
「はぁい」
奇襲を仕掛けてきたワイトを見て、フージュが無邪気な笑みで双刀を引き抜いた。相手は元一級魔法士、それもアンデッドになった事で討伐難易度は桁違いに跳ね上がっている。三級魔法士であるフージュには、額面通りに見れば荷の重い相手だ。
が。
次の攻撃を仕掛けようと、ワイトが浮かび上がらせた魔法陣に、銀線が奔る。
ワイトごと魔法陣を真っ二つにしたフージュが、笑みを浮かべたままノワールを振り返る。既にワイトは復活しているが、怯む様子は無い。
「好きなだけ、切り刻んでいいんだよね?」
「あれはもう人じゃない。アンデッドは核を砕けば散るから、見つけるまでは好きに試行錯誤しろ」
「うん!」
ノワールの相棒に、常識は通用しない。幹部ですら忌避する緋華の舞姫、その手綱を握るノワールは僅かな懸念も抱かずに命じる。
「魔法は使うなよ」
念の為に釘を刺し、ノワールは再び瓦礫の跡地を探索に入った。




