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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
33/54

Infi-10 ウロボロスの葛藤

 刹那の剣閃が振り払われると同時。

 ウロボロスの胴が、真っ二つに引き裂かれた。悲鳴も苦痛の呻き声もなく、二つに分かれたウロボロスの上半身と下半身がズシャドシャァ! と地面に倒れ血の海を形成する。

「……ン?」

 だが、魔剣を振るったドラウグルは違和感を覚えて伽藍洞の目を歪めた。

「妙ダ」

 ドラウグルの魔剣――〈埋葬者(ベーアディゲング)〉は少しの傷でも生者を死へと斬り落とす致死の刃だ。ドラウグル自身も剣の腕は確かであり、たとえウロボロスの竜鱗だろうと斬断できる自信はあった。現にこうして奴は血の海に沈んでいる。

 だからウロボロスを斬れたこと自体に疑問点はない。

 問題はまた別。


 手応えはあったが、歯応えがなかった。


「貴様、ナンノツモリダ?」

 あのウロボロスが幻術だったり、土塊から錬成された分身ゴーレムだったりすることはない。そもそも生者同様の感覚器官など死んでいるアンデッドに幻術の類は通用しないし、斬った肉体が血を流し、今まさに〝再生〟をしているアレが偽物とは考えにくいだろう。

 アスク・ラピウスの死の軍団において最強格であるドラゴン・ゾンビを圧倒していた強さ。それを一切感じなかった。要するに、ウロボロスはドラウグルの剣を無防備に無抵抗に無意気に受けたということになる。

「ナンノツモリダト、訊イテイル」

 再度問いかけると、上半身と下半身がくっついたウロボロスはそのまま仰向けに倒れたまま――

「なんていうか、ふと気づいたんですよ」

 なにかを悟ったような無気力な口調でそう答えた。

「なぁーんであたしがここまで頑張らないといけないのかって。いえ、温泉リゾートのペアチケットは欲しいですよ? でもそれを貰う条件はあのクソ龍殺しに協力するだけで、別に頑張って成果を上げる必要性はないんですよ。テキトーに手伝ってテキトーにそこら辺のゾンビでも片づけてればいいんですよ。だってあたし別にいなくても勝手になんとかするでしょあの面子」

「……オ、オウ?」

「そもそもですよ? あたしが安全に喰らうはずだったやべー魔術書や魔導書を、博物館ごと計画ガン無視でちゅどんしやがった馬鹿野郎がいるわけですよ。十中八九あの腹黒でしょうけども。魔術書や魔導書が爆発ごときで燃やせるなら苦労はないんですけどね。瓦礫に埋もれたり飛び散ったそれらを探して消滅させるってクッソ面倒だと思いませんか? 仕事増やすなっつーの。どうせ博物館一帯を瓦礫ごとがぶりんちょさせるつもりなんでしょうよ。あたしは○ンバじゃねえんですよ! いやできますよ? できますけどね? それだけの規模の〝貪欲〟と〝消滅〟の力を使う大変さがあいつらにはわからんのですよ」

「……ハ、ハァ」

 どうでもいい、それも敵の愚痴に付き合わされているドラウグルにはそんな生返事くらいしかできなかった。

「まあ、それはもういいんですよ」

「イイノカ?」

 ウロボロスがなにを言いたいのかさっぱりわからない。

「なによりあたしがやる気失せてる原因は別にあってですね」

 ガスマスクのままウロボロスは大きく溜息を吐き、周囲をキョロキョロと見回してから――


「どうしてこの場に紘也くんがいないんですかぁあッ!!」


 溜まりに溜まった鬱憤を吐き出すようにそう叫んだ。

「紘也くんが後ろで見てるだけであたしはどんなお仕事でもジュバババギュイーンってやる気MAXになれるんですよ! なのに今回一緒してんのはクソ龍殺しヤクザとか腹黒中途半端野郎じゃあないですか! どこでやる気出せと仰るかはいドラウグルくん!」

「エ? イヤ、我ニ訊カレテモ……」

 まずそのヒロヤクンって誰だ? である。ドラウグルにとって。

「かぁーもうやってられるかってんですよ! ほらドラウグルくんもこっち来て一杯やりましょおう奢りますよ! ウロボロス印のエリクサーでよければ!」

 なんかウロボロスが異空間から謎のボトルを取り出して、ガスマスクを外して一気に呷り始めた。アレがエリクサーだというのなら、アンデッドであるドラウグルは一滴でも触れれば浄化されてしまうだろう。

 だから――

「貴様ノオ遊ビニ付キ合ウツモリハナイ。ヤル気ガナイナラ、ソノママ我ニ殺サレルガヨイ」

 灰黒色の魔法陣を展開し、圧縮した瘴気の弾丸を射出してエリクサーごとウロボロスを吹っ飛ばした。

「はぁ、やる気出ねぇー」

「……マルデ効イテナイダト」

 ズシャアアアアッと地面を滑ったウロボロスは虚無の表情。ガスマスクを外したのに苦悶の一つもない。なんなら休日のテレビの前の父親みたいに片肘をついて鼻までほじっている。

「はぁ、あんたごときの攻撃なら防ぐ必要すらないんですよね。その魔剣は強力な生者殺しみたいですけど、〝不死〟のウロボロスさんには通用しません。瘴気もばら撒いているようですが、ぶっちゃけヒュドラの毒以下。体内で解毒ポーションを生成して〝循環〟させておけば侵される心配もありませんね。臭いだけ。殺れるもんなら殺ってみやがれってんですプークスクス!」

 ウロボロスは嘲笑いながらピンとエア鼻くそを指で弾く。見てくれが美少女なだけに、彼女に幻想を抱いている人間でもいたらきっとこの世の終わりでも見た気分になるだろう。

 無論、ドラウグルにそういった感情はない。あるのは主への忠誠心のみだ。

 だが、このままではウロボロスに致命傷を与えれないのも確実。

「ナラバ、我モ本気ヲ出ソウ」

 ドラウグルの禍々しい魔力が急速に高まっていく。骨と皮だけのようだった体が中で爆発でも起こったかのように隆起し、纏っている鎧、持っている魔剣ごとその質量を増やしていく。

 やがて、ドラウグルは五階建てのビルにも届くほどの大きさになった。

「へぇ、巨大化ですか。それは敗北フラグだと知って――」

 やる気のなさを隠そうともせずウロボロスはドラウグルを見上げていたが、すぐに異変に気づいたようだ。

「周りが瘴気で腐り始めた?」

 大地が、建物の残骸が、とても『腐る』とは無縁の物質ですらまるで生物のように腐敗していく光景。巨大化と同時にドラウグルが解放した特性だ。

「ウロボロス、貴様トテ〝腐敗〟ハスルダロウ? 我ノ個種結界内ニ満チタ瘴気デアレバ、貴様ノ〝再生〟モ上回ルハズダ」

 瘴気の濃度は先程の比ではない。加えて特性の力も上乗せされ、それが物質でありさえすればどんなものでも腐り落ちていく脅威と化す。

「……面倒なことをしてくれますね」

 ウロボロスの表情から、僅かに余裕が消えた。


        ***


 近海――氷上に囚われた漁船内。

「アレは敵の主力級アンデッドかな?」

 島から突如生えるように現れた巨大アンデッドに、葛木修吾は顎に手をやってはてと小首を傾げた。

「朔夜君、状況を教えてくれるかい?」

 問うと、漁船の無線機を魔術的に通して、島に乗り込んでいる仲間の声が返ってくる。

『敵の主力の一体――ドラウグルだ。交戦しているのはウロボロスだが、押されているというより、戦意を喪失しているように思える』

 彼――天明朔夜は瀧宮羽黒と別れた後、各地の状況を調べるために人知れず奔走していた。遊撃を行う以上、現状のいろいろ変わってしまった地形と敵軍の残存戦力は把握しておきたかったからだ。

 その一環として現在はウロボロスの戦闘を見ているようだ。

「戦意を? 彼女が絶望するほどの相手だとは思えないけれど」

『あまり近づきすぎると〈朱桜〉を持つオレでも危ねぇから詳細は不明だが、博物館爆破後から急にやる気を失せた感じだな。自分のやってることが虚しくなったんじゃねぇの?』

 オレもたまにそういうのあるぜ、と朔夜は薄く笑う。確かに博物館の物理的な対処は彼女の役割だったはずで、それを形だけとはいえ奪われたのだから無気力になる気分もわからないでもない。

「アハハ、なるほど、彼女はふざけているようで冷静に周囲と自分の状況を観察しているんだね」

「修吾が、他の幻獣(オンナ)を褒めた……」

 隣で六華が愕然とする。無線機から朔夜が『どこに褒める要素があった?』と別の意味で愕然としている。

『まあ、このまま巨大ドラウグルに暴れられると島全体が腐敗の瘴気に犯されるぞ。どうする?』

「心配はいらないよ。彼女ならなんとかするさ」

『根拠は?』

「僕の勘」

『……』

 無言の批難が突き刺さる。だが修吾はそんなことなど気にすることもなく、爽やかに笑って島の方を向いた。


「でもまあ、ちょっと発破をかけてあげた方がよさそうではあるね」


        ***


 巨大ドラウグルの瘴気弾やら魔剣やらをかわしながら、ウロボロスは迷っていた。


 ①このままドラウグルと戦ってることにして全部終わるまで待つ。

 ②さっさとドラウグルを倒して全部終わるまでサボって待つ。


 難しい議題である。①を選べばなにを苦戦してるんだと馬鹿にされ、②を選べば後からサボった分以上にいらない仕事を押しつけられる気がする。

 それにドラウグルの〝腐敗〟は少しずつだが確実にウロボロスの体を蝕んでいる。あまり長々と居座るわけにはいかない。となると②が最良か。

「こんななにもないところでサボるのってくっそ退屈なんですよね」

 なお、サボらず真面目に仕事するという選択肢はない。さっき捨てた。

 と――


『やあ、ウロボロス君、聞こえているかい?』


 どこからともなく声が聞こえた。

「その声は……どっかで? あ、もしかしてかがりんのお兄さんですか?」

 見上げると、一羽の折り鶴が浮かんでいた。葛木修吾が連絡・偵察用として用いている式神である。ウロボロスも何度か見たことがあった。

『うん、実は今回の作戦に参加していて近くまで来ているんだ』

「えっ!? ち、違いますよサボったり手を抜いたりしてるわけじゃなくてですね、あのデカブツをこのままぶっ倒すと爆発とかして瘴気の被害がアビュボヒュオーンって感じででしてね」

 見られていた? サボろうとしているのがバレた? 修吾にバレるとお義父様にも報告されるのでそれはマズいけどいやまだ大丈夫なんとか誤魔化せる、とウロボロスは全力で即興の言い訳をぶち撒けるのだった。

『わかっているよ。なにか考えがあってそうしているんだよね』

「あ、当たり前じゃあないですかアハハ」

 ウロボロスの冷や汗が止まらない。

『実は君に伝えておきたいことがあるんだ』

「あたしに?」

 やる気のない奴はクビだとでも言われるのだろうか? そう思って身構えたウロボロスだったが、式神からは全く予想外の言葉が飛んできた。

『どうやらね、もうすぐ紘也君が帰って来るみたいだよ』

「なんですとッ!?」

『流石に今回の戦いには間に合わないけれど、事後の報告は必ず耳に入ると思う。なにせ君が関わってしまったのだからね』

「ここでの戦いが紘也くんの耳に……」

 ごくり、とウロボロスは唾を呑み込む。決して頭が悪いわけじゃないウロボロスは、それだけで事の重大さを悟ることができた。


『そう、つまり君が大活躍でもすれば、彼はきっと誉めてくれるはずだよ』


 グシャッ! と。

 ドラウグルの巨大化した魔剣が式神の折り鶴を叩き潰した。

「サッキカラ、ナニヲ話シテイ――」

 その言葉は途中で切れてしまった。

 魔剣を振るっていたドラウグルの右腕が、肩口から音もなく消失したからだ。

「……ゥオ……ナゼ、急ニ……?」

 困惑するドラウグル。

 左手の手首に嚙みついたウロボロスは、自身の魔力を〝循環〟させてその濃度を高めていた。そして突き出した右手から先の空間が歪み、まるで竜の顎となってドラウグルの腕を喰い千切ったのだ。

 きゅぱっと手首から口を放したウロボロスは――

「紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれる紘也くんが誉めてくれるぅうううッ!!」

 恍惚とした表情で、一瞬にしてドラウグルの顔面まで飛翔した。

「グォ!?」

 無限大の魔力を圧縮し纏わせた拳がドラウグルのただでさえ凸凹した顔を陥没させた。盛大な尻餅をついたドラウグルは、困惑しながら頭上のウロボロスを見上げる。

「キ、貴様、ヤル気ガナカッタノデハ……?」

「あ、もうサービスタイムは終了しましたので。さっさとくたばってくださいね」

 ウロボロスは両手を重ねる。

 魔力が球状の光となって収斂し、圧縮され、また収斂し、圧縮を繰り返していく。

「マ、待テ、ヤメ――」

「ません♪」

 とてつもない威力の魔力弾が、大地に満ちた瘴気ごとドラウグルを呑み込んだ。


「ヌグゥオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 爆発。そして断末魔。

 島の地形を大きく変えるほどの一撃は、ドラウグルの巨体すら塵芥残さず呆気なく消し飛ばすのだった。

 海水が流れ込んで海となったその場所に、ウロボロスは竜翼を広げて浮遊する。

「さてさて、どうしますかね? まあ、博物館は後回しでいいとして――」

 ウロボロスは博物館跡を一瞥してから、大聖堂に視線をやった。

「あたしがパクッとかるーくラスボスを丸呑みにしましょうかね」

 その表情は先程までと違い、やる気に満ち満ちていた。

「そうすればあたしだけ大手柄です。クソ龍殺しも腹黒も役に立たない雑魚でしたって報告してやりますよ!」

 ついでに、出し抜く気も満々だった。


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