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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Noir-10 お母さんの苦労

「本当に本っ当に信じられませんわあの男……! お兄様がきちんと事前に説明してあったのですわよ、この島にある資料はひとつ残らず抹消する必要があると! それがどうして、丸ごと瓦礫の下敷きなんてことになりますの!?」

「シラツユちゃん、走りながら怒鳴るなんて元気だねー!」

「本当にな……」


 各地の惨状をいち早く把握した組であろう竜胆は、博物館の倒壊を確認した時点で白羽が文字通り形相を変えて突っ走ろうとしたのを、本当にぎりぎりの所で首根っこを掴んで確保した。

 危うくエニュオの残党に斬り殺されるのを回避した竜胆は更に一苦労して、白羽の憤りをひとまずエニュオ達にぶつけさせることに成功した。フージュは勝手に便乗して切り刻みに行ったので、ある意味手がかからなかったのであるが、竜胆の頭痛は増した。

 そして、あっという間にお片付けを終えたお子様2人を連れて、ご要望の倒壊した博物館へとひた走っているのが現状だ。全員が全員、身体強化の練度が尋常でないため、一般車を軽く追い越しそうな勢いで距離を稼いでいた。

 憤懣やるかたないといった様子で息も乱さず怒鳴る白羽を、竜胆はかける言葉に大変難儀しながらも、宥めにかかる。

「あー……一応、あいつなりの考えがあるんだろうけどな。なんだかんだ言って、一応やるべきことはきっちり守るから、その辺は考えてると思うけど……多分」

「だったらせめて事前に説明しやがれ、ですわ」

「……まーな。けどそれは……うん、諦めてる」

「ほうれんそうはきちんと教え込まなければ駄目ですわ、お母さん!」

「だからお母さんじゃねえって!」

「ほうれんそうしなかった結果どうなるかなんて、現在私たちの目に見える形で存在しているじゃありませんの!!」


「ほんとだねー! 壊しちゃダメなのに壊しちゃうって、ますます知ってるひとに似てるー!」


「……」

「……」

 しばし無言で走っていた竜胆だったが、やがて溜息交じりに頷いた。フォローを試みたものの、流石にこの行動(博物館倒壊)はアウトだろうと思っていたのだ。

「……一応、善処はしてみる」

「それやる気ありませんわよね?」

「言ったところで聞くとは思えねえからなぁ……必要性説いて納得すりゃ、聞くかもしれねえけど、自分はなんも困ってねえとなると納得する気がしねえ」

「……納得させたことはあるんですわね……」

 何とも言えない目で白羽が見上げてくるが、竜胆から見た疾は、白羽とは若干ずれている気がする。確かに無茶苦茶をやらかして聞く耳を持たない場合もあるが、仕事上必要だと思えば気が進まずともきちんとこなすので、竜胆的には瑠依(サボり魔)よりはるかに信用度が高い。……基準が悪すぎた、局長よりは信用している。

 とはいえ、博物館の瓦礫が転がっているのを避けつつ駆け付けた竜胆は、

「遅ぇぞ、ノロマ」

 瓦礫に腰掛け悠々と魔石で手遊びしつつ言い放つ疾には、それはいくらなんでもと頭を抱えた。

「……竜胆先輩、この男、本当に切り刻んでもいいと思いません?」

「やめとけって。仲間割れしたら後で怒られっぞ」

「お兄様には適当に誤魔化しますわ」

「いや、俺が仔細正確に伝えるっつの」

「くっ……」

 据わりきった目で睨みつけていた白羽が呻く。何とか収まったと思いきや、何を思ったか疾は煽りにかかりやがった。

「安直に力に頼るあたり、所詮ヤクザだな。その辺でメンチ切って来いよ、アスク・ラピウスにも娯楽としてなら気に入られるんじゃねえの」

「あぁ?」

「その辺でっつったろ、ここでやってどうすんだ瓦礫しかねえのに。てめえの耳は飾りか?」

「ああもう! いちいち煽るな、ったく! そっちもいちいち刀を出すんじゃねえ!」

 文字通りのヤクザ顔で刀を構える白羽の頭を押さえ込みつつ、竜胆は疾を怒鳴りつけた。軽く眉を挙げ、疾ははっと笑う。

「余所のガキの面倒見てる場合か、お人好し」

「誰のせいだよ! いい加減個人行動が過ぎてるっつの俺だって!」

「だから遅いっつったろうが。つうか、そっちじゃねえわ」

「は? 何を──」


 ちゅどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおん!!


「あんぎゃぁあああああああああああ!?」

「アッハハハハハハハハ超ウケるアハハハハ!」


「……」

「……」

「あれについて何か発言はあるか、契約者」

 それなりに距離があるはずの大聖堂から響く、けたたましい爆音と悲鳴と笑い声を示して疾が竜胆に問いかけてくる。思わず顔を背けた竜胆に、容赦のない追撃がかかった。

「ついでに、だ。俺の目には、あのなっさけない悲鳴の元凶とうるっせえ笑い声の元凶との間に、魔力リンクが映っている。現時点で正式契約を交わしているはずの半妖から見て、俺の目がおかしいと言えんのか?」

「……見間違い、だといいなあ」

「……竜胆先輩。言いにくい上に信じがたいのですが、白羽にも同じように見えますわよ」

「なんで、なんであんなのが俺の主なんだ…………」

 あんまりにもあんまりすぎる事実を突きつけられて、竜胆はついにその場にしゃがみこんで頭を抱えた。白羽にぽんぽんと肩を叩かれて、ますます悲しい気持ちになる。

「どうすんだよあれ……」

「とりあえず、史上初のアンデッドを従えた鬼狩りっつうクソふざけた肩書オメデトウ」

「狩りの対象従えてどーすんだよ!」

「本人に言え」

 面倒くさそうに言い捨てる疾を、竜胆は縋る気分で睨み上げた。

「そこは俺だけじゃなくて、おまえにも責任行くんじゃ……」

「あほ抜かせ。指導中の見習いでもない、バグか上の失態でしかないが一応多分大層不思議なことに一人前と認められて1年以上経っている鬼狩りの失態を、指導任務も監視任務も与えられてねえ俺に責任なんざあるか」

「……あれ、一人前ですの? 鬼狩り、大丈夫ですの……???」

 心の底から漏れ出たとばかりの白羽の言葉は聞かなかったことにしつつ──現状否定要素が見当たらない──、竜胆はひとまず立ち上がる。

「取り敢えず……取り敢えず、現状を整理するぞ」

「まだ現実から目ぇ逸らしてんのかよ」

「竜胆先輩、それはむしろ心の傷を抉るのでは?」

「あっちは取り敢えず後にすんだよ!!」

 やけくそ気味に吠え、竜胆は無理やり話題から逃げた。小馬鹿にした顔の疾をびしっと指差し、確認する。

「依頼では、魔導書の類は全部消滅させるっつう話なんだろ? なんで瓦礫になってんだよ、ここ」

「クソつまらねえ書しか置いてないくせに御大層な警備ばっかり仕掛けてるもんだから、鬱陶しくてつい暴走させてみたらこうなったな」

「無計画かよ!?」

「お兄様の依頼も果たせないとか無能にもほどがありますわよ! はっ、やっぱり口だけですのね!」

「そっちは煽るな!」

「そっくりそのままてめえとクソ蛇に返す。道中の妨害に手間取っていつまでも到着しないノロマが」

「はあ!? 白羽の依頼はそっちじゃありませんわ!」

「幹部もきちんと片付けたわけじゃねえだろうが。つーか、別に無計画でもねえよ。この建物、儀式系魔術における礼拝具の一つだぜ。こんなでっかい魔術維持装置を放置してる方がどうにかしてるっつうの」

 言いながら、疾は瓦礫を足でひっくり返す。確かにそこには、魔法陣に描かれていそうな文様や文字がびっしりと刻まれていた。

「警備も魔導書も装置回路に組み込まれてた。あのまま放っておいたら島単位で大規模呪術を展開、侵入者の一網打尽だって楽勝だろ……ま、そっちは予定外と遊撃でどうにかなったようだがな」

「え? なんだ?」

 最後のほうは口の中で呟かれたため、竜胆ですら聞き取れなかった。聞き返すも当然のように無視され、話が進められる。

「つーわけで、これは今後の敵方の手札を潰すのが目的。のったら部下に手間取ってるやつらに文句言われる筋合いねえっつうの」

「それについては耳痛ぇけどよ……じゃあ、書の破棄はどーすんだ?」

「んなもんクソ蛇が来たらまとめて片付けさせればいいだろ。元々その予定なんだし」

「瓦礫ごとかよ!?」

「いくらウロボロスさんでもそれはあんまりではありませんの!?」

 至極まっとうな訴えが竜胆だけでなく白羽からも飛んだが、やはり当然のように無視され、疾はくいと顎を持ち上げた。

「で? それ、なんでこっちに連れてきた?」

「え? それって……」

「フージュさんですの? 一時的にこちらの味方ですわ」

 当たり前のように赤毛の少女を示され、竜胆は戸惑う。白羽はあっさりと説明しているが、そもそも疾がフージュという不確定要素を後回しにしている時点で違和感があるし、何より問いかけの意図が良く掴めない。

「んなもん知ってる。そうじゃなく、なんでここに連れてきたっつってんだ」

 案の定、白羽の回答では不十分だったらしく、疾が呆れ顔で重ねて問いかけた。白羽もこれには首を傾げ、フージュに目を向ける。

 当の本人は目を丸くしてきょとんとしていたが、白羽と目が合うとニコッと笑った。

「やっぱりおんなじひとだったねー」

「え? ……同じって、…………え゛?」

「は……?」

 フージュの言葉の意味を理解するのを、竜胆の脳が拒否した。おそらく白羽も同じだったのだろう、カエルが潰れたような音を出す。

 二人の反応に少し不思議そうな顔をしてから、フージュはくるっと疾を振り返り、満面の笑みを浮かべ──

「久しぶりだねー! はyむぐっ」

「っっっっっっっぶねえ……!」

 ──辛うじて現実逃避から帰ってきた竜胆が、間一髪で無警戒無思慮な発言を口を塞いで遮った。

「むーむー!」

「フージュ! 知り合いなんだったらそーゆー怒らせるような真似すんな!」

「……敵相手にまでお母さん……」

「だから違うって!」

「否定したきゃその自滅願望のようなお人好しを見直せよ」

 白羽のつぶやきを否定する竜胆に呆れ声でつっこんではいるが、疾の浮かべる冷ややかな笑みは確実に逆鱗に触れたそれであった。

「で? チビガキは、何言いかけやがった? あれと仕事をするうえで、最低限守秘義務の重要性くらい叩き込まれていねえのか。保護者にも問題大ありだが、それであれの相棒名乗ろうなんざ片腹痛ぇぞ? 足引っ張るだけのお子様がなんでここにいる」

「むー! むー!」

「あ、竜胆先輩、若干酸欠気味っぽいですわ」

「ん、あ。やべ」

 じたばたしているフージュを解放すると、ぷっくり膨れて竜胆と疾を睨んできた。

「お兄さんひどいー! あと、私チビでもガキでもないもん!」

「自分の外見くらい客観的に認識しろ、状況把握も出来てない未熟者」

「シラツユちゃんは仲間なんだからいーじゃん!」

 フージュの反論を聞いた疾が一瞬妙なものを聞いた表情を浮かべたが、続いてふっと笑い白羽に視線を流した。

「……へえ。そっちのクソチビも、おつむのレベルはチビガキと同じか」

「流石にそれは度を超した侮辱ですわ!!! お兄様が勝手にやったことですのよ!」

 猛然と白羽が抗議する。フージュに対して大層な侮辱だし、そもそも白羽とフージュではドングリの背比べな気がする──という率直な意見は、言ったら絶対にぶち切れるため竜胆の胸の内に止められた。あと、原案が瀧宮羽黒だと聞いてちょっと呆れた。いい年こいて、何遊んでるんだろうか。

 それについては疾も同意見らしく、一瞬微妙な顔をした。

「それはそれで何してんだ……まあいい。チビガキ、仲間と協力者の見分けくらい付けろ。付かないなら俺にノワールの情報洗いざらい吐け」

「それはノワに怒られるから駄目!」

 腰に手を当ててやたらと誇らしげに言い切るフージュに、疾は肩をすくめる。

「あいつも教育にムラがあるのをいい加減矯正しろよな、ったく」

「……えっと。フージュの保護者? も、知り合いなのか?」

「まー、な」

 くつり、と笑った疾が、何故か一瞬視線を余所に流す。が、直ぐに竜胆へと視線を戻して尋ねてきた。

「で? クソ蛇は何してんだ」

「あー……。今はドラウグルの相手してる」

「別行動かよ、見張れっつったろ」

「無茶言うなよ……ウロボロスがドラゴン相手してる間、逃げ回るので精一杯だったっつの。あれ以上留まったら気絶する」

「お前のその鼻は便利なのか不便なのかどっちかにしろ。お前の兄貴は?」

 今度は視線が白羽に向く。当然のように話の主導を握る疾に顔を顰めながらも、白羽が答えた。

「さあ……間違いなく、大聖堂は避けて通るでしょうが」

「今の大聖堂に足踏み入れられる人間は存在しねえ」

 疾の断言につい頷いてしまったのを、ばっちりと白羽に目撃された。何とも言えない眼差しを向けられ、竜胆はふいと顔を背ける。

「まあ、そろそろ一度、合流しても良いのではありませんの? 互いに計画の進行を摺り合わせておかないと、足並みが乱れきっておりますし」

「今更じゃねえの。とはいえ、瀧宮羽黒も同意見でこっちと合流しようとしてるっつうのはありえるな、傍迷惑なことに。丸洗いしてから来いって伝えるか」

「丸洗いってなんですの!?」

 目を剥く白羽の追求をつるっと無視して、疾が立ち上がる。竜胆が言葉の意味を問うより先に、フージュが疾に首を傾げて聞いた。

「ねーねー。ところで、ノワは? ここにいるはずだよ(・・・・・・・・・)?」

「え、それって……」

 白羽が顔を強張らせた。まずい、と呟く白羽に嫌な予感を覚え、竜胆が追求するより先。


「──何を、している」


 低い声が、落ちた。


「あっ、ノワ!」

「!」

「……っ!」

 嬉しそうなフージュの言葉に、竜胆は顔色を変えて身構えた。白羽も咄嗟にフージュの側を飛び退き、白刃を構える。

 しかし、疾だけは構えないまま振り返る。竜胆すら滅多に見た事がないほど、心底楽しげな笑みを浮かべただけだった。

 ぐにゃりと空間が歪む。先程疾が視線を投げ掛けた場所に生じた歪みは徐々に大きくなり、周囲の瓦礫を呑み込みながら広がっていく。

 異様な光景を生みだした元凶──浮かび上がる魔法陣は、目を凝らしても読み取れないほど細かい紋様と文字がびっしりと書き込まれていた。

「空間制御、空間捻転拡大制御、次元透過、時空間固定、浄化、空間破棄、力場生成──どれも転移魔術の基礎理論の拡大解釈だが、それをひとつの魔術として展開するとはな。魔術バカは相変わらずのようで何よりだ」

 竜胆には何一つ分からない魔法陣を眺めながら、流れるように魔術解析の結果を口にした疾は笑みを深める。軽く首を傾げ、弾んで聞こえるほど楽しげな声を、空間の歪みへと投げ掛けた。

「よ、ノワール。チビガキ放置してお楽しみじゃねえかよ」

「……お前はお前で、何でここにいるんだ、本当に」

 溜息混じりに言葉を吐き出し、青年は歪みから姿を現す。漆黒の髪と瞳、同色のローブ。なにやら襤褸のようなものを引きずったその人物が纏う尋常でない魔力に──その臭いに、竜胆は息を止めた。

「この……魔力……」

 竜胆は、知っている。この魔力の持ち主がかつて、信じられないほどの偉業を、たった1人で成し遂げたことを。

 呟きを拾ったらしい疾はちらりと竜胆を見て、くつりと笑う。

「成り行きに任せて対魔王戦に協力したお前が言うか?」

「お前の趣味と同じにするな」

 嫌そうな顔をして言い返す青年は、竜胆たちが住む街で、たった1人で魔王による町の破壊を食い止めた魔力の持ち主だった。

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