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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Noir-09 それいけおかn……竜胆!厄介な子供たちの面倒を見るんだ!

 ドラウグルの戦いからようやく離脱できた竜胆は、身の内に走った違和感に足を止めた。

「……瑠依?」

 契約によって魔力が繋がっている瑠依と竜胆は、リンクを辿れば互いの位置関係や大まかな状況を探る事が出来る。……もっとも、現在の(瑠依)がリンクをきちんと辿れるのか、竜胆としても甚だ疑問なのだが。

 少なくとも竜胆の方は、長年様々な鬼狩りと契約をしてきたため、殆ど意識をせずとも主の状態を察することが出来る。第六感とも言うべきその感覚が、瑠依との魔力リンクに生じた異変を伝えてきた。

「契約自体は無事だけど……なんだこれ」

 あの馬鹿主は今度は何をやらかしたのかと、竜胆は頭を抱えた。

 100年を越えて生きる竜胆をして表現出来ない、しっちゃかめっちゃかな気配に頭痛がする。何が起こったのかさっぱり分からないが、とにかくおかしかった。

「もうホント、戻ったら冥官に頼んで、本格的に叩き直してもらうしか……いや、叩いて直るのか……?」

 もしこの場に災厄や最悪がいれば声を揃えて「手遅れ」と最後通牒を叩き付けそうな疑問を、竜胆は頭を振って置き去りにした。とにかく、瑠依は1回本格的に叩き直した方がいい。

 そうして、「実際に起こった何か」から無意識レベルで現実逃避をした竜胆は、改めて走り出し──僅か数分後に、またもや現実逃避したくなった。

「………………うわあ」

 災厄の引き起こす諸々、世界の不具合が生じさせるアレコレを経験した結果、ちょっとやそっとの事なら溜息1つで済ませる竜胆をして、素でどん引きさせたのは、屍山血河の光景だった。

「あはっ♪ ただの単純作業だろうと、こうも気持ち良く進むと楽しくなってくるものですわね!」

「うん! 楽しいね!」

 台詞だけは無邪気な少女達がじゃれ合っている会話だが、現実の光景と合わせれば、ただただえぐい。

 血まみれで全身真っ赤に染まり、元々の色彩が分からない状態となった9歳前後の少女と、何故か血飛沫ひとつない、前者と同い年くらいだろう赤毛の少女が、飛びかかってくる緑髪の少女を次から次へと切り捨て、足元に残骸の山を積み上げているのだ。

 片や狂気的な笑みで、片やぴっかぴかの笑顔で「楽しい」などと言える光景では、まずない。

「うわあ……」

 もう1度どん引きの声を漏らし、竜胆はがしがしと頭をかいた。竜胆個人としては、このどっちが敵か分かったものじゃない光景を放って、瑠依や疾と合流したいというのが本音だ。いい加減、個人行動しすぎである。

 が。

「あーあ……これ、多分ほっといたら後で文句言われんだろ……」

 深々と溜息をついた竜胆の視線の先には、血みどろに塗れた少女。残念ながら竜胆は、その少女の狂気的な笑みに見覚えがあった。

「……仮にもアンデッドの国に当主が先陣切って大暴れってか。ったく、手に負えねえのは瀧宮羽黒だけじゃねえっつうわけな」

 瀧宮白羽。現瀧宮家当主。

 竜胆たちが暮らす紅晴市とは離れた、月波市に存在する術者一門の総領だが、紅晴市の抱える事情と、竜胆と瑠依に降りかかった災厄が──あるいは、瑠依の駄目度合いが降り積もった自業自得が──重なり合った結果、足並み揃えて共闘すらした。

「はっ! 今お兄様の名前が聞こえましたわ!」

「この距離の呟きで聞き取るのか!?」

 げんなりと呟いた言葉端を耳敏く聞きつける白羽に、竜胆は思わずツッコミを入れた。白羽と面識の無い少女が、同時に顔を竜胆へ向ける。

「ん? おにーさん、だあれ?」

「竜胆先輩ではありませんか。……ってフージュさん、お兄様はおじさんなのに、竜胆先輩はお兄さんなんですの?」

 きょとんと首を傾げた赤毛の少女と、微妙な顔で赤毛の少女を見やった白羽に、竜胆は諦め気味の溜息をついた。

「つか、だからなんで先輩なんだよ」

「知識と経験に敬意を払っているのですわ」

「出来れば常識とか良識を身に付けて欲しいんだけどな」

「それはそもそも身に付けていますから、不要ですわね」

「無自覚ならともかく、分かってて言うなよ……」

 しれっとした顔で言い切る白羽に、竜胆は痛む頭を押さえて呻いた。

 なお、このやり取りの間も2人は刀を振るう手を止める気配もない。これは言うだけ無駄だと悟り、竜胆は気を取り直して白羽に尋ねた。

「まあ、とにかく。瀧宮羽黒と同行してたのか?」

「え、え……えーなんですのその名前、白露知りませんわー」

「は?」

 最初は普通に頷きかけていたくせに、途中でいかにも白々しい表情でしらを切る白羽に、竜胆の表情が胡乱なものになる。

「いきなり何言ってんだ、自分の兄貴だろ」

「えー知りませんわ。シラツユのお兄様は妙高お兄様ですわー」

 エニュオをやたらめったら無駄に切り刻みながら、白羽は棒読みで尚もはぐらかす。一体どういうつもりだと問い詰めかけた竜胆は、白羽の視線がちらちらと赤毛の少女へ向いているのに気付いて言葉を呑み込んだ。

 どうやら相棒と同じく名前を伏せているらしいと気付き、続いて深々と溜息をつく。

「んな意味のねえ……」

「あら、なんのことですのー。白露分かりませんわあ」

「あー、はいはいわーったよ」

 なお、竜胆はアホの子ではないため、瀧宮羽黒レベルの術者が名前を伏せる意味がない事は理解している。いるが、きょとんとしている赤毛の少女は分かっていないらしいし、ひとまず合わせておくか、と妥協したのだった。

「ま、いいや。取り敢えず兄妹で来たんだな?」

 そういう事で良いんだろ、と暗に含ませて尋ねれば、白羽は愛らしげに笑って頷いた。

「そうですわ。というか、竜胆先輩こそどうしてここに?」

「……ああ、うん」

 竜胆はふっと白羽から目を逸らし、遠くを見やる。

「竜胆先輩?」

「えっと、たつ……白露は、妙高と来たんだよな? 他に連れは?」

「……いましたわよ」

 ワントーン下がった声で、竜胆は大体察した。

「えっと、ウロボロスの方じゃねえよな、その反応。……いや、あのウロボロスも大概だけどな」

「そうですわね。でも白羽はどちらかと言えばウロボロスさんの味方ですわね」

「だよなあ……」

 この幼いながらも当主としての矜恃を持つ少女と、相性が良い訳がない相棒を思い浮かべ、竜胆は溜息をついた。

「簡単に言うと、拒否権なしで転移させられた」

「……ちなみに、いつですの?」

「あいつがこの島に上陸するタイミング、ついでに言えば転移先はゾンビのド真ん中」

「あの男、人の血が通っていますの……?」

 引き攣った顔で呟く白羽に、竜胆は溜息で応じた。もはや疾のやらかす諸々にどん引きできなくなりつつある自分自身が悲しい。 

「まあ、そーいうわけで俺と契約者はここにいるわけだ」

「理解致しましたわ。それにしてもほんっとうに訳が分かりませんわね、あの男」

「……わけわかんねーのは寧ろ主の方だなあ」

「あのお馬鹿さんの事は、白羽もう考えたくもありま、せ……まさか、このわけの分からない呪術……」

 先程とは別の意味で顔色を変えた白羽から、竜胆は何も言わずに顔を背けた。無言の肯定に、白羽の喚き声が響き渡る。

「あの方いつになったら学びますの!」

「俺の知る限りこの1年……いや2年間、まるきり変わってねえな」

「学習能力のない呪術師なんて大迷惑以外の何ものでもありませんわ! あのお邸並みかそれ以上ですわよ!?」

「本当になあ……」

 白羽の叫びは心底──術師の1人としてなけなしの矜恃をかけて──切実な響きを宿していたが、毎日事あることに心の中で同様のことを考えては虚しさに溜息をつく竜胆には響かない。というか、響いたところで更に虚しくなる。

「まあ、今は取り敢えず問題児どもはおいておくとしてだ」

「貴方が諦めたら誰があの2人をどうにかするんですのお母さん!」

「だれがお母さんだ! 瑠依といいその誤解を何とかしろ!?」

「あんな傍迷惑な半人前と壮絶性格ねじ曲がった口ばっかり達者男の面倒見役、お母さんとしか言いようがありませんわ!」

「俺はそんな嫌すぎる役割を背負わされた覚えはねえ!」

「あれ? 性格悪い人?」

「「……ん?」」

 わあわあ言い合っていた竜胆と白羽が、同時に首を傾げた。と同時に、完全に放置されていた──というか、言い合いのついでに斬り殺されていた──最後の一体(エニュオ)を切り捨てた白羽が、同じく放置気味だった赤髪の少女に向き直る。

「どうしましたの、フージュさん?」

「聞きそびれてたな、その子フージュっつうんか。今回のメンバーの1人か?」

「いえ、一応敵側ですわ」

「……は? じゃあ何で一緒に戦ってんだよ?」

 予想外の言葉に、竜胆が名前と同じ色の目を丸くする。それを見た白羽は、先程の竜胆とそっくりの遠い目で明後日を見やった。

「まあ、端的に言いますと……戦闘能力は白羽と同レベル、おつむは貴方の主と同じレベルですわ」

「うわ、手に負えねえ」

「?」

 きょとん、と目を丸くしているフージュに何とも言えない目を向けた竜胆は、それでも気を取り直して話しかけた。……この際、「ほら、この辺りがお母さんですわ」と呟いた白羽はスルーしておく。

「えっと、どうかしたか?」

「あのね、性格悪いーって、なんか、私の知ってる人が良くノワとマスターにそう言われてるなあって思ったの」

 それを聞いた竜胆と白羽が、顔を見合わせる。

「……どう思う?」

「性格悪いで思い浮かぶ人物が、あの男以外にホイホイ現れたら嫌ですわ」

「俺も嫌だな……。えっと、そいつのことをちょっと教えてくれるか?」

 竜胆がフージュに向き直り尋ねると、フージュは困ったような顔でこてんと首を傾げた。

「んー……。なんか、あんまり勝手にしゃべると、怒られちゃうんだー。どこまでなら怒られないかな?」

「あ、当たりっぽいな」

 言っている内容が瑠依と似ている、と竜胆が頷く。白羽は怪訝そうに竜胆を睨んだが、フウが続きを話しだしたため、そちらへ意識を向けた。

「えっとね、見た目はすっごくきれいなんだけど、とってもとってもくちがわるくて」

「これ確定じゃありません?」

「ノワとおんなじくらい強くて、まほうもじょうずで」

「当たりっぽいな」

「ふだんすっっごくいじわるなんだけどー」

「これで別人なら逆に驚きま──」


「たまに、すっごく優しいの!」


「なんだ、別人ですわね」

「別人だな」

 竜胆と白羽が真顔で頷き合う。フージュがきょとんとした顔になったが、2人の確信は揺るがない。

「例え天地がひっくり返ろうとこの子供の感性が常人とどこまでもずれていようと、あの男が優しいなどと言われるわけがありませんわ」

「だな。最大限に良く見ても優しいっつう表現にはならねえ」

「というよりも、あの男が「優しい」を演出した場合、その後でどん底に突き落とすのが目的ですわよね?」

「……この短時間でやたら理解されてるなあ」

 何とも言えない顔で──否定せず──ぼやき、竜胆は少女に向き直る。

「そっか。悪いけど、多分別人だと思う」

「というかあんな性格が悪い輩が、世界広しといえど他にもいるという事実に驚きですわ」

「いやそっちの兄貴とウロボロスも大概──分かった俺が悪かった、だからその刀を引け」

 額に青筋を立てて刀を向けてきた白羽を宥め、竜胆は溜息をついた。

「つか、話が逸れまくったな。それで? この地獄絵図は一体何だよ」

「そういえば、なかなか凄い有様になりましたわねえ」

「うん! 綺麗だねー!」

「「…………」」

 ぴっかぴかの笑顔で言い放たれた一言は、2人とも聞かなかった事にして情報共有を行う。無視されてぷうっとほっぺたを膨らませているお子様は放置だ。

「敵の幹部級の1人ですわ。斬っても斬っても増殖するので、増殖しなくなるまで切り捨ててたらこうなりましたの」

「うわ物騒な……でもまあ、確実かもな」

「でしょう?」

 基本、竜胆の戦闘スタイルも、知識で補えない範囲は白羽と同類(力でごり押し)である。

「そっか、つうことは、こっちは落ち着いたんだな。……じゃあ俺はいい加減瑠依と──」

 合流するから、と続けるより早く、竜胆は動いていた。

「くっ……!」

「きゃっ」

「うわっ!?」

 白羽とフージュの懐に体当たりするようにして2人を両脇に抱え込み、竜胆が屍の山を蹴散らすようにしてその場を離脱する。

 一拍後、その場が深々と抉り取られた。

「……アッハハハハ」

 竜胆には聞き覚えのない低い笑い声が耳に届く。警戒して身を低くする竜胆の腕から滑り降りた白羽とフージュが首を傾げた。

「あれ?」

「この声……?」

 3人が揃って視線を向けた先、緑の髪を束ね、きつく目隠しをした少女。竜胆は初対面だが、見覚えがあった。

「足元にいたあの残骸の……生き残ってたのか」

「というよりも、こっちが本体に近い印象がありますわね。妖気の濃さが格段上ですわ」

「あと、笑い方がちがうねー?」

 視線をエニュオから外さないまま、3人は情報を共有し合う。既に白羽とフージュは刀を構えている中、竜胆は軽く膝を曲げた。

「ったく、タイミング悪ぃ……2人とも、囲まれてるから気ぃつけろ」

 竜胆の言葉を聞いて隠れる必要も無いと判断したのか、瓦礫の隙間からぬうと姿を現したエニュオは、およそ30体。

「! ……よく気付きましたわね」

「あれっ!? いままできづかなかった!」

 驚いた顔を見合わせる赤白の少女に、竜胆は小さく舌打ちを漏らす。

「術で隠れた奴の臭いを嗅ぎ取るのは得意なんだが……どーも鼻がばかになっちまってる」

「この島に仕掛けられた呪術のせいですの?」

「いや。さっきまで、ドラウグルとの戦闘をウロボロスに押しつけられてた」

「……竜胆先輩、いい加減に貧乏くじを引きすぎではありませんの?」

「言ってくれるな……」

 一瞬遠い目で明後日を見かけた竜胆だったが、そんな場合ではないと意識を切り替えた。それを待っていたわけではないだろうが、エニュオ達が同時に地面を蹴る。

「アッハハハハ」

 不気味な笑い声が何十にも響き、大鉈が一斉に振るわれた。隙間すら見えぬ波状攻撃だが、3人は怯まない。

「──この程度で八百刀流を相手取るだなんて笑止、ですわ。一桁足りませんわよ?」

「じゃまー!」

 三振りの刀が翻り、大鉈を弾き、切りおとした。そのまま、エニュオごと切り伏せんとする銀線は、

 ──ガギン!

 金属を叩くような音に防がれた。

「生き残りがいくら増えたところで……とは、いきませんわね」

「寧ろ敢えて残してたっつうことは精鋭だろうな、っと!」

 白羽の楽しげな呟きに返しつつ、竜胆が白く光る腕を振るう。大鉈をくぐり抜けて顔に突き刺さった拳は大きくめり込み、エニュオを吹き飛ばした。

「レディの顔に傷を付けましたわねー、竜胆先輩?」

「んなもん敵相手に配慮すっかよ」

 方や愛らしい狂気的な笑みを、方や獰猛な笑みを浮かべた2人が背を合わせて構える傍ら。

「あれえ、なかまはずれ?」

「違いますわ、フージュさん。フージュさんの腕を信頼しているからこそ任せているのですわよ」

「! うん、任せて!」

 信頼を置かれたと輝かんばかりの笑顔を浮かべたフージュが、両の手に双刀を携え、敵の中心へと突っ込んでいく。舞うように振るわれた銀線が、容易くエニュオを両断した。

「……チョロい上に相変わらず意味が分かりませんわねー」

 口の中でしれっとぼやき、白羽は寒戸を発動しエニュオに肉薄。魔力を浸透させた刀で縦に断ち──振るわれた大鉈を素手で払いのけた。

「あら、今度は同じ場所を切りおとしても再生しますのね?」

「呪詛の応用だな。30人で互いの呪いを共有して、順番に力を使ってる」

 竜胆からもたらされた知識に、幼女2人は感嘆の声を上げる。

「へー、そんなこともできるんだね!」

「流石歩く生き字引、頼りになりますわあ」

「どーも……」

 褒められた気にならずに微妙な顔をした竜胆だが、その間も白く輝く腕や足を振るってはエニュオを瓦礫へと叩き付け、動かぬ骸へと返していく。

「竜胆先輩のそれはどういう仕組みですの?」

「ん? いや、呪詛で再生すんなら、呪詛を阻むようにしん……力を流し込めば良いんだぞ?」

「そんな方法もあったのですわねー」

「力をながしこむってなにー?」

「……叩き付けるタイミングで一気に力を流し込む……術に力を注ぐのと同じだぞ?」

「「へー」ですわ」

「……この子達と同レベルってか……やっぱ勉強だな」

 やり取りに心当たりがありすぎる竜胆が、余りにも情けない自分の主の再教育を決意した、その時。


 ──ズドン!


「うおっ!?」

「きゃっ!?」

「何ですの!?」

 轟音が響き、大きな地揺れが生じた。咄嗟に重心を落としてバランスを取った3人は、周辺の瓦礫が均衡を崩して雪崩れ込むのを地面を蹴って避ける。

「随分大きな揺れですのね。地震ではありませんわよね?」

「いや、違ぇ。でかい魔術が使われたような感じだな」

「あれえ? この魔力……?」

 何やら赤いお子様が心当たりのある様子で首を捻り、視線を巡らせた。そして、1点を指差し叫ぶ。

「わ! すごーい!」

「何が……は?」

「何ですの……へ?」


 3人の視線の先では、博物館が瓦礫となって崩れ落ちていた。

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