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無黒語  作者: 吾桜紫苑&山大&夙多史
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Noir-08 馬鹿の呪いは味方に一番影響する

 主が再び小学生以下のホラ吹きにひっかかり、味方である筈のウロボロスに高みの見物(兼、回復)というスタンスを取られた竜胆は、犬歯を剥き出しにして悪態をついていた。

「あんの、ウロボロス……っ!」

「主ノ敵、滅ボス」

「あぁくそっ、付いてくんなあっち攻撃しろよ!?」

 極力口も開かず鼻をがっちりと覆ったまま、竜胆は力強く瓦礫を蹴った。残像を灰黒色の魔法陣が吐きだしたおどろおどろしい何らかの魔術を確認することも無く、空中で器用に身を捻った竜胆は、手に持っていた瓦礫を力一杯ぶん投げた。

「子供騙しダナ」

「知ってるっつの!」

 手に持つ禍々しい剣で造作も無く振り払い、ドラウグルは再び魔法陣を宙に浮き上がらせた。着地した竜胆目掛け、灰黒色の影が撃ち放たれる。

 竜胆はそれらをやけに大きな動きで避けた。仮にもオオカミの末裔、それも冥府でも指折りの優秀な強化体である竜胆は、普段からして精確な魔術射撃をかましてくる味方()がいることも相まって、魔術に被弾する方が難しいほどの俊敏性を持っている。

 にも関わらず、無駄な動きをしてまで避ける理由は──


「くっ……っっっっせえぇええ!」


 ──死霊術が染み渡り、悪霊アンデッドとして強力な個体であるドラウグルが、魔力すらも臭い、という、イヌ科にとってかなり切実な理由であった。ギリギリで避けていたら、臭いだけで気絶しかねない。というか、現状でも涙目になる位臭い。

 そもそも竜胆が何故、ドラウグルの相手をしているのだろう。いや、たしかにドラゴンゾンビは竜胆単騎では少々荷が重いのは認める。認めるが、そもそも何故自分は単騎行動しているのだろう、と思わずにはいられない竜胆である。

「ばれたらぜってー局長にネチネチ言われるっつーのにあのバカども……!」

 疾に問答無用の気迫で先行させられたのは、疾なりに理由があるんだろうと竜胆も察している。あの場にあった奇妙な「臭い」の欠落が関係していて、自分に知らせたくないのだろう。疾は傍若無人に竜胆や瑠依を振り回しているようで、案外線引きはきっちりしている。


 とはいえ、竜胆にだって言い分はある。

 まず、そもそも直ぐに追いつくと思った、である。これだけ逃げ回って……もとい戦闘を継続しても追いつかないというのは明らかにおかしい。心配も頭は過ぎるが、いい加減それよりも「なんかやらかされている気がする」という嫌な予感が先行している。


 そして、何より。


「ほんっっと、なんで瑠依が俺の主なんだ……」


 これである。


 なお、これは竜胆のスペックの高さと有用性を知り、更に瑠依の性格と能力と頭の残念さを知った者全員が共有する認識でもある。

 何故、あの残念かつ現在島単位で敵味方見境無く大迷惑をかけているアホの子に、矜恃高きフェンリルの末裔とまで言われた竜胆が付いているのか。そこには割と身も蓋も無い背景があるものの、初対面のウロボロスにまで不思議がられる始末であった。

「ああ、くそっ!」

 余りの臭さに涙が滲んできた、と。そういうことにして、竜胆はひたすらドラウグルの悪臭から逃げ回り続ける。




        ***




 一方、博物館には。


 ──戦闘痕とゾンビが砕け散った塵の山が積み上がっていた。


 重要拠点の1つである建物には、当然だがそれに見合った大量かつ力のあるゾンビが集まっていた。当然ワイトも存在する。

 そんな場所を、鎧袖一触の勢いで陥落させたのは。


「……これも違う」


 舌打ちを漏らし、疾が本を投げ捨てた。その間も惜しむように書物の山に手を伸ばし、無造作に開く。

 開かれた本からおぞましい気配が立ち上る──よりも早く、何かに叩き潰されるようにして気配が掻き消える。それらを確認するかしないかの速度で、疾は本の頁に手を伸ばし、繰る。

 まるで流し読みのような速度で、しかし正確に、熟練の魔術師でさえもページを開いただけで発狂するであろう書物の内容を掌握していく。


「違う」


 本を捨てる。次の本を開く。呪詛を叩き潰す。


「違う」


 本を捨てる。次の本を開く。呪詛を叩き潰す。


「これも、違う」


 延々と繰り返されるその作業は、普段の疾を知る人間が見たら目を疑うかも知れない。温度の消えた眼差しが書物を分析する様も、圧倒的な力でゾンビを消し去り呪詛を払いのける様も、普段の人を食ったような態度とはまるで別物だった。

 疾も、これが人前ならば悠々と寛いで魔術書を読み漁って見せただろう。否、人前で無くとも、敵地にいる限りはそうするはずだった。

 緊急事態でさえ、なければ。

「……ここのブースも無し」

 ついに書物の山を消化しきった疾が、大きく息をつく。立ち上がり、次のブースへと移動しながら、疾は、低い低い声で吐きだした。


「…………あの馬鹿共、いっぺん死ね」


 おそらくこの島で瑠依の呪詛にもっとも迷惑を掛けられたのは自分だろうと、疾は正しく自己分析していた。いくら状況的に適材だったからといって、瑠依の馬鹿加減と駄目加減を正しく把握していない羽黒に丸投げしたのは失敗だったか、と後悔もしている。

 とはいえ疾も、あの人格シャッフルを目の当たりにした羽黒が、よもや呪術的方面で瑠依を利用しようと考えるとは少々意外だったのだ。そりゃあ制御は羽黒がやったのだろうが──何せ自力では真っ当な呪術は構築できない馬鹿だ──何故そんなリスクを取ろうとしたのか。

 よりにもよって、魔術の構築阻害である。しかも、魔術魔道具魔法具無差別のジャミングと来た。お陰様で現在、せっかくウロボロスチャージした疾の魔力は、呪詛を防ぐ魔道具に全力で注ぎ込むことを余儀なくされている。

 疾の主力は、魔術と異能である。大迷惑な呪詛のせいで身体強化魔術すらまともに機能しなくなった疾は、心を込めて踏みにじる気満々だったワイトから、一瞬の迷いもなく速攻で戦闘離脱した。

 ウロボロスや白羽辺りが知れば思う存分バカにしそうだが、知ったことでは無い。ピンチを切り抜けて強敵を倒すなんてものは、脳筋共に任せておけば良いのである。

 そうしてさっさとワイトを撒いた疾は、一直線に博物館へと侵入し、目的の書を探しているのである。本当は魔術で一斉に情報を収集してしまいたいのだが、呪詛のせいでそれすら出来ない。よって、本当の本当に仕方なく、疾は本気を出して博物館の制圧と書の閲覧を行っていた。

 博物館に向かう際にちらっと見えたウロボロスがこちらに来るまでがタイムリミットだ。あの駄蛇のことである、疾が中にいようがいまいが建物ごと「消滅」させにかかるのは火を見るよりも明らか。それまでに目当ての書を見つけ出し、離脱まで済ませておかねばなるまい。いくら疾でも、「無限」の魔力弾も「無限」の空間も無事でいられるとは思えない。

 大量の書が置いてある博物館の一角を順番に移動しては書を漁っている疾は、しかし次第にある推測を抱いていた。

「……しっかり持っていってやがる」

 舌打ちを漏らし、疾はひとまず手元の書に目を通し始める。

 誰かが──おそらく自分達より先に潜入していた誰かさんが、めぼしい魔術書を根こそぎ掻っ攫っていったようだ。これまでに目を通した内容から抜けた部分を予測すると、まず間違いなくノワールが……魔法士協会が欲しがる情報だろう。当然、協会と敵対する疾にとっても押さえておきたい情報だ。

 とはいえ、現時点で迂闊に敵方──一応──の最高戦力の一端に接触する気は無い。羽黒が何やら企んでいるようだし、下手な真似はしない方がいいだろう。

 ならば諦めるかと言えば、だったら最初から行動しないわけで。

「……しゃーねえ」

 ついに──といっても、3桁に及ぶ書物を1時間と経たずに──確認し終えた疾は、独りごちて立ち上がる。

 これまで知る限り、ノワールは自分が知りたいことを知ったら興味を失ってその辺に放り投げるタイプだ。であれば、与えられた拠点に書物がポイ捨てされている可能性が割と高い。……これほどの呪術書をポイ捨てする危険性については、あの人格破綻者は仕事じゃない限りは気にしないと思われる。

 本来ならば、拠点捜索も避けておきたいのだが。現状が現状だ、多少のリスクは背負うべきだろう。幸い、ウロボロスの気配が近付く様子は無い。しっかり調べておきたいところだ。


「さてと──大掃除だな」


 無造作に扉を開ける。途端溢れ出す濃厚な呪詛と死霊術の気配に、疾は薄く笑って呟く。

 死者のなれの果てを前にして、常とは違う酷薄な表情を浮かべ、疾は悠然と構えた。

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