Infi-07 呪詛と爆笑を撒き散らす最強種のアンデッド
「アハハハハハッ! やばいウケる! なにこの電波? 呪い? 魔術がことごとく妨害されてるゾ☆ わけわかんないアッハハハハハハッ!」
暗空を吹き飛ばすようなけたたましい馬鹿笑いが響き渡っていた。その笑い声の主である骨翼の女に対し、ウロボロスは額に青筋を浮かべて舌打ちする。
「やっかましいんですよさっきから!? アンデッドのくせに笑ってんじゃねえですよ!?」
「それな! 死んでるのに笑うなんて感情が残ってるとか面白すぎ超ウケる! アハハハお腹痛い! 痛むようなお腹ないんだけどめっちゃウケびゃああああああっ!?」
空中で笑い転げる女――ドラゴン・ゾンビにウロボロスは容赦なく圧縮魔力弾をぶち込んだ。なすすべなく吹き飛んだドラゴン・ゾンビは激突した小山をその身で爆壊させる。
「ったく、あんだけ笑ってりゃあ隙だらけなんですよ。そこで死体らしく埋まってやがれ」
もうもうと吹き上がる土煙に向ってウロボロスはサムズダウンし唾を吐きかける。
それから周囲を見回し、改めてその異常を感じて呆れ顔を作った。
「確かに、島のほぼ全域に変な呪いが撒き散らかされていますね。アンデッドの呪術じゃあなさそうです。となると、あのワンコのアホなご主人様ってとこですかねぇ」
地上を見る。そこでは鼻を摘まんだワンコもとい竜胆がドラウグルから逃げ回っていた。どうやら臭すぎて近づけないらしい。あのワンコは近接専門のようなのであれでは戦闘にならないだろう。
ワンコがんば!
「ふむふむ、効果は敵味方問わず術式を搔き乱すジャミングって感じですか。まあ、このウロボロスさんには関係ないですね」
魔術を使おうと思えばできないことはない。知識もある。だが、〝無限〟の魔力を好き勝手操れるのにわざわざそんな非効率的なことをする理由がないのだ。
「たったアレだけで勝った気になって余裕ぶっこいてるとか超ウケるゾ☆」
視界の端に青白い炎が灯った。
死による怨恨を乗せに乗せた〝呪詛〟の炎。物理的な防御力などガン無視して呪いで相手を焼き殺す力は、ウロボロスの竜鱗をもってしても防げないことは先程証明されている。わざわざくらってやる必要はない。
僅かに横にずれてかわす。〝呪詛〟の炎は夜天を貫くように彼方へと消えていったが、それを見届ける間もなくウロボロスは竜鱗を纏った腕で背後からの一撃を防いだ。
骨の竜爪が黄金の鱗と衝突し金属音にも似た音を響かせる。
「ふん、大人しく墓穴で眠ってりゃあいいもんを」
「あの小山がウチのお墓? ブフッ! ちょ、そんな冗談でウチを笑い死にさせようなんてゴプッ! ひ、卑劣なアハハハハッ! もう死んでるのに、笑い死に、アハハハハッ!」
自分の台詞に自分で笑って腹を抱えるドラゴン・ゾンビ。
「……ハイテンションキャラはあたしの仕事でしたのに、こんな奴がいたら逆に冷めちまいますね」
なんだか急激にやる気を削がれていく感覚に溜息をつきそうになるウロボロスだった。
「まあいいです。今度はゴブリャドバゴババッて粉々に砕いてやりますよ!」
「やってみればいいゾ☆ できるもんならね! アハハハハ!」
爆笑しながら挑発してくるドラゴン・ゾンビにウロボロスは右手を翳す。〝無限〟の魔力を一点に集中させ、ぶっ放す。
「おびゃっ!?」
一条の光線となって放たれた魔力はドラゴン・ゾンビの左肩から先をごっそり抉った。砕くどころか蒸発していたが、ドラゴン・ゾンビはちょっと驚いただけでそれ以上笑い顔を崩さない。
カタカタと骨格が組み変わるような音が鳴ったかと思えば、ドラゴン・ゾンビの左肩が一瞬で再生した。
その程度ならば、想定内。
「オラオラオラオラオラぁあッ!! くたばりやがれ!!」
ウロボロスはさっきの一撃と同等かそれ以上の魔力ビームをこれでもかと連射した。流石にまずいと判断したのか、ドラゴン・ゾンビは骨翼を羽ばたかせて飛燕のように素早く回避する。
だが、極太光線の弾幕を避け続けるのは難しい。直撃はしないまでも少しずつ掠めていく。
「わーお! なんて魔力の無駄遣い超ウケる! 流石はウロボロス。でも、足元がお留守だゾ☆」
ドラゴン・ゾンビは体を損壊させながら気にせず〝呪詛〟の炎をウロボロスの足元から噴出させる。
「チッ」
舌打ちしたウロボロスは片足を焼かれたが、ものの数瞬で元通りに〝再生〟した。
その隙に再びドラゴン・ゾンビが接近。鋭い竜爪を振り翳す。しかも今度は〝呪詛〟の炎を纏い、確実にダメージを与える腹だ。
ウロボロスは空間から黄金色の大剣――〈竜鱗の剣〉を取り出し、ドラゴン・ゾンビの骨の腕を切り落とす。
しかし相手は痛みに怯むことのないアンデッド。即座に逆の腕を振るってウロボロスの体を裂き燃やした。
そしてどちらも数秒とかからず元通りに〝再生〟する。
「まったく面倒ですね。お互い〝不死〟ってことはただ殴り合っても無意味じゃねえですか」
加えてアンデッドに体力の概念はない。魔力に関してはウロボロスと違い〝無限〟ではないのでいつかは尽きるだろうが、相手は腐ってもドラゴンだ。全力で戦い続けたとしても魔力切れは数日・数ヶ月の単位である。
そんな面倒に付き合う義理はない。
「それなら再生力勝負ですかね。流石にあんたは全身跡形もなく消し飛ばせば無理なんじゃあないですか? 避けてましたし」
「さあ、それはわからないゾ☆ 跡形もなく消し飛んだことなんかないし。跡、形、もなく……ぶはっ! アハハハハなにそれウケる!」
「今のどこに笑いのツボがあったんですか!?」
もうドラゴン・ゾンビがわからない。わかりたくもないが、とりあえず隙だらけなので〈竜鱗の剣〉で薙ぎ払う。
「こういう奴は呑み込んでしまえばいいんですが、ここでちょっと本気出すのはなんか癪なんですよねぇ」
ウロボロスは自分の左手首を見る。そこにかぷちゅーすれば〝貪欲〟と〝循環〟の特性が働く。簡単に言えば戦闘力が何倍にも上がり、通常では使えない技も使用可能になるのだ。
それで奴を無限空間に喰らってしまえばあとは勝手に〝消滅〟する。
だが、その代わりに無視できない負担がかかる。一回・二回ならそこまで支障はないが、ドラゴン・ゾンビを倒せば終わりというわけではない以上、温存しておきたい。
それに、使えない最大の理由は別にある。
「――っ」
ガクリ、とウロボロスの力が一瞬だけ抜けた。
「アハハハ! どうしたどうしたウロボロス! 顔色が悪いゾ☆」
「フン、なんでもねえですよ」
強がりを返すが、ウロボロスは現在、全身を蝕むような痛みに侵されていた。
ドラゴン・ゾンビの〝呪詛〟だ。
〝循環〟の特性を持つウロボロスは毒やら呪いやらを受けると通常以上の効果を発揮させてしまう。程度の低いものならそもそもの耐性で無効化されるが、ドラゴン族レベルとなると話は別。
以前ヒュドラの毒で酷い目に遭ったから〝循環〟を抑える訓練を密かに積んでいたものの、普通の人間に血の流れを止めろと言っているようなものだ。流石に完璧とまではいかない。
こんな状態で〝循環〟を使ってドーピングしてしまえば自滅なのだ。
「苦しそうだゾ☆ 痛そうだゾ☆ アハハハハ超ウケる! だったらもう楽になった方がいいんじゃない?」
夜闇に青白い燐光が咲く。一つ二つではなく、島の上空を覆いつくすほどの量だった。
「ちょ、冗談じゃねえですよ!?」
あんな大規模な攻撃をされたら被害はウロボロスだけでは止まらない。流石に要所は避けるだろうが、少なくともこちらの味方には馬鹿にできない損害が……………………別にいいか。
味方と言ってもあの腹黒口だけ男やクソ龍殺し、ワンコとなんか死なないアホ、心配なのは白羽くらいだ。
「あ、そうだ。そうすりゃいいんですよ」
閃いたウロボロスはニヤァと悪い笑みを浮かべた。そして黄金の竜翼を羽ばたかせてドラゴン・ゾンビへと突っ込む。
「あら?」
魔力弾を一発。ドラゴン・ゾンビは避けるが、その先の上空でそれは爆裂し、展開していた〝呪詛〟の炎を軒並み呑み込んで消し去った。
「アハハハ! 眩しいゾ☆ 超ウケる!」
「超ウケるのはこれからですよ」
がっし、と。
目が眩んだドラゴン・ゾンビの背後に出現したウロボロスは、その頭を両手でぐわしと掴んでジャイアントスイングの要領で振り回し――
「あびゃあああああああああああウチぶっ飛んでるまじウケるアハハハハハハハッ!!」
ぶん投げた先は、憎々しいグラサンヤクザの気配がする方角だった。
「餅は餅屋に任せりゃいいんですよ。なぁーんであたしがクソ真面目に戦わないといけないんですかね」
とはいえ、あとで仕事もできない無能とか言われても腹が立つ。なにかしら成果を上げておく必要があるだろう。
ちらりと下を見る。ワンコはまだ逃げていた。
「しゃーないですね。そっちはウロボロスさんが貰ってあげましょう。〝呪詛〟が抜けてからですが!」
ニヨニヨと意地の悪い笑みを浮かべつつ、ウロボロスは空中でリラックスの姿勢を取るのだった。




