99話
「そうかな、自覚はないんだよ。でもやっぱり親犬の血は子犬も受け継いでるってことかな」
「なら、あなたが親犬になったときの子犬も見てみたいわね。敬語が口癖の子犬、とかかしら?」
「マ、ママ!」
「それはない。させん」
未来を見るセシルに対し、それぞれベルは制止の、ベアトリスは否定の怒声で返す。特にベアトリスはせっかく綻んだ表情が一気に強張り元に戻った。
それを目にしたセシルは娘に忠告をする。
「あら、小姑も恐れる対象に入れておいて損はないみたいね」
「? なんの話なんですか先輩?」
その話の行き着く先がわからない、とシャルルはベルを探る。
自分一人だけ話についていけずキョトンとした童顔の有様に、さすがに探られた側のベルの口も濁った。すぐには納得のいく返答ができそうになかったのだ。
「あの、ね……まだシャルル君はよくわからなくてもいいこと、かな? あはは……」
「まだ、ですか? そうなの、姉さん?」
「お前は一生知らんでいい」とその話を立腹中の姉は強く打ち切ると、頃合いを見計らったセシルが帰宅に取り掛かる。
「二人とも本当にありがとう。これからも娘をよろしくお願いします。たまに私もお客として来るから、その時はベアトリスさんのアレンジ、是非お願いするわ」
「お待ちしております。アガパンサスの旦那様にもよろしくお伝えください」
「そうするわ」
一瞬で頭のスイッチを切り替えた対応をベアトリスは見せると、投じた言葉の一つ一つが慇懃となる。そのふてくされていた顔もいつのまにか穏やかになっている。それはまるで手品のように。
「アガパンサス? パパ?」
†
「六○点」
昨日と同じ理由で帰宅の路についたセシルがいなくなったリビング。そこで唐突にベアトリスが採点を始めた。
「あの、なにが……ですか?」
「お前の今日のアレンジの点数だ。私からしてみれば、改良したいところが山ほどあるぞ」
「姉さんはすごく辛口の採点しますから、あまり気にしないでください。そもそも姉さんの点数なんてなんの意味もないですから。そうでなくても今日は少し厳しめ、かな? 僕はすごくいいアレンジだと思いますよ」
どうやらやはりあの場で言っていたとおりシャルルとしては高得点を叩き出していたらしい。キッチンにカップを運びつつ告げた。
「ありがと、なんかあたしもちょっと自信あったんだ。ていうか、それ以外は全然思いつかなかったんだけどね」
その安心しきった態度が気に入らん、とばかりにベアトリスが牙を剥く。その矛先は両者に同時に向けられた。
「あまりのぼせさせるなよシャルル。一つアレンジを作ったら、その中で二つは反省点を見つけて次回に活かせ。それが努力というものだ」
「はい、肝に銘じておきます」
だがそれは訓戒としての意味も込められており、ベルはありがたく受け取る。今まで以上にベアトリスの尊敬の念を強めた。




