91話
「ベ、ベアトリスさん……」
逆に目を白黒させているのは、その娘である。体が動かなくなる程の疲れを感じたことまであるのに、それ以上とは……考えるだけで怖い。しかしそうなったら、もしかしたらこの家に泊まってシャルル君と一つ屋根の下に……という打算も抜け目はなかった。
「姉さん、そんな意地悪にしなくても……」
「なんだ、それよりも今日はシードルを飲みに来たわけではないだろ?」
それは大袈裟に解釈すれば「早くアレンジを見たい」と取れなくもないが、本人にそれを言うと話がややこしくなるのでシャルルは「そうですね、先輩よろしくお願いします」と合の手を入れる。
このまったりとした居心地の良さは、ベルにとっては、レティシアやシルヴィとカフェを楽しんでいる時と同等、もしくはそれ以上に続いてほしい時間の流れだろう。
「あ、はい。そうでした。ちょっと待っててねママ。それとベルさん、昨日作った花とかはどこにありますか?」
ここで明らかになる新情報に、内容を知らされていないシャルルとセシルはアレンジの端緒を掴む。
「ああ、全部二階に置いてある。シャルル、取ってきてやれ」
「いいけど、花をキーパーに入れてない……ってことは、ベアトリスさんの頼んだ花ってもしかして――」
無論、サボテンなどは水もいらず冷やしておく必要もないため、キーパーに入れていないという選択肢の中に入れることはできる。だがそれよりも正解率の遥かに高い答えはもう一つある。むしろそちらしかシャルルは考えられない。
「ああ、プリザーブドフラワーだ。私の部屋のテーブルにプラスチックケースがある。それと接着剤とセックもすぐ横だ」
「プリザーブドだったんだ……では、すぐ取ってきますから待っててくださいね先輩」
「うん、よろしくね」
自分のアレンジである以上やはり自分で取りに行くべきなのかもしれないが、そこがベアトリスの部屋となるとやはり家族が行くべきなのだろう、とわざわざシャルルの手を煩わせて申し訳ないと思いつつも、ベルは頼らざるを得ない。当のシャルルはそんな些細なことを気にするわけもないのだが。
「プリザーブドフラワーだなんて、普通の花と違ってワイヤー固定とかしなきゃだから、随分手間取ったんじゃない? それで昨日遅かったの?」
「ごめんなさい、もっと早く帰るつもりだったんだけど、他にお店行ってたら時間が結構経っちゃって……」
しょげた声で弁明するベルをセシルは責めているわけではない。ただ夜間の女性の一人歩きは危険だ、ということを伝えたいのだが、それが自分のためであることで怒るのも忍びなくなる。そもそもここでアレンジの勉強をしている以上、どちらにせよ遅くなるのはわかっている。人通りが多い道を帰るとは言っても、やはり心配なものは心配なのである。自分も昔は同じような理由で帰宅が遅れたこともある。大目に見よう。
「クロスだからまぁ中では簡単なほうだがな。それにそんな数も多くない」
「だとすると……バラかしら? クロスといったらバラ、そもそもプリザーブドといえばバラよね。なんにせよ楽しみだわ」
ウキウキとした擬音が耳にまで聞こえてきそうな、年甲斐のないはしゃぎっぷりを見せつけるセシルをわき目に、ベアトリスはベルに耳打つ。




