84話
「安心しろ、講習一日目でも作れる、そんなアレンジだ。ところで今日は新鮮な魚をもらったから、それを中心に頼むぞ。店とベルは私が引き受けてやる」
「なんか姉さん、最初と違ってやる気あるみたいだけど」
尊勝な中に愉快さを織り込んだようなベアトリスの振る舞いに、シャルルは合点がいかない、といった素振りを見せる。姉がやる気を出してくれたのであれば、自分の仕事も減るので万々歳ではあるが、それは優しくされる以上に不気味でもあった。
「なに、そんな珍しいアレンジでもなければ、技術もいらない。だが、元フローリストでも納得するであろう一品だ。なかなか閃きで考えたにしては面白い。すぐ終わるさ」
だがベアトリスが自信に溢れ、輝く瞳を見せている時に裏切られたことはない。それを知るシャルルは信じるに値すると、それ以上はなにも言わずに任せることにした。
「……うん、わかった。じゃあ魚ってことはマリネとブイヤベースかな。デザートにオレンジスフレで」
「いいだろう」
「でも、スフレは先に作っちゃおうかな。すぐに出来るし、ベル先輩も食べる時間くらいは——」
「あいつに、食べてほしいのか?」
「え?」
にわかに、それでいて少し悲しげにベアトリスはシャルルを顧みた。
少々見上げる形になるその位置関係が悪いのか、その目つきが怒り気味にも見え、なんでそんなことを聞くんだろう、と小首を傾げつつもシャルルはその経緯を説明する。
「いや、そういうわけじゃないけど、どうせならってだけで。そんなにお腹に溜まるわけでもないし、家に帰ってからの食事にもそれほど差し支えないかな、って。なんで?」
「いや、べつに」
その返事に込められた感情にシャルルは気付かない。ただ「姉さん、どうしたんだろう」と疑問が一つ増えただけであった。
「そういえばお前、今日は手を繋いで帰ってきたな。なぜだ?」
またもやにわかに鋭いベアトリスの問いがシャルルに刺さる。
「す、すぐに食事の支度するね!」
野生のライオンのターゲットになったシマウマのように、一目散に逃げるシャルルに手を伸ばし、首根っこに狙いを定めるが、既のところで逃がす。
「ち、逃げたか。まぁいい、リオネルに電話でもするか。まさか売り切れたとは言わせんがな」
舌打ちと独語を続け、店内に備え付けられた電話を手にすると、もはや何千回と押し慣れた電話先。一つコール音がするたび「さっさと出ろ」とベアトリスの白い眉間の筋が一本ずつ増える。一発ずつパンチの数が増える。その脳裏には、今日寄り道しつつ帰宅したシャルルとベルがちらちらと映り、毒気が募る。
イライラが臨界点となった四回目でリオネルが出ると、せっかちにもあちらからの声を待たずに一気にまくし立てた。
「おい、注文だ。さっさと持って来い。花の種類は——」




