71話
頭を垂れた状態を維持しつつ、儚く質問をこぼしたのはベルの末の言葉は雲散していく。
「いいえ、あなたと同じ『ピアニスト志望の女の子』、だったわ。病気になってからは趣味以下になってしまったけれど――」
「それでも!」
震えるベルの怒声が、俯き加減に弁明するセシルの切り声に重なり、店内にこだまする。
「なんで、なんで今言うの? 家に帰ってからでも、もっと前に言ってくれてもよかったじゃない! それに……手を冷やすことが危ないことくらい、あたしだって知ってるよ……」
反論に窮していることは、セシルの言いたいことを理解しているベル本人もわかっている。だがそれでも声を荒げなければ、内部に溜まった鬱憤を晴らすことができない。しかしその鬱憤は、なにに対して積もっているのか、それすらもわからないのだ。
愛する母がフローリストだったことを隠していたからか? いや、そうではない。それだけでは弱すぎる理由であり、隠していたなど笑い話としても処理できる。一言で言えば『混乱』、そこから生まれるわだかまりが、ベルの沈毅さを歪ませる。
「ベル先輩……」
いつも破天荒に振舞うベルのそんな姿を見るのは二回目だが、それでも耐え切れずにシャルルの胸に痛みが刺さる。なんと声をかけるべきか、どう触れるべきか、頭の中を反芻するが、そこで気の利いた行動に移せない。そんな自分に腹が立つ。舐めた下唇がやけに乾いていることに気付く。
単なる慰めの言葉であれば、今のベルは突っ返すであろう。むろん、それを弁えての、あえての無言なのだ。
「なんで……そう、なんでかしら。なんで今、この場所でこんなことを言うのか……自分でもわからないわ。しいて言うなら、この場所だから、かしら」
今にも泣き出しそうに肩を震わせる娘。そんな姿をすでに何度も見て経験しているからなのか、セシルは聖母のような微笑で受け止める。
「――花が、そうさせたのかもしれないわね」
「花……?」
そこでようやくベルは顔を上げ、同色の瞳が久方ぶりに合う。そして瞳にたゆたうのは『不可解』であり、瞠目を禁じえなかった。
ベアトリスとシャルルの特訓で、多少なりとも花というものを理解しだしたベルだが、正常とは言いがたい今の精神状態ではそれも意味を成さなかった。これがもし、シャルルとのデートのような状況であれば、疑問符など浮かばずに同調したのであろう。
彼女は、良く言えば感情豊か、悪く言えば情緒不安定。揺れ幅の大きい天秤は現在、マイナス方面に大きく傾いている。
「花のお喋り具合に私も当てられた、ってこと。このお店にある花、絶えず私に語りかけてくるから、私の口も緩んできたのかもね」
次から次へと滑らかに語を選び出すセシル自身、ここまで饒舌なのも久しい。口下手な方ではないが、この店内の潤滑加減に驚いた。
「存在するすべての花は、それぞれ違って色々な話題を持ちますから」
言の葉を添えたシャルルを見やり「そうそう」と細い首をセシルは縦に振る。お客様に花について質問されたものの、その内容を話しながら高揚感に包まれ、一分で伝えられるところを十分以上語ってしまった過去の自分が蘇ったのだ。あれは追懐したけど満足したな、と。




