294話
「……」
誤解。ちょっとだけ。レティシアは不満の眼光を上から突き刺す。
「ま、それは置いておいて。こちらのフラワーベースもいいっスよね。ボクはカップやソーサーなんかを見にきたんですけど、シャルルさんは花屋さんによく行くんですか?」
微妙な空気感を察知したアニーは話を変える、否、戻す。お互いに探し物があって来た。語れるのであれば是非。
ようやく話が進みそう。シャルルも頭上に降り注ぐ怒りを振り解き、会話に乗っかっていく。
「よく行く、というより家が花屋なんです。八区にある〈ソノラ〉というお店で。そこで家業として」
まだまだ半人前。でも花が好きという気持ちは誰にも負けない。
家業。一度、アニーは首を小さく縦に振った。
「なるほど。納得したっス」
「? 納得?」
花器を買いに来たことが? たしかに自分くらいの年齢で、趣味でアレンジメントするには少し値が張るものだけども。シャルルはちょっとだけ不思議な表情。
半歩近づき、アニーは静かに呼吸をする。
「色々な花のいい香りがするんスよ。バラやユリなど、気持ちが華やかになるっス」
店内の香りや、すれ違う他の客の香水の香り。そういったものとはまた違う、瑞々しい生花の香り。少年から漂う。それが言葉の理由となる。
香水は、香りの素となる精油を無水エタノールなどに混ぜたもの。ゆえに香りの純度で言えば、生花には及ばない。とはいえ、香水は時間が経つごとに変わる香りを楽しむものでもあるので、どちらが上、というものでもないが。
そんなことを言われたのはシャルルも初めて。反応に困る。
「……しますか? 花の香り」
「……いえ。少なくとも私には」
問われたレティシアも、何度も頬擦りするほどに接近したことはあるが、そういうものはよくわからなかった。それほど鈍感、というわけではないが、感じ取れるほどのことは一度も。




