271話
やっぱり、この人も少し変わっているのかもしれない。心の中でシャルルは悩み、
「……はぁ」
と返すので精一杯。よく言えば自信家、悪く言えば変わり者。そんな感じなのだろうか。
「まぁ半分冗談として、優秀な映画監督というのはね。自分じゃ決められないんだよ。演者や脚本家、衣装など全てのスタッフ、そして映画を観てくれた観客。それらが決めると思っているから」
そう、会話を繋げていくサミー。第三者からの評価でこそ、その人物の価値が決まる。そして自分の家であるかのように、少年を対面のイスに促す。
結局どっちなのだろう。指事されるがまま、シャルルもイスに座る。なんだか肩身が狭い。自宅なのに。
「自分以外、ですか?」
その言葉の意味。サミーなりの美学を持った考え方によるもの。
「今言った演者もスタッフも、その人自身が今、この現場でどれだけ充実して働くことができているか、というのは監督を通して感じることだと思うから。他人のフィルターを通過しないと価値はわからないものなんだよね」
もちろん、それは自分の考えによるもので、人それぞれ違うことはわかってはいるが。以前読んだ、世界的な指揮者の著書で、指揮者はそうあるべきというものに感化され、それを取り入れた。一番納得のいく方向性。
なるほど、とシャルルにも勉強になる。
「なんだか花と似ていますね。アレンジメントは結局、フローリストを介して届けられるわけですから。そういった意味では似ています」
最も、彼にとっては花はすでに完成されたものであって、自分達はそれをいわゆる通訳する、という立場にあるというのが根底にある。少なくともリオネルにはそう教わってきた。
だからこそベアトリスもかつて『花のことは三パーセント程度しかわかっていない』と発言した。理解など烏滸がましい、メッセンジャーであるべきと。まだ見ぬ種も数多くあるのだから。




