266話
「リシッツァになりたくない……」
口に出してみたベル。じんわりと体に馴染むように反芻させてみる。が。ごめん、めっちゃなりたい。今すぐにはその域に到達はできないだろうけど。だけど、言われていることはわかる気がする。
そういえば、NBAのスター選手であったコービー・ブライアントが「次のマイケル・ジョーダンにはなりたくない。コービー・ブライアントでいたい」と言ったのも、同じ理由なのかもしれない。自分であること。自分でい続けること。
リシッツァになりたいというより、彼女の音が好き。だから、彼女を目指すというよりかは、彼女の目指す音を目指したい……ってことでいいのかな? 今度、ベアトリスさんに聞いてみよう。
アドバイス、と言えるほどのものでもないけども。お役に立てたならリディアとしても嬉しいわけで。
「ま、私はさっきも言ったけどピアノに関してはズブの素人だから。聞き流してくれてかまわないよ」
そんな保険もかけておく。これから先、スランプに陥っても自分のせいじゃないってことにしておく。ひとりごとひとりごと。
彼女の笑顔を見ていると、小さなものから大きなものまで、ベルの悩みはどこかに吹き飛んでいくような気がして。シャルルと同じ、癒しの存在。立ち上がって全身で風を受ける。
「……ううん、ありがと。やっぱり少し楽になった。帰りにモンテーニュ通り歩いてみる。その気分を味わってみたくて」
そうと決まれば善は急げ。このままいい気分で歩いてみよう。横断歩道とかもビートルズみたいに渡ってしまおう。
見上げながらリディアが問いかける。
「帰り? 家がそっちのほうなの?」
近いならついて行こうか。暇だし。




