264話
陽の光を浴びながら、ベルは目だけそちらに向けてみる。
「モンテーニュ通り? 八区の? いや、ないけど、それがなにかあったの?」
タイトルだけは聞いたことがある、かも。あまりそういうのを観ることもなく、ただただピアノに向き合ってきたから。今は余裕もできてきて、バイトなりなんなりと色々やるようになったけど。
その中のワンシーン。回想しながらリディアは言葉を並べる。
「それで登場人物のピアニストが記者から『就きたくない職業はなんですか?』って聞かれたわけ。なんて答えたと思う?」
ピアニスト。役柄であって、本物ではないんだろうけども。ベルは自分に当てはめてみるとどういうだろうか。そう意識して考えてみる。
「うーん……プロ、ってことだよね。なんかもう、そこまでになっちゃったら、あえて『ピアニスト』って答えちゃうんじゃないかな。辛い部分もいっぱい知ったわけだし、二度目は味わいたくない、みたいな」
転職するなら人前に出るような仕事とは無縁の。もしくはスポーツ選手とか、違う形で目立つ、みたいな。そういうことを考えたことはある。なにせ一度諦めているから。リシッツァですらコンクールのプレッシャーで一度離れたというし。
生半可で中途半端にはできない、それでいて答えがない、なんてもの。知らないほうがいいというプロのピアニストも実際にいる。子供には目指してほしくない、とも。経験したからこそ言える、親としての願い。
しかしリディアの提示した答えは。
「惜しい」
「惜しい?」
どういうこと? 正解か不正解かだと思っていたベルは、少しだけ興味が増す。




