258話
「……いや、いやいやいやいや」
動画を観ながら思わず笑ってしまったベル・グランヴァルは、ベンチに座ったそのまま背もたれに体を預け、空を眺めた。諦め。そう、それに近い感情。太陽が眩しい。雲の切れ間からようやく顔を出してくれた。かと思いきや、やっぱり隠れる。
モンフェルナ学園の中庭。中央には人工大理石を使った噴水が立ち上り、その周りには等間隔で八つの長い木製ベンチが取り囲む。そのひとつに座りながら、切れ間の青空の先にあるであろう星々を探してみた。見えるわけないけど。
携帯に映し出された映像には、相当に昔に録画・録音されたものだが、女性のピアニストが恐ろしい練度でベートーヴェンを弾く姿が。彼女の名はヴァレンティーナ・リシッツァ。遥か彼方の高みにいるピアニスト。
現在、ベルはモンフェルナ学園の音楽科に在籍しており、そこでピアノを学びつつ、パリ八区の花屋〈ソノラ〉にてアルバイトをしている。その店主、ベアトリス・ブーケにもピアノについて師事しているわけだが、彼女から教わったこと。それは。
「……いやいやいやいや」
イメージトレーニング。実際に自分が弾いているように。憑依して。脳を、指を、音を構築すること。聴きながらも、自分だったらどう弾くか、どう表現するか、どういう意味を込めるのか。休むことなく頭を働かせる。そしてたまに実際に弾く。
「リストとか……そんな名前出されちゃうと……やるしかないんだけど……なぁ……」
歴史に名を残すような人物がやっていたんだから間違いない、そう教えられた。弟子にもそう教えていたと。それで腕が上がって、最終的には自分の名前を冠したコンクールとか。それはそれで憧れるけど。審査員とかやっちゃって。そこからその後すごいスターが生まれたりして。憧れるけど。




