226話
ショパン作曲『練習曲作品二五の第九番 変ト長調 蝶々』。
滑らかさと跳ねるような音の奔流。『エオリアンハープ』よりさらに短い一分少々の曲。右手がひらひらと舞う蝶のように、重さを感じない軽快な進行。左手は跳躍もある八分音符の伴奏。簡単に弾いているようで難易度はそれなりに高い。
花が見える。蜜を吸う蝶。花粉を纏い、空を舞う共生の関係。アガスターシェの花。花言葉は『澄んだ心』。その心の思うがまま。雑念を切り捨て、この世界に溶ける。境界など、曖昧に。
目を瞑り、その短い至福の時間をブリジットは取り入れる。
(……やっぱり、ベルの音は楽しい。他の誰とも違う、新種の蝶みたい)
アゲハ蝶? モンシロ蝶? タテハ蝶? そのどれでもない、蜜も葉も好きなだけ食べる欲張りな蝶。これだからクラシックは、ショパンはたまらない。
弾き終わると、霧散していた自分自身の欠片を集め、蝶は『ベル・グランヴァル』に戻る。
「……でもガーランドとリースかぁ。今の時代、ネットで探せばたくさん参考になるものはあるだろうけど……でもそれじゃたぶん、納得のいくものができないと思う」
そのまま花の話へ。やはり澄んだ心のどこかに引っかかる。
その不安。ピアノにも通じるところがあり、ブリジットもなんとなく理解できる感覚。小さく頷く。
「ピアノも、誰かに習わないと上達しないもんね。音の聴こえ方が違ってくるから」
客観的に聴いてもらえることは、自分の弱点に気づけることでもある。ゆえに、独学では辿り着けない境地というものがどうしてもある。いい教師に出会えるというのは、それだけで幸せなこと。
うーん……と唸りつつ、ベルは譜面台に突っ伏す。
「やっぱり、誰かにすぐ聞ける環境っていうのは大事だと思う。間違ったまま進んでいっちゃうと、修正する時に相当苦労するからね。ものによっては、ネットとかそういうの活用するのでいいと思うんだけどなー。料理とか」
花は。音楽は。たぶん、対面して手取り足取り教わりたい。見せてもらう、だけではなく体験。体に間違いを刻み込むことでしか得られない教訓。
苦悩し、考え、また苦悩して。だがそれでも、どこかブリジットにはそれが前向きに見えてしまう。
「……今のベル、楽しそうだね。一時期、この世の終わりみたいだったのに」
ピアノを辞めると言っていた時期。魂をどこかに置いてきたような。見ていられなかった。
思い出してベルも苦笑。違うベクトルの辛さ。
「いや、今も大変よ大変。手も冷やし過ぎないように気をつけなきゃだし。でも……自分の『音』、見つけられたから」
花。それをイメージすること。弾く、という動作は忘れて、絵画を描くように。それこそが自分の音。




