109話
ベルはまだ難しい作業はできないため、切り花の水替えなどを行なっている。頭を左右に揺らしながら長考する。
「うーん……」
「作業を止めるな。ある意味花より大事なものだな」
そんな、堂々と規律を破っている花屋〈ソノラ〉では、基本的にお客は欲しい花を選ぶことはできない。話を聞き、必要と感じたアレンジメントを、無言のメッセージとして、花を介して伝える少々特殊な花屋。この日も、店主による教育が続いている。
「そうですね……」
顎に手を当ててベルは考え出す。正直なところ、答えが絞れないでいる。そして、自分にはまだまだ足りていないもの。本来であれば当然、花屋なのだから花であるはずだが、違うという。そして、この店主はそんな簡単な答えを用意するほど優しい性格じゃない。上目遣いに恐る恐る羅列してみた。
「花じゃないとなると、器とか籠とか」
「全然違う」
被せ気味にベアトリスは否定した。もう一度言うが、不機嫌そうではあるが、もちろん不機嫌というわけではない。そんなネガティブな空気を纏ってはいるのだが、先程から手は高速で動いている。ブリキのジョウロを花器にみたて、冬紫陽花やイモーテルなどをテキパキとまとめ上げていく。
ちなみに売り物ではないので、こういったひとりで作っているものは趣味である。
「目だ」
相変わらず、ベルの方をチラリとも見ずに、淡々とベアトリスは口にする。作り途中のアレンジメントを置き、少し離れたところから観察してバランスを整えている。
「目……ですか?」
色々な答えを思い浮かべてはいたが、ベルの選択肢にはないものだった。五、六個ある選択肢のうち、全て外していたら体の部位全部言ってみようかと考えていたので、一五番目くらいにはあったのかもしれない。
そんな反応を気にせず、ベアトリスはさらに言葉を続けていく。
「目には色々あるが、何よりも大事なものは、お客の心情を読み取る目だ」
ここでやっとベルのほうにベアトリスは目をやった。ブリキのジョウロのアレンジメントは完成したらしく、様々な花が飾られた壁の木の棚の上に置き、ハサミやフローリストナイフなどを腰袋にしまう。
「我々はフラワーアーティストとは違う。目の前のことにだけ集中しろ」
そう言いながら、次の花に取り掛かろうと、傍らの細長い筒状の容器から花を取り出した。
「そんなに違うんですか? 同じ花を扱う職業なのに」
ベルは想像してみたが、フラワーアーティストの作る花は、ホテルや大きなイベントなどで飾ってある豪勢なもの。たしかに自分達が作っているものはこじんまりしているといえばそうだが、『花を活かす』ことは共通のはず、と思案した。




