36. エピローグ1
タマモが颯空の仲間になってから早二ヶ月。ガンドラの街の近くにある平原で激しく手合わせする二人の姿があった。
「やぁぁぁぁ!!」
気合の入った声と共にくるくると宙を舞ったタマモが強烈な蹴りを放つ。それを涼しい顔をした颯空に軽くいなされ、そのまま勢いよく地面を転がっていった。
「あばばばば!」
「魔法の方は悪くないが、近接戦闘はまだまだだな」
不格好に倒れているタマモに、颯空が淡々と告げる。自分を守れるだけの力をつけるため、タマモがギルドの依頼をこなすのと並行して鍛錬を行っていた。その成果もあって、この辺りの魔物であればまったく問題ないほどの強さを手にしたタマモであったが、颯空からすればまだまだ全然足りない。
「ぬぅ……サクはスパルタなのじゃあ」
「何言ってんだ、俺なんてまだ甘い方だっての。俺の時なんて、大抵気を失うまでやらされたぞ? 目が覚めたところで、何ヶ所か骨折している事に初めて気が付いたりしたな」
「え……」
あっさりと言った颯空にタマモがドン引きした。短期間でここまでの強さを手にした颯空の裏には、シフの壮絶なしごきがあったのだ。
「そ、それは流石に嫌じゃな……」
「心配すんな。無理はさせねぇよ」
シフのやり方が普通じゃないことぐらい颯空も理解している。タマモにはまともに強くなって欲しかった。
「でも……それじゃ、うちはちっとも強くなれないのじゃ……」
タマモが狐耳をしゅんと垂らす。そのおでこを颯空がピンっと軽く弾いた。
「いたっ!!」
「しょぼくれてんじゃねぇよ」
「むぅ……」
「さっきも言ったろ? 魔法は悪くないって。炎魔法との合わせ技で来られたら、俺だってお前には手を焼く」
「……そうなのか?」
涙目でおでこを押さえていたタマモが大きな目で颯空を見る。何となく気恥ずかしくなった颯空はそっぽを向いた。
「そうか……うちは強いんじゃな……!! むふ……うちは強い……最強……!!」
「調子に乗んな」
「ぎゃふぇ!」
先ほどよりもかなり強くデコピンを放つと、地面で悶絶するタマモを置いて颯空は街の方へと歩き始める。
「ギルドに戻る。ちんたらしてると置いてくぞ」
「ちょ、ちょっと待つのじゃ!」
慌てて起き上がったタマモが駆け足で颯空の後についていった。
*
「おう、タマモ! イカ焼き食ってくか?」
毎日のように依頼で出かけているせいか、ほとんど顔パスで街の中へと入った颯空とタマモに、屋台の男が声をかけた。もちろん、亜人族である事を隠すための帽子は装備済みだ。
「むほ!? イカ焼きとな!? それは放って置くことはできないのう!!」
「そうかそうか! なら三本くらい……」
「おい、親父。うちのバカを餌付けしてんじゃねぇよ。食費がバカになんねぇだろ」
「ぬああああああ」
颯空に首根っこを掴まれたタマモが切なそうな顔でずるずると引きずられていく。颯空とは対照的に愛嬌のあるタマモは街の人から慕われ、事あるごとに声をかけられた。そのせいで、ギルドに辿り着くのに、通常の倍以上の時間を要した。とはいえ、それはいつもの事なので、颯空は半ば諦めている。
「戻ったぞ」
「パルムー! ただいまなのじゃー!」
「サクさん! タマモさん! おかえりなさい!」
パルムが笑顔で二人を迎えた。
「ちゃんと依頼をこなしてくたのじゃ!」
「流石はタマモさんです! イエーイ!」
「イエーイ!」
パルムとタマモがハイタッチを交わす。この二ヶ月で二人は信じられないくらい仲良くなっていた。
「そんなタマモさんに朗報です! 今回の任務でDランクに昇格しました!」
「なぬ!? うちがDランク!? 聞いたかサク!! Dランクなのじゃ!! サクは何ランクだったかのう!?」
「……おかげさまでEランクだ」
立場上本当のランクを言う事ができない颯空が苦い顔で言う。タマモがにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべた。
「ほーう? ってことはつまり……うちが颯空よりも上になってしまったという事なのかの?」
「そういう事になっちゃいますね! これはサクさんも悔しいんじゃないですか?」
「のほほほほ! それは悪い事をしてしまったのう!」
「ふふふふ! ダメですよタマモさん! サクさんの面子をちゃんと考えないと!」
「…………」
悪ノリをする二人に、颯空が無言で手刀を食らわせる。二人仲良く地面に倒れ伏した。
「さっさとタマモのギルド証の更新を終わらせろ。俺は腹が減ったんだ」
「わ、わかりました……」
脳天に残るダメージを引きずりつつ、パルムが奥へと下がっていく。程なくして、タマモの新しいギルド証を持って戻ってきた。
「はい! こちらがタマモさんのギルド証になります!」
「ありがとうなのじゃ!」
喜ぶタマモにギルド証を渡しつつ、パルムが少しだけ真剣な顔をしながら颯空へと視線を向ける。
「そういえばサクさん、指名依頼が来てますよ」
「あ?」
颯空が怪訝な表情を浮かべた。指名依頼というのは、依頼を出す段階で冒険者を指名する方法だ。緊急を要する依頼であったり、特殊な依頼である場合に用いられるのだが、基本的に指名されるのは高ランクの冒険者だった。それもそのはず。指名依頼は通常の依頼に比べかなり値が張るため、信用のおける冒険者にしか来ることはない。つまり、表面上Eランク冒険者である颯空には来るはずもないものなのだ。
「……誰が俺に指名依頼なんて出しやがった?」
「そう警戒する必要はないと思います。確実に二つ名を知らない相手からの依頼なので」
パルムの顔が優秀な受付嬢のものになっていた。であれば信用していいだろう。だが、なおさら誰が依頼をしてきたのかが疑問に感じる。
「依頼内容の説明を」
「サリーナ地方へ行く航海の護衛になります。依頼者は漁業や運送業を営むノックス・バージルさんです」
「あっ」
依頼の内容を聞いたところで思い出した。ノックス・バージル。サリーナ地方へ行くための足を探している時に出会った男だ。確か、サリーナ地方へ行くための航路に厄介な魔物が住み着いたって話だった。準備ができるまで三ヶ月以上かかると言っていたが、思ったよりも早く終わったらしい。
「……俺の知り合いだ。その依頼、受けさせてもらう」
「わかりました」
「パルム」
「はい?」
「世話になったな」
「……え?」
依頼を登録するために颯空からギルド証を受け取ろうとしたパルムの手が止まった。
「……どういう事ですか?」
ざわめく心を理性で抑えつけ、努めて冷静にパルムが尋ねる。
「サリーナ地方へ行く手段を探しててな。ノックスがその役を引き受けてくれたんだよ。その準備ができた合図が指名依頼ってわけだ」
「サリーナ地方……」
パルムが無表情で呟いた。ここから先の展開は、誰だって予想がつく。そもそも冒険者というのは根無し草だ。いつまでも同じ場所にいる事はない。受付嬢である以上そんな初歩的な事は理解していた。
理解していたはずなのに……どうして、こんなにも胸が張り裂けそうなのだろうか?
「それは……よかったですね!」
パルムが無理やり笑顔を作る。
「そういえば、サクさんは世界を巡りたいって言ってましたもんね! これがその一歩ってわけですか!」
「…………」
パルムの空元気は誰が見ても明らかだった。タマモが心配そうな顔で彼女を見る。
「はい! これで依頼の登録は完了です! それにしてもサリーナ地方ですかぁ! ここから船で行くとなるとルクセントですかね? あそこは魚介類がとっても美味しいらしいんですよ!! なんたって港町ですからね!! 他にも小麦粉を使った珍しい料理があるとか! いやー、私も行ってみたかったですね!!」
「パルム」
「サクさんもついにこの冒険者ギルドを卒業ですかー! 長いようで短かったですねー! まぁ、色んな場所を巡る事で冒険者は名を上げるものです! あっ、サクさんは名を上げる事に興味がないんですよね! それならあんまり無茶しないでくださいよー? 他のギルドの受付嬢が私みたいに上手いことやってくれるとは限らないんですからねー?」
「パルム」
「ついに我がギルドの問題児がここを離れる時が来たんですね……心労が減って嬉しいんですが、ちょびっとだけ寂しい気持ちも」
「パルムッ!!」
颯空の大声にパルムがビクッと体を震わせる。
「なんで今生の別れみたいになってんだよ?」
「え……?」
パルムが呆けた顔で颯空を見た。その反応に、颯空が大きくため息を吐く。
「……いいか? 確かに俺はこの街を離れる。だが、考えてみろ。冒険者ギルドで一番偉い奴は誰だ?」
「サ、サガット総ギルド長です……」
「そうだ。そして、サガットは'ジョーカー'なんてふざけた二つ名をつけて俺に首輪をした。……人をこき使う事にかけて天才的なあのおっさんが俺を飼い殺しにすると思うか?」
「そ、それは……思いません」
巨大な組織である冒険者ギルドの長であるサガットの手腕は本物だ。そんな男が颯空を特別扱いしたという事は、いずれその力を利用しようとしているのは目に見えている。
「つまり、いつかはわからねぇが、俺は嫌でもこのギルドに呼び戻されるんだよ。その時、誰が俺の相手をするんだよ?」
そう言いながら、颯空は真剣な顔でパルムの目を見つめた。
「このギルドで俺の担当受付嬢はお前しかいねぇんだよ」
「っ!?」
飛び出すのではないかと思うほど、パルムの心臓が高鳴る。同時にこみあげてくる涙を必死に堪えた。
「……サクさんの無茶に付き合えるのは私だけですからね」
いつか戻ってくると言ってくれた彼を、笑顔で見送りたかったから。
「出発は明日です。いいですか? 調子に乗って暴れまわらないでくださいよ? いくら私達が必死になって隠しても、あなたが例の二つ名を隠す気がなかったらどうしようもないんですからね! タマモさん! その辺よろしくお願いします!」
「わかってるよ」
「まかせるのじゃ!!」
面倒くさそうに颯空が答え、タマモが元気よく敬礼する。そんな二人にパルムはとびきりの笑顔を向けた。
「それではお二方……いってらっしゃい!」
「おう」
「行ってくるのじゃ!」
送り出すパルムに応えると、颯空とタマモは冒険者ギルドを後にする。二人の姿が見えなくなっても、パルムはじっと二人が出ていったギルドの出入り口を見つめていた。
「……先輩?」
そんなパルムに、ジェシカが声をかける。いつもののほほんとした雰囲気はすっかり鳴りを潜め、パルムを気遣うように眉がへの字に曲がっていた。
「いいんですかぁ? 気持ちを伝えなくてぇ?」
「…………」
ゆっくり息を吐き出すと、パルムはピンッと背筋を伸ばす。
「……サクさんは優しいですからね。私が思いを告げたら、自分の心に関係なく、私が傷つかないようにするでしょう。でも、それはあの人の事を縛りつけるのと同義です。そんな事は許されない。サクさんはそんな小さな世界で生きる人じゃ……ない……!!」
言葉の途中であふれ出てくる涙。もう自分の意志では止める事ができなかった。
「先輩っ!!」
つられるように泣き出したジェシカがパルムを力強く抱きしめる。それがきっかけで、なんとかせき止めていた心のダムが、完全に決壊してしまった。
「……うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!! サクさぁぁぁぁぁぁぁん!!」
赤子のようにパルムが鳴き声を上げる。何事かとギルド中の注目が集まっても、パルムが泣き止むことはなかった。




