35. 七帝将
極寒の地、デスガルド地方。世界で最も北に位置し、一年のほとんどが吹雪に見舞われているこの土地には魔族が住んでいた。おおよそ生物の生きていく環境とは程遠いこの地で、脆弱な人族が生きていく事は限りなく不可能に近い。魔族のように強靭な肉体を持つ者だからこそ、この厳しい大地で生きていけるのであった。
とはいえ、住めるからといって住み心地がいいわけではない。植物も動物も限られた種類しか見受けられず、資源も素材も少なかった。あるのは使い道のない雪ばかり。生き物にとって楽園とは程遠い場所であるのは確かであった。
そんなデスガルド地方の中でも特に厳しい最北に位置するのが、五十年前の人魔戦争において最強と謳われた魔王の居城であったディアボロス城だ。主を失って相応の年月が警戒しているというのに、一切朽ち果てた様子がない。その理由は、魔王復活のため、ある魔族達がこの城を利用していたからであった。
その名も七帝将。
腕力や知力、魔力など、他とは一線を画する実力を有する七人の魔族。魔族達は畏怖の念をもって、彼らをそう呼んでいた。
今日は普段好き勝手やっている七帝将が一堂に会する日だ。お世辞にも仲がいいとは言えない彼らが集まる城内は、異様なほどに緊張感が漂っていた。
「遅ぇ! どうなってやがるんだ!!」
金色短髪の筋肉質な大男が怒りに任せて目の前の机に拳を叩きつける。この会議室に用意されたのは大きな円卓とそれを囲むように置かれた七つの椅子。その椅子に座る魔族が男を含めて五人。勢いよく立ち上がると、男は二つの空席を睨みつけた。
「忙しいオレ様がこうやって足を運んでやってるんだぞ!? こうなったら首根っこ掴んで無理やり連れてきてやる!!」
「……やめときなさい。あんたじゃかなわないわよ」
いきり立つ男の横で桃色の髪をした妖艶な美女が自分の爪に深紅のマニキュアを塗りながら面倒くさそうに言った。
「おいてめぇ!! 今なんて言いやがった!? ああん!?」
「聞こえなかったの? 獣は耳がいいと思っていたけれど」
「喧嘩売ってんのか、このアマ!?」
金髪の男が詰め寄るも、桃髪の女は涼しい顔でマニキュアの出来栄えを確認するばかり。
「リリムさんの言う通り、やめておいた方がいいでしょう。それにルシフェルさんは現在任務中ですので、ここに来れないのも仕方ないかと」
「“闘将”殿はいつもいつも忙しいですのぉ……」
両手を組んでその上に顎を乗せながら、眼鏡をかけた長髪の男が言うと、隣に座る白髪の老いた男がフォッフォッフォ、と笑う。
「だったらアモンの奴はどうなんだ!!」
「……アモンさんが来ないのはいつものことでしょう」
長髪の男が呆れたように言う。
「それで納得できるか!! オレはアモンを連れてくるぞ!!」
「だーかーらー、あんたじゃ勝てないって」
「なんだと!? オレ様を誰だと思ってる!?」
「"脳筋"オセでしょ? 名前ぐらい知ってるわよ」
「"獣将"だっ!!」
オセが獣のように低い唸り声をあげるも、リリムは全く動じていなかった。どうでもよさそうに、手櫛で髪の手入れをし始める。その態度がオセの神経をさらに逆なでした。
「てめぇ……調子乗ってるとまじでかみ殺すぞ!? オレ様は女だからって容赦しねぇ!!」
「あぁ、もう鬱陶しいわね!! アンドラス! なんとか言ってやってよ!」
リリムが心底迷惑そうな顔で、眼鏡をかけた長髪の男に視線を向ける。話を振られたアンドラスはため息を吐きつつ、オセの方を見ながら中指で眼鏡の位置を直した。
「“勇将”アモンの力を知らないあなたではないでしょう? 人族と戦争をする前に味方同士で戦力削りあってる場合じゃないことくらい理解して欲しいですね」
「くっ……!! だ、だが……!!」
「それにアモンさんをこの場に呼んだところで、建設的な意見を出すとは思えません。あの人には私が後で説明しておくので、それでよしとしませんか?」
「……ちっ!!」
盛大に舌打ちをしながら俺が席に着いた。
「フォッフォッフォッ。さすが”賢将”殿。交渉事はお手のものかのぉ?」
「グシオンさんに褒めてもらえるとは光栄ですね」
終始楽しそうにしていた白髪の老人に、アンドラスは言葉とは裏腹に冷たい声で答える。
「……そろそろ話を始めてもいいか?」
それまで黙って事の成り行きを見ていた女の魔族が小さな声で言った。女を前面に出しているリリムとはまた違った美女だ。女騎士のように凛々しい顔つきを見ていると、どうにも口答えができなくなるような威圧感が体からにじみ出ている。リリムは髪をいじるのをやめ、グシオンは嫌らしい笑みを消した。
「さて、先ほどもアンドラスが言っていたが、ルシフェルは今任務にあたっている。王都アレクサンドリアの偵察任務だ」
「偵察任務だぁ?」
子飼いの魔獣を使っての偵察任務が得意なオセが眉を顰めた。
「おい、ベリアル! そいつはオレ様の仕事なんじゃねぇのか!?」
「王都で大規模な召喚魔法が使用された気配を察し、その真偽を確かめるよう私がルシフェルに頼んだのだ。街の偵察に魔獣を使うわけにもいくまい?」
「……まぁ、そうだな」
「“魔将”殿が感じたとあれば、まず間違いないであろう。しかし、そうなれば……」
「あぁ。十中八九異世界から勇者が召喚されたと見ていい」
グシオンが細長いあごひげを撫でつけながら言うと、ベリアルが真剣な表情で頷く。
「もし、それが事実であれば、色々と練り直さなければならなくなりますね。帝国さえ何とかすれば、という計算で布陣を組んでいますから」
アンドラスが疲れたようにため息を吐いた。作戦の立案や戦術を企てるのが得意なアンドラスが、新魔王軍の参謀役と言っても過言ではなく、急な作戦の変更はダイレクトに彼にのしかかってくる。
「ルシフェルからの報告が入り次第、追って詳細を伝える。私からの話は以上だ。リリム、次は貴様の番だぞ」
「はーい……って言っても、あんまり報告することなんてないんだけどねぇ」
「おや? "艶将"殿も任務についておったのかの?」
意外そうな顔でグシオンがリリムを見た。
「ベリアルちゃんに頼まれたら断れないからねぇ。あたしはガンドラに騒ぎを起こしに行ったのよぉ」
「商業の街ガンドラ、ですか……あそこは人族の流通の要所ですからね」
「あー、そういう細かいことはパス。あたしは言われたから行っただけ。……まぁ、失敗しちゃったんだけどね」
頭をコツンと叩きながらてへ、とリリムが舌を出す。それを見て、ベリアルとアンドラスが脱力したように息を吐いた。
「……失敗した経緯を話せ」
「グシオン爺さんからもらった魔道具を使って、街を魔物に襲わせようとしたんだけど、街にたどり着く前に全部倒されちゃったみたいなのよ」
「みたい、ってなんでそんな曖昧なんですか?」
「魔道具を馬鹿な男に渡した後、任務終了って思って、あの街で買い物したり、お酒飲んだりしてたから。あそこは最新の物が揃ってるし、料理もすっごい美味しいのよねぇ。見て見て! これ新作のマニキュアよ! とーっても可愛いでしょ?」
リリムが両手を開いて自慢げに爪を見せる。アンドラスは諦めたように首を振ると、グシオンに視線を向けた。
「グシオンさん、どんな魔道具をリリムさんに渡したんですか?」
「フェーフェッフェ……あれは吾輩の新作でのぉ。周囲に魔物を狂化状態にする霧を散布するのじゃ。しかも、その狂化は霧がなくなっても魔物から魔物に伝搬し、高ランクの魔物ですら狂化可能な代物なんじゃ。……ただまぁ、使い手は選べないがのぉ」
「なによぉ!? あんたが自信満々な顔で渡すから、あたしはそれを信じただけなのにぃ!! それに使ったのはあたしじゃなくて、髭面のきったないおっさんなんだからぁ! だっさいローブまで着て本当損した!! あんたのせいで失敗したのよ、このとち狂いじじい!!」
「とち狂いとは……”狂将”の吾輩にはこの上ない褒め言葉だのぉ」
グシオンが小馬鹿にしたように笑う。
「あなた自身がその魔道具を使うべきではなかったのですか? それなのに人頼みなんてするから」
「山の中に行くなんて絶対嫌! ジメジメしてるし、虫に刺されでもしたら最悪だわ! というか、あんただってよく人を使っているじゃない!」
「あなたと一緒にしてもらいたくないですね。あなたは男を誑かして自分の手ごまとして使う。私は利害の一致で協力していただく」
「何が違うっていうのよ!?」
冷ややかな目線を向けるアンドラスにリリムが噛みついた。
「あなたのやり方では低俗な者しか使役することができません。ですが、私の場合はしっかりとその人物を観察し、能力が高いと判断したところで協力を仰ぐので失敗しにくいのです」
「能力が高いって言っても所詮は人族でしょ?」
「おや? 人族の中にも話がわかる人もいます。それに人族だ、と馬鹿にしていると痛い目を見る事になりますよ?」
「フンッ!! 人族なんぞ全員殺しちまえばいいんだよ!!」
オセが不機嫌そうに鼻を鳴らす。アンドラスが言い返そうとするがベリアルがそれを手で制した。
「大体話は分かった。その邪魔をした人族というのは何者だ?」
ベリアルの質問にリリムが口元に指をあてて首をかしげる。
「うーん……それがよくわからないのよ。どうにも冒険者ギルドから情報規制が帰られているみたいで。根も葉もない噂ばかりを聞く羽目になったわ。でも、一つだけ噂話に共通点があったの」
「共通点?」
「’ジョーカー’。それが、冒険者ギルドが与えた二つ名みたいね」
「‘ジョーカー’……」
ベリアルは無意識のうちにそっと指を顎に添えた。嫌な感じに心がざわつく。
「探らせますか?」
「いや、もう少し様子を見よう。ただの冒険者であれば捨て置いて構わない。ただ、もしその’ジョーカー’という輩が我々の前に立ちはだかった時は……」
ゴゴゴ……。あふれ出たベリアルの魔力に呼応して、城全体が震えた。
「私自らが叩き潰す」
「わかりました」
ベリアルの目に宿る炎を見て、アンドラスはあっさりと身を引いた。
「そういえばリリム。もう一つの依頼はどうだった?」
「それも駄目ね。っていうより、抽象的過ぎて見つけられっこないわ。色々と聞いて回ったり、適当な男をひっかけて山を探させたりしたけど、魔王様の遺産っぽいものは一切見つからなかったわ」
「そうか……魔王様への手土産に、と思っていたのだが、仕方ない」
肩を竦めるリリムを見て、最初からあまり期待をしていなかったベリアルがサラリと言った。
「リリムの話も終わったという事で、今後の予定について話す」
少しだけ前に身を乗り出すと、ベリアルは座っている面々に視線を向ける。
「これからルシフェルとオセを除く七帝将は私と共に『霊峰ギルガ』を目指す。目的は……言わずもがなだな」
今まで一切表情を変えなかったベリアルがニヤリと笑った。笑った顔など見たことのなかったここにいる者達は、内心驚きを隠せずにいた。それだけ心待ちにしていたのだろう。
「『霊峰ギルガ』ではアンドラスの知人から協力を得られる事になっている」
「信頼できる方です。氷霊種は彼に任せていいかと」
ベリアルの視線を向けられたアンドラスが自信ありげに答える。ベリアルは頷くとオセに顔を向けた。
「オセにはその間、人族の目が我々、ひいては我々がいないデスガルド地方へ向かぬようにしてもらいたい」
「そいつはまた暴れられそうな任務だな! 相手は王都か? 帝国か?」
「帝国はアモンとにらみ合っているので、動く事はないだろう。問題は、異世界の勇者を召喚した疑いのある王都アレクサンドリアだ」
「はっ!! 王様の首をとっちまってもいいのかよ?」
「好きにしていいぞ。できるだけ派手に暴れてこい」
オセが自分の手のひらに拳をぶつけながら猛々しく笑う。
「会議は以上だ。早速今から行動に移る。速やかに準備せよ」
ベリアルの号令を受け、七帝将の面々が次々と席を立ち、会議室を後にするのだった。




