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34. アイリス、頑張る

 王城の中庭に作られた訓練場では、王都騎士団が日々汗を流していた。その訓練に一部の異世界の勇者が参加していると耳にした、この国の女王であるアイリス・カローナ・アレクサンドリアは政務の暇を見つけて足を運ぶことにした。

 本音で話せる相手、本音で話してくれる相手、そういう者を見つけなさい。

 マーリンからそう言われてから、アイリスは積極的に異世界人と交流をはかろうと思ってはいたのだが、上手い事予定が合わず、今日初めて訓練場に来ることができたのだった。

 今日は数人の女子の姿が見えた。その中の一人、藤ヶ谷(ふじがや)(みお)が、ちょうど今騎士団の騎士達と打ち合いをしている。当初この世界に来た時は、戦いのたの字も知らなかった彼女であったが、今は十を超える騎士達を相手に圧倒していた。その動きは非常に洗練されており、アイリスは思わず目を奪われる。


 アイリスが来た事に気づいた騎士団長のガイアス・ヒューズが慌てて駆け寄り、胸に手のひらを添え敬意を表した。


「これは女王陛下。このような場所に足を運ばれるとは、一体どのような御用で?」

「ガイアスさん。皆様の頑張りをこの目で見てみたくて。お邪魔でしたらすぐに戻ります」

「いえ、そのようなことは。陛下に見ていただけるのであれば、訓練にも力が入ります。失礼いたします」


 ガイアスは再び敬礼をすると、訓練をしている騎士達のもとへと戻っていく。しばらくして、澪と騎士達と乱取りが終わり、休憩時間となった。体を休めている騎士達にアイリスがタオルを持って近づいていった。そこで初めてアイリスが来ていることに気づき、慌てて敬礼しようとするのを、アイリスが柔らかく止める。そして、一通り騎士達を労ったところで、アイリスは目的の異世界の者達の下へ歩み寄った。


「こんにちは、勇者様」


 自分のできる一番の笑顔で澪達に話しかける。


「へ? じょ、女王様!? なんで女王様がここにいんの!?」


 その存在にまるで気が付いていなかった元気がトレードマークな七瀬(ななせ)さくらが目を丸くした。同様におさげ髪の小川(おがわ)(さき)も驚いている。澪をはじめ、冴島(さえじま)玲香(れいか)北村(きたむら)穂乃果(ほのか)は、訓練の最中に認知していたため、すっと頭を下げた。


「いえ、皆様の勇姿を見たくて来てしまいました」

「そういう風に言われると、なんだか緊張してしちゃいますね……これは気合入れて訓練しなければ!」


 咲が丸眼鏡を光らせながらにぎり拳を作る。


「それにしても……」


 さくらがまじまじとアイリスの姿を眺めた。


「相変わらず奇麗ですねぇ……こんな奇麗な人生まれて初めて見た」

「そうね。元の世界にも女王様ほどの美人はそういないわね」

「本当! 羨ましいです!」


 さくらと玲香、そして穂乃果に褒められ、アイリスは顔を赤くする。


「そう言っていただけると嬉しいです。……ちょっと恥ずかしいですけど」


 そう言ってはにかんだアイリスを見て、さくらと咲がぽーっとした顔をした。そして、何かに気がついた二人は後ろを向くと、口に手を添えてこしょこしょと内緒話を始める。


「……咲っちはどう思う?」

「あんなの反則です。勝てる気が一切しません」

「あたしもそう思う。それに……」

「はい……」

「「胸がでかい!!」」


 全く同じ思いを抱く同志を見つけ、咲とさくらが無言で力強い握手を交わした。


「……それで、女王様が私達を見に来たのはわかりましたが、お声をかけてきたという事は何か聞きたい事でもあるのですか?」


 二人の様子を不思議そうに見ていたアイリスに、ため息交じりで澪が尋ねる。


「聞きたい事と言いますか……初めてここに皆様がいらして以来、お話しする機会がなかったので」

「話ですか?」

「いいねぇ! これだけ女子が集まればガールズトークまっしぐらでしょ!!」


 アイリスと澪の間に、さくらが割って入ってきた。相手が誰でも、どんな時でも元気よく話し合相手に絡んでいく。それが七瀬さくらという女だった。そして、それを一番の理解者である冴島玲香が諫める。それがいつもの流れであるのだが、今回ばかりは玲香は何も言わずに見守っていた。その理由がわかる澪と穂乃果が何とも言えない表情を浮かべる。


「ガ、ガールズトークですか……? ごめんなさい……そういうものをした事がなくて、どんな話をしたらいいのかわからないのです」

「そっか……女王様の周りには堅苦しい人しかいないもんねぇ! ガールズトークっていうのは気になってる男子の話をすればいいんだよ!」

「気になってる男子……」


 アイリスが目を白黒させた。流石にまずいと、玲香がフォローに入る。


「一国の女王様の色恋沙汰なんて軽々しく触れていいわけないでしょ。それこそ炎上ものよ」

「あ……ま、まぁそうだよね。ごめん、女王様」

「いいえ、気になさらないでください」


 申し訳なさそうに頭をぽりぽりかくさくらに、アイリスが微笑みかけた。


「正直なところ、気になっている男子というのはまだおりませんが、大切な人ならばいます」

「大切な人……ほほう。これはゴシップの匂いがプンプンしますな」

「はい。是非ともお伺いしたいところですね」


 きらりと目を光らせたさくらに、少しだけ話気を荒くした咲が続く。


「大切な人……いえ、大切な人達は我が国に住まう全ての国民です。国というのは器であり、それを満たす人がいなければ、単なる空虚な容器にすぎませんから」

「あ、あー……そういう事ね」

「さ、流石は女王様です……」


 一点の曇りもない眼でアイリスがそう言うと、さくらと咲が微妙な表情で視線を交差させた。その反応を見て言葉足らずであった事に気が付き、アイリスが慌てて言葉を付け加える。


「もちろん、その中には勇者様方も含まれています。こちらの都合で呼び出してしまった以上、無謀な死地へと向かわせて、命を散らす事のないよう、最大限の配慮をしていくつもりです」


 異世界の人だとしても、自分は大切に思っている。そう伝わるようにアイリスは言った。その瞬間、空気が一変する。澪と穂乃果と玲香が神妙な面持ちで顔を見合わせ、咲はおろおろしながらちらっとさくらに視線を向けた。そして、今までへらへらと笑っていたさくらが、途端に無表情になる。


「えっと……なにか変な事を言ってしまいましたか……?」


 動揺が隠し切れない様子でアイリスが尋ねた。少しの沈黙の後、いつになく真剣な表情を浮かべたさくらがずいっと前に出てくる。


「……ほんとは聞くつもりなんてさらさらなかったけど、あなたがおかしな事を言うから聞かせてもらうよ」

「はい」

「どうしてあの三人を竜人種(ドラゴニア)のところになんて行かせたの?」


 先ほどまでの友好的な雰囲気は一切ない。射殺すような鋭い視線を向けてくるさくらにアイリスは狼狽えるばかりであった。この問いにいい加減な答えは許されない。直感的にそう悟ったアイリスであったが、残念ながら彼女の質問の意味が全く分からなかった。


「すいません……さくらさんのおっしゃる意味が……」

「そうなんだ……なら、はっきり言うね? どうしてあたし達の中でも戦闘能力が低い三人に、死ぬかもしれない竜人種(ドラゴニア)との交渉に行けって、命令したの?」

「…………え?」


 戦闘能力が低い三人? 竜人種(ドラゴニア)との交渉? 彼女は一体何の話をしているのだろうか。


「大切な人は無謀な死地へと向かわせないって言ってたよね? それなら、死地に向かわせた三人は大切な人の枠には入らないって事? あの三人が戦いに不向きなギフトを授かったから?」


 さくらの口調がだんだんと強いものになっていく。アイリスの困惑は大きくなるばかりだった。恐ろしく真剣な顔をしているさくらの目には涙が溜まっていく。


「どうして一ノ瀬達だけで行かせたの? 一ノ瀬達なら死んでもいいって事? どうしてあたしたちに何も教えてくれなかったのよ……!? ねぇどうしてっ!?」

「さくら」


 絶叫に近い声で詰め寄るさくらの肩を玲香がつかんだ。振り返り、優しく自分を見つめる親友の顔を見て、さくらの涙腺は崩壊する。声を上げて泣き出したさくらを抱きしめ、落ち着かせるようにその背をポンポンと叩いた。そして、それとなくこちらに寄ってきてくれた穂乃果にさくらを任せた玲香が、戸惑うばかりのアイリスに向き直る。


「女王陛下はガイアスさんが、一ノ瀬湊、夏目遊星、沢渡和真の三名に命じた、国からの依頼についてご存知ですか?」

「国からの……依頼?」


 その反応だけで玲香はすべてを悟った。この女の子には大事なことは何も知らされていないお飾りの女王様であることを。

 どうすべきか少し迷った玲香だったが、自分の知っている事をアイリスに話した。それは彼女を憐れむ気持ちからだった。


「そんなことが……!」


 玲香の話を聞いたアイリスがゆっくりと首を左右に振る。自分が知らないところで、そんな話が進んでいたとは。ショックが隠し切れない。


「…………申し訳ありませんが、所用ができたのでこれで失礼いたします」


 なんとか言葉を振り絞ったアイリスは澪達に頭を下げると、踵を返して大臣の部屋へと向かった。


「おや、これは女王様。血相を変えてどうしたのですかな?」


 ノックもせずに入ってきたアイリスに、大臣のカイル・エシャートン眉を顰める。


「カイルさん……私の聞きたい事がわかりますか?」

「はてさて、見当もつきませんな」

竜人種(ドラゴニア)の集落への遠征についてです」

「…………」


 ピクリと眉を動かすと、カイルは持っていた書類を机の上に置き、アイリスに向き直った。


「どうして私に何も話さずに、そんな勝手をしたのですか?」

「ふむ……」


 カイルが思案気に自分の顎を撫でる。

 

「……お話ししてたら陛下はどのような判断を下しましたか?」

「もちろんそのような事を認めるわけにはいきません!」

「それはなぜですか? 竜人種(ドラゴニア)との交渉は急務であることくらいはご存じでしょう?」

「確かに強大な力を持つ竜人種(ドラゴニア)を味方にすることができれば心強い限りです! ですが、何も異世界の勇者様に行かせなくても……!!」

「異世界の勇者を呼んだのは魔王を倒すため。その布石となる竜人種(ドラゴニア)との交渉に、彼らをあてて何が悪いというのですか?」


 カイルにぎろりと睨まれたアイリスが言葉に詰まった。


「そもそも危険な地と決まったわけではあるまい。交渉に長ける者、判断力に長ける者、そして知識に長ける者としてあの三人を選んだまでです」

「だ、だったらなぜ三人だけで行かせたのですか? 護衛の騎士をつけることができましたよね?」

竜人種(ドラゴニア)は多種族との交流を拒む種族です。そんな彼らのもとに大人数で訪れるのは、それこそ愚の骨頂でしょうな」


 淡々と正論を切り返すカイルに、アイリスは何も言い返せなくなる。


「儂はこの国の事、この国に住まう人族の事を思って最良の選択をしたと自負しております。とはいえ、女王の判断を仰がなかったのも事実。一刻も早く竜人種(ドラゴニア)との交渉を進めなければ、魔族と手を結んでしまうかもしれない。そうなったら我々に未来はないと思い、事を急いてしまった。如何様な処罰でもお受けいたしましょう」

「……いえ、何も罰する事はありません。ですが、今後は何をするときでも私に一報入れてください」

「かしこまりました」


 恭しくお辞儀をするカイルに背を向け、アイリスが逃げるように部屋から出ていった。そして、顔をうつむけたまま早足で自分の部屋を目指す。


 今の自分の顔を誰にも見られたくはなかった。

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