33. 勇者式名の上げ方と悪意の緩行
王都周辺にあるコルク村はおよそ百人ほどが暮らす小さな村だ。村の中には畑が広がり、細々と自給自足の生活を営んでいる。偶に商人が足を運んでは村の特産品である小麦と他の品を交換したりするが、それ以外で他者と関わるようなことはなく、コルク村の住人同士で助けたい、静かに暮らしていた。
そんな村に珍しく村民や商人でない者達の姿がある。その中の二人は騎士団のマークが入った銀の鎧を身にまとっており、それ以外の者は二十に満たない少年少女であった。
「本当にありがとうございました」
「いえいえ、僕達はやるべき事をしただけですので」
深々と頭をさげる村長に対して騎士団副団長のフリード・シンプソンが朗らかな笑みで答える。
「それに僕は特に何もしてません。全て彼らがやったことです」
「なんと? こんなにもお若いのにですか?」
「えぇ、僕なんかよりよっぽどね」
フリードの言葉に村長は驚きを隠せない。騎士団といえば、有事に備え日々厳しい訓練に明け暮れており、その強さは王国周辺では有名な話であった。その中でも副団長のフリードは名が通っており、生半可な冒険者では相手にならないと言われている。
そのフリードよりも腕が立つと言われ、信じられないといった様子で視線を向けると、彼らは村が開いたお礼の宴の中で思い思いに楽しんでいた。
「……今の無邪気な様子を見ていると、にわかに信じがたい話でありますが」
「国が召喚した勇者ですからね」
「むぅ……それでは少し挨拶をした方がいいかもしれませんな」
村長は気を遣うようにちらりとフリードを見る。
「僕達の事ならおかまいなく。こちらで好きにしていますので」
「そうですか。なら少し席を外させていただきます。騎士団のお二人もどうぞ楽しんでくだされ」
そう言うと村長は異世界人が集まる所へと歩いていった。村長がいなくなるとフリードは手元にあるぶどう酒に口をつけ、ゆっくりと辺りを見回す。
そもそもフリード達がなぜこの場にいるのかというと、異世界人である彼らの警護のためであった。この世界に彼らが来てからある程度の日数が経過し、座学や城で行われる基本的な訓練は一通り終了した。そのため今は実戦経験を積ませる段階に移行し、こうして近隣の村や町から騎士団に寄せられる依頼をこなさせているというわけだ。
とはいえ、異世界の勇者だけで依頼に当たらせ、万が一にも損失を被る事にでもなれば国の存亡に関わりかねないという事で、騎士団の中で手が空いている者がいる時は、こうして彼らに同行し、護衛するという事になっていた。
「……とはいっても僕より強い人達を警護っていまいちピンとこないんだけどな」
フリードは並べられた料理に手を伸ばしながら苦笑した。
「ご冗談を。まだまだフリードさんの方がお強いでしょう。俺はあっさりと抜かれましたが」
部下の男が何とも言えない顔で肩をすくめる。
「やはり異世界の勇者というのは成長速度も段違いなのですね。一年もたっていないのに、そこら辺の魔物であれば歯牙にもかけないほどの力を手に入れてしまった」
「そうでなければ困るんだけどね。彼らには魔王と戦ってもらう……生半可な強さじゃ無駄死にさせてしまうだけだよ」
「フリード様〜!!」
突然、フリードを呼ぶ甘ったるい声が聞こえてきた。二人が声のした方へ目を向けると、限界まで足を曝け出したミニスカートに盛りに盛った金髪、とまさにギャルという言葉を体現したような少女がこちらに走り寄って来ていた。その後ろから困り顔の短髪の女の子もついてきている。
「これはチサトさんとイズミさん。どうしたのかな?」
「あの〜料理を持って来たので〜緒に食べませんか〜?」
「この子がどうしてもフリードさんと食べたいって聞かなくて……ご迷惑じゃなければご一緒してもいいですか?」
少し顔を赤くした渡会千里が両手に持った木の皿をフリードに差し出す。その横で和倉泉が申し訳なさそうな表情を浮かべた。
「それはいいね。でも美少女二人と食べるなんて少し緊張しちゃうかな?」
「いや〜! フリード様お上手〜!」
千里は机に皿を置くと、フリードの腕に自分の腕を絡ませた。
「す、す、すいません! この子、少し酔っているみたいで! ほら千里! フリードさんに迷惑でしょ! 離れなさい!」
「いや〜! 離れたくない〜!」
泉が慌てて千里を引き離そうとするが、がっちりと掴んでいて離れる気配はない。そんな泉にフリードが笑いかける。
「気にしなくていいよ。片手で食べられるからね」
「そ、そうですか……本当にすみません」
「イズミさんも座ったら?」
「あ、はい……ありがとうございます」
泉は頭を下げると、おずおずとフリードの横に座った。
「でも、本当にここでいいの? カケル君達の近くの方が盛り上がっているんじゃないかな?」
「あそこにいても全然楽しくないんだも〜ん! 四王天は自慢ばっかり、筋肉バカは肉を食べてばっかり。あたしはこうやってフリード様の近くにいることが幸せなんです〜」
そう言いながら千里は甘えるようにフリードにしなだれかかる。泉は一瞬それを見て止めようとしたが、フリードがニコニコしているのを見てもうどうにでもなれ、と持っていたぶどう酒を一気に飲み干しながら、たくさんの村娘に囲まれている四王天翔の方に目をやった。
「……と、魔物に囲まれた僕はこんな風に持っている剣でなぎ払ったのさ」
翔がその場で華麗に一回転をする。それを見たギャラリーが黄色い声をあげた。
「流石に今回の魔物の多さには度肝を抜かれたけどね……それでも僕には仲間がいたからなんとか窮地を乗り越えたよ」
「魔物を前にして怖かったりしないんですか?」
芝居がかった口調で言った翔に、村娘の一人が質問する。
「怖い、か……恐怖心よりもこの村を救いたいって気持ちの方が強かったかな」
またしても上がる歓声。それを近くで聞いていた美作優奈は鼻で笑った。
「ふん……少し強いからって調子に乗らないで欲しいですね! 四王天君よりお姉さまの方が百倍すごいんですから! ねぇお姉さま?」
自信満々な顔で優奈は、自分の姉貴分である月島葵に話をふる。
「ん? いやぁ、あたいじゃ四王天にはまだ勝てねぇぞ? なんたってこいつは、あのグリズリーベアを一人で軽々とのしちまいやがったからな」
そう言うと、葵は食べ終えた肉の骨を後ろに投げ、また新たな肉をつかんだ。
「それにこいつはもうすぐBランク冒険者にあがりそうだし、あたいらの中じゃやっぱ頭一つ抜けてるよな」
「格闘センス抜群の月島さんに褒めてもらえると嬉しいな」
「そんなぁ……お姉さまが敵わないなんてぇ……」
葵の話を聞いた村娘たちが翔に尊敬の眼差しを向ける中、優奈ががっくりと肩を落とした。そんな優奈を見て葵が拳を前に突き出す。
「今は、ってことだ! いずれあたいがあの野郎よりも強くなってやるから! 優奈、そんな顔すんな!」
「……お姉さまっ!!」
優奈は葵の拳を両手でギュッと握った。葵はにかっと笑うと、肉を食べながら翔へと視線を向ける。
「そういや四王天、最近積極的に魔物討伐の依頼をこなしてるよな」
「魔物を倒すことで自分が強くなっていくことを実感できるからね」
「ふーん。だから厄介そうな魔物ばっかりを倒してたのか?」
葵の話を聞いて優奈は今日の戦いのことを思い出した。確かに翔は高ランクの魔物ばかりを相手にしていた、それも一人で。
「早く強くなりたいんだ。噂で聞いたんだけど、ガンドラの街の冒険者ギルドには数百匹の魔物を一人で倒した冒険者がいるらしい。僕なんてまだまださ」
「へぇ! そんな化け物がいんのか!? そいつとも手合わせしてみてぇな!!」
噂の張本人が自分達の同級生である事などつゆ知らず、葵はワクワクしながら持っている肉にかぶりついた。
「そのためにもあたいももっと強くならねぇとな! 四王天を見習って依頼を受けまくるか!」
「僕よりも彼らの方がよっぽど依頼をこなしてるよ。ね?」
翔が目を向けると、そこには玄田隆人の取り巻きである馬渕健司の姿しかなかった。
「あれ? 玄田は?」
きょろきょろ辺りを見回すも、隆人の姿は見えない。確かに、この村へ一緒に依頼を受けに来たはずだが。
「そういや最近、っていうかこの世界に来て少ししてからか、玄田のやつあたいらとあんまりつるまなくなったよな」
「そうですね……優奈はもともと玄田君とは話す方ではないけど、最近は一切話しませんね。っていうか玄田君が誰かと話しているところをほとんど見ません」
「確かに……馬渕はなんか知ってるか?」
翔が健司に問いかけるも、何も答えず俯いてた。そのまますっと立ち上がり、無言でどこかへと歩いていく。
「なんか悪いこと言ったかな?」
「さぁ……?」
いつものお調子者の感じがすっかり鳴りを潜めている健司の背中を見て、葵達も首をかしげた。
翔達のもとから離れた健司は、村の端っこで一人ごそごそと何かをしている隆人の姿を見つけ、遠慮がちに声をかける。
「何してるの?」
ビクッ。声をかけられたことにあからさまな動揺を見せた隆人だが、振り返る事はない。健司はため息をつくと隆人のそばに行こうとした。
「近寄るな」
「え?」
低い獣のような玄田の声に、健司は耳を疑う。
「近寄るな!」
「わ、わかったよ。ごめん」
声を荒立てた隆人をなだめるように謝り、健司は立ち止まる。
「……何の用だ?」
隆人が敵意むき出しで問いかけた。
「玄田のことが心配だったから」
「いらん心配するな」
吐き捨てる様に言うと、健司に背を向け、隆人は作業を再開する。少し迷った健司だったが、意を決したように口を開いた。
「なぁ、玄田。お前変だよ」
「…………」
「前までは普通に俺達とバカ話してたじゃん。なのにここのところ会話に参加するどころか、俺達とつるもうともしない」
健司が必死に話しかけるも、隆人は全くの無反応。
「あの森に行ってからだよな、様子がおかしくなったのは。あん時に何かあったんなら、俺達に相談し」
「俺の詮索をするなっ!!」
もはやそれは絶叫に近いものであった。健司はびくっと身体を震わせる。振り返った隆人の視線からは憎しみに近いものを感じた。
「……ごめん」
ふーふー、と興奮した獣のように息を吐く隆人に頭を下げる。
「……俺、戻るわ」
「…………」
肩を落として宴へと戻る健司の姿をしっかり確認してから、隆人は懐からくしゃくしゃに丸まった紙を取り出し、広げて中身を見た。そこには事細かに隆人への指示が書かれている。送り主はもちろん、自分が御子柴颯空を崖から突き落としたことを知っている者からだ。
「……くそ! なんで俺がこんなことを……!!」
隆人への指示の内容は、何かの調合とそれに必要な素材の収集だった。それによって具体的に何ができるかなどは一切書かれていないが、隆人は黙って指示に従うほかない。
「今は大人しく言う事を聞いてやるが、これをやっているやつがわかったあかつきには……!!」
ぐしゃりと手紙を握りつぶした隆人は、今回の依頼に伴って採集した素材を仕分けする作業に戻るのであった。




